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魔術師カイリの星巡り  作者: 雑木
5章 天地の柱
85/132

75 目覚めて



 誰だ。

 誰だ。

 ――お前は、誰だ。



 それは明確な拒絶の意思だった。




      ◇




 ……奇妙な夢を見た、気がする。

 ここ最近昔のように夢見ることは大分少なくなっていたのだが、今のはそれとも様子が違った。もっとむき出しの、いまだ癒え切らぬ古傷に触れたときのような、生々しい感覚があった。

 けれど、ほとんど思い出せない。

 ばくばくと心臓が跳ねる。落ち着き始めているが、それでもなお胸がざわつく。だというのに、その原因はつかめないのがもどかしい。

 ただ不安だけがある。

 まるで、昔に戻ったようだ。


「お、起きたか」


 隣から声が聞こえた。ジードのものだ。

 それで気づいた。僕は今、寝台の上にいる。上体を起こして、自分の手を見つめていた。

 横を見ると、ジードも寝台で横になっていた。

 同じ、とはとても言えない姿で。


「よく寝れたろ。サラのあれ、経絡を整える効果もあるらしくてさ、一時的には疲れるけど回復が早くなるらしいぜ」

「そう。そうなんだ。……いやゴメン、頭に入ってこない」


 おもしろそうなことを語っているが、その姿を見てしまってはダメ。無理だ。

 僕らはずらっと寝台が並べられた部屋にいた。おそらく医務室だろう。部屋の見通しは悪くないが、人影は見当たらない。とりあえず寝かせておけばいいみたいな意思を感じる。

 その中で、ジードは全身を縛られていた。

 毛布で首から下をすっぽり包まれ、その上からぐるぐると縄が巻かれている。

 まるでミノムシのような形だ。頭だけが飛び出し、いつもの快活な顔しているのが余計異様な雰囲気を発生させている。

 端的に言って、バカみたいな姿だった。


「何その格好」

「サラの仕業。あれ食らった後大概こうなってんだよな……大人たちにも手伝わせてるから、無理やり出るのも難しいくらいギチギチなんだよ」

「それは、災難と言えばいいか、いい気味と言えばいいか……」

「おい」


 最初は衝撃的で思考が吹っ飛んだが、段々おかしくなってくる。

 堪えきれず、手で口を覆う。閉じた口と鼻から声にならぬおかしさが漏れ出てしまう。


「ちぇっ。ま、笑われるのも慣れたよ」


 当然ジードはおもしろくなさそうだが、もう受け入れているようだ。言った通り、何度もこういうことがあったのだろう。


「ぶふっ……ごめ、ごめん。……サラも、ずいぶん強くなったんだね」

「ああ。お前も食らったんだろ、あれ。さっきは油断してたから一気に吸われちまった」

「〈吸精〉って聞こえた」

「そう。他人の精気を吸収する、奪い取るスキルなんだと。〈治癒〉の逆、いわゆる反転系ってやつ」

「反転系……そんなのあるんだ」

「知らねえか、珍しいらしいしな。さっきマードウさんが俺らを抑え込んだのもそれだよ。〈軽功〉の反転で、〈襲衣(かさねぎ)〉って言うらしい。相当難しくて、今はあの人しか使い手いないんだと」


 〈襲衣〉。〈軽功〉とは関係なさそうな名前だけど、なんとなく意味はわかる。あのとき、全身が何かにのしかかられたような、満遍なく重しを乗せられたような奇妙な感覚があった。異様に重い布をまとわせられた、そんな印象と合致する。


