14 輸送隊のリュイス
輸送隊が訪れる日は学生たちにとっては特別な、お祭りのような騒ぎとなるものだった。
彼らが運んでくるものは多岐にわたる。食料、衣服などの生活必需品から玩具や書物などの娯楽品、そして購入はできないが輸送隊の大人たちが備えた武器やスキルを見せてもらうことは日々に変化のない子どもたちにとって何よりの楽しみだった。
その規模自体もまちまちで、わりと頻繁に訪れる食料を積んだ小規模なものから、家具などの生活用具をごっそり入れ替えるときの大規模なもの……そして一年に一度、その年の赤ん坊を連れてくる隊は最も厳重な警備とともにやってきた。
輸送力の要となるのは馬だ。おそらく馬だと思う。この未成熟な身体だから余計にそう思うのかもしれないが、やけにでかかった。
巨大でがっしりした体格の、いかにもパワーとスタミナに優れた馬が、これまた巨大な荷物を載せた車を引いてくるのだ。それだけでも見応えがあった。
中には大工などの職人も連れてきて、工事するために一晩二晩泊まる輸送隊もいた。そんなときは御者や職人、護衛のいかにも強そうな大人に話を聞かせてもらうという、外の刺激に飢えた学生にとって格別の楽しみもあったのだ。
僕は新しい本を確保してわずかな刺激を求めていたが、ジードやサラなどは率先して話を聞きに行っていた記憶がある。
◇
これこそ壮観としか言いようがない光景だった。
ここまで道自体は石畳で舗装されており安定していたのだが、学舎から離れるほどにどんどん周囲がどう見ても人の手が入っていない自然そのままの領域になり、全く見通せなくなっていた。
林、大人の背丈ほどある茂み、丘、川と結構な地形を過ぎてきたのだ。
そしてやはりと言うべきか、恐るべきことにというか、学舎からここまで道はずっと舗装されていた。おそらく主要な施設、街や村があるところは全て舗装されているのでは、という推測が立つ。ローマ街道の例もあるとはいえ、その背景をつい考えてしまうほどの規模だ。
この光景もまたその背景に意識を向けるに十分な力を持っていた。
丘を越えた先、どうもざわめきが聞こえると思っていたが、それが見えた瞬間言葉を失った。
平原だ。
そこにはおそらく数千人、もしかしたら万に近いかもしれない数の人がいた。高台から見てなお全体がつかめない。柱と布を組み合わせ、日光と雨だけを遮るための天幕があちこちに張られ、その下にまた布と台、そして様々な物が並べられている。食料や衣服といったありきたりなものだけじゃなく、装飾品や鉱石、何に使うかわからない道具まで、種々雑多なほどに幅広い。
遠くからぱっと見ただけでこれなのだ。おそらく全貌は一日使っても把握しきれないだろう。
「ちょうど多くの隊が合流する時期だったな、運がいい」
僕の隣りにいたメグロが何の感慨も見せずに言うと、そのまますたすたと丘を下っていく。
呆気にとられていたがもともと人が多いだけならばそれほど驚くことでもなかった。どちらかといえばこの規模の人間が街や村を形成するでもなく、おそらく一時的に滞在しているだけという状況に驚いたのだ。
合流地、とメグロは言っていたか。頻繁に使われているような言い方だ。ならばしっかりした拠点の一つでも作ったほうが合理的に思えるが、見渡しても大きめの小屋が建てられている程度でそんな様子はない。
僕は頭を捻りながら、メグロの後を追った。
「お前の装備、特に靴を取り替える」
メグロはそう言うと、天幕の群れの中へ入っていく。
この世に生を受けてこれほどの数の大人たちの中へ入ったことがない。子どもたちの高い声によるざわめきと、男女入り交じるとはいえ大人の喧騒とでは質が違う。
ちょっとくらくらしながらもなんとかメグロについていく。そんな僕を周囲の大人たちが不思議そうな目で見ていた。この年齢の子どもが珍しいのだろう。
足早にずんずんと進んでいたメグロがふと足取りをゆるやかにし、左右を見渡し始めた。しばらくそんな様子で歩いていると、
「あった。こっちだ」
言うや否や、天幕の間に分け入り、また急に足を早める。こっちのことも少しは考えてほしい。声をかけてくれるだけ考えているんだろうが。
そしてメグロは天幕の中の一つにためらう様子もなく入っていった。僕もそれに従う。
「何だよ、珍しい顔だな」
入った途端、そう声をかけられた。
天幕の下には、木箱がいくつも並べられていた。
