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魔術師カイリの星巡り  作者: 雑木
3章 邂逅の時
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33 案内人フォルマ



『君、一人で迷宮に潜るのはやめるんだよ。言わなくてもわかるだろうけど』


 東部五番迷宮……あの【影】と出会い、ミミズがボスとして君臨していたはずの死んだ迷宮で、僕は案内人としての基本を教わった。

 そのとき、ちょっとした再会もあった。

 僕がメグロと山頂へ向かう途中まで同行した攻略隊の一人が残っていたのだ。

 あのときはわからなかったが、彼女は案内人だった。

 内包する魔力量、魔術の技量ともに驚くところはない。だとしても非常に丁寧に迷宮について教えてくれ、その知識にはかなり助けられている。

 その教えてくれた内の一つに、一人で迷宮に潜る……ソロだとかぼっちだとか言われる人々のことがある。


『……ごく一握り、超々凄腕の人がいなくもないんだけどね。基本は能力か性格がダメで、どこのチームからもあぶれちゃった人だね』


 彼女は歯切れ悪く、しかしはっきりと続けた。


『大体死ぬんだよ。一人は弱いから』


 それは、どこかで僕があまりチームに所属することに積極的でないことを見抜いたからだろうか。単に言っておかねばならないと思ったからかもしれない。

 ……今、正直申し訳ない気持ちはある。でもそもそも最初の試験が一人で帰ってこいだったから許してほしい。


『生き残ってる人は……まぁすごく強いか、もしくはすっごい自分の気配を隠すのが上手くて、すっごい魔物の気配に敏感かのどっちかだって聞くね。でもそれならチームに所属すればもっと活躍できそうなものだし、やっぱり性格に問題あるんだろうなあ』


 そう言って、彼女はこの話を終わらせた。

 ……彼女は名乗ることはなく、知っていたかもしれないが僕の名を呼ぶことはなかった。

 魔力汚染者にはたまにそういう人がいるとメグロから聞いたことがある。汚染者同士、いつ死ぬかわからないのだから強いて記憶に残るような真似はしないのだ、と。

 今はまだ彼女の顔と声を覚えている。

 でもいずれ忘れてしまうのかもしれない。

 僕は忘れられてもかまわないが、彼女が本当にそう思っていたか、今となってはわからない。




      ◇




 ……どうしよう。

 僕は表情を崩さず、しかし実際は冷や汗をダラダラ流していた。

 魔物だと思っていた。人間だった。バレた。見られた。口封じ……できるわけがない。

 詰んだ。

 そう思い、直後、心底から混乱してしまった。

 次の行動が決められない。

 最適解はわかっている。いや最適解じゃない。ただの短絡的なその場しのぎの最悪の手段だ。そんなものが頭をよぎるだけで最悪だ。

 でも、それができなきゃ、終わった。これで終わる。

 僕は今【雲】でおそらく攻略隊の女性を拘束している。付近に仲間は見られない。感じ取れない。

 多分、一人で潜っているのだろう。

 僕が気配を感じ取れなかったことからも、相当隠れることに長けた案内人だとわかる。

 伸ばされた黒髪の下、上目遣いにこちらを窺っているような顔をしている。

 もう誤魔化せない。

 僕は魔術を使っているところを見られてしまった。

 魔導士も、案内人も、その職務上許された以外のことに魔力を扱ってはならない。

 魔導士であれば、魔力を収集し、運ぶためのものが許されている。

 案内人はその点若干あいまいなのだが、あくまで自分の体内に作用するもの、魔力に対しての知覚を高めるだとか、魔物から発見されないよう気配を隠すだとかは黙認されている。

 あからさまに体外に放出するものはいけない。

 禁止されている。

 具体的にどうなると聞いたことはない。実のところ、メグロも詳しくは知らないらしい。

 ただし、こうも言った。


『まず拘束され、中央で何らかの処分を受けるだろう』


 自由を奪われる。

 僕が最も嫌うことだ。その上、今は時間も消費されてしまう。

 不注意によってそんなことになるなんて、間抜けに過ぎる。

 だからって人を傷つけるなんてありえない。


「あ、あのっ」


 彼女の方から声が上がる。

 僕はため息をつき、【雲】を解いて謝ろうとした。


「ああはい、すみません勘違いで拘束して。今解きますから」

「これっ、こ、これ魔術ですよね!? あなたが使ってるんですよね!? すごっ、すっご……ちょ、ちょっと見せてもらっていいですか? いいですよね? うわっ、構成かっこよ一生眺めてられる……」


 急にオタクみてえな早口を浴びせられた。

 ていうか興奮したオタクそのものの顔をしていた。


「え」

「これ雲を作り出してるんですね。自分の肉体をちょっとずつ変異させていくやつと違って体外でこんなはっきりした存在を構築するの相当難しいと思うんですがどうやってんだろうていうか若っ、え、天才? 人間でこんなのできる人見たことないですよ本当まぁそもそも人間で魔術研究とかやってる人全然見ないんですけどねアハハハハ」


 矢継ぎ早にぽんぽん言葉が投げかけられる。

 切れ目がほとんどないせいで同じ言語使ってるのか自信なくなるが、理解に時間を要するだけで一応意思疎通はできそうだった。

 というかちょっと聞き捨てならないんですが。


「え、あの」

「しかもさっき雲の上に座ってましたよね。空中に足場を作るってしかも雲みたいなつかみどころのないやつだと難しいと思うんですがかなりヤバい出来ですいや本当。あたしも迷宮で結構いろんな魔族見てきましたけど創造性って面では一番かもしれません、すっご」

