15 東部五番迷宮
「結構揺れますね……」
「人が乗ることを想定されたつくりじゃない」
僕らは多くの木箱が積まれた端でがたがたと揺らされていた。
輸送隊の馬車の中だ。目的地まで向かう馬車に乗せてもらえることになった。積み荷として。
昨夜の内にメグロがリュイスに頼み、話をつけてもらったらしい。御者の人は快く乗せてくれた。
これで昼前には着くとメグロは言っていたが、この相当な揺れを体験すると良かったとは思いづらい。ありがたいが。
「酔ったなら言え。薬がある」
「いや、酔いの方は今のところ平気なんですが、尻が」
ランク1とはいえ、僕の身体はおそらく夢の中よりも丈夫で、大概の苦痛に耐性がある。しかしこの継続した揺れによる尻への暴力はその耐性を貫通してあまりあった。
「いずれ慣れる」
「慣れるほど乗りたくは……」
そこまで言って、ふと気づいたので尋ねてみた。こういうとき最底辺は便利だ、自分より下がいないから気まずくならない。
「そういえばメグロさんはランクいくつなんですか?」
「2だ。……そうだな。今の内に言っておくが、魔力汚染者には1か2しかいないと思え」
「そうなんですか」
「3でも稀に冒されるが、症状が我々よりも重く、初期に死に至った例しか確認されていない。4以上はそもそも汚染された例がない」
「おお……」
ランク格差はここにもあったか。それだけ、生命体としての性能が違うということなのだろうが。
聞いてみたことだし、ついでに昨日リュイスが言っていたことにならって色々質問してみることにした。折角学舎の外に出たのだから、答えてもらえることは全部知ってみたい。
「軍にいたって昨日聞きましたけど、そもそも軍ってどういう組織なんですか」
「軍はデリトー家の管轄だ。成人の大半が一度は軍に入る」
「家? ……そういう身分があるんですか」
驚いたというわけではないが意外だった。ランク以外の格差はせいぜいが所持スキルだけかとなんとなく思い込んでいたのだが、そうではなかったようだ。
「軍に入るものは全てデリトー家の子となる。ランク3以上であれば優遇され、2はともかく1はひたすら上の手足となって働く……まぁ一番わかりやすい家だな。合う合わないがはっきりしている」
「ん、んん? え、ちょっとよくわからないんですけど、デリトー家って一族があるんじゃないんですか?」
「あるが、軍は特に実力主義だ。最も強いものが頂点に立ち、他は全て従う。成人の大半を放り込むのも、とりあえずあそこでやっていけるか見る向きもあるな」
「……」
まだよく想像できない。家とは言うが、血縁によるものではないのか。ヤクザ的な……?
「仕事はひたすら国境の維持、防衛だ。毎日懲りずに攻めてくる魔族共と泥沼の戦いを延々続ける。下級魔族はおそらく無尽蔵なのだろうな、キリがない」
「……メグロさんも戦ってたんですか」
「ああ、部下もいた。魔族共はバカみたいな数だが、下級であれば一体一体の脅威はさほどでもない。おそらくお前でも倒せる。作業の繰り返しになるが、慣れないものはいつまで経っても慣れない」
「慣れないとどうなるんですか」
「大体は二年、三年で他の家に移動する。大半はそれでいなくなるな」
……ブラックじゃん。
ドン引きだったが、戦争となるとそういうものだろうか。
「メグロさんはどうだったんです。慣れました?」
「俺は最初から何とも思っていなかった。こういうものか、くらいに軽く捉えていた。最も悪い態度だ。繰り返しによる慣れは仕方ない面もあるが、侮りによる慣れはいずれ必ず失敗を起こす」
「……」
「今、俺が軍を離れることになり、魔導士として生きているのはそういうことだ」
過程を省いてメグロは言った。何が起きたかは語らなかった。想像はできたが、僕も強いて尋ねることはしなかった。
このまま沈黙に落ち着いてしまいそうだったため、ちょうどメグロが口にしたことを聞くことにした。
「そういえば魔導士って何するんですか」
「教えていなかったか」
「聞いてないですね」
メグロが悪いというより、学舎を出るまでまともに社会のことを教えない教育体制が悪いのだが。
「魔導士は……国中の魔力を集め、廃棄するのが仕事だ」
「廃棄、ですか」
「廃棄だ。お前のように技術として使用することは認められていない。……多少の抜け道はあるが、お前が期待するものではあるまい」
「……ダメですかねえ」
「ダメだ。神の〈宣告〉だからな」
神。〈宣告〉。それは僕も知っていた。学舎での教育の中、生活に根付くものだった。実は食前に祈りを捧げたりもする。
この国は神を信奉している。名は知らない。他に神の座にある存在がいない以上、名は必要ないということだろう。
この世に神は存在している。それはどうやら真実のようだった。
ふと気づき、木箱の山に手をかけ、頭を出して前方を見る。
「気づいたか。あれが目的の山だ」
とメグロが言った。
