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魔術師カイリの星巡り  作者: 雑木
3章 邂逅の時
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38 雷光と影



「何をバカなことを」


 最初に口を開いたのはケインだった。

 のしかかるような重く低い声音だった。


「この湖の中にそんな気配などない。案内人の知覚がいくら優れていようが、俺たちの中の誰であっても近くにボスがいて気づかぬはずがない」

「そうです。この湖にボスはいません」


 僕は肯定した。ケインは顔をしかめて訝しむ。

 キリエはというと、目を見開いて僕を見ている。

 明るい顔ではない。ただ聞く耳だけを開いている。そういう表情だ。


「ずっと探ってたんですが、ボス部屋に通じる道は湖の中にあるようです」

「何?」

「普段この湖はもしかしたらもっと狭いのかもしれません。水が引けば穴が開き、ボス部屋に行けるようになるのでしょう」

「……待て。つまり道中にあったような仕掛けがこの湖のどこかにあるということか?」

「かもしれません」

「なるほど」


 と、ケインの眉が上がった。

 彼の中で納得があったらしい。

 普通に考えれば今からその仕掛けを探す時間はない。これまでずっと見つからなかったのだから、あるとすればまだ探索していない湖の向かいだろう。

 そこまで行く時間はない。


「聞いたとおりです、お嬢。午前いっぱいはその仕掛けを探してみますか」

「ええ……」


 キリエの顔は晴れなかった。

 むしろ、先ほどよりも気落ちしたような気配がある。

 しかしすぐに顔を上げ、眉に力を込める。


「そういたしましょう。可能性があるのなら探し続けます」


 そう言い放つ姿を見て、強い人だな、と思う。

 彼女の最初の、そしてもしかしたら最後の冒険がこれで終わるかもしれない。

 だとしても、弱音を吐かない。

 最後まで駆け抜けようとする。

 まぶしすぎて僕には直視が難しい。


「案内人カイリ。今日一日、最後までお願いいたしますわ」


 それはあのとき、山頂で口にした言葉と同じ響きを持っていた。


『明日からの探索、どんな結果になろうとも悔いはありませんわ』


 嘘ではなかった。

 彼女はきっと、本当にそうあるのだろう。

 だから決めた。

 先ほどまでは選択肢がなかった。決めることさえできなかった。

 今は違う。道が見えた。

 選択ができる。

 ならば、これは僕の決断で、僕の背負うものだ。


「あそこ、近くに魔物が泳いでいるのが見えますか」

「……? ええ。何かフラフラしてますわね」


 湖面を指し示すと、彼女は訝しみながら顔を向けてくれる。

 それは僕の魔力を食らった魚だ。僕が【圧縮】を解いたため、体内で自分のものじゃない魔力が暴れまわり混乱している。


「あれ、船で出る前にキリエさんの雷で倒していただけます?」

「かまいませんが……」


 彼女は剣を構える。

 「雷よ」と唱えるだけで剣が持つ魔力が走り、ぱちぱちと放電を始める。

 これがどこのどんなボスであったか僕は知らない。どうやって剣の形になったのかもわからない。

 強大な存在であっただろうと思う。

 雷を操るのだ。凡百の存在であるはずがない。

 今、キリエ以外の全員に僕の背が向けられている。

 彼らの目にキリエの姿は映っていても、その手元、剣はほとんど見えない位置にある。

 わずかに違和感を覚えているかもしれないが、キリエの手前、強いて動きを止めようとはしない。

 僕が何をしようともキリエを傷つけられるはずもないとわかっているからだ。

 それは正しい。

