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魔術師カイリの星巡り  作者: 雑木
4章 不変のさだめ
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40 閉山舎



 街や村がないということに、メグロと行動を共にして大分経ってから気づいた。

 最初はメグロが近寄らないのだと思っていた。魔導士の仕事では関わりがないのだと。だが、さすがに一年もぐるぐる山々を渡り歩いていると見えてくるものがある。

 輸送隊の人間は合流地に集うが、そこに定住することはしない。山々を繋ぐ交通の要衝に集いはしても街や村に発展することはない。

 その方が便利では? と尋ねてみたことがある。


『住むなら中央に住みたいんだよな』


 と、リュイスは言った。

 しばらく待ってみても、それ以上に続かない。

 マジでそれが理由なのかとひどく驚いた。

 リュイスだけならともかく、輸送隊の人間の誰に尋ねても似たような答えだった。

 実際に中央に居を構える人もいた。その人は一年の大半を旅の空で過ごし、たまに中央に赴く仕事に当たると家に帰れるのだと言う。結婚していて、お嫁さんは中央で働いているらしい。

 寂しそうにはしていたが、納得しているようだった。

 それだけ中央が魅力的であるとも考えられる。きっと都会なのだろう。人も多く、発展していて、娯楽も揃っているんじゃないかと思う。

 でもそれが他に街を作らない理由になるのだろうか?

 ほどなく僕の疑問はある程度、間違いであったことを知る。

 中央の他にも人が集まって暮らす場所がある。たとえば当たり前だが学舎がそうだ。そして、魔力汚染者を集めた療養所もそれにあたる。中央から少し離れた場に作られていると聞いた。

 後はもう一つ、迷宮が死んだ山の近くに、そこを監視する目的で作られた施設が存在する。

 学舎も死んだ山のそばに建てられるものだが、学舎の数は子どもの数によって限られている。それ以外の山に残された館を利用し、少数で共同生活を営んでいる場所であるらしい。

 そこに暮らす人々は、これも学舎の反対だ。

 ほとんど老人だそうだ。

 老化が進み、もう軍や攻略隊どころか輸送隊でも働くのが難しくなった人間がそこで余生を過ごす。

 名を閉山舎と言う。

 そして、いくら死んでいるとはいえ山の管理という役目がある以上、魔力汚染者が定期的に巡回する必要がある。魔導士が定期的に訪れるところが多いが、中には症状が進行し、しかしまだ療養所に行くことを拒む魔力汚染者が住み着くことで役目を果たす場合もある。

 メグロはそれを選んだ。




      ◇




「久しぶりだな」

「ええ、お久しぶりです」


 といっても別れてからまだ二月程度だ。

 懐かしむような感情はまるで湧いてこないし、メグロも最後に会ったときから何か変わった様子はない。

 相変わらず大柄で、濃紺の髪はボサボサのまま、僕の姿を見ても驚いた様子はない。

 右手に持った杖に頼る様子もない。魔力もしっかり制御できているようだ。


「ずいぶん活躍していると聞く」

「何を聞いているか知りませんが、活躍と言っていいものかどうか……」


 館に入る前、外の広場でもう会うことができた。

 かつてこの場所の迷宮がまだ行きていた頃は攻略隊の人間や輸送隊の馬車が行き交っていたはずだ。

 今はかなり様変わりしている。

 具体的には広場の中央でじいさんたちが全力で喧嘩していた。

 いや、あれは相撲かレスリング的な……?