「つーか、サラはカイリに言われたっつってたぜ」

「は? 何が?」

「だから〈吸精〉だよ。お前だろ、あいつに〈治癒〉を工夫すれば俺に対抗できんじゃねえかって言ったの」

「……あー」


 そんなこともあった、ような。

 二年も前のことだから自信がないが、学舎を離れる寸前にそんなことを言ったっけか。


「いやでもそんな具体的には言ってないはず。それはサラの努力だろう」

「わかってるよ。ただ、お前にも原因があるのは間違いないっぽいぜ。あいつお前がいなくなってからやけに張り切るようになったからな」

「ええ、どうして」

「知らね。ま、あいつは背負い込むたちだからな。お前が出ていったことに何かしら責任感じてるんだろ」


 ふん、とジードは鼻を鳴らす。

 突き放しているようで、しかし馬鹿にしている様子はなかった。


「俺ともお前とも違うってこと」

「それはわかるよ」


 僕らは違う。

 言語化せずともそれだけは自明のことだった。


「……そういえば、鋼が溶けてたけど、あれ大丈夫なのか」

「あー、ありゃ失敗だった。覚えたてだからまだ不安定なんだよな」

「〈精錬〉だろ。鋼の質を向上させるっていう」

「へえ。結構知ってるじゃん。そうそう。ただ、俺のはまだ鋼自体馴染みきってないから、普段遣いはともかく〈精錬〉まで使うとヘタっちまうんだと」

「馴染みきってない?」

「言ったろ、もらったって。鋼の大半は元々俺のものじゃないから、まだちょっと通りが悪いんだよな。〈精錬〉してるのはそれもある。自分の色に塗り替えてる途中なんだ」


 ……いまいちよくわからない。

 メグロの言ったとおり、〈鋼化〉を持たない僕には実感がない。こいつがどれだけおかしいことを言っていたとしても、その判別がつかない。


「ま、もらっちまったものは仕方ないから活用しようってだけだよ」

「ふうん」

「……聞かねえの?」

「何を?」

「鋼を手に入れることになった経緯とか」

「言いたいの?」

「……や、考えてみるとそういうわけでもねえな。サラは根掘り葉掘り聞いてきたが。一応近くにいたくせに」

「まぁ彼女はそうだろうね。というかそれを言うなら君だって僕がこの二年何してたか聞いてこないじゃないか」

「あー。いや待て、迷宮については知りたい。おもしろい? どんな魔物が出んの? ボスっていうの見た?」

「やぶ蛇だったか……」


 話すこと自体は嫌でもないが、どこまで話していいものかはわからない。

 どうするかと考えていると、こんこんと扉がノックされた。

 こちらの返事を待たずに開かれる。

 入ってきたのは、マードウだった。


「二人とも、目覚めたようだね」

「マードウさん。……あー、この度はご迷惑をおかけしまして」

「お手数おかけしました」

「ああ、いいいい。誰が悪いって言ったら最後までぼーっと突っ立て見てたうちの連中が一番悪いんだから。とりえあず、私は怒る気がないよ」


 言いながら、彼は僕らの対面にある寝台に腰掛ける。見ていても寝台は揺れる様子もない。今も〈軽功〉を使っているのだろうか。


「カイリ、君に用があって来たんだ」

「……何でしょう?」

「わかるだろう。君、無茶したねえ」

「……」

「途中から見ただけでも全部が無茶だが、それ以上に、あの鳥だ。話は聞いていたが、実物を見るとやはり違うね」

「頼りになるんですよ」

「そうだろうね。君が意識を失ってからうちの連中が探したけど、どこにも見つからなかったらしいよ」


 パレットなら【雲中】にいる。僕が意識を失ったときは出てこないよう以前から言ってあるのが功を奏した。

 マードウはじいっと僕を覗き込むように見てくる。


「……君、私たちで試したね?」

「わかりますか」

「それ以外にあんな危険な行動を取る理由がないだろう。魔物を見せるなど。東部の迷宮の中で見せるのとは話が違う。君がどのような認識でいるか知らないが、うちはいざとなればどんな手でも使うよ」

「そうだろうなとは、思っていました」


 侮ることなどできない。

 彼らは皆、正面切って戦えば僕など瞬殺できる猛者しかいないだろう。

 だから良かった。

 その気になれば僕などどうとでもできる。そういう人々だからこそ、見せる意味があった。

 同時に、僕の中にある考えがますます補強された。


「幸いというべきか、それとも君の読み通りというべきか、全員が観察に回った。何ができるか見てやろうとしたわけだ。……君の戦いぶりが興味深かったのもあるだろうね。ランク1であれほど動けるのかと驚いていたよ」

「はい」

「彼らの感想、聞きたい?」


 そこまで聞けば、最早想像はつく。予想していた通りだろう。

 肯くと、マードウはあっさりと言った。


「ランク3以上なら脅威ではない。全員、その見解で一致したよ」


 驚きはない。

 すでに昨日、ログンからも似たような意見を得ていた。

 隣で「ちぇっ」とジードが苦笑する。自分は苦戦したのに、という意味だろう。だが、こいつもわかっているはずだ。


「ジードくんが苦戦したのは試合だったから……つまり、殺し合いではなかったからだ。君にとってもそうとも言えるが、少なくとも先ほど見せたもの以上の威力が無ければまず無理。勝てないよ」


 パレットには攻撃力がない。【魔弾】も【刃】も僕より弱く、牽制以上の威力が出せない。これは出力と適性の問題で、今後成長の余地は残されているにしろ、あまり期待できない。

 速度こそ凌駕するが、それこそジードなら慣れれば捉えられることは今日証明された。


「最悪、暗殺ならば可能かもしれないが……それも、若手までだろうね。殺意を持って近づいた段階で手練ならば気づく。確実に」


 【雲】が隠れることに向いた魔術とは言え、それは能動的な行動を取るまでの話だ。凶器となりうる力を見せた段階で、その効果はほとんど失われる。

 無為に漂っているから、誰も気に留めないのだ。


「つまり、君が使う魔物とはそこそこ有用だが、その気になればすぐに始末できる程度ということだ。それを君は身をもって証明した。そういうことだね?」


 少し悩んだが、素直に肯定する。


「はい」

「……まったく、メグロのやつめ。とんだ問題児を押し付けてきたもんだ。一体何を教えたものやら」


 ぶつくさ文句を口にしながらマードウは立ち上がる。


「ま、今日のところはお疲れ様だね。しばらく休んでいきなさい。帰りはクライスに送らせるから大丈夫」

「はい、ありがとうございます」

「それと君、明日空いてる?」


 空いてるも何もない。


「学院からの連絡待ち、ということになっています。スキル授与権限持ちが出払ってるとかで」

「なるほどね。じゃあ都合がいい」

「はあ」

「明日、昼過ぎに迎えに行くからちょっと付き合いなさい。君に会いたいという人がいるんだ」

「え」


 そんな人、中央にいるか?