 僕は彼女の望みを叶えるだけだ。

 ……一つ、僕にもこの剣についてわかっていたことがある。

 こいつ、僕と相性が良い。僕の魔術と。

 【雲】を出した。後ろの三人に見えないように。

 キリエの眉がわずかに上がる。しかし、警戒する素振りも見せない。

 この人、強い人だけどちょっと人を信用しすぎるところがあるな。そこだけは心配だ。

 僕のような、ここに至るまで何も決められなかった半端者を信用するとどうなるか、思い知ればいい。

 声に出さず僕は口の中だけでその名をつぶやいた。


【雷雲】


 途端、バチバチバチッと剣身に宿っていた【雷】が勢いを増した。その激しさは今までこの迷宮で放たれてきた中で最も強いと一目で分かる。

 後ろの三人が身構える気配が伝わる。

 彼からからは見えない。剣の鍔に黒い【雲】がまとわりつき、【雷】はその中で力をどんどん増していることに。

 【雲】に込めた魔力がどんどん【雷】に変換されていく。

 巨大とは言え魔物一体を相手に使うには過剰に過ぎる威力が完成する。

 最中、キリエは笑っていた。

 頬を染め、目を爛々と輝かせ、不敵な笑みをその顔に浮かべていた。

 誰かが制止する声は雷鳴に阻まれ届かない。

 キリエはいつものように綺麗な動きでヒュッと剣を突き出した。


【召雷】


 【雷】がほとばしる。

 剣身よりはるかに太い【雷】が何本も束となり湖面に突き刺さる。

 ふらふらと漂っていた魔物が一瞬で消し炭となる。

 瞬間、僕は遠隔で魔術を発動させた。


【雷雲】


 一瞬で【雷】は【雷雲】を食い尽くし、水面どころか魔力のこもった水中にまでその牙を食い込ませていく。昨日までであれば抵抗激しくすぐに阻まれ散ってしまうはずの【雷】の勢いがまるで衰えない。

 そして、水中には僕が昨日魔力を食わせた怪魚が百匹以上も泳いでいるのだ。

 脳が加熱する。

 さすがにこれほどの速度で、これほど遠くからしかもたくさん発動するのは初めてだ。

 だが、ここが正念場。

【雷雲】【雷雲】【雷雲】【雷雲】【雷雲】【雷雲】【雷雲】【雷雲】【雷雲】【雷雲】【雷雲】【雷雲】【雷雲】【雷雲】【雷雲】【雷雲】【雷雲】【雷雲】【雷雲】【雷雲】【雷雲】【雷雲】【雷雲】【雷雲】【雷雲】【雷雲】……

 ドロリと鼻血がでる。

 百はさすがに無理だった。五十を超えたあたりであきらめる。

 何より【雷】はたどりついた。


「……最っ高……ですわ」


 目の前、キリエが恍惚とした顔で剣身をなで上げる。やべえ人にやべえ体験させてしまったかもしれん。


「お、お嬢!? 今のは一体……」

「すごかったですねえ……。あら、鼻血出てますよー」

「……お見事でした」


 三人が駆け寄ってくる。

 イーライが僕の鼻をぐしぐしと拭いてくれる。


「いえ、わたくしにもわかりませんが……何か手応えがありました」

「そんな曖昧な……」

「その剣に慣れたんですかねー。魔道具は使っていく内に能力が向上すると言いますし」


 ケインは慌てた様子だが、イーライはのんびりと構えている。癒し手である彼女から見てキリエに異常は無いと判断したのなら良かった。

 僕もさすがにあんな威力が出るとは思わなかった。


「……魔力に当てられたんだと思います。とてつもない威力でしたね」

「夢のようでした……」


 キリエはまだ頬が染まっている。それでもこちらを意味ありげに見ているのだから、一応僕が何かしたことはわかっているらしい。

 大分勢いでやってしまったのだが黙っててくれるだろうか。

 湖面に目を向けると、巨大な怪魚がぷかぷかと浮かんでくるが、どれも真っ黒に焦げていたり身体の一部が吹き飛んでいたりとその威力をうかがわせる。跡形もなく消し飛んだものもいるだろう。

