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魔術師カイリの星巡り  作者: 雑木
6章 風雲の報せ
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80 〈泡〉



「お勉強は終わりましたか」


 突然、声がかけられた。

 昨日に持っていかれていた意識が、今に戻る。

 銀色の髪が目に映る。

 図書室の一角。資料を詰んだ机の向かいに、いつの間にかサラが座っていた。

 ……気づかなかった。

 思い出していたものがあまりに衝撃的だったから意識の大半を割かれていたということもあるが、そもそもこの中つ柱内部だと迂闊に魔術も使えない。もう少し注意すべきだろう。


「終わってないよ」


 と応えた。本心だ。調べても調べてもわからない。答えがここにないことはわかっていたが、もう少し参考になるかと思っていた。全然ならない。

 この国がでたらめだということがますます理解できただけだ。


「そう」


 彼女は肯くだけ。

 聞いてはみたものの、それ自体にそこまで興味はないのだろう。


「君だけ? ジードはどうしてるんだ」

「ジードはまた衛兵隊の人たちに混じって外を回っています。あれで結構はしゃいでるの、あいつ。やっぱり学舎は大分窮屈だったみたい」

「そうだろうね」


 ジードは自由だ。

 そこしか知らなかったから、そういう風に決まっているから学舎にいただけで、いざ外に出てしまえば羽を広げるのも当然だろう。むしろ、遮られずに大きくなったあいつが再び学舎に戻れるのか、ちょっと疑問だ。

 それはサラについても同じだった。


「僕は君に謝るべきなのかな」

「えっ、何が?」

「ここに君がいることに。半分くらいは僕の責任だろう」

「ありえません」


 彼女は少し怒ったように眉をひそめた。


「私が今、ここにいることは全部私の責任と決断によるものです。誰に強制されてもいません。カイリにはそれこそ感謝したっていいくらいです」

「感謝?」

「一足飛びにここまで来れたので。普通ならもっと時間がかかっていたはずでしょう。それに、あなたがきっかけの一つだったかも知れませんが、進んだのは私です。あなたに責任なんて少しもありません」


 彼女があんまりにも自信満々に断言するので、しばらく呆然としてしまった。

 思わず声にも出てしまう。


「……すごいな、君」

「でしょう?」


 ふふん、と彼女は笑う。

 本当に恐れ入った。二年前、ジードという存在に翻弄される学舎に悩んでいた少女と同一人物とはとても思えない。

 あいつに対抗できるスキル一つを覚えただけではこうはなるまい。

 きっとここに至るまで様々な経験を積み、意志を示してきたのだろう。

 だとしても、彼女に期待された役割はそんな経験も意志も比較にならないほど重いはずだった。


「それで、君はどう思うんだ。コハナさんの話について」

「……」

「それについて聞きたかったか、何か話がしたいんだろう。そうでなきゃ、わざわざジードがいないときを見計らうはずがない」


 思えば、彼女と一対一で話すのは二年ぶりだ。

 彼女はいつも何かに悩んでいる。それが僕の印象で、今も変わらない。


「別に、普通にあなたと話したい気持ちはあります」


 と彼女は口を開いた。


「でも、そうね。今はこれで頭がいっぱい。あなたに聞いておかなければいけないことがあって来ました」


 ふう、とサラはため息をつく。


「本当にいいんですね、カイリ?」


 何についてかは、問い返すまでもなかった。


「いいも悪いもないよ」

「私はもう決めました。わからないことのほうが多いけど、きっとあれは良いこと、必要なことなんでしょう。そう思います。でも、あなたはきっと私より多くのものを見てきたはず。だとしたら、あれは……」


 一瞬声をつまらせてから、彼女は言った。


「……許せない、のでは」


 すぐには答えられない。

 ……昨日、見たものを思い出す。

 神器。

 この国の形さえ規定する、神から授かった道具。

 その、力を。




      ◇




 水面がざわめいた。

 揺れているようには見えない。波紋も立っていない。しかし、この部屋中に湛えられた水がわずかに身動ぎした、そんな感覚があった。

 そして確かに動いているものがある。

 水面ではない。その奥だ。

 水中、その底から立ち上るものがあった。

 すーっと、あるいはふわふわと、バラバラの軌道をとりながらいくつもいくつも浮かび上がってくる。


「神様から授かった道具、それを神器というの。そのまんまだね」


 泡だ。

 水面に顔を出したと思うや、半球にとどまらず、その姿を全てさらけ出す。

 空中に浮上する。


「私が選ばれたこれは……色んな名前があってややこしいから、とりあえず〈泡〉でいいよ。気軽に起こすものでもないしね」


 やがて、それは漂い始める。

 水上を、空中を、そして島の上を、ふわりふわりと揺れている。

 いくつもの……何十、何百の様々な大きさの透明な泡が彼女の周囲にたゆたっていた。


「起こす……?」


 復唱したのは考えがあってのことじゃない。意識を保つためにどうにか声を出してみただけだ。


「うん。今はまどろんでいる感じで、本当に働いてもらおうと思ったらここからもう一度、ちゃんと名前を呼んであげなきゃいけない。今日、そこまでするかはちょっとまだわかんないな」


