第3話 過酷な修行
朝の6時に目覚ましが鳴った。
昨日は疲れて風呂も入らずに、夜の8時前には寝てしまったようだ。
10時間以上は寝ている。
いくらか疲れはとれただろうか?
あれっ。全然、疲れがとれていない。
いや、むしろ、疲れ切っている。
そんな馬鹿な。
昨日の爺さんが俺に何かやらかしたか?
「爺さん、俺に何かやったか?」
返事がない。
やはり、昨日のことは夢だったのかな?
あんな夢をみたのは事故の影響が少しあるのかも。
特別な人間になっていないという残念な気持ち。
一方で安心した気持ちが入り混じっている。
まあ、昨日の事故の後だ。
今日、疲れが出ても不思議ではない。
洗面台に行き、鏡を見ると目がはれぼったく充血している。
誰も俺の顔に興味などないのだから問題ないのだが、
心配されるのは何か嫌だ。
まあ仕方ない。
「風呂に入って、シャキッと会社に行くか」
そして、俺は、昨日の帰り道で買った安物のスーツに着替え、
今日も朝の太陽を浴びる。
大して元気が出ない。
会社につくと、2人の社員が既に仕事をしている。
「おはようございます。」
やつれた顔で俺は挨拶をする。
「あら、和也さん。おはようございます。
まだ働いていないのにお疲れですか」
そうだよね、自分でもわかるくらい疲れ切った顔してるもん。
「ずいぶん早くから仕事をなさっているのですね」
俺は話題を変えた。
「私たちは、昨日、夜勤組ですの。引継ぎが済んだら帰ります。」
「あー。そうなんですね。僕でわかる内容でしたら引継ぎ受けますよ」
「入社2日目で。助かるわ。スゴイのね和也さんて。
仕事に出来る男ってステキ」
「ちょっと真紀。抜け駆けは駄目よ。和也さん。私もお願いしたいのだけど」
「優希はいつも引継ぎが、倫花でしょうよ。もうすぐ来るわよ」
「真紀だっていつも、日向でしょう」
「そう。日向。和也さんの教育係は日向だから。
私のものを引継ぐのは良いのよ。フフ」
なんか、俺、もしかしてモテている感じなんでしょうか?。
それとも、早く帰りたいから俺を取り合っているのでしょうか?
後者だと判断して、俺は冷静に対応した。
「真紀さんのものをとりあえず引継ぎ受けますよ。
時間があれば優香さんのものも引継ぎ受けます。」
「和也さん。ありがとう。でね、早速だけど・・・・・・」
と真紀さんの事務引継ぎを受けることになったのだが、
真紀さんが密着してくるので、
その茶色のかかったロン毛の巻き髪のシャンプーの香りと香水の香りで、
惚れてしまいそうになる。
人間は五感のうちで匂いのみが直接脳で感じるらしいが、納得である。
とにかく、ここで働く女性たちは香りがいやらしいのだ。
そう、嬉しいほどに卑怯なのだ。
心の奥にしまっていた、
スケベ心が飛び出てきてランバダを踊ってしまうのである。
いや。ちょっと待て。そういえば忘れていた。
真紀さんや優希さんが女性であるかは、わからないのである。
名前も微妙だし。
本人に直接聞く方法もあるが、それは俺の心がヤメロといっている。
本人たちは体が男性でも心は女性なのだ。であれば女性だ。
本人がそう思っているのだから間違いない。
それは周りが判断することではないのだ。
まあ、仕事に集中しようと精神を集中しなおした。
何故か、自分でもびっくりするくらい
素早く真紀さんと優希さんの引継ぎを終えた。
「お疲れさまでしたー。」
「帰り飲んでいくー?」とか朝の会話とは思えないことを
言いあいながら真紀と優希の2人は帰っていく。
間もなく、日向と倫花も出社してきたので引継ぎを行ったが、
この職場は、おれのスケベ心を抑える修行の場所と化していたのだ。
鼻の下を伸ばして仕事するなど、俺の自尊心が許さない。
しかし、エロスへの誘惑という攻撃は次から次へと襲ってくる。
ここは天国なのか地獄なのか?
このままでは、仕事に影響を与えてしまうかもしれない。
これを打開するには、俺自身が成長しなければならない。
俺はトイレに閉じこもると「修行するぞ」「修行するぞ」「修行するぞ」
と独り言のように、ブツブツと何度も繰り返し、自己暗示をかけていた。
すると
「そうじゃ。修行が大事なのじゃ」
認知症の爺さんが話しかけてきた。こんな時に?
やっぱり夢ではなかったよな。
もう、諦めた。
俺はこれから認知症の爺さんとともに生きていくしかないのだ。
俺は頭の中で
「朝、話しかけたけど返事がなかったよ。どうしたの?」
「いや、寝ていたようだな。今、起きた。
和也が寝た後、あれから儂はパソコンをいじって色々、
勉強をしていたのだが、夢中になりすぎて、
明け方まで起きていたから、疲れもあって熟睡してしまったわい。」
そうだったんだ。俺が寝ている間に起きていたんだ。
ん?俺は寝てたのか?起きていたのか?
そうか、だから、寝ても疲れが取れていなかったし、
眠かったんだ。
「疲れておるじゃろ?
だから和也に迷惑がかかると心配していたのじゃが。」
「いや。今度からは一緒に勉強しよう。そうでないと。俺たちいつか死ぬ。」
「そりゃあ、人間という物質エネルギー体はいつか死ぬのじゃ。
あたりまえじゃ。
しかし、和也の脳はすごいな。
空き容量がいっぱいで、乾いた砂が水を吸い込むように、
知識がどんどん入ってくる。」
褒められているのか、貶されているのか?人の脳を勝手に使って。
しかし、精神エネルギーだの物質エネルギーだの、
この認知症爺さんは何を言っているんだろう?
