表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師カイリの星巡り  作者: 雑木
5章 天地の柱
86/132

76 コハナ



 こん……こん……と足音が響き、すぐに染み入るように壁に消えていく。それ以外の音はなく、静かだ。きっとまだ数分しか経過していない。そんなに長く潜っているはずがないのに、もう何時間下り続けているのかと錯覚するほど隔たりがある。

 暗い階段を降りている。

 幅は狭く、大人二人がどうにか並べるほど。等間隔に配置された灯火がつるりとした白い壁と床がほのかに照らし、影を隅へ追いやっている。傾斜はなだらかで、道はゆったりと左へ曲がっている。螺旋を描いている。上も下も横も、どこも見通せないだけ。巨大な空間の周囲を回りながら下っている。

 この雰囲気は迷宮と似ている気もするが、何か決定的な違いがあるように思う。それが何か、具体的にはわからないが……


「もう少しだよ」


 前を歩くマードウが声をかけてくる。

 変化のない景色になんだか頭がぼうっとして、はあ、と間抜けな声が口から出た。


「今日は用がなかったが、次に機会があれば上にも行ってみるといい。教会は大部分誰にでも開放されていて見所も多い。何より、運が良ければ感じられるかもしれない」

「感じられる、とは」

「神の息吹をさ」

「……」


 黙るしかなかった。

 そんなものがあるとは思えない、とはとても言えなかったからだ。

 この場には……中つ柱には何かが在る。

 どうにも居心地が悪い。不快というほどではなく、少し座りが悪い。かすかに感じる何かに対し、敬して遠ざかりたい。

 後ろに目を向けると、サラは緊張しているようだ。けれどそれはこの場の雰囲気がどうこうというより、これから会う人物に対してのものらしい。

 一方、ジードはまるで普段と変わりない様子だった。気楽な調子で歩いている。散歩でもしているかのような足取りだ。

 中つ柱の内部に僕らはいる。北側にある教会と回生所の管轄より足を踏み入れ、学院とは対照的に上にも横にもだだっ広い広間には目もくれず、顔パスで突き進むマードウの後をついて奥にあった階段から地下へと足を進めている。階段の位置から見ておそらく、柱の中心部の周囲をぐるぐると回りながら下りている。


「宣告士たちの多くは各地に散らばっていて、中央にいるものはその中の一握り。才能があるとみなされたものたちだね。彼らは時折現れる神の息吹を人々に伝える役割もある」

「……」


 ……彼女も、キリエもそうなのだろうか。

 あの輝くような意思に満ちた少女も、その務めを果たしているのだろうか。

 想像がつかない。


「教会が人々の心の安寧を司っている一方で、ここの役割は単純だ。肉体を治すこと。そのために〈治癒〉持ちを集めて登録し、各地に行き渡るよう調整しつつ中央ではさらなるスキルへの理解を深めている」


 医療と信仰がこの北側に集っているということか。

 西側は軍と攻略隊、それに近衛とやらの領域と聞いた。近衛はまだ詳しいことを知らないが、推測は立つ。とにかく西に武力をまとめたのだろう。南側は学院と学舎……知識と教育で、東側は輸送隊とそれ以外。

 おぼろげながらようやくこの中央の構造が見えてきた。しかしそのせいで、違和感も増すばかりだ。


「近年はスキルに頼らない医術も発展させようという試みもあるが、いまいち実を結んでないね。……そしてもう一つ、重要な役割がある」


 そんな考え事をしていたから、続くマードウの言葉にすぐには反応できなかった。


「ランクがどのように決定されているか、君は知っているかな、カイリ」


 顔には出なかったはずだ。

 かつて、フォルマに少しだけ聞いた。一握りの人しか知らないことだと。


「……いえ」

「考えたことは?」

「あります。スキルの量とか身体能力で決まるのかなと考えていました」

「そんなもんだよね。大きく間違ってはないんだけど、大元がある。血だよ」


 歩きながらマードウは言った。

 感情の無い声だ。


「血に含まれる〈丹紅〉という成分の量で決まる」

「……〈丹紅〉?」

「ランク1はまずこいつが脳にしか溜まっていない。〈言語〉のためだね。最低限それが浸透していないと話にならないから、文字通り」

「……は」

「ランク2に至ると心臓にも集まっている。全身に循環させることが成り立つわけだ。経絡の発達なんかもこの頃に進む。個人差はあれど〈怪力〉程度なら多くが習得できるね。〈気功〉となると限られてくるがいないわけじゃない。そして、ランク3は全身に不足なく〈丹紅〉が満ちた段階を言う。〈丹紅〉が血液とともに循環し、常に肉体を保全し、強化する状態だ。そこに至ってようやく選考の対象になるんだ」

「選考、とは」

「ランク4へのだよ。より正確に言えば、ランク5に至る可能性がありそうなものがランク4へ昇格させられる。基準としては色々あるが、まずスキルの練度と思ってもらって構わない。……だから、私のように戦闘が得意でないものも稀にいる」


