6 ふたり
【いやあそこで負けます?】
【うるさい】
【最後の方、結構マジでしたよね。なのに余裕ぶって追い詰めて逆転されるとかダサくないですか】
【黙れ】
【カゲさん素だと負けず嫌いなんですねえ。どんどん楽しそうになってるの横からでもわかりましたよ。それでいつでも殺せるからだなんて、その気もないのに時間かけるから逃げられるんですよ。いえ、追い出されたが正解ですかね】
【……】
【あっ……ごめんなさい、言い過ぎました】
【お前、性格変わってないか】
【何しろ一回死にましたからねえ。実際、欠けた部分はあると思いますし……あとまあ普通に恥ずかしいんですよ。最後だと思って遺言のつもりだったのに、どうしてこういうことしますかね】
【知らん】
【あなたがやったことでしょうに……】
【……】
【都合が悪くなると黙るんですね、覚えました。……ほんと、仕方ないですね】
フォルマは胸元で鈍く光りながら気配をやわらげた。
【もう少し付き合いますよ】
【そうか】
【なので、せめてもうちょっと意思伝えてくださいね、普段から。わかりにくいので】
【……善処する】
【はい。では、話を変えまして】
フォルマが周囲へ意識を向けたことがわかる。
背の高い草があたり一面に生えている。間隔を広げてもずっと同じだ。変わらない。
広大な草原に我々はいた。
【ここ、どこです?】
【知らん】
【ですよねー】
あの【雲】に飛ばされて、我々はここにいる。やつでさえどこに飛ばしたかわかっていないだろう。
少し前と似たような状況だ。
しかし、決定的に違うことが一つある。
【じゃ、まずは魔力補充しましょうか。感覚的にここも迷宮ですよね】
【そうだな】
我々は力をほとんど失った肉体を動かし、その地に一歩踏み出した。
◇
【ちょっとカゲさんあなたあたしの想像読み取りましたね。なんで完璧に再現しちゃってんです?】
【こうなりたかったのだろう】
肉体を再現するよりはるかに楽だった。
このものたちの美醜はまだよくわからないが、フォルマの想像を正確に反映した出来だと自負している。
【そうなんですけどね】
【自分でもできるようになればいい】
【あ、そうですよね】
身体の主導権を明け渡す。
フォルマは術を編み、身体にまとわせた。
【……あれ?】
【普段の格好だな】
【おかしいですねえ。もっかいやってみよう】
その後、何度試してもフォルマの格好は変わらない。
果てには、非常に簡素な衣服を身に着けていた。
【これ……寝間着……】
【正確に想像できていないのだろう】
【あたしは……この期に及んで理想の自分を思い描けないのか…っ】
しばらく落ち込んでいたが、やがて立ち上がる。
【まぁいいです】
【いいのか】
【いいことにしました。もうカゲさんができるならあたしができるのと同じと思うことにしました】
変な空気を漂わせているが、フォルマがいいというのならいいのだろう。
それに、そろそろ決めねばならないこともある。
【力が貯まってきた】
【ですね。もう不自由ないんじゃないですか】
【ああ。それはいいが目をつけられた】
【あー……】
【両方からだ】
【いやカゲさんがここのボスとも攻略隊とも喧嘩するからですよ。ボスはともかくなんで攻略隊ともやっちゃうんですか】
【鬱陶しかったから】
【生命反応追える人たちはしつこかったですね……殺してないからまだいいですが】
【なので移動する】
【妥当な判断なんですけど……この人、結構行き当たりばったりだな】
フォルマが何やら考えているが、どうでもいい。
【ここは南部というのだろう。東部へ行く】
【あ、戻るんですか】
【ああ】
私にできることは何だってしてやりたかった。
【故郷を見たいと思っていただろう】
【え……あっ、それも読み取りましたね。うっそどこまでわかってんですか、ちょっと吐いてくださいよ!】
できることなど何もないとわかっていても。
◇
【うわー全然人いなくなってる】
【最初がここでいいのか】