「ねえ。精神エネルギーとか物質エネルギーって何なのさ?」
「フォッフォッフォッ。儂が修行して研究した理論じゃ。
まだ完成には至っていないが、
まず、精神エネルギーと物質エネルギーの違いは、
ん?アレ?、、、、、、、、、、アレ?
まあ説明してもわかるまい。
儂とともに修行しながら理解していけばよい」
つまり、忘れてしまったのね。
「修行って。山にこもったり、滝に打たれたりするの?
会社員の俺には無理だよ」
「まあ、それもひとつの修行といえるが、修行とは生きぬく事じゃ
と私は考えておる。
人生で辛い思いをすればするほど精神エネルギーは強くなるのじゃ。」
「では、わざわざ人生を辛くしろと。それは嫌だな。出来れば楽して生きたいし。
でも、精神エネルギーが強くなれば、
この間の事故の時のように自分の身を守れるの?」
「いや、あれは、儂も意図して出来たわけでなく
何故か必死になっていたら出来てしまっただけで、
いわゆるマグレじゃ。もう一度やれと言われても出来ないからな。」
まあ、そうだろう。
あんなこと当然にできたら格闘技でチャンピオンになれるもんな。
「じゃあさ。精神エネルギーが強くなってもメリットがないじゃん」
「アホ。メリットの問題ではない。儂が何故修行していたのかよく聞け
・・・・・・・・まあ、コホン、共に修行に励もうではないか」
もう、つっこんでやらないぞ。
「まあ、修行するのは同意だよ。
なんせ強い精神を鍛えないと、この職場では狂ってしまうからね。」
「何?和也よ、職場とは、そんなに厳しい修行場所なのか?
まあ、儂なら余裕じゃが。」
「フッ。経験してみればわかるさ。
爺が堪えられるか楽しみだよハッハッハ」
そして、俺はトイレから職場に戻った。
「あら、和也さん。トイレ長かったですわね。
ちゃんとスッキリしましたか?クスッ」
日向が、俺に腕を組んで、上目遣いで聞いてくる。
しかも、胸があたりそうなんですが。
日向の香水は最上級に卑怯なのだ。エロスの香りが鼻を直撃する。
そして、次にロン毛を頭で丸めた倫花も正面からやってきた。
おれに胸を押し付けながら俺の顔を両手で抑えて
「和也さん。目が充血していますよ。大丈夫ですか?」
と心配するそぶりでからかってくる。
今度は、胸が当たってます。
この倫花、
生まれながらにエロスを持っているのではないかと思うほど
色気がすごい。
切れ長の奇麗な目に、シャープな顔立ちで、
男をとりこにする女狐のようである。
やばいこのままでは。と意識を爺に向けた。
何とかしてくれるかもしれいない。
「爺、助けてくれ。」
頭で叫ぶ
「・・・・・・・・」
反応がない。さすが爺だ。邪心を捨てて無心の境地で闘っているのか。
畜生、俺はまだ未熟だな。
別にこの小娘たちが俺に気があるわけではないのはわかっている。
からかって、俺の反応を楽しんでいるのだ。
そうであれば。
「大丈夫です。
昨日、仕事の勉強を夜遅くまでしてしまったので。すみません。」
とさりげなく、倫花の両肩をやさしく手でつつみ俺が後ろに下がって、
胸を離すことに成功した。
「日向さん、お話したいことがあるのですが、良いですか?」
といいながら、日向の前に自分の位置をずらし、
何とか組んでいる腕を外すことに成功した。
フッ。これも修行しているうちに、
もっとスムーズに素早くできるようになるだろう。
まずは、危険回避能力を高めねばなるまい。
「お話ですか?2人きりで?ですかね?」
と悪戯っぽい顔で日向が聞いてくる。
実は、何故か今日の朝から色々、
この職場の問題点が何故か見えてしまっていた。
「まずは、引継ぎですが、紙媒体や口頭ではなく、
クラウドの共有フォルダーに入れて
全員で共有した方が良いのではないかということ、
それと、派遣している労働者のタイムカードは、
自動でこちらに送信されるシステムを導入して労務ソフトと
連携が出来れば、相当、事務の短縮が出来ます。
それと・・・・・・・・」
と頭の中で浮かぶことを調子に乗って話していたが
「ちょっ、ちょっとまって。和也さん。
私には理解できない話になってきたので、
システムを導入したメーカーの担当者を呼びますので、
その方に聞いてもらってよいでしょうか?」
日向が、必死になった表情で俺に訴える。
「すみません。新米が何か勝手なことを言ってしまって。
大丈夫であればお願いします。メーカーと私で話し合ったうえで、
プレゼンしますので上層部で色々決めてもらえれば良いかと。」
「いえいえ。私たちも素人で言われるがままに仕事をしてきただけなので、
もし、和也さんの考えていることが良い方向に行きそうであれば
皆で話し合ってみます。」
そうか、
日向も確か取締役だったな。
あとは倫花。それに琴美という子と希美ちゃん。
「皆って、倫花さん、琴美さんと社長ですか」
「いえ。社長はいれません。私と倫花、琴美それと担当者たちですね」
やーい、やーい、希美社長、仲間外れにされてますよ。
「わかりました。では、宜しくお願い致します。」
日向は早速、
メーカーに電話を入れてくれて、午後から来てくれることになった。
何か、日向の俺を見る目が変わったように見えた。
それにしても、何でこんなにアイデアが出てくるのだろう。
というより、
こんな知識あったかなと思うような情報が次から次へと溢れ出てくる。
おそらく、爺が昨晩、勉強した知識が俺の脳に記憶されたのだろう。
俺が勉強しても、頭の中にちっとも記憶されないのに。
人は好奇心のあることはすぐ記憶できる。
爺の好奇心の大きさはすごいのだろう。
俺が勉強した知識ではないのだが、俺の能力になるのだ。
なんか得した気分である。
昼休みになって、
