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魔術師カイリの星巡り  作者: 雑木
5章 天地の柱
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73 攻防



 ついこの間、メグロに手解きを受けた。

 リュイスの仕事が終わるのを待つ間のことだ。


『身体が鈍る。少し付き合え』


 と、山頂に連れて行かれ、軽く打ち合うことになった。

 メグロは杖を使い、僕は【刃】……を、ただの棒状にしたものだ。最初はそこらに落ちていた木の枝を使おうとしたのだが、メグロに止められた。


『普段から使い慣れたものにしろ』


 となると、僕には魔術しかない。それを知らないわけがなく、つまり僕に使えと言っていた。


『いいんですか?』

『良くはないが、お前からそれを取っても意味がない』


 そうして始まったそれは、本当にただ杖と魔力を打ち合うだけのもので、僕も彼も本気は出さず、怪我をするようなことはなかった。運動不足解消のためのちょっとした訓練、その程度のものだ。ただ、片腕になったとは言えメグロには軍での研鑽があり、ちょっとした技や読みに驚くことが幾度もあった。

 ぱし、ぱし、と打ち合いながらその内に彼がぽつりと言った。


『今のお前は、ランク3の大半とはやり合えるかもしれん』

『そんな予定ありませんけど』

『予定はなくとも予想はあるだろう』

『……』

『戦闘において、ランク3ともなると身体能力ではほとんど優劣がつかない。そこを分けるのがスキルの練度になる』

『それはなんとなくわかりますが』

『実感はしていないだろう。お前は〈言語〉以外にスキルを持たない。〈気功〉だけでもどれだけの派生や組み合わせがあるか……把握しているものなど、もしかしたらいないのかもしれん』

『〈気功〉はそんな感じですよね。この前、精気を光源に変えている人を見ました。迷宮内じゃ目立つからやめろって怒られてましたけど』

『〈閃光〉か。光や熱に変えるのは比較的容易だ。無論、実戦で使える威力となるまでには相当な精気と工夫が必要だが』


 そこでメグロは杖を構え直した。

 胸の前に右手を置き、自身と平行になるように持つ。


『〈鋼化〉においては、最も単純な工夫は形状だ。剣、槍、盾、弓矢、さらには武具以外にも様々な道具を俺たちは〈鋼化〉でまかなおうとする。それ自体は普通のことだが、なまじ鋼が最初から十分に硬く、自在に変化させられるため、その質を追求しようとするものは少ない。特に、若いとな』

『……鋼の、質?』

『見ていろ』


 その杖の表面を瞬く間に鈍色の鋼が覆う。すぐに刃が形成される。


『む……』


 と、呼気がわずかに漏れた。その瞬間だった。

 刃の鋒から、徐々に鋼が色を変えていった。

 それはきらめくような銀色だ。今までは暗い印象のあった鋼が一変し、輝いている。


『以前、精気をさらに練り上げたものを〈闘気〉と呼ぶといったな。これは鋼にとってのそれだ。過程を持って〈精錬〉と言う』


 ふうっとメグロが息を吐いた。

 その瞬間、鋼は輝きを失い、また元のくすんだ鈍色に戻ってしまう。


『……強いんですか、それは』

『普通の鋼が相手なら硬度も精気の通りも段違いとなる』

『すごい』

『ただし、見ればわかっただろうが熟達していなければ変化に時間がかかり、集中も要る。俺のは使い物になる段階にない』


 メグロは杖を地面に突き立て、わずかに体重をかけると僕を見た。


『ランク3の中でさらに昇格するものは、このような工夫を怠らぬものだ。才能と努力、両方を兼ね備えたものが上にいる。また、低ランクであってもひたすらにスキルを磨いたものもいるだろう』

『……忠告、ありがたく受け取っておきます』

『事実を口にしただけだ』


 彼はいつもの無愛想な顔で続けた。


『化け物揃いだぞ、中央は』


 そうなんでしょうね、と僕は答えた。




      ◇




 一歩踏み出すごとに十を超える数の打突が襲いかかる。

 連続して突きを見舞ってきたと思うや、足を、首を刈ろうともしてくる。気が抜けない。流れがつかめたと思った瞬間には拍子を崩してくる。

 両手で構えた棒でとにかく当てる。有効な防ぎ方などは考えない。何としても身体に触れられる前にまず防ぐ。

 そうすれば、掌中に隠した【雲散】が威力を飛ばす。

 単純な物理攻撃を防ぐには【障壁】が一番だが、【雲散】は【障壁】を抜かれたとき、最後の防御として開発した。【雲衣】などに付与することで当たってから威力を削ぐものだ。