 ほんの一分程度のことだった。

 それだけで、二年前の僕らが思い悩んでいたことが明らかにされた。

 ジードとサラ、二人を見る。どうでも良さそうだったり、眉をひそめていたりするが、衝撃を受けている様子はない。既知のようだ。


「……あたしたちもつい最近教えてもらったの」

「へえって感じだよな」

「あんたはそうでしょうね。でも、衝撃を受ける人の方がよっぽど多いはず」


 らしい感想だった。是非ではなく、この二人が知ればそのようなことを言うだろうと想像できる内容そのままだ。どちらかと言えば、サラの方が一般的だろう。

 だから、おかしな話だ。


「言っていいんですか、そんなこと」

「よくはないよ。本来は君たちに教えることはできない。不可能なんだ」


 その物言いに覚えがある。


「〈契約〉……それか、〈暗示〉」

「へえ。よく知っているね」

「学舎を出るときに、先生たちが口にしていました。メグロも、魔力汚染者は〈契約〉の対象外だから中央に居場所がないと」

「……子どもにはっきりと言うね、あいつ」


 軽い口調の中、苦笑の響きが届き、すぐに消える。


「まぁその通りだよ。私は〈暗示〉をかけられている。本来はランクの詳細について資格の無いものに教えることはできない。〈契約〉との違いは同意が必要ないということと、主観に作用するから他者の存在に気づいていないときとかうっかりは防げないということだね」

「でもそれならやはり、魔力汚染者である僕はともかくジードとサラには今も教えられないんじゃないですか」

「許可をもらった」


 彼はあっさりと言った。


「特別にね。ある事情があって、この二人には我々の身体について知ってもらう必要ができた」

「事情?」

「この後説明があるよ。君も無関係ではないしね」

「え?」


 振り向くと、ジードとサラもよくわかっていないようだ。二人とも首をひねっている。いやジードは余所見しているだけだが。

 その間にマードウは話を戻している。


「ま、ランク事情について上も全部秘密にできるとは思っていないようだ。少なくとも、ランク4以上とそれ以外との違いが広まらなければいいのだろう」

「……どういう意味ですか」

「君はランク4に会ったことがあるかな、私以外で」

「一度だけなら」

「彼らと、そこにいるジードや他のランク3とは、何が違うと思う?」

「……」


 単純に考えればそれは精気か、あるいは〈丹紅〉とやらの量だろう。

 かつて迷宮のボスをたった二人で危うげなく討ち果たしてみせたクラックとテレサ。傍から見ても彼らが別格の存在であることは十分に知れた。スキルの練度、経験、単純な肉体の性能、どれも違うと言えば違う。

 けれど、それが答えであるようには思えない。ランク3までの説明を聞く限り、明確な壁があるはずだ。そして、それは人々に知られては困るものだという。

 答えを期待していなかったのか、マードウは続きを口にした。


「4と5の間にもまた絶対的な壁がある。けれどあるいは、3と4の間の方が壁は大きいかもしれない」


 彼は足を止める。

 気づけば、左側の壁に扉があった。壁も床も天井も、全てが白で埋め尽くされた中にあって、その扉だけが真っ赤な色に染まっていた。


「その理由がここにあるんだ」


 彼が扉に手をかざすと、それはひとりでに開いていく。

 ほのかな明かりが内部から漏れてくる。柔らかな、包み込むような光だ。


「当代最高の癒し手、回生所の長、衛兵隊の創設者にして、我々の最高峰……ランク5」


 その内へ、足を踏み入れる。

 空気が変わった。そう思った。


「コハナ様が待っている」


 静かな空間がそこに広がっていた。

 円形の広間だ。天井は高く、全体が照明になっているのか、淡い光を広間に落としている。壁は白く、外と変わらないようだ。

 床は青い……と思ったが、違う。これは水だ。水がほとんど一面を埋めている。薄暗いため、深さは見通せない。……何か、底に沈んでいるようだが、わからない。

 広間の真ん中に、ぽつんと浮かぶ小島のような場所があった。小島としか言えなかった。少し盛り上がった陸地に、草花が生い茂り、木まで生えている。

 その島へ向かって、入り口から細い道がまっすぐに敷かれている。


「落ちないように気をつけてくれ。危険はないけど、騒がせたくない」


 マードウが島に向かうのについていく。

 両脇の水面を見る。波紋一つ立っていない。動くものが見えないのだ。

 それは、島についてからも同じだった。

 木々や草花はあれど、動物の気配がしない。おそらく虫もいないのだろう。ひたすらに静かだ。

 木々の合間を進むと、すぐにあるものが見えてきた。

 寝台だ。……多分。

 沈み込みそうなほど分厚い円形で、天蓋がついている。カーテンが閉められ、中はうかがえない。艶やかな布が地面にまで垂れ広がっているが、不思議と汚れているようには見えない。

