34 迷宮談義
フォルマと出会い、次の日のことだ。
「今までいくつの迷宮に潜ってきたんですか?」
「いやー、そんな多くないです。九つ……最初のところはすぐに攻略されてしまったんで、実際は八つくらいですかねえ」
僕らは歩きながら会話していた。
互いに気配を隠し、僕は【霞】を広げ、フォルマも何がしかの探知系魔術を使用している様子。
「僕も死にかけの迷宮で最初訓練しました。みんなそうなんですかね」
「ちょうどボス部屋発見間近だったり、ボス討伐終わってまだ埋め立ててないところがあったりすると新人が突っ込まれる印象ありますね。最近だともしかして五番迷宮ですか? あのでっかいミミズがボスだっていう。死んだのが確認されたなら次の新人用にしばらく残されるかもしれませんね」
彼女の年はいまいちわからない。
二十代を越え、三十に近くなると大人たちの老化は急に遅くなるからだ。
メグロやリュイスは三十過ぎと言っていたが、二十代……表情や仕草抜きに見ると十代でも通用しそうなときがある。
そういった目で彼女を見ると……三十には届いていないんじゃないかなあとは思う。
「九つも経験あるってすごいですよね。僕はここが三つ目なので、まだあんまり比較できないんですが」
「いやその年で三つは十分経験豊富ですよ。普通、みんな一つの迷宮から中々移動したりしないんで。ボスが討伐されない限り何十年も同じ迷宮に潜り続けるとかザラですからね。あたしの場合は単にチーム解散したりどこ行ってもやってけなかったりで渡り歩かざるを得なかっただけで……」
ハハハ、と彼女は笑う。
そう彼女自身が言う以上、僕もさらに聞くことは難しい。
彼女がどこで案内人に……魔力汚染者になったか知る由もないが、そこにまつわる苦労もたくさんあったことだろう。
簡単に聞いていいことではない。
「まぁでも色んな迷宮見ましたよ。すごい寒かったり、迷宮の中なのに明るくて森が広がってたり、一番ひどいとこは溶岩があちこちで流れてるやつですかね。専用装備がないと無理だったなあれは」
「……それ、攻略できたんですか?」
「いやダメです全然ダメ。案内人が足りないってんで一回派遣されたんですけど、そもそも進むことが困難なんでまず環境に耐える装備が必要な感じですね。今は一旦攻略は止めて、ランク4以上で間引くだけやってるらしいです」
「あー、この前ランク4の方と初めてお会いしましたけど、大分人間やめてる感じでしたね。過酷な環境への適応も一枚違うんですか」
「ですです。ランク4から先は同じ人間とは思わない方がいいっていうか、ランク4以上が人間の本当の戦力って感じですね。あたしみたいなランク1はコツコツ小技貯めて生き延びるだけで精一杯ですよ」
「あ、僕もランク1です」
「え、本当ですか!? うわー仲間だ嬉しいなー。1から2はある程度実績上げれば簡単に昇格申請通るんでどんどん少なくなるんですよねえ」
フォルマが口にする言葉は僕も知識としては持っていた。学舎で教わったものもあるが、多くはメグロから聞いたものだ。ただしメグロは通り一遍の情報をそのまま伝えてくるため、経験に基づく生の知識というものは僕にとって貴重だった。
……もっとも、メグロの場合は本人が在籍していた軍のことをほとんど口にしないせいもある。
「やっぱり難しいんですか、昇格」
「上に行くほど厳しいですね。大体の人は2か3で止まるんで、そこらが一番多いですよ。実際4以上はどこかに在籍する感じじゃなくなって、あちこちに駆り出されるほど人手不足なんですけど、なかなか新しい人出てこないってことはどうしても才能が大きいんじゃないですかねえ。この迷宮も常駐している人は3までですし」
ジードのことを思い出す。
おそらくあいつはランク4以上に行く側の人間だ。多分、駆け上がるようにして才覚を示すだろう。
サラも、何人かの癒し手を見てきたが明確に彼女以上だと思えるような〈治癒〉持ちはいなかった。3くらいならすぐに行くはずだ。
それを羨ましいとは最初から思っていない。
「まだ経験の浅い僕から見るとこの迷宮って結構攻略を進めるのが難しいように思うんですけど、実際それでどうにかなってるんですか?」