俺は興味のあったビル1階にあるラーメン屋に向かった。
【おいしいかもしれないので食べてあげてくださいBy店長の母 極旨家】
このラーメン屋の長い看板、興味をそそられすぎる。
すると、すでにカウンターに見覚えのある後姿の女性が座っていた。
俺は隣に座り。
「社長。お疲れ様。今日は外回りですか?」
と驚かそうとしたが、希美ちゃんはびくともしない。
俺のことなど二の次でラーメンに食らいつきながら
「あら、和也君。おつかれー。
ここのラーメン美味しいのよ。ニンニク入れるとこれまた最高。
なんせ、この店があるから会社をここの2階にしたんだから。」
へー。会社の場所をラーメン屋で決断。さすがです。社長。
希美ちゃんは、カウンターに置いてあるニンニクをつぎ足しながら
ラーメンをすすっていく。
見方によっては美しいのだが、食べるペースが速い。
男から見ても見事なすすりだ。
「希美ちゃんの喰いっぷりは、いつ見ても気持ちいいね。
近頃は、みんなスープをいっぱい残すんだよ。
体に悪いとか思っているのかもしれないけどさ」
店主が、希美ちゃんに話しかけてきた。
「ありがとう。だって、おいしいから残すなんて我慢できないよ。
一滴だって、もったいない。」
と口元のまわりを脂で輝かせて笑顔で答える希美ちゃんだが、
店主にとっては最高にうれしくなる言葉だろう。
「ありがとう。うれしいね。
やっぱりお客に喜んでもらってナンボの仕事だからね」
「それじゃあ。今度、チャーシューおまけね。」
「わかったよ。希美ちゃんにはかなわないよ。」
「フフッ。美人って得よね」
と小声で俺に囁いてくる。
そういうわけではないかと。良い話が台無しだ。
「ほかの社員は食べに来ないのかな?」
「何か、ラーメン屋って敷居が高いみたい。
それに、最近、可愛い弁当を作って見せあっているわよ。
インスタとか何とか・・・・・・私にはわからない。」
「希美ちゃんは弁当とか作らないの?」
作らないだろうと思いながらも、あえて虐める気持ちで聞いてやった。
「フッ。」
なんで、そんな余裕で鼻で笑うの?もしかして、俺の期待を裏切って
「私は、おいしいものを食べることが幸せなの。
私の弁当食べたら不幸になるわ。」
希美ちゃん。あなたのプライドさんも旅に出ているのね。
さらに、俺は、問い詰めてやった。
「でも、節約にもなるし、女子力アップするんじゃない?」
希美ちゃんは、俺をまじめな顔で見つめて
「面倒くさい。」
言い切った。うん。期待を裏切らない回答です。
俺のラーメンも着丼したので、さっそくいただく。
「うん。うまい。豚骨ガラスープがしっかりきいていて、
具も一つ一つ丁寧な仕込みだ。
麺も手打なのか小麦の風味が生かされている。
ニンニクを入れすぎるなど失礼と思わせるような丁寧なラーメンだ。」
それなのに、隣では、
これでもかというくらいニンニクをまた追加して
スープを飲み干そうとしている。
「ごちそうさま。食べ終わったらすぐにどかないとね。
和也君、昼休み時間があれば、そこの公園のベンチで待っているから来てね。
話したいことあるの。」
食べたら、公園のベンチで休もうかと思っていたのに。
少しでも眠りたかった。
「わかりました。社長」
そういえば爺はどうしたのだろうか?
あれから一切会話してこないが。
「いや。こんな旨いもん。世の中にあるのじゃな。早く無心で食せ。」
ラーメンを堪能していたらしい。
「はいはい」
食べ終えた俺たちは、公園のベンチにつくまで、歩きながら頭の中で会話した。
「和也。おまえはすごいな。」
「はっ?なにが?」
「儂は、あの職場とかいう修行の場で、一瞬のうちに気絶してしまった。
香りまでは、何とか耐えたのだが。
胸があたった瞬間、負けてしまった。
あんなに惨く厳しい修行は行ったことが無い。」
ハハ。気絶してたのね。
「そうだろう。しかし、なんとかこの過酷な修行に耐え抜き、
生き残らなければならないのだ。」
「うむ。修行に危険はつきものじゃ。共に克服して見せようぞ」
「うん。」
俺たちは、互いにきつい決意をした。
桜の木の下で、咲いた花を見ながらソフトクリームを食べる美女がいた。
絵になるフレームだ。
しかし、この美女はあくまで、外見だけを見るべき美女なのだ。
ソフトクリームをなめている美女は希美ちゃんだった。
「待った?そんなに食べてお腹壊さないの?」
「全然大丈夫。ラーメンの後にソフトクリーム。ラーメンセットよ。」
私が発明したとばかりに得意げだ。
「和也君、どう?仕事の方は?集中できてる?」
とニヤニヤしながら聞いてきた。
女子社員達が俺をからかっているのを知っているのだろう。
俺は余裕の顔で、
「いや、仕事は全然大丈夫ですよ。みんな親切だし。楽しいですよ。社長」
と返してやった。小娘の思いどおりにはならないぞ。と思い
ふと俺はアイスクリームを食べている手の前腕に、
5センチくらいの細い傷がついているのが気になった。
「それより、希美ちゃん、美しい腕に傷がついているよ。どうしたの?」
と指で傷の場所を指してあげると
希美ちゃんは、ハッとして、自身の前腕を見て驚いている。
どうやら、気付いてなかったらしい。
確かに薄い傷だから痛みも無かったのかもしれない。
しばらくして、真剣な顔になった。
「やばいな、このままじゃ」
ひとりごとのように小さくつぶやいたが、俺は聞き逃さなかった。
ん?やばい?美しい腕に傷がついたから?何故?
「和也君、お話は今度ゆっくりしましょう。急用が出来たから私行くね」
「はい。どうしたの?」
「ごめん。和也君には絶対言えないの」
といって残ったアイスクリームを一口で平らげて走っていった。
何か慌てた様子だったけど、
どうしたんだろう何か問題が発生したのかな?