東部五番迷宮と呼ばれる土地だった。
我々が出会った場所だ。
【結局ここが一番長くいた迷宮になりましたしねえ。思い出深いですよ】
【そうか】
【何よりカゲさんと出会えましたし】
【そうか】
フォルマは感慨深くそこを眺めていたが、そう長くはなかった。
すぐに立ち去ろうとする。
【いいのか】
【ええ。さすがに人に会うわけにはいきませんし】
確かに名残惜しそうな気配は伝わってこない。
【そういえばあの子いたじゃないですか】
【あの雲か】
【あの子、何だったんでしょうね】
【わからない。お前のほうが詳しいのでは】
【いや汚染者ってことしかわからないですよ。あの歳でっていうのがまずおかしいんですけど】
【あの形は真に迫っていたが】
【カゲさんが負けるくらいですしねえ】
【負けてはいない】
【いやさすがにそこは認めましょうよ。最後とか見事に騙されましたよあたしたち】
【次は私が勝つ】
【そりゃそうでしょ……もしそうなったらあの子絶対逃げると思いますけどね】
どうも呆れられているような気がする。なぜだ。
【カゲさん、もっと余裕持った方が良いかもしれません。こう、話し方とかだけでも】
【必要ない】
【……そういう風に思ってたから一族の人の気持ちも察せられなかったんじゃないですか】
【……】
【いやそこで傷つくんだったらやっぱり必要なんですよ】
【……私にはわからない】
【あー……わかりました!】
【わかるのか】
【考えときます!】
【お前……】
フォルマはなぜかすでに名案を思いついたような意思を放っている。
【ちゃんと考えとくんで、楽しみにしてくださいね!】
◇
離れていてもざわめきが聞こえる。
そこには幼体が多数集まり、何か訓連をしているようだった。
【うわ懐かしい。十年ちょいじゃ変わらないものですねえ】
【お前もここにいたのか】
【ええ。ついこの間みたいな感じですけど、もう倍以上経ってたんだなあ……あ、先生まだいる。老けたなー】
しばらくするとフォルマは踵を返した。
【ここもいいのか】
【ええ。十分です】
【そうか】
やはり私にはわからない。
彼女が何を求めているか、何に喜びを感じるか、まるでわからない。
【考えていたんですけど】
【なんだ】
【あの子、多分こういう学舎で魔力汚染されてますね。年齢的に、さすがにそれしか考えられません】
【あの雲か】
【だから学舎を回れば彼がなんであんな魔術を使えるかわかるかもしれません】
そうなのかもしれない。
しかし、なぜそんな話が出てきたかがわからない。
【それがどうした】
【え、カゲさん気になってたんじゃないんですか。この話するといつも難しい気配を漂わせてますし】
【……そうか?】
【ええ。彼のこと調べたいんじゃないかなって思ったんですけど、違いました?】
間違ってはいなかった。
万が一を考えていただけだったが。
【他にやることもないなら調べてみません?】
◇
【え、海って本当にあるんですか?】
【この地をさらに東に向かえば海岸に出る】
【ええ!? ……いや、確かに東部の先は聞いたことないですけど】
【行くか】
【んんー……いや、これが終わってからにしましょう】
【そうか】
その旅は意外と長引いた。
学舎の数が意外と多かったのと、フォルマが場所を知らなかったためだった。
【いやだって他の学舎なんて輸送隊でもなきゃ行かないですし】
私はそれでもかまわなかった。
我々はふらふらと山々を巡り、たまに気が向いては閉ざされていない土地に侵入し、力を貯えた。
その間、ずっと意思を交わし続けていた。
【そうですねえ。こう、勿体ぶった言い回しがいいかもしれません。ずばっとそのもの言うと人って引いちゃうんですよ】
【そうか】
【返事もちょっと含みをもたせましょう。全面的に受け入れると会話が終わっちゃうんで、そうかな、みたいに考える余地を自分にも相手にも作りましょう】
【私にも?】
【そうです。考えてみれば違う意見が出るかもしれません。違ってもいいんです。相手の言ったことをちょっとでも考えるってことが大事なんです】