「ぬおおおおっ! 次は俺がリュイスちゃんにシャツを作ってもらうんだあああああっ!」

「うるせええええ! 俺の帽子をカッコよく改造してもらうに決まってんだろおおおおっ!」


 上半身裸の、筋骨隆々の御老人二人ががっぷり四つに組み合っている。

 土俵のように仕切りは見えないので、多分倒されたら負けとかそんなだろう。スキルを使っている様子ではないので、マジで肉体だけで張り合っているらしい。

 周囲では同じく男女入り混じった御老人たちがゲラゲラ笑いながらやんややんやと囃し立てている。

 衰えた人間ばかりって話は何だったんだ。


「ていうか今リュイスさんの名が聞こえましたが」

「ああ。ここにいる」

「そう手紙にはありましたけど、え、本当に住んでるんですか」

「……住んではいないはずだが、ほとんどいる」


 歯切れ悪そうにメグロは言った。

 何か特例的なあれだろうか。おそらくメグロが心配でついてきたのだろうが。


「ここが閉山舎……と呼ばれているのは知っているな?」

「ええまぁ、はい」


 老人ホームみたいなものかと思っていたが。


「東部と北部の各地にある。長年働いた御老体たちに休んでもらうための場なのだが」

「はあ」

「ここは軍か攻略隊で活動してた人間ばかりでな」


 目の前の喧騒を見る。かなり納得がある。


「正直、俺たちが着いたときはひどい有様だったんだ。荒廃していた」

「ええ……」

「軍上がり攻略隊上がりで微妙に仲が悪かった上、ほぼ全員が戦闘系以外のスキルを持っていなかった」


 スキルがなくとも剣は持てるし料理もできる。しかし、ある系統のスキルを持つということはそこに必要と興味があるということだ。

 軍も攻略隊も戦いでは非常に頼れる。しかし、平時でも一人前という人間は少ない。


「食料は輸送されてくるからひとまず問題なかったが、それ以外がな……身だしなみの乱れから館内の荒れ具合まで、学舎の子ども以下だった、あれは」


 メグロがここまで言うのも珍しい。別に怒っているとか蔑んでいるとかではなく、どこか戦慄しているような気配さえある。

 理由はすぐにわかった。


「着いた瞬間、リュイスがキレた」

「ああ」

「軍上がり、攻略隊上がりそれぞれの代表者を呼び出し、正座させた」

「はい」

「説教二時間、館内の人間を全員集めて清掃させて三時間、本人はその間にボロボロの衣服をなんとか補修していた」


 目に浮かぶようだ。


「結果、ここでリュイスに頭が上がるものは一人もいなくなった」

「よくわかりました」

「今は料理しているはずだ。お前が来ると聞いて張り切っていたな」

「食べ切れますかね……」


 育ち盛りだからと無限に食べさせようとしてくるのだ、彼女は。

 実際この九歳の身体は食べようと思えば結構食べられるのだが、その許容量のゆうに倍は用意してくる。怖い。

 ふっとメグロは笑う。

 この男、舌馬鹿を諦められているのかそこまでリュイスに勧められない。しかし彼女の手料理なら普段より食べるあたりずるいところがある。


「あいつが待っている。お前の噂を聞くたびに喧しかったぞ」

「帰りたくなってきました」


 案の定、僕の姿を見たリュイスには怒りと喜び両方の感情による行動を存分に受け止めることになった。

 抱擁がほとんど鯖折りになるのひどくない?




      ◇




 夜になった。ようやく歓迎会が終わったので、外へと涼みに出る。ちょっと身体を落ち着かせたい。

 ……すごかった。

 リュイスもすごかったが、ご老人方がものすごかった。

 まず魔力汚染者であることを盛大に悲しまれ、現在は案内人となり、魔力汚染の治療法を探していると知られてからが本当にヤバかった。

 めちゃめちゃ可愛がられた。ヤバい意味のあれではなく正しい意味でのそれだが、酒が入った老人たちに囲まれて聞き取りづらい叫びの中で愛想笑いをし続ける以外身動き一つ取れないあれ。