まあ、希美ちゃんだから、大した問題ではないのだろうけど。
「和也よ。」
「どうした?爺」
「希美の精神エネルギーが先ほど相当、乱れていたぞ。
あれは非常に大きな不安、焦りの波長だな。」
「そんなこと、わかるんだ?」
「当然じゃ、いくつもの修行に打ち勝ってきた儂じゃからな」
先ほど負けたばかりだけど。
忘れてしまったのかな?まあいい。
それよりも希美ちゃんだが、
いつも馬鹿っぽい子が真剣になると心配になるな。
しかし、午後からは打ち合わせの予定が入っているし、
どうするか?と俺が悩んでいると
「儂が、希美の行動を少し監視してきてやろう。」
「はあー?そんなことできるの」
「いや、今さっき、精神エネルギーの一部を他者に取りつかせて
監視する術を思い出したのじゃ。短時間じゃが。
今でいう監視カメラのようなものじゃな。」
「まじか。そんなことできるなら。色々なことが・・・・・」
「邪心が交ると出来なくなるぞ」
「じゃ、邪心?そんなこと、
大体、邪心とは何なんだよ。
スケベなこととか、お金の欲とかそういうこと?」
「いや、自分の心の中にある正義に反することじゃ」
難しいな。そりゃあ覗きとか、やってはいけないと思うけど。
邪心だらけの俺には、大して役に立たないな。
「まあ、儂ほどになると多少の邪心があっても問題はないが」
「師匠。すばらしすぎる術です。
その術を是非ともパワーアップしましょう。」
「ああ。言い忘れたが監視した内容は儂しか見れないぞ。
和也には見ることはできない。」
そんなくだらない術いらないです。
「まあ、和也の精神エネルギーが儂なみに高まれば別だが」
「師匠。精神エネルギーの修行をお願いします。耐え抜く自信があります。」
「先ほどは嫌がっていたのに、まあ良い。今は、とりあえず儂は希美だな」
「ありがとう。おれも、午後の打ち合わせをしっかりやらないと」
頭の会話を終えておれは、職場へとむかった。
昼休みから会社に戻ると、
既にメーカーの人らしき男性2人が廊下で待っていた。
「あっ。もしかしてメーカーの方ですか」
「そうです」
「すみません。お忙しいところ来ていただきまして」
「いえいえ。仕事ですから。藤原さんですか?」
「そうです。まずは中にどうぞ」
俺は新入社員なのに、古株のように中に案内した。
「和也さん。メーカーの方ですね。こちらの会議室を御利用下さい。」
日向が既に部屋を用意してくれていた。気の利く子である。
とりあえず、名刺交換をして、
四角いテーブルの対面に2人メーカーの方に座ってもらい、俺も着席する。
営業の高橋さんと橋爪さんだ。高橋さんが上司だね。
すると、すぐに、倫花がお茶を入れてきてくれて、
高橋さん、橋爪さんと俺の分のお茶をテーブルに置いて行った。
倫花も礼儀作法が出来ていて見直してしまった。
単なる、エロい体だけの社員ではなかったようだ。
「うらやましいですね。藤原さん。
こんな美人に囲まれた環境で働けるなんて」
「いや。良い事ばかりでもないですよ。
結構、女性が多いと大変なことも多くて」
とかいいながら、結構、自分のスケベ心が問題であったりするのだが。
「それで、早速なんですが、私の提案として、
このようなシステム改修ができるのか相談をしたくて、
お呼びだてしてしまったのですが」
俺は、午前中にまとめた資料を2人に配布して、説明した。
「いや、このレベルになると営業の我々では対応が困難で。
藤原さんはITの上流設計か何かやられていたのですか?」
「いや、やったことはありませんが、お恥ずかしながら知識だけあって」
「とりあえず、設計担当にメールで資料を送信してみますね。」
俺の資料をメールで送信して、
システムエンジニアからの連絡を待つことにした。
確かに、素人では要件定義やロジック、
画面構成などわからないかもしれない。
というか、俺も昨日まで全然知らなかったし。
資料も、何故かスラスラと2時間程度で出来てしまった。
もともと、パソコンは打つのは早かったが、
各ソフトのあらゆる機能を駆使することが出来るようになったことにより、
最速で資料を作成することが出来たのだ。
30分程度して、相手のシステムエンジニアから連絡がきた。
インターネットでの会議となったが、
「いや。資料わかりやすくて。助かりました。大丈夫です。
このようなシステム構築に改修することは可能です。
というか、すべての営業相手に対して藤原さんのアイデアのシステムに
当社は改修した方が良いと個人的には思いますね。いや、すごいです。
あとは予算の関係だと思います。営業と話し合ってください」
相手のシステムエンジニアは、営業コメントなのか、
めちゃくちゃ褒めてくれている。
何か、人から認められたり褒められたりするのって、すごくうれしい。
褒められたのって子供のころに障害物競走で2位になった時以来かも。
「ありがとうございます。
では、営業の高橋様達と引き続き相談させていただきます。」
俺は、システムエンジニアに返答してネット会議を終了させた。
「すごいですね。藤原さん。あのシステムエンジニアの塚原は
営業の我々が色々とお客様の要望を伝えて改修依頼しても
首を縦に振らない人間なんですが、びっくりです。
確かに、このシステム構築が出来れば業務は数倍効率が上がるでしょう
早速、社に戻って上司と相談し見積もりを提出します。」
「お願いいたします。私も見積書が提出され次第、社内でプレゼンしますので。」
俺たちは、笑顔で挨拶して、
営業の高橋さんと橋爪さんをエレベーターまで見送った。
途中、高橋さんと橋爪さんたちが興奮して日向と倫花と何かを話していたが、
そのとき俺は頭の中で爺と会話していた。
「わかったぞ。和也。希美の不安と焦りの原因が」
「早かったな。それで、なんだったんだ。」
「非常にお前には伝えづらい。
これからお前と希美の関係が変わってしまうかもしれない。
儂は途中で見てられなくなってしまったほどじゃ。」
なんなんだ一体。あんな明るい子が、
やはり何か大きな闇でも抱えていたのか。
いやでも、大丈夫。
俺は何があっても希美ちゃんを変な目で見たりしない。
信じてやるぜ。俺は決意して覚悟を決めた。
「いや、大丈夫だ。教えてくれ。」
そして、爺は語りだす。
「わかった。覚悟はあるようだな。話すぞ。
儂たちと別れた後、希美は、こちらも振り返らずに走っていった。
途中、苦しそうだったが、何とか白い建物までたどり着いた」
途中、苦しそうだった?