フォルマは私にはないものを持っていた。
とっくにわかっていたことだったが、今さらのように思い知る日々だった。
どうでもいい、意味のない会話も交わす。
【恋もしたかったんですよ】
【生殖か。相手は?】
【いやその……生殖の十歩くらい前ですかね、いいですけど。相手は、白馬の王子様……いやガラじゃないな。野性的な俺様……多分飽きる。私に一途な子犬系……可愛いけど可愛いで終わりそう。気が合う親友……友達のままの方が良くない?】
【よくわからん】
【あたしもよくわかんなくなってきました!】
【そうか……】
【呆れた気配が伝わってきますよ。大分わかりやすくなってきましたね!】
時間は止まることなく過ぎていく。
ついに我々はそこを見つけた。
【これ以上は近寄れない】
【……あれ、なんですか】
【末路だ。なるほど、やはりあれは後継だったか】
知ってしまったからには放っておけなかった。
【見定めねばならない】
◇
【めっちゃいい子なんで保護しましょう】
【お前】
【優しいですし、礼儀正しいですし、話合いますし】
【お前の主観だ、それは】
フォルマはいっそ誇らしげだった。
【たくさんの主観でこの世はできてるんですよ、カゲさん】
その子どもは危うい立場に置かれているようだった。
【年齢で何とか見逃されているみたいなんですけど、年齢で目立ってもいるんですよねえ。あの功績で目立たないのは無理ですけど】
【腕は悪くない】
【負けましたしね】
【……】
【あの、すいません。冗談なんで喧嘩売りに行かないでくださいね?】
【わかっている】
【良かった。それで、さすがにボスを倒すのは無茶ですよね】
【不可能ではない】
【誰か犠牲は出るでしょう。彼が魔術を万全に使えるなら別だと思いますが】
【そうだな】
【あの子、犠牲が出るのを望まないと思います。優しいので。……魔力汚染者には不釣り合いなくらいに】
フォルマは悲しんでいるようだった。
その感情が一転し、こちらに向かう。
【なのでカゲさん、彼のこと、いざというとき手助けしてあげてくれません?】
【……なぜ私が】
【カゲさん自身もちゃんと彼と接した方がきっとわかることがあると思いますよ】
押し切られ、結果的に本当に手を貸すことになってしまった。
これであのものに私たちの正体が知られたことだろう。
【これ以上ない機会ですよ】
【何のだ】
【新生カゲさんのお披露目ですよ!】
変な勢いに引いてしまう。
【いいですか、彼と会うときはあたしが指示した通りの受け答えしてくださいね!】
◇
【……あれで良かったのか】
【グッド! 最高ですよ完璧! ああいう振る舞い憧れちゃいますよねー】
フォルマははしゃぐが、私は疑っていた。
【お前の名まで使う必要はなかった】
あのものも明らかに訝しんでいた。
【いいんです】
【しかし】
【いいんですよ。嫌だったら申し訳ないですけど】
【そういうわけではない】
【なら使ってください】
静かに伝えてくる。
【もうすぐみたいですから】
◇
フォルマがあまり表に出なくなった。
主に私が前に出てあのもの……カイリと接し、そうでない間はいつものようにフォルマと意思を交わして過ごす。
その意思が明らかに弱っていることに私は触れられないでいた。
カイリを置いてでもフォルマのやりたいことを私は優先したかった。何度も訴えた。
フォルマの返事は変わらない。
【あたしの願いはカイリさんを見てくれることです】
早く、と私は思っていた。
早くその域まで至れと、カイリを見ながらいつも。私の想定以上の速度で成長していようと、ずっと思っていた。
そしてついにカイリが【継承】に相応しい域まで達したとき、それが起きた。フォルマの過去をカイリが知った。
しばらくフォルマは黙っていた。
夜になり、頼んでくる。
【カイリさんとお話させてもらえますか】
◇
【無茶をした】
【そうですね】