「ちょ、ちょっと待ってください」

「地味に刃物とか雲と相性良くないけど実用的な技も備えてる所が良いですよね。迷宮の魔物なんかそのへん全部一つに統合しようとする向きがあってあれはあれで……はい? 呼びました?」

「……ええ、はい、すいません。ちょっとお話止めてもらっていいですか」


 ようやく彼女を止められた。しかしあまりの勢いに、その後どうするか一瞬忘れてしまった。

 ひとまず、最初にするべきことを思いつく。


「僕は昨日からこの迷宮に潜ることになった、案内人のカイリというものです。あなたは?」


 彼女の顔がぱっと明るくなる。

 長年の友達に向けるような、構えのない笑顔だった。


「申し遅れました! あたしはフォルマ、ぼっち案内人です! 一人でこっそり魔術の研究してました!」




      ◇




 少し話を聞いてみると、フォルマは魚の解体ができると言う。小さいのでやってみたことがあるらしい。

 彼女に指示してもらいながらやってみることになった。


「あ、そうですまず腹かっさばいて内蔵出しちゃうのが楽です。中身は共食いかたまに……だったりするので湖の中に入れちゃいましょう。カイリさんも見てみればわかると思いますけど、ここはあんまり見るところないです」


 腹をかっさばき、内臓を取り出す。【雲】で包み、調べてみても確かに変わったものはない。胃腸の中身は同じ怪魚と思われる。

 それを湖に捨て、今度は頭を落とす。さすがに骨は硬いが、もう生きていないため、力を込めれば難しいことはない。


「あたしの見る限り、なんというか普通の魚と構造的にそこまで違いはないんですよ。言っちゃえば牙と鱗が鋭くて全身めっちゃ硬くて獰猛で素早い水中の猛獣ですね。……いやあ、十分怖いんですが」

「……魔物はたしかに、魔術で一から作られたって感じじゃないですね」

「はい。多分元からいた生物を素材にしてるんだと思います」


 分かたれた頭と胴の間、断面にある骨を指差される。


「こいつの場合、一番魔力がこもってるのは骨です。鱗がその次で、強靭な骨格で発達した肉を受け止めてる感じですね」

「ああ、確かに。感覚器官はそこまで強化してないみたいですね」

「そうですそうです。そのへんは数で補う考えなんだと思います。水中はてこでも入らせないぞって意思を感じますね」


 フォルマがそこまで言ったところで、僕は顔を上げ、まじまじと見つめてしまう。


「……迷宮の意思ってやつですか」

「長く攻略隊にいる人は結構みんな大なり小なり感じてるみたいですよ。迷宮っていうかボスの意思だと思います。どういう思想でこの迷宮を作ったのか、なんとなくわかってくるんです。もちろん、勘違いかもしれませんけど」

「なるほど」

「あたしなんかはとりあえず隠れるのは得意なんでここも結構深いところまで潜ってますけど全然ボス部屋見つからなくて、そこらへん相当周到に作ってますね。いやまあ一応の成果だけ上げて魔術の研究してるのも悪いんですが」

「……」


 あっけらかんと彼女は魔術を研究してると言った。

 禁忌だ。

 人に聞かれたならタダでは済むまい。僕以外であったなら。

 僕はすでに彼女に魔術を使っているところを見られてしまった。一人で研究を続けていた彼女からしてみたら、突然現れた同志というわけだ。

 そしてそれは実のところ、僕の方も変わりはなかった。


「フォルマさん、気配消すの上手いですよね。今まで隠れた魔物とか通路とか結構簡単に見つけられてたんでビックリしました」

「いやー、そこだけまず最優先で腕磨いたんですよねー。実際一人で潜ってこっそり魔術の研究をするって決めたときからまず誰も来ないくらい深くまで行って魔物にも見つからず帰らないといけなかったんで」


 ちょっと強い魔物に出くわしちゃったら即死ですよー、とフォルマは気軽に笑う。


「……まぁ実際のところは、他に才能がないっていうかなかなか形にならなかったんですよね。たとえばカイリさんは魔力を刃物みたいに変化させられるじゃないですか」

「はい」

「あたしにはできないんですよね。いえ頑張れば指の先くらいならできると思いますが、それ以上はできない」


 それは、おそらく内包する魔力量の問題もあるだろう。

 僕はなんだかんだ貯め続けているため、もうあまり魔力切れを意識することもないが、彼女は違う。

 研究と言うが、そのための魔力にすら困ってきたはずだ。


「だから、今日はすっごい嬉しいですね。あたし以外に魔術を研究している人がいて、しかも見たこともない魔術を使うんですもん。いや本当最高ですよ。後でちゃんと見せてくれません?」

「それはいいですけど……」


 そう言いながら、僕は彼女への対応を困っていた。

 僕が魔術を使えることは黙っていてくれと頼むしかない。これはもう仕方ない。彼女にお願いする他ない。そこはもう僕の手を離れている。

 だからその先、僕の今やらなければいけないことについてだ。

 数秒悩んだ末、決めた。

 毒を食らわば皿まで。彼女を信用……というとちょっと違うが、相談してみることにした。

 この迷宮について。


「フォルマさん、ちょっとあなたに相談したいことがあるんですが」

「何でしょう?」

「実は僕は今、この迷宮のボス部屋を探しているんです。手を貸してくれませんか?」

「はい、いいですよ!」


 返答には少しの躊躇いもなかった。



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