 今、ジードは攻撃を当てるたび、吸い込まれるような力だけが逃げていく感覚が棒から伝わっているはずだ。

 奇妙だろう。

 気持ち悪くさえあるはずだ。

 だというのに、こいつは笑っている。


「は、は、は! おもしれえなあカイリ!」


 おもしろくない。

 こっちは必死なんだ。

 ジードの攻撃は多彩だ。間合いの利を活かして、存分に空間と武器の伸縮を活用してくる。

 ぎゅん、と頭部を狙って大きく棒を薙いでくる。

 腰を落としてかわす。急に軌道を変え、振り下ろしてきたときのために頭上で構えるのも忘れない。

 棒はそのまま通過し、縮みながら横に回転する。

 そのとき、ぞっと背筋に悪寒が走った。

 逆側の先端がこちらを向いている。

 急いで身体の前で構え直す。狙ったように高速で伸びてきた突きが直角にこちらの棒へ当たる。

 甲高い音。すぐに静まる。

 【雲散】がなければ、後方へ弾き飛ばされていたところだった。


「惜しい! もうちょいだったな」


 元の長さに戻した棒を軽くこちらへ向けながら、ジードはへらへらと笑い、それでいて冷徹に観察してくる。

 ……だから嫌なんだ、こいつは。

 ただの戦闘狂、ただ才能にかまけたお調子者であればこんなに厄介じゃない。

 こいつは戦いを楽しみながら、常により良い一手を模索している。

 生粋の戦士だ。

 それを相手にして、あと三歩で僕も攻撃が届く間合いとなる。しかしそこへ至ったとしても、何ができるでもない。

 ……ここから、どうする。

 魔術を見せない。その縛りで行くならば、もうここが限界だ。【強化】と【雲散】、この二つで周囲の目がある中でもここまではしのいだ。

 だがここから先、無理やり踏み込んだとしても今度はやつの防御を抜く手段がない。むしろ、攻撃に意識を割けばすぐさまその隙を狙った一撃が襲ってくる予感がある。そして僕にそれを回避することはできないだろう。防御に集中し、じりじりと距離を詰める今でいっぱいいっぱいなのだから。

 これ以上の魔術を使うか、どうか。

 ジードに、衛兵隊に見せるべきか否か。

 ……見せることはできない。

 彼らは仮想敵だ。僕に何ができるか、情報はできるだけ与えたくない。

 さらに……


「なあ」


 と、ジードが声をかけてきた。

 笑みを消し、集中した目を向けてくる。


「何か考えてるみたいだけどさ、他を見せるつもりが無いんだったら、今日はもう俺が勝つぜ」


 獲物にとどめを刺す直前の、獣の顔だ。

 瞬間、手に衝撃がある。

 凄まじい速度で放たれた突きをなんとか反射で防御した。

 つい先程までの攻防と変わらない。

 違うのは、わずかとはいえジードの攻撃が【雲散】を抜いてきたということだ。


「お、手応えあり」


 軽いつぶやき。

 直後、怒涛のように連打が浴びせられる。

 それらを防ぐ。両手で構えた棒で当て、威力を【雲散】で飛ばす。

 だが、貫通して届いてしまう衝撃がある。掌中に収まる程度の【雲】では限界がある。

 それを、この短い時間で悟られた。

 とはいえ軽減しているのは変わらない。これくらいなら手首を痛める心配もない。

 かあん、と派手な音。

 上から叩きつけられた棒を防ぐ。手に衝撃。次に備えようとした、その瞬間に、気づいた。

 遅かった。

 棒が戻っていない。叩きつけてきたまま、むしろ僕を抑え込んでいる。

 そして、


「それ力を吸い込んでいるみたいだけどさ、押し返すのはどうだよ」


 ジードが突っ込んでくる。

 距離の利を捨て、自ら間合いを潰し、右手一本で棒を持ち僕を押さえ込み、左手は握られている。

 拳の形だ。

 次の手は、一目瞭然だった。


「そんで、同時に二箇所は吸い込めるのか?」


 間合いを破り、懐に潜り込んでくる。

 拳は明らかに無防備な脇腹を狙っていた。

 考える間もない。

 気づいたときには、跳び退っていた。

 眼前には、拳を振り抜いた姿勢のジードがいる。


「残念」


 にい、とジードが笑った。

 僕の目は、やつが持つ鈍色の棒に引き寄せられていた。

 そう、全体は鈍色のままだ。しかし、先端の色がわずかに変わっている。輝いているようにさえ見える。それは、メグロに見せてもらった質を上げた鋼の輝きとよく似ているように思えた。