やはりあの傷に何か関係が?
「白い建物とは、何なんだ?」
「トイレじゃ」
「ハッ?」
「便所じゃ」
「うん」
「そう、おそらく大きい方じゃ」
「いや、そういうことではなくて」
心配、焦りとは、つまりトイレだったと。人騒がせな話だ。
俺は、何故か勝手に心配して、勝手に頭にきている。
あの時、ラーメンニンニク多めのあとにソフトクリームを食べて
お腹を壊したのか。
大丈夫とか自信満々だったから、恥ずかしくて言えなかったのか。
まあ良かった。ほっとした。
「爺、ありがとう。安心したよ。」
「儂はショックが大きくて。これからしばらくは希美を見ると、
トイレが浮かんできてしまうぞ。お前は大丈夫なのか」
「ハハ、そうだね。しばらくは希美ちゃんを見ると笑っちゃうかな」
頭の中の会話が終わると、
ちょうど、高橋さんたちがエレベータに乗るところだったので
挨拶をしてお別れをした。
「和也さん。羊の皮をかぶった狼だったのですか?」
日向が、いきなり話しかけてきた。
「和也さんが、そんなに仕事の出来る人だなんて、
社長から聞いてませんでしたが」
倫花もつづいて、言い寄ってくる。
「いや、大して仕事なんてできないし、
まだ、みんなから教わらないといけない立場だよ。
何か勘違いしていないですか?」
と笑顔で応じた。
一瞬、日向がボーッとしていたようだったが、意識を取り戻して
「高橋さんたちが、和也さんのような優秀な社員がいて、
良かったですねとベタぼれで、
今回の改修についても、私には説明されてもわかりませんでしたが、
すごいことらしいのです。」
あー。さっきの会話は俺のことを褒めてくれていたのか。
いや営業トークだよ日向君。そんなことを全部信じていたら、
大変なことになるよ。
俺がそう思っていると倫花が
「そうですね。実は私は5年も人材派遣業に従事していたのですが、
和也さんのようなアイデアは浮かびませんでした。
実現できれば、数倍、業務が短縮されるでしょう。
業界的にも画期的すぎると思います。」
そうだったの。だから、倫花は人材派遣業の法令にもいろいろ詳しかったんだ。
倫花も日向も、何故か俺を尊敬のまなざしで見つめている。
やめてくれ、この味わったことのない空気。
「いや、高橋さんたちの営業トークだよ。
褒めてくれたのはうれしいけど。大したことじゃないし、
費用もどのくらいかかるかわからないからさ。
みんなと相談するのは、見積書が来てからにしよう。」
俺は、そういって、そそくさと自分のデスクに戻っていった。
「フオッフオッフオッ。少しは儂の勉強が役に立ったようじゃな。」
「そうだね。ありがとう。
今回の業務に役立つようなものをピンポイントで勉強してたの?」
「いや、そういうわけではないが。
ITというのは面白かった。物質世界の真理を解明するヒントがあるようでな。」
はあ、また、理解不能なことを。
爺が俺の脳で勉強したことは俺も知識として活用できるのだが、
俺と一体化する前の爺の記憶は、俺の知識にはならないんだよな。
「なあ、なんで、精神体や自我は思考したり出来ないのに、
記憶は多少残っているんだ」
「儂も不思議なのじゃよ。これからの研究課題じゃ。今日の夜もパソコン借りるぞ」
今日の夜も?いやいや。
ただでさえ辛いのに、明日はもっとつらくなるのは確実だ。
「いや、ちょっと待って。爺の勉強の仕方についてはあとで考えよう。」
「そうか。儂ぐらい鍛えれば、1ヶ月くらい寝なくても大丈夫だが、
和也では、まだ無理か。仕方ない。」
脳で会話しているのだけど、なんか、すごい疲れる。
毎日、脳みその筋トレをしているみたいな感じだ。
「すまないね。まあいいや。
準備しておけよ。また、日向や倫花の攻撃が来るかもしれない。
いや、奴らの手先も襲ってくるかもしれないから気を緩めるなよ。」
「うう、うむ。そうだった。了解だ。今度こそは耐えて見せようぞ」
そうして、普段の仕事をこなしているのだが、これまでのような攻撃が来ない。
気付いたのだが、今日、多くの手下の女性たちは、営業とかで外出中なのだ。
しかし、ここにはまだ大将の日向と倫花がいる。
あと一人、花子。
この子は、ベリーショートで色気は無いが、愛嬌があって元気な感じ。
イメージ的にはタヌキさんだが、唯一、俺が気楽に話せる癒し系の子だ。
希美ちゃんを馬鹿にすると、何故か怒るのだが。
この職場で俺にとっての休憩できるオアシスなのだ。
しかし、日向と倫花の攻撃が来ないと来ないで、結構寂しいものである。
まあ、仕事に集中できるから良いのだが。
ずいぶんと溜められていた書類をパソコンのフォルダーに整理し直しながら、
とりあえず、日向から頼まれた1週間で終わらす予定の仕事を2時間で終わらせた。
そして、日向のデスクに向かったのだが、
日向は珍しくボーっとしている。
「日向さん、とりあえず、宿題の仕事は終えたのですが、他にやることありますか?」
