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魔術師カイリの星巡り  作者: 雑木
4章 不変のさだめ
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43 【竜】



 迷宮を出た僕らはその足で館長室に向かい、発見したいくつかの隠し通路と、フォルマと考察した迷宮の構造を報告した。


「ふうむ……」


 東部八番迷宮『風除けの館』館長である痩せた初老の男は、机の上に両手を重ね、伏し目がちに考え込む様子を見せた。

 静かに顔を上げ、口を開く。


「我々が崖……谷間だと思っていたこの迷宮は実は穴だった、と」

「はい」

「確証は?」

「ありません。ですが、果てしなく続く崖よりも、実はぐるっと回っていたと考えた方が無理がないと思います」

「それは、まあね。頻度は少ないとは言え定期的に探索も進めている。中には我々が進むとその分崖も伸びる、なんて荒唐無稽なことを言い出すものもいたくらいだ」

「……」

「しかし、君の説が正しいとすれば何とかして渡ろうとしていた向こう側の崖に、我々はとっくにたどり着いていたというわけか。似たような景色が続くからそれに気づいていなかっただけで」

「闘気、あるいは精気で全身から特に耳を覆い続けていれば幻惑の効果は低いと思われます」

「探索専門のチームにそれは難しい。ランク3以上のみで編成すべきか……いや」


 そこで、彼は薄く口元を歪めた。


「いっそ何人かのランク4に崖から落ちてもらおうか」

「え」

「下にボス部屋があるのではないかとは以前から言われていた。確証はなく、向こう側の崖の可能性も考えていからだ。しかし、単に大きな穴が空いているだけのことなら、そこに動員できる最大戦力を投入すればいい。文字通りね」

「いや、それは……無事ではすまないのでは?」

「君は若いからわからないのだろうが、ランク4以上となると滅多なことでは死なんよ。空中戦が得意なものもいる。十分、実現可能な案だ」


 彼の発言は僕にとって想像の外にあった。

 しかし、たった二人でボスを圧倒した姿を思い返すと説得力がある。

 本当に可能なのかもしれないと思うが、だとしても問題はあった。


「……ボスがそれを予期していない、とは考えにくいと思われます」

「ほう」

「真上から落下……侵入してくる敵への備えも確実に考えているでしょう。こちらが一直線に向かえるということは、ボスからしても遮るもの無く攻撃できるだろうと思います」

「うん」

「また、首尾よく底に到達できたとしても、その先でボス部屋を発見できない可能性があります」

「君の話では底にある、というようだったが」

「そこからもう一つくらいは仕掛けがあってもおかしくないと考えられます」

「……」

「何より、僕のこの説は普通に間違っているかもしれません」


 彼は軽く片方の眉を上げる。


「君は確信を持ってこの報告を上げたのではないかな?」

「あくまで仮説ですので。僕一人が確信持ってたところで関係ないですし」

「……」


 彼はしばらく黙って僕を見つめていたかと思うと、椅子に深く背中を預けた。


「聞いていた話とずいぶん違うな」

「え?」

「もっと才気にあふれ、自我の強い人間だと思っていたよ、案内人カイリ。思っていたよりよっぽど普通だ。成果は普通ではないが」

「……僕は普通ですよ」

「本当に普通の人間は短期間で二つもボス部屋を見つけないものだよ。私はひょっとするとここも見つけてきてしまうのではないかと内心身構えていたくらいだ。いや、一日でこんな仮説を立てて来るのも十分驚きだがね」

「……」

「まぁ、ここは仮にも一桁だ。二桁以上とは深さが違う。私も、本気でランク4に落ちてもらおうと思ったわけではないよ」

「では、どうして」

「君、学院の研究資料が見たいんだって?」


 唐突に彼は言った。

 知られて困ることではないが、彼の口から出てくるとは思わず、僕は一瞬止まってしまった。


「学舎を出てもいない子に見せるのはどうなんだ、という意見が出ている。これには君に対する懐疑もあるだろうが、子どもに見せるようなものではないという倫理的な考えも含む」

「それは……」

「で、君が次に訪れる迷宮に通達が来たわけだ。つまり私に、君が資料閲覧に足る人物か見極めろとね」

「……」

「つまり今、私は君を試したというわけだ。少しね。どんな反応をするのかな、と」

「僕は正解でしたか?」

「正解は考えていなかった。不正解もね。私もあれは子どもに見せられる資料ではないと思っているし、同時にある程度の実力があるならば見てもいいのではと思っている。そして君は意思があり、実力も示した。だから、ま、いいんじゃないかな」