 柱の中の自然……自然の中の人工物。

 どれも浮いているはずなのに、奇妙なことに調和しているとさえ感じられてしまう。

 それは、寝台の奥にいる人物の気配によるものだろうか。


「コハナ様、参りました。マードウです」


 マードウが声をかける。

 返事はない。

 ……いや、何かが聞こえてくる。周囲が無音な分、それだけが妙に目立ってしまう。

 何か、獣の唸り声のような……


「開けますよ」


 無感情にマードウは言い、同時にカーテンを勢いよく開け放った。

 カーテンに遮られていたその音が、輪郭を明らかにする。

 それは寝息だ。

 もっと言えば、いびきだった。

 寝台には一人の女性が眠っていた。

 薄く、身体に張り付くような服一枚を身に着けている。大口を開け、両手と両足を広げて全身を寝台にこれでもかと預け、誰が見ても熟睡しているとわかる姿だった。

 僕らは動けない。ジードもサラも、何とも言い難い顔で黙っているしかない。

 マードウだけが、はあっ、とため息をついたかと思うや、


「失礼」


 と寝台に手を触れる。

 ふわっ……と寝台が浮き上がり、僕の胸ほどまで至ると、落下した。

 どん、と静かな場に見合わぬ音が響いた。

 マードウは僕らの方に振り返ると、何事もなかったような顔で口を開いた。


「この島の上なら多少音が響いても水中に影響はない。そういうつくりなんだよ」


 聞いていないんですが。

 彼の背後から、起き上がる人影が見える。


「ええ、何!? 何!? 何事!?」


 混乱した様子で、その女性は寝台から降りてきた。

 素足で地面を踏みしめる。


「マーちゃん今なんかした!?」

「いえ何も」

「うっそまた乱暴なことしたでしょ! いつも優しく起こしてってお願いしてるじゃん!」

「この時間にとおっしゃったのはご自分からでしょう。どうしてまだ寝ておられたのですか」

「それはー……ほら、一昨日久しぶりに攻められたでしょ? 昨日はその分の補給頑張って疲れちゃったていうか……」

「それで減った量など微々たるものでしょう。そんなに急ぐことはないはずです」

「まあねえ、それはそうなんだけどねー……」

「それより、例の三人を連れてまいりました。カイリは初対面でしょう。しっかりしてください」

「あ」


 ひょい、とその女性がマードウの肩越しに頭をのぞかせ、こちらを見てくる。


「サラちゃん、ジードちゃん。また来てくれてありがとうね。たくさんは時間取れないんだけど、いっぱいお話しようね。……それで」


 目が合った。

 その女性は、ぞっとするほど整った顔をしていた。

 深い黄金の髪を戴いている。地面につきそうほどに長い。薄い布一枚身につけた身体は、女性的な輪郭を明らかにしている。手足は細く、真っ白な肌は木々から漏れる薄明かりを反射し、輝いているようだ。

 柔らかな曲線を描く眉の下、優しげに細められた青い目が僕を見ている。

 閉じられているだけで微笑の形となる赤い唇が、ぱっと開かれた。

 異様に美しい顔が、無邪気に破顔したのだ。


「あなたが、カイリちゃん?」


 マードウがどき、その横を通って彼女が近寄ってくる。

 僕は動けない。

 目の前まで来ると、わずかに身をかがめて彼女は僕の頭に手を乗せた。撫でてくる。


「会いたかった。よく来てくれたね。ここまで、大変だったでしょう」


 優しい声をかけられる。

 身構えることができない。抗う気持ちが湧いてこない。

 ……今、ようやくこの部屋に入ったときの変化に気づいた。

 中央に来てからずっと感じていた居心地の悪さが、この部屋には感じられない。

 外と変わらないどころか、落ち着く感覚さえある。

 みんなが言っていた「中央は安心する」とは、こういうことだったのだろうか。


「コハナ様、そろそろ」

「あー、名残惜しいけど仕方ないね。また後で撫でさせてね、カイリちゃん」

「……いえ」


 意味のない返答しかできない。

 コハナと呼ばれた女性が身を引く。

 隣にジードとサラがいたことを思い出す。サラはともかく、ジードには嫌なところを見られた。

 ちらっとうかがうと、予想に反してジードはむしろ気まずい顔でこちらを見ていたようだった。サラは複雑そうな顔をしている。……ああ、二人もされたのか、今の。


「それじゃあ、どこから話をしようかなあ」


 僕らの前に立ち、おそらくランク5であろう女性は首を傾げる。マードウは後ろに控え、黙っている。

 すぐに、ぱん、と両手を胸の前で叩き合わせると、


「うん。じゃあ、結論から言おうかな」


 こう言った。


「私はね、神様に、この地に降り立ってほしいの」


 まるで夕飯の支度をお願いするかのように、気軽な声で。


「手伝ってくれない?」



5章終わりです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] どうしてだろうか 神様を降ろすことに幸福なイメージが湧かない
[良い点] 面白いです!続き待ってます! [一言] >医療と信仰がこの北側に集っているということか。 >西側は軍と攻略隊、それに近衛とやらの領域と聞いた。 >南側は学院と学舎……知識と教育で、北側は輸…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