その中身を手早くチェックしていた人物が顔を上げ、メグロに向かってニヤッと笑顔を見せる。
女性だ。赤茶けた髪を後頭部でひとまとめにしている。粗野な笑みを浮かべているが、振る舞いには隙がなく、ぴしっと筋の通った立ち姿だ。メグロよりも頭一つ低いが、十分に背が高い。丈夫そうで、ポケットの多い、おそらく作業着を身に着けている。
彼女はメグロの後ろにいる僕を見て、怪訝そうに眉根を寄せた。
「久しぶりだな、リュイス」
「おう。変わらず辛気臭い頭しやがって。……で、その子は何だよ」
リュイスと呼ばれた女性は僕を親指で差した。
メグロはあっさり言った。
「魔力汚染者だ」
「はあ!?」
「山に処置しに行く。こいつの装備を見繕いたい」
「そりゃいいけどよ……ええ、お前いくつ?」
リュイスは僕に向かって尋ねてきた。
「八歳です。カイリと言います」
「ああ、うん。あたしはリュイス……八歳ってお前、マジで言ってる?」
「マジです」
僕が答えると、リュイスは頭を抱えた。
「まだ学舎にいる年齢だろう。なんでこんな子どもがそんなことになってんのさ」
「学舎近くの森に魔力溜まりが湧いている。子どもたちに魔について教えるときに使う場所なのだが、この子は特別魔力に対する感覚が鋭いらしい。自分で見つけてしまった」
「……あー、あたしらのとこでもそんなんあったな」
あれかー、とリュイスは苦々しげな顔をした。ついで、僕に近寄ってくるとがしっと両肩をつかんでくる。
真摯な顔で僕と目線を合わせた。
「いいか、まだ実感がないかもしれないが、どんなときでも心をしっかり持てよ。諦めるんじゃない。今に中央の学者どもが治療法を見つけるからな」
「はい」
……驚いた。もしかしたら初めて会うかもしれないほどにまともな大人だ。まともすぎて若干申し訳無さすら覚えてしまうほどの。
メグロはそんな僕らに顔を向け、なにか言いたげに口元を歪めていた。
「リュイス。同情も結構だが、処置は早い方がいい」
「ん、すまん」
肯き、リュイスは天幕の下に積まれたたくさんの木箱から迷いもせずに一つを開けると、ごそごそと漁り始めた。
「服は多少合わなくても許せよ。問題は靴だな」
「だろうな。詰め物なりで誤魔化せられるならそれもいいが」
「ダメだ。足が痛む。成人まで変な癖はつけない方がいい。……こういうときに自在装備があると便利なんだが」
「軍にもなかなか出回らない物を求めてどうする」
「わかんねえぞ。最近学院は結構いろんなもん開発してっからな。噂じゃ相当な才能が入ったって話だが、誰とは聞かないんだよな」
「変人共の巣窟だ。何が起きてようが驚かん。が、今ここに無いものをどうこう言っても仕方あるまい」
「わーってるよ。おうカイリ、ちょっとこっち来い」
リュイスに手招きされると、手頃な木箱の上に座らされる。そして素早い動きで靴が奪われ、素足がさらされた。
「ん、お前ら昨日身体洗ってねえだろ。ちっと匂うぞ」
「あっ、すいません」
「お前は謝らなくていい。そこのデカブツに言ってんだよ」
「……昨夜は急いでいた。それに、一日くらいなら問題ない」
「この物臭野郎。昔そんな素振りは見せなかったくせに、一人になった瞬間それか」
「……」
メグロは黙った。リュイスはそんな男を苦々しげに睨んでいたが、その間も手は僕の足に触れ、弱くも強くもない力でおそらく輪郭と骨格を確かめていた。
「二人とも仲が良いんですね」
「別に良かねえよ。長い付き合いってだけ」
リュイスは答え、メグロは視線を外している。
「あたしら同じ学舎の出なんだよ。お前がもうわかってっかは知んないけど、学舎ってのは各地にあって、ここよりもうちょい北の方のやつ」
「へえ、ここらと何か違いはあるんですか」
「いや、そんなに差はねえよ景色も気候も。結局、中央や国境近くでもなければどこも似たようなもんだな」
「え、行ったことが?」
「この国の中なら大体行ったよ。輸送隊ってのはそういう仕事だからな。まぁ国境は軍が大体自分とこでやるからそんなに知らねえ。知りてえんならそこのムッツリに聞きな」
「リュイス」
メグロが口を挟んだ。リュイスは気にした様子もない。
「そいつはもともと軍にいたんだよ。バチバチに魔族とやりあってた口だから、そのへんの話は聞いといて損はないぜ」
「……勝手に言うな」
「別に知られたって問題ないことだろ。これからそこそこ長い付き合いになるだろう間柄なんだし、多少は自分の身の上も話しとけよ。お前は聞かれたことには答えるけど、聞くにもとっかかりの情報ってのは必要なの」