日向はびっくりした様子で
「あっ、和也さん
「いやっ?えっ?終えた?どこまで終えたのですか」
俺は、日向のパソコン画面で共有しているデータから、
俺が作成した書類を確認してもらった。
「終わっている。中身までは確認していませんが。
あとで確認しますね。えーと、えーと、、、、
すみません。まさかこんなに早く終わるなんて思っていなかったから、
次の仕事まで考えていなかったの」
「あっ。大丈夫。自分の仕事やってて下さい。
邪魔しちゃってすみません。何か仕事見つかったら、また、教えてください。
とりあえず、事務所の掃除とかやってますよ。」
「いや、掃除なんて、わたしがやりますから」
「いや、日向さんは取締役でしょ。
僕は新入社員なんだから、掃除くらいやらせて下さいよ。」
なんか、仕事がスムーズで心に余裕があると雑用も苦でなくなるのだ。
俺と日向が掃除の奪い合いをしていると。、
「和也さん。すみません。
パソコンでわからないところがあるのですが、教えてもらえませんか?」
倫花が飛び入りで参入してきた。いつものような小悪魔的な感じと違い、
何故かおしとやかな雰囲気である。
「僕でわかるものでしたら」
「日向さん。それではまた後で。掃除は僕がしますからね。」
そう日向に告げて、俺と倫花は倫花のデスクに向かう。
「これなんですけど。どうやったらこのデータ結果が、
こちらに反映させられるのか、わからなくて。わかります?」
モジモジしながら倫花は問いかけてくる。何か調子が狂うぞ。
「大丈夫です。まず、これをこうして・・・・・・・・・・・・・・」
俺は丁寧に、爺が昨晩覚えた知識を披露して差し上げた。
「すごい、ありがとうございます。」
とはしゃいだ声で感謝された後に
「和也さん、今日、仕事終わった後、空いていますか?」
とコソコソ声で聞かれた。
もしかして、これは、噂に聞いたことのある、
我々下々の男には一生お目にかかれないという、
伝説の女性からのお誘いというものですか?
断わると、孫の代まで祟りがあるという噂も聞いたことがあるので、
俺は喜んで、いや、やむを得ずに
「えーと・・・」
俺が返事をしようとしたその時、
プルルルル プルルルルと倫花のデスクの上の電話が鳴った。
倫花は素早く受話器をとり、
「お電話ありがとうございます。株式会社のぞみ、総務部の萩原倫花です。」
切り返しが速い仕事人である。ちくしょう、タイミングが悪いぜ。
しかし、電話が終われば返事をしてさしあげよう。そう思っていると。
「確かに、立花琴美はわが社の者ですが。」
何か、琴美という子に問題があった模様。何かミスでもしでかしたか?
「はい。わかりました。すぐに病院に向かいます。
すみません、病院の名前と住所と、それと・・・電話番号もお願いします。」
いや違う。事故か何か社員にあったのだろう。
いつも、落ち着きのある倫花が取り乱している。
倫花はメモを取り終えると、ゆっくりと電話を切った。
「もしかして?」
と倫花はつぶやいた後に、
「日向、大変だ」
大声で倫花が日向に叫ぶ。
日向も慌てて倫花のもとに走って寄ってきた。
倫花と日向の会話は聞き取れないが、2人とも取り乱しが半端でない。
「なんだかわからないが、社員に何かあって病院に行くのかい?」
俺が尋ねると、
「営業中に倒れて救急車で運ばれたらしいの。」
倫花が答えた。
マジか?そりゃあ。取り乱すわ。
しかも社員が2日続けて救急車で運ばれるとは。呪われているのか?
ここで、爺が話し出す。
「和也よ。儂らも一緒に行こう。何か事件の匂いがする。」
どこの推理マンガだよ。
まあ。こんな小娘たち2人が慌てていてもしようがない。
ここは人生経験の豊富な俺がいってやろう。そう思ったとき。
馬鹿社長がドアを開けて入ってきた。
こんな事態なのにひとりだけ、すっきりした顔である。
「ん?みんなどうしたの?慌てた顔して。トイレでも行きたいの?」
そんな言葉は皆にスルーされた。
日向は叫ぶ。
「花子、和也さんと留守番お願い。
すべての回線を留守番電話にしておいていいから」
留守番置いて全ての回線を留守番電話?
この会社はギャグなのか?
「大丈夫よ。留守番電話の対応は全て任せて」
と花子が親指を立てて話す。
えっ。そういうこと。逆にすごい。そして花子もすごい自信。
そして俺は爺からの話があったので
「いや。僕も連れてって欲しい。
男が一人でもいた方が良いときがあるかもしれない。」
日向は一瞬だけ考えて
「じゃあ。和也さんも一緒にお願いします。」
と軽く頭を下げられた。
そして、留守番で花子をひとり事務所において、
俺たち4人は倫花のセダンの高級車で病院に行くことになった。
そして、ただいま渋滞中。
「もう、倫花、この車、高いんでしょ。
飛ぶことできないの?ピヨーンと。
このボタンはピヨーンボタンと違うのかしら?