「あ、もしかしてキリエさんですか」

「うん? そういえば、君はあのお嬢さんと迷宮に潜ったんだっけ。違うよ」


 となるとまるで心当たりがない。マードウを介して僕に会いたいという人物など存在するのか?


「うちの一番上の人が、君に会いたいんだって」

「……え?」

「まぁ、会ってからのお楽しみだね。それじゃ、ごゆっくりどうぞ」


 すたすたとマードウは部屋を後にした。

 ……衛兵隊のトップが? 僕に?

 意味がわからない。

 首をひねっていると「なあ」とジードが声をかけてきた。


「キリエって誰」

「知りあ……いや、友人」

「へえ」


 まじまじとジードが見てくる。


「何だよ」

「別に?」


 ジードは何でもないように眉を上げる。

 ……この野郎、ミノムシのくせに。

 ここで言葉を重ねたら思うツボだと心を落ち着けて、懸念が一つあったことを思い出した。


「ジード。さっきの試合、最後僕の腰にいるものに気づいてたろ。あれ、マードウさんに言わないでいてくれて助かった。ありがとう」


 さすがにマユズミの存在はまずい。先ほどのマードウとのやり取りが完全に意味を失う。


「ああ、あれか。何だったか知らねえけど、バレたらまずそうだよな」

「うん、すごくまずい」

「そんなことになったら俺が困るじゃん。まだどんなものか見てもないのに」

「……君はそういうやつだよ」


 それで助かったのだから文句を言う筋合いはないが、大丈夫かこいつ。中央を警備している衛兵隊に入れていい人格ではなくないか。


「でもさ、あのまま何かやってたらまずかったんじゃないか。バレるだろ」

「あー」


 一瞬考える。が、返答は簡単だった。


「教えてもいいけど、ネタバレになるよ」

「わかった。何も言うな」


 本当に大丈夫なのかこいつ。僕は助かるけど。

 ……実際、まぁ問題はなかっただろう。マユズミの存在がバレるところまではいかなかったはずだ。彼はそういう手を使おうとしていた。

 その場合、おそらく、こうして呑気に会話する余裕もなくなっていただろうけど。

 しみじみ考えていた。そのときだった。


「あ」


 と、ジードが声を上げた。


「どうしたの?」

「サラが来る」


 ジードの視線は壁の向こう、おそらく廊下がある部分を捉え、徐々に移動していた。すぐにこの部屋の扉までたどりつきそうだ。


「よし、俺は寝る。あとはよろしく」

「は?」

「あいつの説教は長いぞ。頑張れ」


 そう言って、ジードは目を閉じた。三秒後には穏やかな寝息を立てている。演技には見えない。まさかガチ寝した? この短時間に?

 驚いていると、がちゃり、と扉から音がした。きいいい、とゆっくり開いてく。

 そして、しずしずと彼女は部屋に入ってきた。


「おはようカイリ。身体の調子はどうですか?」

「ああ、うん。もうすっかり……」

「良かった。ジードは……寝てるみたいね」


 サラはジードへ近づくと、その額に手を当てた。


「さっさと起きないと吸い尽くしますよ、ジード」

「……もう吸ってんじゃん。わかった起きる。起きるからやめろ!」


 ばち、とジードが目を開ける。

 サラは微笑んで、腕を組み、僕らを見渡す。


「では、二人にお話があります」


 ……そして、それはそれは長く濃密なお説教が始まったのだった。

 一歩間違えれば大怪我だったとか、キリのいいところでやめろとか、最初の取り決めは守れだとか……何一つ反論できず、僕らはひたすら聞き続けるばかりであった。

 あの頃にこんなことがあったわけではないけれど、どこか懐かしい気持ちを覚えていた。




      ◇




 明くる日の昼過ぎ、宣言通りマードウが車で迎えに来た。


「……仕事、大丈夫なんですか」

「これも私の仕事なんだ。気にしなくていいよ」


 車に乗り込むと、昨日と同じようにジードとサラが後部座席に乗っていた。


「あれ、君たちも?」

「元々二人が呼ばれていたんだよ。君のことを知って、それなら一緒にという話になったんだ」

「はあ」


 そういえば、聞いてなかったことを思い出した。


「衛兵隊の一番上って、どんな人なんですか」

「ははは」


 運転しながら、何故かマードウが笑い出す。


「違う違う、衛兵隊じゃないよ」

「え。でも昨日……」

「衛兵隊はまぁ、あの方のものみたいなものだけど、所属しているわけじゃないんだ」

「ううん?」

「カイリ、君は」


 彼はちらりと僕を横目で見る。

 その目が、いたずらっぽく笑っていた。


「ランク5に出会ったこと、ある?」

「……え?」


 車は進む。白い路面を軽快に走っていく。

 その先には、天を支えるような巨大な柱が立っていた。



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