79 誤算
さかのぼれば百年前、この国に大事件が起きたんだ。
強力な魔族がここに攻め込んできたの。そう、この中つ柱に。
当時は今と比べて人口も少なくて、組織体制も未熟だったんだって。だから集団で撃退する、今の軍みたいな戦いなんてとてもできなかったんだ。
代わりにね、英雄がいた。
あ、ちょっとだけ知ってる? さすがに全く彼のことに触れずに建国記を教えるのは無理だよねえ。
そうそう。山を崩したり川の流れを変えたりした。うん、全部同じ人。嘘じゃないよ。誇張はー……されてるかもしんないけど、本当だと思うなあ。
それくらいなら、できたはずだよ。
あ、さすがに私にはそんなこと無理無理。同じランク5って言っても私はほら、癒し手だから。戦士の頂点と比べられても困るよー。
それで、その英雄さんがね、魔族と相討ちになったんだ。
もうかなり高齢だったこともあって、全盛期ほどの力は無かったみたい。それでも当時は誰よりも強くて、みんなが頼ってしまった。
反省だよね。この先も一人に頼ったら結局、同じことの繰り返しになってしまう。それはもう嫌ってことでね、意識が変わったんだ。
方針を変えた。
人を増やして、きっちり役割を決めて、集団で強くなることにしたの。
それが、英雄を失った後の私たちの結論。
会議はその流れの中でできたんだ。当初は純粋に現状報告の場って感じだったかな。
うん、顔ぶれは今とそんなに変わらない。軍と攻略隊が途中から分かれたくらいかな。あ、一応学舎が学院所属になったこともそうだね。元々は全部の組織が共同管理する形だったんだけど、数が増えて追いつかなくなったから学院の権限を大きくしたの。それでも、教師だけは今でも全部の組織から出向いているのは変わらないはず。
そういう感じで、百年も経てば変わってしまうのは仕方ないよね。状況に合わせて形を変えたものもあれば、いつの間にか内部から様変わりしてしまったところもある。
仕方ない。
仕方ないんだよ。
でも、そうも言ってられないこともある。
カイリちゃんにも関係有ることだよ。
魔力汚染について、私たちの意見は分かれてしまっているの。
……そういう顔になるよね。ごめんね。あなたを傷つけたいわけじゃないんだけど、ならなおさら伝えなきゃいけないことなんだ。
はじめに言っておくべきことは、どの組織も基本的に魔力汚染者を助けたい、なんとかしたいと思っているということ。汚染者が多い軍や攻略隊はもちろん、うちも学院も輸送隊も、どこだってその思いは変わらない。
その上で、あなたたちをどうすべきか割れている。
そうそう、汚染者は〈契約〉の対象外になる。それも問題なんだよ。
私たちは上に行けば行くほど〈契約〉に縛られることになる。それはどこの組織も同じ。守らねばならないことがたくさんある。
ランク4以上は特にね、必然的に多くの〈契約〉を結ぶことになるんだ。そうでなくとも、たとえば学舎なら学長、攻略隊なら館長、そのあたりの役職に就けば同じだよ。
どちらかと言えば、やってはならないことを決める感じだね。
サラちゃんとジードちゃんはピンと来ないと思うんだけど、カイリちゃんは違うよね。予想してたみたい。それとも、メグロちゃんに聞いた?
……えええ、最初に? あの子なりの優しさなんだろうけど、ずぱっと言うねえ。
そうなんだよ。
魔力汚染者は中央に居場所がない。
例外として学院に数人協力者がいるみたいだけど、その子たちも中つ柱には入れない。
ううん、カイリちゃんみたいに一時的に訪れるだけなら問題ないよ。
この中で働いてもらうことができないってこと。
残酷な話だと思うよね。
でも私たちにとって〈契約〉が効かないっていうのはそれほど恐ろしいことなんだ。
判明した当初は、とても会議が荒れたもの。
あえてこう言っちゃうけど、幸運なことに低ランクだけが汚染されるということはすぐにわかった。その場での結論は、治療法を探しつつ汚染されたものを中央に置かない。それが今も続いている。
だけど、それも限界が来ているの。
言ったよね、もう神様のお言葉は達成できる。先が見えた。
となると、いずれ必ず神様は再びお目覚めになる。
あななたちの存在が神様に知られてしまう。
……うん、実はね。
神様は、魔力汚染のことを知らないの。
違う違う、私たちが意図的に隠したわけじゃないよ。単純にこの百年、神様からほとんど何もないんだ。
建国記では大体十年に一度くらいお告げがあったというね。それ以外にも、英雄さんには直々にお声がけがあったみたい。
この百年で、ちゃんとしたお告げは二回だけ。
一回目は六十年前。魔はまだいるか、とお尋ねになられたの。
当然、私たちは頭を下げてごめんなさいするしかないよね。神様は怒るでもなく、それ以上何かお言葉があるわけでもなく、すぐにまた静かになられた。
それから大体二十年、今から四十年前に、初めて魔力汚染が確認されたの。
意外と最近でしょ?