 それを狙ったわけではないが、下手するとこの地底湖の魔物を一掃してしまったかもしれない。

 ようやく落ち着いてきた様子のケインが妙な目でこちらを見ている。

 僕が何かできたとはさすがに思わないだろうが、何かやったかもしれないと疑っているのだろう。

 正しい。

 僕の狙いはもうすぐに出てくる。

 轟、という地響きがまずあった。

 轟、轟、轟……と、二度も三度も立て続けに揺れる。


「何事だ!」


 ケインが〈鋼化〉の盾を生成し、頭上に掲げる。ぱし、ぱし、と天井から割れた石が落ちてきているのだ。


「……湖が」


 と言ったのはカンだった。

 呆然と湖に目を向けている。

 もうはっきりと視認できる。湖に渦ができていた。

 水が渦を巻き、底へ流れ落ちていく。

 排出されていく。

 誰も声を出さない。

 普段はけして体感することのない、規模の違う物体の大移動による音とも振動ともつかない響きが全身を襲っていた。

 ……やがて、湖の渦が消える。

 すっかりかさを減らした湖は、つい先程までの半分程度の大きさしかない。それでも十分な大きさだ。

 本来はこの大きさだったに違いない。

 それを、ここのボスが無理やり大きくした。

 エサは多い方がいいと考えたのだろう。

 その穴はさほど遠くない位置にあった。向かいどころではない。昨日、僕らはそのすぐ上を通った。

 横穴が空いている。最初からそうだったのだろう。湖に隠され見えなかっただけで。

 ぬっ、と鼻先が現れた。

 黒い。つやつやと輝く表皮だ。しかしもうその一部分だけで焦げている部分が見える。

 ずん……ずん……と地響きを立てながらそいつは横穴から姿を表した。

 それは巨大なあぎとを持つ。

 全身を地面に這うように、四足で移動する。

 太く長大な尾を苛立たしげに揺らしている。

 口を大きく開き、そいつは全身を震わせた。

 轟、という衝撃が届く。

 ……さっきのはこいつの鳴き声だったのか。

 どうやら相当怒っているらしい。


「……ボス」


 ケインがつぶやいた。

 鰐だ。

 全身が真っ黒に光り輝く、バカみたいに巨大な鰐がそこにいた。

 鳴き終わると、ボスはのそのそと湖に向かって進み、そこらに落ちていた怪魚を一口に呑み込んだ。

 金属が砕かれたような音が響く。

 鰐の咬合力はすさまじいというが、体感はしたくない。


「どうしますか」


 僕は問いかけた。


「どうしますか、だと」

「はい。あれはボスみたいです。当初の予定通り、戦いますか」

「バカな」


 ケインは吐き捨てた。


「あの威圧感、相当に力を貯め込んでいる。目論見が甘かった。この戦力で叶うはずが――」

「戦いましょう」


 焦るケインを、静かな声が遮った。

 キリエだ。強い目で散らばった怪魚を貪り食うボスを見据えている。


「あれはどうやらさきほどの稲妻で跳ね起きたようです」


 彼女の言葉通り、やつの全身には黒く焦げた跡がある。あの【雷】を食らったのだ。

 当たり前だ。

 あいつの中には僕の魔力があった。さすがにボス体内の魔力に干渉できないが、そこに届くように【雷雲】を配置することはできた。

 全て昨晩の内に僕の魔力を宿した怪魚を食ったボス自身のおかげだ。それによってボスの位置、引いてはボス部屋の場所がわかり、そこまで【雷】を誘導できたのだ。


「威圧感とあなたは言いましたが陰りがあります。あの足元のふらつき……弱っていますわ」


 初手であの威力の【雷】を食らって無傷はありえない。

 怪魚で回復を図っているようだけど焼け石に水だろう。


「何より……」


 と、キリエが後ろを振り向く。退路だ。

 その先はいつの間にか岩がいくつも落ち、塞がれていた。完全に塞がれたわけではなく〈怪力〉持ちがいるのだから時間をかければ除去できるだろうが、それはさすがに許すまい。