「うーん……結局攻略隊の上の方の判断で優先度を後にされてるなって感じはありますよね。確かにちょっと潜りにくい環境で、出てくる魔物も水中にいるせいで倒しにくい。けど、やっぱり魚ですからね。外には出てこないって判断されてるんですよ」
「ああ」
「もちろんあんまり放置しすぎると力を着けてその内大変なことになるかもしれません。でも、適度に間引きし続けていればその可能性は低いでしょうし、優先度も落ちますよねえ」
「なるほど。いやよくわかります」
だから深いと言っても僕やフォルマのように一人で潜ってこれる程度の場所に、全然人の姿を見ないのだ。
人食い地底湖という通称にあるように、かつては多くの攻略隊を犠牲にしてきたはずだ。今でも危険性は高いだろう。だが、現状の対処を続ける限り状況は停滞する。
攻略隊全体としてはこの迷宮は後回しと判断されているのだ。
キリエはそんな迷宮に目をつけた。
おそらくは、彼女の持つ剣との相性を考えて。
「……でも、僕はここのボス部屋を探すように依頼されたんですよ」
ケインとの取引のことは口にしない。口外できる類のものではないし、そもそもややこしい。
どちらにせよ、この迷宮の全体像は把握しておきたい。
「ああ、お嬢様ですよね。そういえば噂で聞きました。急に中央から来たチームがあるって。ランク詐欺を三人も連れてきてるからもしかしたら本気で攻略進めようとしてるんじゃないかって言われてますよ」
「……ランク詐欺?」
「俗称です。昇格できるだけの能力がありながら色んな事情で昇格してない人の。大体ランク2で止めるんですけど、中にはスキルレベル上げまくってランク3の上位ともやり合えるような人もいるって聞きますね」
それは納得いく話だった。
ケイン、イーライ、カンはランク2と思えないくらいの風格がある。まだ若いカンはともかく、他の二人はランク3でないのがおかしいくらいだ。
でも、そんなことをする理由がわからない。
「どうしてそんなことを?」
「ちょっと歳がいっててさらなる昇格が見込めない場合とかもありますけど、大体は派閥の手駒にするためです。ランク3以上は必ず公的任務についてなきゃいけないので」
「なる、ほど」
そういうものもあるだろう。人間の常だ。それはわかる。
しかし、だとするとそんな人員が三人もキリエについている。この事実は、僕の想像以上の厄介事である証明なのかもしれない。
「どこのお嬢様だって言われてますね。あんまり他と交流してないみたいですし、こっちもわざわざめんどくさそうな相手に絡みに行かないんで噂止まりですけど」
「いえ、大変参考になりました。ありがとうございます」
「どういたしまして。いやー、カイリさん凄腕なのにお若いからこういうムダ知識知らないんじゃないかって思って。お役に立てたら幸いです」
あっけらかんとフォルマは笑う。
魔術に対して妙に興奮する姿ばかり見ていたので意外だったが、彼女はかなり人のことをよく見ているようだ。
僕には足りないものが多すぎる。歳のせいもあって仕方ない面もあるだろう。けれど状況が許さないときもある。
こういう厚意は本当にありがたかった。
「……後で、何か見たい魔術とかあればやりますよ」
「マジですか!?」
お礼になるかと言ってみたところ、ものすごい勢いで食いつかれた。
「一応、ここがあたしが潜れる限り一番深いところですね」
フォルマがそう言った場所は、広く……広すぎるくらいに視界一面に湛えられた、まさに地底湖だった。
高い天井の下、光源はどこにあるのか、全体がほのかに明るい。滴る水気により岩肌がきらめいているようだ。
湖は緑色に染まっており、美しくもあるが同時にその中にうようよと蠢く怪魚の存在を感じずにはいられない。
縁から少し離れた場所で僕はその威容に目を見張った。
「見ての通り、ここから先は船がないと進めないんですよ」
ここまで、船で進むより遠回りも幾度となくあったが隠し通路での近道もあり、僕らは何とか徒歩で来れた。
だがついにその異名に相応しく、船でしか進むことができない場所が現れたというわけだ。
【霞】を広げる。
広域に、湖の隅々ととまでは行かないが、少なくとも僕らのいる入口からどうにか船がなくとも壁伝いに進めそうな場所までは。
