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魔術師カイリの星巡り  作者: 雑木
4章 不変のさだめ
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41 【影】の女



 強く風が吹いている。

 全身に吹き付け、うめくような音が耳に届く。どころか、さらに遠くからまるで巨大な怪物が咽び泣くかのような異様な音が響く。それも、一つじゃない。いくつもいつくも、大小無数様々な風鳴りがあちらこちらで叫んでいる。

 そこは崖だった。ひと一人がかろうじて通れる程度の細い道が斜面の中、か細い糸のように続いている。上を見上げれば果てしなく続く切り立った岩壁があり、天井は暗い。下を見れば底が見通せないほどの暗闇が、遮るものなく広がっている。一歩でも道を踏み外せば真っ逆さまに墜落し、けして助かるまい。

 横……開けた空間に目をやると、そちらにも岩壁が見える。遠近感が狂って距離がつかめない。上も下も左右も見通せない。全体像がわからない壁だ。向こうから見ればこちら側は同じように印象を持つだろうか。

 東部八番迷宮……五番迷宮より少し後に確認された場所に今、僕はいる。

 この迷宮の環境は単純に崖だ。入口から洞窟を進み、ほどなくして崖に出る。あとは岩壁に沿った道をひたすら進み、ときに隠し通路がある程度で、時折襲ってくる魔物を撃退する。主に蝙蝠や鳥型の、翼ある魔物だ。常に強風が吹き付けているせいで一つ間違ったらすぐに落ちる。そこに魔物が襲いかかってくるとさらに足を踏み外しやすくなる。