原因としては……単に、ランクの低い子が増えたから、だろうね。
ランク4以上の数は限られているから、どうしても3までの数が増えて、血が薄くなってしまったんだよ。
これは、私の失態。
いいよマーちゃん、そんな風に言わなくても。誰がなんと言おうとも、私にもっと力があれば良かったんだ。
英雄みたいな圧倒的な力がないから、こうも国が割れているの。
あ、わかっちゃったって顔してるね、カイリちゃん。
……そう。正解。
神様があなたたち魔力汚染者をどうみなすか。それが今、私たちの間に横たわる問題なんだよ。
◇
自分で口にした言葉なのに、それはひどく恐ろしいことだった。
途方もない、得体の知れない、間違いなく規模の違う、下手すると次元が異なるなんて表現を使いたくなる存在が、僕らの命運を握っている。
それも、どちらに揺れるかはわからない。
このまま呆けてしまいたくなる。
コハナがまた、口を開く。
「さっき言ったとおり、どの組織もあなたたち魔力汚染者を助けたいと思っている。けれど、それは神様のお言葉を覆すほどにはならないの」
「……だから、僕らへの対応を巡って会議が割れているんですね」
「そう。まず軍と攻略隊は先延ばしにしようとしている。どちらも汚染者が多いからね。戦友をなるべく守りたいというわけ。でも、当のあの子たちが南部の大迷宮と西部の泥沼を制圧してしまえば事態は動く。わざと手を抜くなんてことはできるはずもないから、結局問題を先送りにしているだけ」
「そうですね。それは、意味がない」
「教会はすぐに中立を宣言した。これはいつものこと。神様の意図を解釈したくないんだろうね。大胆なのが輸送隊で、汚染者を遠ざければいいと言ってるの。国の外に療養所を作り、そこに汚染者を集めることで国内にはいないと言い張ればいい、だって。国中を動き回る輸送隊ならではの意見だけど、明らかな問題があるよねえ」
この国から魔を一掃すればもう魔力汚染者が生まれることはない。
つまり、僕らの寿命を待てば問題は綺麗さっぱり消えてなくなる。
……解決ではなく、問題の放棄であるという一点を除けば理想的だ。
「学院は輸送隊にちょっと似てるけど違うね。黙っていようだってさ。知られなければ何も問題ないって」
「えっ……」
「だから神様の降臨を願うのはもっと後にしようって訴えてるの。現状、魔力汚染の治療法を研究しているのは学院だから、時間がほしいんだね。軍や攻略隊と比べると、時間稼ぎしようとしてるのは変わらないんだけど解決の意思はある。それはわかるよ。でも、大きな欠陥、楽観があるよね」
「……黙っていたとして、神様にバレないものですか」
「難しい、と私は思う。歴史を振り返ると、確かに神様はお告げを授けてくださるばかりで、こちらの訴えや願いを聞いてくださった例は少ないよ。でも、それは同時に私たちが説明をせずとも神様は地上のことを十分把握されているということでもあるの」
「じゃあ、魔力汚染者のことなんてとっくに知られているのでは」
「かもしれない。でも、少なくともお言葉はない。十年前にもそれについては一言も無かったの。だから解釈の余地があって、だから私たちは割れている」
コハナは静かに言った。
「これがこの国の、あなたたち魔力汚染者にまつわる現状なんだ」
言葉が出ない。
ここに来るまでに色々想定したつもりだったが、全く予想の外だ。中央という都市、そこに住む人々と組織の反発はあるだろうと思っていた。その中で少しでも味方にできる要素を探すつもりだった。
見落としていた。
神。
全く考慮していなかった存在が、こんなにも深く関わってくるとは。
……最悪だ。
神に対する懸念がもし的中したとしたら、どうしようもない。
僕が用意してきたものが一切の意味を持たなくなってしまう。