フォルマは笑ったようだった。笑い事ではない。
【カイリと話したかったのか】
【まぁそれは、はい。もうその気はなかったんですけど、過去を知られたならあたしから説明するのが筋かなって】
【……ここまで弱っていたとは、私も知らなかった】
【はは。それは弟子の上達を褒めてください。ずっと隠してたんですから】
【なぜ言ってくれなかった】
【気兼ねなくカイリさんを見てほしかったんです。師匠を全うしてほしかった。気づいたら、途中で放り出してたんじゃないですか?】
【当たり前だ】
【気持ちは嬉しいんですけど、弟子のことは最後まで見ないとダメですよ】
【お前が言ったから、そうなっただけだ】
それに、そう言うならお前が最初の弟子だ。
【あたしが教えられればそれも良かったんですけどダメですし、なら、師匠にお願いするしかないなって】
【……迷惑なやつめ】
【あはは。でも、楽しかったでしょう?】
否定はできなかった。
フォルマもカイリも性格は違うが接していて苦ではなかった。決して教えるのが上手とはいえない私でも、その役目をいつしか楽しんでいた。
【カイリさん、あなたと合うなってずっと思ってたんです】
【何?】
【最後までよろしくお願いしますね。あたしがいなくなっても】
【馬鹿なことを】
途中、気づいてしまう。
胸の結晶、フォルマの意思が宿る不完全な【種】にひびが入っている。
【もっとお話したかったんですけど、時間ですね】
【まだ、まだだ】
思考がまとまらない。
焦るばかりで何一つ有効な手が打てない。
思いつかない。
【私は、お前に何もしてやれていない】
【十分です。その思いだけで、本当に十分】
【海も見せていない!】
【……ああ】
フォルマがそっと気持ちをこぼす。
【それは、見たかったですね】
【だろう!?】
【でも、そこまで望むのは贅沢ですよ】
【そんなことはない!】
これほど強い意思を持ったことはなかった。
私のそれを抱きしめるように、彼女が意思を表す。
【ありがとうございます。本当に、本当に】
【あ、ああ、あ……】
ぴしり、とひびが深くなる音が聞こえた。
中央に大きな亀裂が入っている。
【大丈夫。あなたはきっと、もう立ち止まったりなんかしません】
どうして、とか細く尋ねてしまった。
【どうして、私に会いに来たんだ】
わからない。
これまでもずっとわからないでいる。
あなたが私を見捨てなかった理由が、わからない。
【それはですね】
彼女はいっそ自慢げに答えた。
【あなたが好きだからですよ】
変わらない、その感情を。
ぱきん、と音がする。
砕けた感触。
直前まで感じていた意思が、もうどこにもいない。
気づくと私は叫んでいた。
星空に向けて、のどが張り裂けるまで。
◇
まぶたに感じる光に目を覚ます。
起き上がり、目を開くとそこは丘の上だった。街道からわずかに離れた、小高い、ほんの少しの隆起。周囲は草原が広がり、遠くに林が見え、さらに遠くに山々がある。薄い色の空が広がり、いくつか小さな雲が浮かんでいる。太陽はまだ昇っている途中で、光と熱を振り撒いている。
風が吹く。
草の匂いがする。
この肉体になり、初めて匂いというものを知った。
手で顔を覆う。
眠っている間に触れていた土の匂い。その奥に、汗の匂いがある。私のもの。フォルマの匂い。
立ち上がる。
涙が乾いた頬に違和感がある。
清潔にしなければいけない。そう思った。大事にしなければならない。
カイリはもう起きて、街道を歩き出した頃か。
私も動こう。
声に出さず、口の中でつぶやく。フォルマ、フォルマ。
あの子の名前、私の名前。
行ってしまったあの子、わからないままの私。
いつかこの名を自然に私のものと思える日が来るだろうか。
わからない。でもわからなければ、きっとその日は来ない。
胸元に手をやる。
砕けた結晶の破片がそこにある。
もう何も反応を返さない冷えた硬い感触を感じながら、私はゆっくりと足を動かす。
ひとりで歩き出した。
番外編終わりです。