それはまだ先に見えるが、いつの間にかずいぶん近くまで来ていたらしい。
学舎近くのやつよりも大きそうな山だな、というのが理性が覚えた感想だった。だが気づいて、視界に入れてから感覚が「おかしい」と訴えかける。
気を抜くと、やけに大きく見える。山なのだから大きいのは当たり前だ。それにまだ麓にすら着いてはいない。
山を見ると遠近感がおかしくなるのは知っていたが、これは視覚における錯覚じゃない。
魔力だ。
あの山には魔力がこもっている。
「やはり鋭敏だな」
メグロが僕の顔を横目で確かめていた。
「……ここまで漂ってくるものなんですか」
「さほど大した量じゃない。お前の学舎にもこの程度は漂っていただろう。お前がここから山の魔力だと察知できたことの方が問題だ」
「悪いんですか」
「少なくとも俺より相性がいいのだろうな。俺にはあることはわかっても山が元とは気づかん。知識がなければな。麓の方を見ろ」
メグロが指差す先、目的の山の麓に自然物ではない、人工の建物が見える。
「攻略隊の拠点だ。あれが残っている山は例外なく生きている」
「攻略隊……生きている?」
「そうだ。いまだ攻略が終わっていない。正式名称は東部五番迷宮、現在も生きて、魔力を吐き出し続けている我々の敵の一つ。それがあの山だ」
◇
以前、学舎の訓連で山に入ったことがある。
森の奥にある三つ子の山だ。三つの山が寄り添って並んでいるが、学舎からは一つの山にしか見えなかった。
手前の山に登り、頂上で初めて奥に山が連なっていることに気づいたのだ。
普段は学舎に関わらないが、そのときは森に居を構える狩人も引率に来ていた。彼が言うには「この山はもう攻略されている」とのことだった。後で教師に苦言を呈されていたので、今思えばおそらくあれは僕らが知る必要のない情報だったのだろう。
山は険しかった。だが、明確に人の手が入った道だった。おそらく前日にも教師と狩人が確認していただろうし、乗り越えられると事前に判断された険しさだった。事実、僕よりも運動が苦手な学生であっても自分の足で往復することができた。
あのとき教師たちの幾人かは安心したような様子を見せていたことを覚えている。山に入るとはもしかしたら僕らの進路の中ではそこまで珍しいものではないのではないか、と疑問も覚えた。
けれど狩人は学舎近くで少なくとも一人しか見たことがない。
彼の言う「攻略されていない」山があり、僕らの中の何人かはそこを「攻略」することになるのではないか、とぼんやり当時の僕は思った。
今、それを同年代の誰より早く確かめることになるとは思いもしなかった。
◇
「お、来たか魔導士メグロ」
山の麓へたどり着き、物資をおろし始めた御者に別れを告げると、僕らはその建物の中に入っていった。
建物の外観はほぼ寮と同じだった。基本的には迷宮攻略者が寝泊まりするための部屋だと聞いていたため、機能としても寮以上のものはほぼ存在しないのだろう。
一階奥にある館長室と扉に書かれた部屋に入る。
中には角張った顔つきの、にこにことした笑顔が特徴の男性がいた。
「そろそろ実りの時期だろう。山の様子はどうだ?」
「良くも悪くも、といったところだね。ここはずっと妨害現象が多いから我々としても思うように進めない。未だに核を確認できていないのだから恥じ入るばかりだよ」
笑顔ではきはきと、最後は大げさに嘆くように館長と思しき男は言った。
言うことを鵜呑みにしてはいけないタイプの大人だな、というのが第一印象だった。
「仕方あるまい。明確な脅威が見えない以上、ここは後回しにされがちだ。南部のように活発なら話は違うだろうが」
「ちょっと育ってきた人材はみんな南部が引っ張ろうとするからね。まったく、迷宮である以上どの山も等しく脅威であるというのに」
館長は嘆息する。
その拍子に、ようやく僕が視界に入ったようだった。
「おや、魔導士メグロ。その子は?」
「魔力汚染者だ。この子も連れて山に入る」
「この若さで?」
彼は驚いたようだった。そろそろ慣れてきた反応だ。リュイスも、ここまで連れてきてくれた御者の男も驚いていた。そして憐れむ。
だが彼の反応は予想とは違った。
彼は僕の顔をまじまじと見て何かを期待するように言った。
「うーん、今から育てればいい案内人になりそうだな……」
「館長」
メグロが少し強く言った。
「早めに処置を行いたい。入山の許可を、この子の分も」
「わかったわかった。そうにらむな」
館長は両手を挙げて笑うと、棚から二つの金属片を取り出し、メグロに渡した。
「いつも言っているが……なくすなよ。最後には返しに来い」
「ああ」
メグロはうなずき、一つを僕に渡してきた。
素材はわからないが、薄い。これが山に入る証明になるんだろうか。
「ではな、魔導士メグロ。よろしく頼むよ」
館長の言葉を背に、僕らは部屋を後にした。
これから山に入る。迷宮と言われる場所に。
実感はまだ湧いてこなかった。