ぐるぐると焦燥感が全身を巡る。使い物にならない。何か言わねばいけない。
思いつかない。
「回生所は?」
そのとき、呑気な声が横から上がった。
ジードだ。
「俺にはよくわかんねえ話ですけど、まだ回生所はどういう立場か言ってないですよね」
それは、最初に言われただろう。
神の降臨を願う、とコハナははっきり口にした。
ならば、過程はどうあれ結果はわかっている。神に全て委ねる、そういうことでは……いや、違う。
それじゃあ、おかしいんだ。
だとしたらわざわざ僕を呼んで、こんな話を聞かせるはずがない。
何より、彼女は手伝ってほしいとも言っていた。
見ると、コハナは微笑んでいた。
「うちの立場はずっと変わらない。神様に早く降臨してほしい。その上で、魔力汚染者は守らなきゃいけない。できれば治したいし、あの子たちの命を助けたい」
そして、僕とまっすぐに目を合わせてくる。
「最初に言うべきだったね。……ごめんなさい。ごめんね、カイリちゃん。私の力不足であなたたちはずっと苦しんでいる。最高の癒し手なんて言われても、ここに来るまであなたたちを治すことができていない」
その声音は感情を排している。言葉だけがある。
なぜだか、だから信じられた。
「改めて、お願い。手伝ってほしいの、カイリちゃん」
「僕に、何をさせたいんですか」
尋ねたけれど、もう答えはわかっていた。これしかない。
果たして、彼女はこう言った。
「あなたが見出した魔力汚染の治療法を、全ての汚染者に与えてほしい」
目を閉じる。ぎゅっと強く。
三秒経ってから、目を開く。
駄目です、と小さく口からこぼれ出た。
「私たちが信用できない?」
「違います。問題はそこじゃない。単純に、僕が用意してきたものはあなたの望むものじゃないんです」
曖昧な言葉だろう。自分でも、これで納得しろというのは無理があるとわかっている。
けど、言葉のとおりだ。
僕はコハナが求めるものを満たしていない。なら口にするわけにはいかない。
それは、僕だけのものではないからだ。
「聞いてみないとわからないよ」
彼女からしてみたら当然の言葉だ。
でも駄目だ。言えない。この状況下でパレットと、彼との間にある魔術を口にできるわけもない。
逃げられるなら逃げてしまいたいが、それも無理だろう。
口をつぐむしかなかった。
「……」
コハナは、そんな僕の様子をじっと見て、すぐに、
「わかった」
と肯いた。
次いで、歩き出す。
「ついてきて」
言いながら、彼女は薄明かりの木々の中に入っていく。
マードウが手で僕らを促し、苦笑する。
「コハナ様は本気だね。逃げられないよ、カイリ」
その言葉に不安を覚えるが、立ち止まってもいられない。
彼女の後を小走りで追う。ジードとサラも、黙ってついてくる。
その後ろについたところで、
「ごめんね、カイリちゃん」
また、彼女に謝られた。
「本当はもっと時間をかけて、ちゃんと信用してもらってからがいいって私もわかってるんだよ。でも、そんなに時間はない。今聞けることは聞いておきたい」
そして、こちらを見ずに彼女は続ける。
「だから、私から秘密を見せるね」
その意味するところを完全にはわからずとも、響きだけで背筋を走るものがあった。
「ランク5の証――神器を、見せてあげる」
「え?」
目だけがこちらを向き、いたずらっぽく細められるだけで、それ以上の言葉はない。
やがて木々の間を抜け、島の縁へたどりついた。
変わらず、波紋一つ立たぬ水面が広がっている。
縁に立ち、コハナはそっとつぶやいた。
「……夢幻泡影」
この中にもしメダリスト単行本派がいらっしゃいましたらコミックDAYSで5巻の続きが無料開放されてるので今すぐ読んで下さい。
未読の人は読んで下さい。