 ここもまともに探索しようとするには危険すぎるという理由で、間引き専門のチームばかり常駐している。


「珍しく弓矢が活躍するって言いますね。もっとも〈鋼化〉の矢なんて使ったら確実に回収できませんからなかなか威力は乗らないって聞きますけど」


 すぐ後ろからそんな声がかかる。

 振り返らずに返答する。


「侵入者の行く手を阻むって観点から見たら相当いい環境ですね、ここ。こんなだだっ広い空間が空いてなかったらもうちょい効率いいのかもしれないですが」

「多分日々蓄えられる力は微々たるものですね。損失が多すぎます」


 僕らはこの迷宮の危険性、脅威度とはまた別に、この迷宮の機能性について論じた。

 フォルマと話すのはやはり楽しい。

 魔術についての話題で盛り上がれる相手は他に誰もいない。

 真実を知らないままでいられたら、今このときをもっと屈託なく楽しめたことだろう。


「……ところで、なんでその口調なんです?」


 言うや否や、背後から伝わる気配がはっきりと変わった。

 どこか無防備な幼いものから、静かで密やかな得体の知れない何かに。


「んん? こっちの方が好みだったかな?」

「いや、そういうわけではないんですが……」


 声が変わる。声質が変わったわけではないのだろうが、もうはっきりと別人だ。

 恐ろしく思う気持ちはいまだにあるが、それ以上に奇妙だった。


「ま、とりあえず君の疑問は後回しにして先へ進もうじゃないか。落ち着いて話すにはここはちょっと騒がしすぎる」


 彼女の言う通り、強風は止むことがない。

 僕らは気をつけて、ゆっくりと進んでいった。

 ……行動を共にし始めてもう数日経つが、今になっても現実感がない。

 このフォルマの姿をした【影】……魔族は、どうして僕につきまとうのだろう。

 理由は聞いたが、わからないとしか言いようがなかった。




      ◇




 ボスが死に、徐々に衰退し始めていく迷宮の直上、山頂で僕らは対峙していた。

 いや、対峙というには不当だ。僕の方には今にも逃げだしたい気持ちがある。

 星空の下、その暗い部分だけを切り抜いて仕立てたようなドレスをまとった女性は、ちょいちょいと手招きしている。

 一つ息をつき、僕は足を進めた。

 女性は静かに待っていた。長い黒髪、成熟しているのにどことなく幼い顔立ち、しかし今はそこに嘲るような笑みを浮かべている。

 迷宮で、フォルマと名乗った女性の顔だ。

 しかし、気配がまるで違う。


『やあ』


 僕が目の前に来ると、女性は言った。

 楽しそうな声だった。


『……お久しぶりです』

『うん、そうだね。でも君、一応聞くけど私のことわかるかな』


 彼女はニヤニヤと僕を見てくる。

 こういう性格だったんだなと思いながら僕は答えた。


『一年前にお会いした【影】使いの方ですね』

『そのとおり』

『何とお呼びすれば?』

『フォルマでいいよ』


 それは少し難しい。

 まだ僕の中では迷宮と魔術について語り合った彼女と目の前の女性がまるで一致しない。

 同じ顔をしていても別人に思える。

 返事はせず、肯くだけに留めた。


『うんうん。で、早速なんだけど君、私のことにいつ気づいた?』

『……』

『つまり、私が【影】だってことにさ』


 一拍置く。


『……最後、あのボスにトドメを刺す瞬間まで気づきませんでした』


 本当のことだった。

 僕はフォルマをまるで疑っていなかった。いや、何かしら隠していてもおかしくないと思っていたが、こんなこととは考えもしていなかった。

 今も信じきれていない。しかし、さすがにそれ以外には考えられず、かすかに漂ってきた魔力を追ってここに来た。それさえ他の誰も気づかないだろう、微細な魔力だった。

 こうして目の前に立ってしまえば、彼女が内包する魔力量のすさまじさは明白だというのに。


『だろう?』


 彼女は笑みを深めた。


『ふふん。君には前にしてやられたからね。これでようやく意趣返しできたってわけだ』

『は?』

『いかに【雲】が隠すのが上手かろうと、隠れることに関して【影】に敵うはずがない。わかっただろ?』

『はい?』

『いつ君に魔力をくっつけたかわかるかい?』

『……別れるときでしょう。あのとき背中に手を回された』


 それしか考えられない。

 そのとき気配を隠した【影】の魔力が僕に付着し、ずっと離れなかったということだ。本物の影みたいに。


『そう。さすがに気づかれるかと思ったが、甘いなあ』


 彼女はニコニコしている。非常に機嫌が良さそうだ。

 言葉通り、本当に一年前のことをやり返そうとしたのだろうか。


『あの』


 と僕は声を上げた。


『なんだい?』

『用件それだけですか』


 この女性は、つまり魔族だ。

 人類の敵、であるらしい。僕には実感がない。魔物とは戦ってきたが、彼らに知性は感じなかった。

 彼女は違う。

 会話ができる。意思が伝わる。感情を察せられる。

 僕たちと一体何が違うのだ、と思ってしまう。

 だからこそわからない。わからないし、どうにもできないことに不安がある。

 彼女は一体僕に何を求めているのだろう?


『……そうだね』


 す、と笑みが消えた。表情が失われると、さらにフォルマの印象から遠ざかる。


『私としてはこのまま別れてしまってもいいかな』

『……』

『と、思ってたんだけど、やめた』


 おどけたように言う


『……では、どうすると?』

『うん。いろいろ考えたけど』


 まじまじと僕を見つめてくる。


『君、これからまた迷宮に潜るんだろ?』

『……はい。そうですけど』

『私も同行しよう』

『は?』


 それ以降、【影】の女性ははつかず離れず、出たり消えたりしながら僕の周囲にいる。




      ◇




 崖の中に隠し通路を発見したので入り込む。ここまでにも横穴はあったが、それは今までに発見された通路だ。この迷宮はこうして崖の中の隠し通路を見つけることで先へ進めると考えられている。


「多分、崖を飛び降りればボス部屋のすぐ近くまで行けると思うけどね。やってみたら?」

「死にます」


 近くに魔物の気配がないことを確認し、僕らはようやく腰を落ち着けることができた。壁の向こう側で風がうなっているのがわずかに聞こえるが、先ほどに比べたら大分マシだ。

 彼女は……フォルマは、あのドレス姿ではない。

 厚手の頑丈そうな衣服に、要所を保護する防具、ブーツ、背嚢と攻略隊によくいる出で立ちとなっている。

 迷宮に入った途端、こちらの方が都合いいからと装いを一瞬で変えていたのだ。


「似合ってるだろ? この子もともとこういう格好してたんだ」


 彼女は服を引っ張りながらそう言った。初めて会ったときの彼女には馴染んでいた格好だが、表情のせいか今は違和感がひどい。

 ……それを口にするか悩む前に、薄々勘づいていたことを尋ねねばならない。


「……この子、と言いますと」

「うん。この身体の子。フォルマは死んだ。だから、私がその姿をもらったんだ」

「それは、いつ」


 もし僕が出会った後であったなら、覚悟を決めねばならなかった。


「東部五番迷宮っていうんだろう。君と私が出会った場所だよ。この子はそこで案内人をしていた」

「……」

「信じる信じないは君の勝手だ。私が殺したんじゃない。限界だったんだ」

「限界?」

「魔力汚染のだよ」


 それは、ひどく納得の行く言葉だった。案内人、魔導士を含む魔力汚染者全員が抱えている制限時間。

 信じるかどうかは決められない。けれど、筋は通っていた。


「ま、雑談はここまでにしとこうか。君も、もう少し実績がほしいんだろ?」

「……そうですね」


 僕は立ち上がる。

 崖から落ちないよう気をつけるのに苦労しただけで、実際そこまで疲れてはいない。

 魔力も十分。探索の時間だ。

 ……この迷宮は今まで探索してきたものと比べて少し特殊だ。外から見ると山が低い。ちょっとした丘と見てしまう。だから発見が遅れた。五番迷宮よりも中央に近いのに、確認されたのはその少し後だ。

 上が盛り上がっていない代わりに、下に広がっている。あの崖がそうだ。底を見通せない。

 それでも、迷宮であることには変わりない。その構造にはルールがあり、意図がある。


「【霞】」


 つぶやく。魔力でできた【霞】が広がっていく。

 この隠し通路は崖の奥に向かっている。どこかに下につながる道が見つかれば、攻略のための新たな足がかりとなるかもしれない。

 今回、ボス部屋まで見つけるつもりはない。

 案内人として成果を上げるため、そしてもう一つの目的のためにこの探索に潜る人が少ない場所を選んだ。


「じゃあ、お手並み拝見といこうかな」


 すると、隣でニヤつきながら僕を眺めている彼女の下から暗い【影】が広がる。

 水が流れていくように【影】は通路の奥へとその領地を広げていく。しかし、その進行は遅い。

 【霞】が空間を埋めるその後から、ゆっくりと【影】は迷宮の壁を舐めていく。

 僕が何を見つけて何を見つけられなかったのか、彼女はそれを採点するつもりらしい。

 ……本当になんで?



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