弱々しくメグロが非難するが、リュイスは一気にまくし立てて彼を黙らせる。
メグロは嫌そうに顔を歪めるとまた視線を外した。
「おし、わかった。もう靴履いていいぜ」
「あ、はい。えっと……?」
「いつできる」
「んん。急げば夕方にはできるが、山に入るにはもう遅い時間だろ。明日の朝取りに来いよ」
「わかった」
ぽんぽんと話が進んで、僕はようやく気づいた。
「もしかしてリュイスさんが作るんですか?」
「そ。〈手工〉持ちのリュイスとはあたしのこと。主に服飾方面を伸ばしてるから、衣服で何か困ったことがあればあたしに相談しな。最近は大抵このあたりを回ってる」
「はー」
僕はバカみたいに口を開けていた。
学舎の後にはこういう道もあるのだ。あるだろうとは思っていたが、実際に見ると格別の感慨がある。
ちょっと違うが、喜ばしい、というべきだろうか。
「今日はもうゆっくりしろ……と言いたいが、お前らまず荷物揃えて身体洗ってこい。人に会わない生活してるとおろそかにしがちだが、こうして人に会う以上、それが礼儀だぞ」
ぐうの音も出ない正論である。
僕は素直に頭を下げて肯き、メグロはやはり視線を外しながら軽く頭を動かす。その態度を見たリュイスにまた怒られていた。
「恋人なんですか、リュイスさん?」
「ぶふっ」
僕が聞くと、メグロが吹き出した。短い付き合いだが、およそこの男にとっては非常に珍しい姿だろうという確信に近い想像があった。
天幕の群れの近くに建てられた小屋の中だ。洗浄を受け、全身さっぱりした僕らは山に入る用の準備も整え、もう寝るかというときのことである。
水を飲もうとしていたメグロに先の言葉をかけたのである。めちゃめちゃむせてる。成功した。まさかこんな予想通りの反応を見せるとは。
「がはっ、ごほっ、……何を言うんだお前は。どこでそんな言葉を覚えた」
「いや、こう、仲が良いご様子なので。遠慮がないというか」
昨日から今日までで一番嫌そうな雰囲気がメグロから漂った。非常にわかりやすかった。
「……お前は、自分が学舎の同期とそういう仲になると思うか?」
「あはは、御冗談を」
僕にとっては家族とまでは言わないが、兄妹に近い感覚はある。ちょっとそういう目では見られない。
「でもそういう人もいるのかなって思ったので」
「古い付き合いなだけだ。……それに、あいつは結婚している」
「あ、そうなんですか」
「そうでなくとも魔力汚染者がそんな関係を得られるはずもない。……お前が諦める必要はないが、その年ではまだそんな気にもならんか」
もう寝ろ、と言ってメグロは黙った。それ以上は反応を得られなさそうなので僕も昨日より広く、ちゃんと布団が敷かれた寝台で寝ることにした。
◇
翌朝、早朝と言っていい時間帯にリュイスのいる天幕に行く。
リュイスは昨日と変わらない姿で、昨日より少し目の辺りが重い様子で待っていた。
「……お前、徹夜したな」
「まぁちょっと興が乗ったんだよ」
「若くないんだ。無理するな」
「年はお互い様だろ」
言葉とは裏腹に、メグロの声音には労るような響きがあった。
僕も深く頭を下げる。
「リュイスさん、ありがとうございます」
「うん。ま、本当に気まぐれなんだ。大事にしろなんて言わない。駄目になったら取り替えに来いよ」
そう言って彼女が差し出してきたのは丈夫そうな長靴と、それから衣服が二組もあった。
「着てみな」
変な遠慮は失礼になりそうな雰囲気があったので、僕は言葉に甘えて手早く着替える。
靴も服もぴったりだった。
これまで支給されてきた衣服とは比べ物にならないくらい動きやすい。
「……ぴったりです」
「ん。良かった。本当ならちょっと動いてもらって、それからまた手直ししたいんだけど、もう行くよな」
「ああ。手間をかけた」
「おう。今度なんかおごれよ」
「わかった。今度な」
メグロは肯くと、踵を返し天幕を後にする。
僕ももう一度頭を下げ、礼を言うとその後を追おうとして「カイリ」とリュイスに呼び止められた。
「あいつ、無愛想だけど悪いやつじゃないからさ。あんたをちゃんとどうにかしようと思ってるよ。昨日も言ったけど、あきらめず頑張りな。魔に汚染されようが、汚せないものはあるんだから」
僕は「はい」と返事をして、天幕を出た。
少しだけ罪悪感があった。