探った結果はすぐに出る。
隠し通路は、ない。
ずっと探りながら進んできた。
この迷宮は、ここまでの道筋こそいくつもに分かたれていたが、どの道をたどってもここに至るように設計されている。
もしあるとしたら、ほとんど入口に近い地点から分岐して、どの道とも交わらずまっすぐボス部屋までたどりつくものだろう。そしてそんな無駄の極みのような設計をするとはさすがに思えない。
「この湖のどこかに源泉地があって、こここそボス部屋なのかもしません。カイリさんはそう思います?」
「いや、多分違いますね」
ここから湖の全体像は把握できない。
それでも僕は断言した。
「その根拠は?」
「いくらなんでも広すぎます。ボス部屋の機能としては無駄が多すぎる」
僕はまだボス部屋を二つしか見たことがない。
どちらも広いことは広かった。あのボスの巨体があるのだから当然だろう。しかし、花の方はともかくとしてあのミミズが自在に動き回るにしては狭かったようにも思える。
迷宮を今まで歩いてきて、その設計思想のようなものを人の口から聞くこともあり、ちょくちょく考えてきた。
侵入者の存在を想定しているため道は複雑にしてあるが、必ずどこかがつながっている。迷宮の機能上もっと単純な構造にしたいのだろうなと思わせるようなポイントがいくつもあった。
「この迷宮、侵入者撃退に力入れすぎててはっきり言って効率的とはとても思えないんですが、だからこそボス部屋はさらに先に隠してあると思います」
「……同意見です」
静かに彼女は言った。
意外なほどに怜悧な目で湖を眺めていた。
「地底湖と言えば聞こえはいいですが、こんな大質量の水に魔力を注ぎ込んで、流れも緩やか。全体の動きが遅すぎる。しかもその上奥にこんな湖を作るなんて貯め込んでどうするんだっつの。魔物の数も多すぎで。共食いさせてより強い個体を育てようとしてるのかもしれませんが、最初から厳選したほうがマシです。正直な話、もったいない迷宮だなあって思いますね」
「……」
少し驚いた。
僕もわりと似たような印象を持っていたが、彼女は強い言葉でこの迷宮を否定した。
魔術の研究をしていると言ってはいたが、ここまでの見識を持っているとは思わなかった。
「フォルマさんは、迷宮は何のために存在していると思いますか」
「ボスが強くなるためでしょう」
きっぱりと彼女は言った。攻略隊でも大方その認識であるようだが、彼女はそれ以上の確信を持っているようだった。
「源泉地から湧く魔力を循環させ、自らの魔力として純度と濃度を高め、同時に肉体を変化させ続ける。巣であり、工房でもある。あたしはそれが迷宮であると結論づけました」
巣であり、工房でもある。
納得しかない言葉だった。僕も似たような仮説に達している。
だからこそ、そこまで推察を深めながらも一人で迷宮に潜る彼女に疑問を覚えた。
「そのこと、館長とかに報告しないんですか」
尋ねると、彼女は難しい顔をした。
「うーん。してもあんまり意味がないんですよね。だって上も大方迷宮がボスのためにあることは理解しているみたいですし、その迷宮ごとの設計思想とか解明してもだから何? って感じで、攻略隊のやることに変化ないと思います」
僕の方を見る。
それは穏やかな……情熱が色褪せた顔だった。
「魔族は倒すべき敵で、迷宮はただ潰すべきもの。それ以上を知ろうとするのは無価値なんですよ」
反論はできなかった。
する気も起きなかった。
魔力汚染者である僕らだからこそ深く知ることができたけれど、それはこの国では評価されないのだ。
「でも、だから今日カイリさんとこんな話ができてとても楽しかったんですよ」
そう言ってフォルマさんはにっと笑う。
僕を元気づけるような笑みだった。
「この湖の壁を探ればどこかにボス部屋につながる隠し通路があると思います。カイリさんたちがボスを倒したら、それは間接的にあたしのお手柄ってことだと思っておきますよ。それでいいんです」
「……はい。もしそうなったら、一番に報告に行きます」
きっとですよ、と彼女ははしゃいだ。
その姿を見ながら、僕は罪悪感を表に出さないよう懸命に表情を作っていた。