 言っていることの意味がよくわからない。

 まるでその道具、神器が生きているとでもいうかのようだ。神に縁あるものというのなら、本当にそうなのかもしれない。

 精気は感じる。

 泡の一つ一つに込められたものがあることも、わかる。

 ただしそれ以上はまるでわからない。遠大なものを前にしたときの隔絶、圧倒されるような感覚はなく……むしろ、身を委ねてしまいそうな心地がわずかにある。

 ざわりと、僕の中にあるものが揺れている。


「ランク5と4の違いっていうのはね、結局のところこれだけなんだ。神器を授かるかどうか、それだけ」

「……何か、条件はあるんですか、選ばれる」

「神器によって違うよ。でも、大抵はスキルの練度だね。その神器に対応したスキルにどれだけ精通しているかが見られている……と、言われているの。選ばれた人間の傾向から判断してるだけだからね」


 頭がぼうっとする。無理やり動かして、なんとか理解しようとする。

 目の前の〈泡〉は神器というものらしい。

 神から授かったもの。道具でありながら使い手を選ぶ。神器を持つものがランク5になる。

 それは、いい。わかる。筋が通っている。いまだ神がどのような存在か知らないが、上位存在がもたらすものならばそういうこともあるだろう。

 わからないのは、これを見せた理由だ。

 ものすごい道具を頂点に立つ人間が持っている。そんなのは驚くべきことじゃない。遠いことだからだ。

 だからもし驚くべきことがあるとすれば、それは……


「神器にはそれぞれ役割があるの。その中でも、この〈泡〉はとりわけ全ての人と関係があるんだ」


 彼女は言った。


「これが司るものは〈丹紅〉。私たちの身体に流れる血を統べ、生み出し、与えるもの。つまりね、この神器が私たちのランクを定めているの」


 僕の目を見据え、はっきりと口にした。


「言ったでしょ。ランクの低い子が増えてる、それは私の失態だって。……カイリちゃんたちが苦労してるのは、私の力不足なんだよ」


 ようやく自失から覚めてきた頭が、尋ねるべき言葉を絞り出す。


「……昇格に関わる、ということですか?」

「そう。すごくざっくり言えばこの神器の力で体内の〈丹紅〉を増やし、馴染ませることでランク3までの昇格は叶っているの」

「他に、昇格の方法は」

「無いよ。少なくとも、今はね。もしかしたら他に似たような神器もあるかもしれないけれど、今現れているものでは、これだけ」

「もっと頻繁に昇格が行われていないのは一度に処置できる人数に限界があるから……それか、生産された〈丹紅〉の量が追いついてないってことですか?」

「どっちも正解。半分くらいは」

「半分?」


 奇妙な物言いだった。


「ランク3までの昇格なら最近は私が直接見なくても大丈夫なようになったんだけど、とにかく数が多いからね。だから順番が詰まってて……メグロちゃんたちみたいに、才気を示してくれた子が間に合わなかった。そういうことがこの四十年、何度もあったよ」


 魔力汚染は低ランクしか冒されない。

 ランク4以上には例がなく、3でさえわずかにしか確認されておらず、しかもすぐに亡くなったと聞く。必然、魔力汚染者はランク1、2しかいないことになる。

 四十年前に魔力汚染者が初めて確認されたと彼女は言った。低ランクが増えたからだと。

 ……思い出す。閉山舎の老人たちは多くがランク3だった。彼らが若い頃には素質があればすぐに昇格できたのかもしれない。

 その頃のままであれば、メグロやリュイスの夫であったという人が、今でも生きて、健やかに軍で活躍していた……そんな、たらればの想像がいくらでも浮かんでくる。


「量が限られているのも間違ってないんだ。ランク3までの昇格に使われる〈丹紅〉は……大雑把に言っちゃえば、余りだから」

「……余り?」


 不穏な言葉だった。

 それ以上を迂闊に聞いてしまえば、何かが決定的に終わる予感があった。まるで一寸先も見通せぬ崖の上で足元がぼろぼろと崩れ落ち始めたような、ほんの数秒先の破滅をひしひしと感じていた。


「言い方悪いよね。でも、本当にそんなところなんだ。必要分を確保して、その上で余裕を持たせた量だけが昇格に使える。そう決まっているの」

「誰が決めたんですか」

「会議で決まった。私も賛同したよ。どうしたってその方が効率いい。残せるものが多いから」

「……何に使う、余りなんですか」


 一拍の後、コハナは言った。


「ランク4以上を生き返らせるのに、だよ」


 え、と自分の口から奇妙な音が出た。


「この〈泡〉が宿す力の一つ。全身に〈丹紅〉が巡ったものを覚えさせることで、それを復元できる。覚えられる数には上限があって、今は二百を少し超えたくらい」


 頭が追いつかない。

 内容を言葉で理解できても、呑み込めない。

 それがどういうことか、わかるはずなのに考えることができない。


「つまりね、この〈泡〉が覚えた人がランク4と呼ばれることになるんだ」


 わからない。

 わからない。

 彼女は、何を言っているんだ。


「戦いで傷ついた彼らを元に戻すために、日々、ほとんどの〈丹紅〉を費やしているんだよ」


 それはこの世に生まれ落ちてから、何よりも深い断絶を覚えた言葉だった。



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