うわっ。すごいマッサージしてくれる」
こんな時に、社長は優雅にマッサージされてます。すると頭の中で爺が
「和也。運転を変わってやれ。」
「エッ。ペーパドライバーの俺が?」
「任せろ儂に。体の主導権を変えろ」
「そんなことできるの?というより爺は免許ないだろ」
「心配するな。お前が免許をもっておる。
それに、昨晩、漫画も読んだからイメージはできている。」
「いや、爺がすごいのはわかるけど。いくらなんでも」
「早くしろ。嫌な予感がする。」
俺は、今までと違う爺の雰囲気に押されてしまった。
「倫花さん。運転変わってもらって良い?俺も免許持っているから大丈夫」
「助かります。少し、後ろの2人と話したいこともあるし、
渋滞の間、お願いします。」
そう言って、渋滞の中、助手席の俺と倫花は運転を交代して、
倫花は後部座先に移った。
運転主席はまだ倫花の残り香があった。
うん。良い匂い。と鼻の穴を膨らますと。
「良いか和也。頭の中を無にしろ。」
「ハッ?出来るか。」
「大丈夫。お前なら出来る。脳みそなんて言うのは単純な仕組みだ。
一瞬で良いから何も考えるな」
「わかった。寝れば良いのだな。ちょうど眠たいし。」
「違うわい。まあ、近いが。全ての欲望や思考を捨てろ。
それだけだ。簡単だろう」
さっき欲望に負けた爺なのに、何故か爺の説明は説得力があった。
「わかった。やってみる。いくぞ」
俺は、いわれるがままに、頭をボーッとしてみた。すると
「成功だ。さすがだな和也。」
エッ。こんなので良いの?本当かよ。一瞬の出来事だった。
しかし、ヤバイ。本当に爺に俺の体を乗っ取られたようだ。
全く俺の意思が体に伝わらない。
もしかして、俺の体を乗っ取る作戦だったのか爺。信用してたのに。
「安心しろ。後でちゃんと体は返すぜ。」
何か爺の口調が変わったような。
「みんな、シートベルトはちゃんと絞めてくれ。
今から最高の興奮を味わせてやる」
後ろの女性陣は俺がどうかしちゃったの?という感じで目が点になっている。
俺である爺はそう叫び、ニュートラルでエンジンをMAXにふかし始めた。
前の車両との距離が10Mほどになると、一気にギアを入れ、
走りだすと瞬間に左にハンドルを切り、
何故か車体の左側が浮いて壁伝いに車両を走らせていく。
どこかのアニメみたいな現象が俺たちの身に起きているわけだが、
そのまま次の交差点手前5Mに到達する寸前まで車体を斜めに走り抜け、
さらに時速140キロで走り抜けていく。
交差点が青で良かった。
「爺、信号が赤だったら大変だったぞ」
「ハハ。青なのは知っていたさ。和也は心配性だな。任せろ。死ぬときは一緒だ」
なんか、自動車に乗ると性格が変わるタイプなのか、やばい感じがしてきた。
うしろの女性陣を、ルームミラーでみると希美ちゃん以外は白目をむいている。
ちびっていてもおかしくない。俺だって脳みその中でちびりそうだったのだから。
そんな中、希美ちゃんは、まだマッサージを優雅に堪能しているのだが。
さらに、爺は前の車をかき分けて追い抜いていくわけだが、
このテクニックなら警察からも逃げきれるかもしれない。
まあ、そのおかげであっというまに病院についた。
倫花が後部座席で505号室と叫んでいるが、
腰が抜けたのか立ち上がることが出来ないようだ。
俺である爺は、倫花をお姫様だっこして車から降ろして、
そのまま病院の入り口に走り出す。
希美ちゃんと日向も後から走り出すが、俺にはついてこれない。
なんせ、俺である爺はめちゃくちゃ足が早いのだ。
「待って和也君。でも先に行って。」
とか後ろから何か希美ちゃんの叫び声が聞こえるが、俺にはどうしようもない。
爺に肉体は預けているのだから。
「和也さん。恥ずかしいんだけど」
倫花が頬を染めて俺に聞いてくる。
そりゃそうだ。公衆の面前でお姫様たっこなんて。
「恥ずかしい?俺は全然恥ずかしくないぜ。降りたいか?」
くそ爺。なんてキザな言葉を放ちやがる。
俺はそんなキャラではないのだ。
嫌がっているだろう。いい加減に降ろしてやれ。
「いえ。すみませんが、このままお願いします。」
と言いながら腕を俺の首のまわりに絡みつける。
倫花もいい加減にしろ。顔赤らめて。
爺と違い、体の支配を入れ替えた俺には、
倫花の感触が全然感じないのである。くそっ。
俺である爺は倫花を抱っこしながら階段で一挙に5階まで登り、
505号室までたどり着いた。
そして、酸素ボンベをつけている琴美を見た。
看護師さんは
「今、原因を調べているところですが・・・・・・」
といってそれ以上の説明がない。
「倫花!」
さすがに、倫花も俺の腕から降りて琴美のもとに走り出す。
「やばいそ。和也。精神エネルギーも物質体も弱まっている。
このままでは死んでしまうぞ。あの小娘。」
「何とかならないのか?爺」
「何とかしたいのか?和也。」
「そりゃあ。何とかしたいさ」
「お前の命と引き換えになるかもしれないとしてもか?」
「エッ?」
一瞬戸惑った。しかし。
「目の前に助けられるかもしれない命があるなら助けたい。
それだけだ。
それに、俺は俺である爺を信じている。」
「わかった。お前の気持ちは。しかし、自分の命は大事にしろ」
そんなのわかっている。
自分の命は何より大切だ。
でも、何故かそれより大切なものがある気がして。
俺である爺は、琴美のもとに歩き出し、枕元に近づくと、
熱を確認するように手のひらを琴美の額に当てた。
すると、俺の体から何かものすごいエネルギーが抜け出ていく感じがしてくる。
ウギョ―!
これはヤバイ。意識が飛びそうだ。
本当に死ぬかも。そんな気持ちが脳裏に走った。
それは、数秒のことだった。そして
「あれっ。わたしどうしたんだろう?あれっ?和也様?エッ?エッ?エー?」
琴美が目を覚ました。顔の血色も良い。爺が何とかしたのだろう。良かった。
「良かった。」
俺がつぶやくと。後ろから
「ことみ―――。じゃいじょうぶなの?ゼエ・ハア、ゼエ・ハア」
と鼻水を流しながら、死にそうな希美ちゃんの声と姿。
爺につきあって階段を走って上ってきたのか。
あとから日向も来たが
「ゼエ・ハア・ゼエ。なんだ、琴美。元気そうじゃない。良かった。ゼエ」
とか言って2人ともしゃがみこんだ。
倫花は、その間、じっと俺のことを見つめている。
ヤバイ、倫花に疑いもたれたか?