 途中、ご婦人方に救出されてようやく多少マシになったがこっちはこっちである種のおもちゃにされた。

 就寝時間が近づいてきてリュイスが解散を宣言しなければいつまで続いていたことか。

 広場の前に置かれていたベンチに座り、ぼけーっと夜空を眺めていると、


「おう」


 声がかかる。

 リュイスだ。後ろにはメグロもいる。


「悪かったな、ジジババどもはしゃぎやがって。自分の歳考えろってんだ。明日の朝ほとんど起きてこねえぞあの感じ」

「俺たちですら若者扱いしてくるんだ。カイリなどどう扱っていいかすらわからんのだろうな」


 二人が近寄ってくる。

 リュイスは僕の隣に腰を下ろし、メグロは少し離れた場所で立ち止まった。


「さっきはまともに話せなかったからな。……ちょっと大きくなったか?」

「そんなすぐ変わりませんよ。でも、後で測ってもらっていいですか?」


 おう、とリュイスが嬉しそうに笑う。


「輸送隊でもずいぶん噂が聞こえてきたぞ。九歳の案内人が未発見の隠し通路を次々発見、ついにはボスまで見つけたってよ」

「誇張されてますよ、それ」

「ほほーう。じゃあ攻略隊のご令嬢に見初められたってのもガセかあ?」

「え」


 思わずリュイスの顔を見てしまった。

 失敗した。めっちゃニヤついている。


「マジかよ。あのカイリがもう色に目覚めるたぁな……」

「あの、本当にそういうんじゃないので」

「いいんだいいんだ。あたしゃわかってる。あんまり突っつかれたくないだろうし詳しくは聞かねえよ。でも話したくなったらこっそり教えてくれな」


 いつの間にか肩に回された手がぱしぱしと胸を叩いてくる。

 面倒な感じに覚えられてしまった……

 そんな風にしばらく談笑していると、不意に沈黙が訪れる。

 リュイスが心配そうな顔で僕のことを見ていた。ずっとそれが聞きたかったのだろう。


「ひどい怪我とかしてねえよな」

「はい」

「本当だな? 癒し手の世話になってねえよな」

「はい、本当です。案内人なんで、戦闘には関わらないんですよ」

「ならいいけどよ」


 頭を抱え込まれる。


「ヤバいと思ったらいつでも来い。わかってんな?」

「……はい」


 彼女の腕の中は温かで、ちょっと熱いくらいだった。


「カイリ」


 静かに話を聞くばかりだったメグロが口を開く。


「次、どこに行くか宛はあるのか?」


 ぎゅ、とリュイスの腕に力がこもるのがわかった。


「しばらくは色んな迷宮を軽く渡り歩こうかと。この前の実績が評価されれば学院の研究資料が見れるようなので、それ待ちです」


 なるほど、とメグロは肯いた。

 フォルマがいくつかの迷宮を経験していたように、頻繁に迷宮を変える案内人も多いのだと聞く。腕が悪ければ組んでくれるチームがいなくなり移らざるを得なくなり、腕が良ければ他の迷宮から呼ばれることがあるらしい。

 僕は今のところ呼ばれている場所があるわけではないが、キリエに紹介状をもらったため、どこでも話は聞いてくれるはずだ。


「安全なとこ行けよ安全なとこ。んで近いとこ」

「見聞を広めるのはいいことだ。だが油断するなよ」


 二人が穏やかに言葉をかけてくる。

 以前のように申し訳無さが少し湧いてくるが、もう意識しないことにした。

 それだけでここにいるわけじゃない。




      ◇




 翌日、一晩泊まって閉山舎を後にすることにした。

 リュイスは「もっといりゃあいいのに」とむくれていたが、メグロは「たまには顔を見せろ」と言うだけだ。それで十分ありがたかった。

 後はご老人方がかなり別れを惜しんでくれたが、また来ることを伝えると結構盛り上がっていた。

 学舎と交流できればいいのにとちょっと思うが、諸々の関係で難しいのだろう。主に学舎回りの〈契約〉とかとかで。


「輸送隊の馬車が来るのは明日だぞ。泊まってけよ」

「わりと近くに合流地あるでしょ。歩きますよ」

「……旅慣れてるガキめ。メグロのせいだ」


 一応最後まで口では引き止めていたが、リュイスも無理に留めさせようとはしなかった。

 広場で見送ってくれる。


「またな」

「気をつけろ」


 別れを告げるリュイスとメグロに手を振りながら僕は歩き出した。




 旅は慣れているけれど、一人旅はそうでもない。

 案内人となってからも、もっぱら移動は輸送隊の馬車に便乗させてもらっていたので街道を歩くこともなかった。だから徒歩で行くのは久しぶりだ。

 一人旅というわけには行かないのだけれど。

 近く、街道沿いの木から影が差している。

 その影がすーっと伸び、僕に近づいてくる。

 手前で影が立ち上がり、僕の視界を遮るほど高くなるとすぐにはらはらとこぼれ落ちていく。

 そして、そこには一人の女性がいた。

 つば広の帽子、肘まで覆う手袋、裾の先が溶けるようで曖昧なドレスを身に着けている。

 全てが暗い。黒いというより、暗い。


「やあ」


 その女性――フォルマが言った。

 人を小馬鹿にするような笑みを浮かべて。


「それじゃあ、楽しい二人旅と行こう」



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