「はあ」

「ところで君、これからどうするの? また別の迷宮に行く? なら紹介状書くけど。まぁお嬢さんの紹介状より効力あるか疑わしいけどね」


 最初の印象よりもかなり軽い彼の様子に少し引きながら、僕は「いえ」とかぶりを振った。


「もう一月ほど、この迷宮の探索を続けようかと思います」

「ほう。こちらとしては構わないけどね。では、そのように。離れるとなったらまた連絡をくれ」


 館長への報告はそうして終わった。




      ◇




「心配されているね」


 迷宮に入った瞬間、近くに出現したフォルマがニヤニヤしながら言ってきた。

 昨日の館長との話を聞いていたらしい。彼女が本気で身を隠したならやはり今の僕には探る術がない。まずそこを磨くべきかと思いながら口を開く。


「……今日は最初からその姿なんですね」


 彼女はドレス姿だった。攻略隊の……個人であろう案内人フォルマの装いではない。


「ん、何。あっちの方が良かった? 今から変えようか?」

「いえ、好きにされたらいいと思います」

「ま、これからは師として接するんだ。正装の方がいいだろう?」


 マジでどっちでも良かったので「そうですね」と肯いた。

 この迷宮では多くのチームが間引き専門として、岸壁の中へと続く横穴から強風の中を飛び交う魔物を攻撃するという手段を取っている。主に弓矢、投石を用いてだ。

 長い間その形が定着しているので、チームごとの狩場がほぼ決まっているため、逆を言えばそこへ近寄らなければ誰とも顔を合わせないで済む。

 僕らはまだ報告していない隠し通路に身を滑らせ、さっさと奥へと向かっていく。

 あのフォルマがそう言っていたように、迷宮の奥は魔術を研究する場として非常に優れている。




 【雲】を出す。

 【綿】や【壁】などの効果を付与していない、基本のものだ。それを僕とフォルマの間に漂わせる。

 そして、彼女は【影】を出した。足元から広がり、立ち上がる。薄く暗い、今にも払えそうでつかみどころのない【影】が【雲】と触れ合う直前で揺らめいている。


「君たちの言語に従うならば、魔術は魔力を元にして成り立つものだ」


 彼女は静かに言った。

 その顔に笑みは浮かんでいない。静まっている。

 厳かな雰囲気さえ感じるほど、いつの間にかその場……迷宮の奥に発見した小部屋は張り詰めていた。


「大地から溢れ、大気に漂う魔力を取り込み、自身という器に満たすことでその色を変え、もって超越たるものをこの世に生み出さんとする……それが魔術だ」

「……超越たるもの?」

「君は何度か見てきたはずだよ」


 僕が問うと、彼女は当然のことのように言った。

 心当たりが、一つだけある。


「……迷宮のボス、ですか」


 よどみなく彼女は肯く。


「そう。でも、少なくともあの地底湖のやつは紛い物だよ。弱すぎる」

「あんな怪物になることが、魔術の目的なんですか?」

「結果は目的を毀損しない。手段と意思が間違っていたと見るべきだ。弱すぎると言ったのは何も戦力だけの話じゃなくてね、あれは何より意思が弱い。暴食の快楽に呑まれたんだろう」

「……」


 やつを思い出す。

 全身黒光りした、巨大な鰐を。

 キリエの【雷】が無ければ僕らには勝ち目がなかった。

 ……ただし、僕もその迷宮に対する意識には大いに疑問があった。


「昨日、あの地底湖をエサ場だと言ったのはそれですか」

「魔物をエサとして育てる手法もあるがね、明らかにあそこは均衡を崩していた。あそこまで肥え太らせるために使った魔力と、食らうことで得られる魔力でほとんど変わらなかったんじゃないか。あれ以上の変化を放棄したとしか思えない」

「……僕が魔力を食らわせた魚を食べたのも、もしかして我慢できなくなったから?」

「おそらくそうだろう。臆病ならば隠れ抜けばいいものを、欲に負けた。なんとも【悪竜】もどきに相応しい末路じゃないか」

「それ、昨日も言ってましたね」

「ああ、言った」


 彼女はつば広の帽子の下、ニヤリと一瞬笑みを見せた。


「真に超越たるもの、それを我々は【竜】と呼ぶ。自身の魔術を【竜】に至らしめる、それが我々の目的だ」


 僕は、目の前に漂う【雲】を見た。そして、その向こうで揺らめく彼女の【影】を。

 【影】はともかく、この【雲】が【竜】? 本当に?

 僕にとって竜とは伝説上の生き物だ。それが、彼女の魔力をこめた言葉から伝わるイメージと合致した。

 何よりも強く、他の束縛を受けず、天地を自由に行き交うもの。

 それが【竜】だと僕は受け取った。


「必要なのは理解であり、確信だ」


 言葉とともに、【影】が蠢き【雲】へと絡みついていく。

 とっさに意識を集中し、対抗するように【雲】の密度を高め、【影】から逃れようとする……その一瞬で、【影】は姿を消していた。

 目をみはった。

 次の瞬間、莫大な【影】が【雲】の背後から溢れ出し、【雲】もろとも僕を包み込む。


「うわ!」


 【影】の勢いは止まらない。上下左右、どこを見ても薄暗がりの中にある。

 自分の姿だけが明確で、他全てが暗闇のようで薄っぺらい。

 行動は制限されていない。手足も自由に動く。

 試しに少し歩いてみると、どう見積もっても先ほどまでいた小部屋の広さを超えている。

 迷宮の小部屋からさらに別の場所へ、突然連れてこられたとしか考えられなかった。

 僕は【影】に囚われた。


「そこは【影】で作った空間だよ」


 彼女の声が響く。

 姿は見えない。どこからという感覚もない。その場、全体の【影】から響いていた。


「最初の課題だ。君の魔術でどうにかしてそこから出てみなさい」

「え」

「なお、今日一日過ぎても私からは解かないものとする」

「はい?」

「じゃ、頑張って」


 声は途切れる。

 そして、その寸前まであった彼女の気配が消える。

 魔術だけが残り、この空間を形成していた。


「……マジかー」


 うめき、天を仰いだ。暗かった。



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