 ケインは天を仰ぐ。

 イーライはすました顔で佇んでいる。

 カンはぐるんぐるん腕を回し出した。

 三者三様、覚悟を決めたようだった。


「退路はありません。あのボスを、ここで討ちます」




      ◇




 戦闘になれば僕に出る幕はない。キリエの横で邪魔にならないよう見ている。

 まずケインとカンが突っ込んだ。

 ケインは大盾を構え、カンは両手に籠手をつけている。

 鰐はわずらわしそうに尾を一振り、二人を薙ぎ払おうとする。

 それを、ケインは地面に突き立てた大盾で受け止めた。轟音。押し込まれるが、吹き飛ばされはしない。

 ケインの後方で控えていたカンが鰐の尾に飛びつく。その全身が一回りも二回りも膨らんだように見えた。筋肉の隆起と精気の燃焼によるものだ。

 鰐は尾をもう一度振ろうとしたはずだ。しかし動かない。

 並外れた〈怪力〉が、一時的とは言えボスの動きを止めていた。

 そして突然苦しむようなうめきを上げる。その影からいつの間にかいたのかイーライが離れていく。

 多分毒かなんかだろう。【雷】でできた傷口に突っ込みでもしたか。

 三人は善戦していた。

 ボスを相手に一歩も引いていない。

 その巨体から繰り出される破壊を押し留めていた。

 ……一時的に。

 彼らには決定打が無いのだ。そして、ずっと全力を出している。長時間は持たない。

 いつかは瓦解する。

 最初から、その【雷】がボスを撃ち抜けるかどうかの勝負なのだ。

 僕の横でキリエが剣を構えている。

 祈るように目をつむっている。

 ぱちり、ぱちり、と剣身の周囲で爆ぜるものがある。

 先ほどの軽い一撃を【雷雲】によって倍増させたものとは違う。

 今、時間をかけて彼女は最大威力の【雷】を放とうとしていた。

 ……僕はずっと疑問だった。

 魔道具とはいうが、それを扱うことは魔術師と何が違うのかと。それは汚染者を増やす危険性があるのでは、と。

 だが誰も心配している様子はない。十分な安全性が確保されているようだ。どうやって?

 見たところ魔道具は魔道具だけである種、完結している。内部の魔力を使い、内部に残された術を起動する。そこに使い手の介在する余地はあるだろうか。

 一つある。

 意思だ。

 魔道具は死骸であり、もう生命はない。魔力が意思に反応するならば、それはもうただの器だ。

 使い手が意思を込めることで始めて息を吹き返す。

 もしや、と思うことはあった。

 だけど、今はこの輝きの前にそれ以上の思考が進まない。

 剣身はかつてなく輝き、使い手の黄金の髪を照らし、橙色の瞳をきらめかす。

 魔剣が振り上げられる。

 【雷】は今か今かと爆ぜるときを待ち――

 バチリ、と天に立ち上る電光があった。

 それを合図にボスを抑えていた三人が一斉に離れる。

 魔剣が振り下ろされるや、鋒から先ほどの【雷】と遜色ない規模の雷光が黒い鰐に向かってほとばしる。

 果たして、鰐にはもう回避する力はなかった。

 雷光の奔流に呑み込まれ――さすがにボスだ。まだ生命がある。

 だが、もうあと数秒でそれも潰えるだろう。

 ふうっと僕は力を抜いた。

 瞬間、雷光が途絶えた。

 すぐ真横でキリエが膝をつく。

 視界の端、朦朧とする顔が見える。

 ……あの威力を二連続はちょっと無理があったか。

 ボスはまだ生きている。全身が消し炭のようにボロボロだったが、まだ意思を感じる。

 他の誰も気づいていない。

 三人は心配するように、あるいは喜色を浮かべてこちらに駆け寄ってくる。

 ボスが今、一度でも攻撃してきたら誰かは死ぬ。

 気づいているのは僕だけだ。

 ……これが直前までどっちつかずで決めきれなかった人間への罰なんだろう。

 お尋ね者となって生きる道を思い浮かべなから【刃】を走らせようとした、そのとき。

 それは、


【ああ】


 声とは呼べない。


【嘘つきだね】


 音ではない。


【逃げるって言ったじゃないか】


 ただの魔力だった。

 直後、【影】が走る。

 僕の背中から足元を伝い、細く、最初から知覚していなければ気づかなくらいに密やかに、速やかに。

 黒い鰐にたどりつくと、何が起きたか、一瞬でその生命が失われたのを感じた。

 ケインたちが僕らの元へたどりつく。

 誰も気づいた様子はない。

 キリエはもう立ち上がり、満面の笑みを浮かべて皆を迎えている。

 こうして、僕たちの迷宮攻略は終わった。



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