 ……【雲散】が破られたのはそれもあってか。

 精気を通す効率が上がり、その分威力も上がったのだろう。

 嫌になる。

 やつは尻上がりに調子を上げている。

 では、僕は?

 今、避ける必要はあったか?

 怖気づいたのか?


「おし、もういっちょやるか」


 ジードは再び構え直す。

 腰を下ろし、待ち構える体勢だ。それでいて、油断すればまた一息で距離を詰めてくるだろう。

 今のままでは結果は見えている。繰り返し、焼き直しだ。

 だから迷っている。決められないでいる。

 突っ込んで、玉砕してやろうか。そんな捨鉢な考えが脳裏をよぎる。そのときだ。

 ぴい、と背後から鳴き声がして、


【おい】


 と、腰元から苛立ったような思念が伝わってきた。

 ふっと頭が軽くなった。【紋】を通して、落ち着け、と両方から言われる。

 視界が開く。

 一秒前までジードしか見えていなかった。今は、背景の森からクライス、サラ、周囲を取り巻く衛兵隊の人々、その表情までくっきりと見える。

 クライス含め、衛兵隊の人々は興奮した顔をしている。どうやら彼らから見ても僕は善戦しているようだ。悪感情は見られない。

 サラは……二年前、君がどんな顔をしていたか知らない。でも、きっとこうではなかったのだろう。とても強い顔をしている。見届ける、その意思がある。

 しっかりと見られている。

 正しくそれを実感できた。

 だとすれば、迷うことなどなかった。

 すでに僕はあちこちで見せている。ここに来るまでも、有事とはいえ確かに見せた。衛兵隊の予想以上の戦力に、どうやら無意識に考えまいとしていたらしい。

 それとも、こいつとは一人でやってみたかったのか。

 わからない。

 でも、今はもう決めた。


「ジード」

「あん?」

「魔術は見せないって言ったね」

「おう。なんだ、訂正するか?」

「いや、訂正はしない。魔術は見せない」


 失望されるかと思ったが、そんなことはなかった。

 ジードは笑みを深めていた。


「じゃあ、何を見せてくれるんだよ」

「……僕は、最近人にある名で呼ばれてる。そのわけを、見せる」


 背中のフードが揺れ動く。その中で気流が生まれ、今か今かと待ち望んでいた彼が、勢いよく飛び出していく。

 ざわめきが聞こえる。驚きの声だ。


「おお!?」

「こう呼ばれてるんだ……魔物使い、って」


 驚くジードに、パレットはデタラメな軌道を描きながら突っ込んでいく。振り上げられた棒の周囲を、まるで戯れるように飛び回りながら、【刃】を放つ。

 それを危なげなく防ぎながら、ジードは珍しいことに驚愕しているようだった。


「あっぶねえ!」


 パレットが追撃を放つ。【魔弾】と【刃】を連続して叩き込む。

 ジードが避け、そこに僕が駆け寄る。


「うおわ!」


 金属音。振り下ろした棒を、ジードが防ぐ。そこへさらにパレットが【刃】とともに飛び込んでくる。しかし、やつは身をよじってそれさえかわしてみせた。

 全力で押し込む僕の力と拮抗しながら、ジードは体勢整え、こちらに目を向けてくる。

 また笑ってるんだろうなと思ったら、その目は違った。眉根を上げた、何ともいい難い顔だ。

 口を開く。


「お前、本当におかしいやつだよな」

「君に言われたくない」

「お前に比べたら普通だよ、俺は」

「馬鹿言え。……反則だって言うなら、引っ込めるけど」

「は」


 ジードは鼻で笑った。


「馬鹿言うなよ。このまま、やろう」



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[一言] ジードならパレットを打ち落としそうで怖い
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