「和也。大丈夫だぜ。疑いとかではなく、何か違う感情のようだな」
良かった。
「倫花さん、琴美さんの熱はないようです。
呼吸も落ち着ちついていますし、意識も戻りましたので、
先ほどの看護婦さんか先生を呼んできてもらえますか?」
俺である爺が、なんか、格好よく倫花に話しかけた。
「はい。和也さん。あなたのためなら」
「おかしいぞ。爺、もしかして催眠術とか使えるのか?」
「いや、何もしていないぜ」
だから、口調がおかしい。
しばらくして、倫花と眼鏡をかけた先生がゆっくりと歩いてやってきた。
そりゃそうだ、俺の時のように走ってくる先生はめったにいない。
「意識が戻ったようですね。大丈夫ですか。自分の名前わかりますか?
気持ち悪かったり、痛いところなどありますか?」
やさしそうな先生だな。さらにエリートな感じ。
「私は白井琴美。うーん?体的には全然大丈夫な感じです。」
何か本人は不思議そうだが、大丈夫そうだ。
その後、俺はカーテンの外に出た。
先生が結構、長い時間、問診をしたが問題はなくなっているようである。
熱も平熱だ。
先生は難しい顔をして
「しばらく、入院はしてもらいます。
血液検査やウィルス検査の結果はまだ出ていませんし、
何せ原因不明でいきなり高熱が発生して意識不明ですから、
万が一を考えて大事を取りましょう。」
そりゃそうだと俺は思ったが、爺は
「琴美さん。もし大丈夫なら退院しませんか?」
ハア?爺何を言っているの?
優しい先生が心配してしばらく入院を勧めているのに。
「いや、素人は口を挟まないでいただきたいのですが」
そりゃそうだよね。やさしい先生が剥きになって怒っているよ。
なんなんだ?爺どうしたんだ。俺は頭の中で爺と会話する。
「この医者先生から邪心をものすごく感じる。
つまり何か自分で悪いことをやっているという意識を強く感じるのだ。
琴美を入院させるのは危険だ。」
なるほど、爺が続ける。
「症状の原因は間違いなく毒だった。」
なに?毒?
俺もあわてて脳を回転させる。
「あの症状で考えられるのは「リシン」とかか?
バイオテロなどで使われるようなものが何故?
なるほど、医学の知識は少ないが、リシンのような毒で少量だったなら、
胃の洗浄をすぐに施していれば、ここまでひどくならなかった可能性もある。
集中治療室に入れなかった理由もわからないし、
血液検査も毒を想定しての検査には回していないだろう。
可能性の話だが、あえて原因不明であのまま放置していたら?」
頭の中で会話していると、先生が、
「患者さんが退院を希望するなら止めませんが、
白井さん本人は不安でしょう?
毎日、私が責任をもって問診しますから。その方が安心でしょう。」
どうしても入院してほしい感じで必死である。
「で。どうします?退院しますか?」
先生が琴美に問いつめる。
「私、夢の中で、死ぬほど苦しんでいたら何故か和也様が出てきて、
僕が助けるから、大丈夫と抱きしめてくれたんです。
そしたら楽になって、目を覚ましたら本当に和也様がいて。」
爺、夢の中で何をやっているの?
「なので、和也様が退院を勧めるなら間違いがあるわけがありません。
退院します。」
和也様?
琴美は、どうやら俺の信者になったようです。
琴美は、目がウルウルとしていて柴犬のような可愛い顔立だ。
守ってあげたくなるような、ヨシヨシと頭をなでたくなるような子なのだが、
残念ながら我が邪心教では入会拒否です。
こんな愛らしい子を俺の邪心で汚らわしたくない。
「ハハ、ただの偶然ですよ。琴美さん。
退院を進めたのは、この病院が会社から遠いので看病が大変だと思いましてね。
先生、申し訳ありません。」
そして、俺である爺は、琴美にウィンクしてアイコンタクトした。
何なんだ。このキザ男は?俺はそんなキャラではないぞ。
もうやめてくれと思った瞬間。
「和也君、どうしたの?脳みそ蚊にさされたの?大丈夫?
キンカン買ってくる?」
おおー。希美様だけはいつもと何も変わらない。
馬鹿にされているのに、なぜか嬉しい。
「いや、トイレさん。いや、違う、えええ」
爺さんは動揺してしまった模様。
その瞬間、俺の体が俺のものになった。
こんなんで、戻るんだ。ハハッ。
そして希美ちゃんは
「トイレさんって何よ。本当にキンカン買ってきてあげるわよ」
俺を睨みつけて問い詰めてくる。俺も動揺して
「いや、ラーメン食ってソフトクリーム食べるとお腹壊しますよねという話で」
俺も、体が戻ったばかりで言ってはいけないことを思わず口走った。しかし、
「はあ?馬鹿なの?当たり前じゃない。」
さすがです。希美様。
しかし、何とか爺の暴走を止められてよかった。
「わかりました。ただし、責任はとれませんから。」
先生は、冷たくイラついた感じで去っていた。
気まずい雰囲気になったので、俺は
「まあ、良かった。琴美さんが無事で。
退院してから、外で皆ゆっくり話をしない?」
と提案したが、希美ちゃんは俺を除いた女子だけで女子会をしたいと
騒いでいる。
この流れで女子会?
しかし、希美ちゃんの騒ぎは皆にスルーされて
結局、俺も含めて近くのカラオケボックスに行くことに決まった。
「和也君に話すことなんてないわよ」
聞いてもいないのに、希美ちゃんが捨て台詞を吐く。
何か隠している。そんなことはわかっているし、
話したくないのなら話さなければ良いのだけど、
琴美の件は間違いなく殺人未遂だ。
この小娘たちの保護者としてはほっとけないのだ。
美女4人組の隠しごごとは?