【第2章その1】
レトフェスでの騒動があってから数日後の昼、ハンキの小屋。
ハンキとワレオは数日ぶりに画面ゲームで遊びながら話をしていた。
「ワレオくん、最近はどうだった?」
「ダイダンエンの人に何回も事情聴取されたし、オシテー先生にも何回も呼び出されましたよ」
「それは大変だったね」
「いやいや、学園をめちゃくちゃにする一端を担ってる感じがして面白かったですね」
「素晴らしい! 素晴らしいよワレオくん!」
「どうも学園側はおれの純レト念の扱いに困ってるようですよ。今回のトーナメントでの活躍は評価するから、今後対戦で純レト念は使わないで欲しいし、口外もしないで欲しいって言われました。っていうか、一部の教師は純レト念の名前を知ってるんですね」
「なるほどなるほど。大体予想通りではあるな」
「それにしても今回の事件、モエルンダ財閥の人たちの仕業なんですか? 新聞とかに載ってたみたいで、みんな大騒ぎでしたよ」
「うん、そうらしいよ。マカリー先生は多分鳥かご送りだし、学園とよろしくやってたモエルンダ財閥もただでは済まないだろうし。学園は大ダメージを受けるだろうな。いい気味だ」
ハンキは珍しく情勢をある程度理解していた。ここ数日、エンドーから事情聴取をされたり、個人的な報酬をもらったりするついでに、いろいろと話を聞かされたからだ。
どうやらマカリーは、前職をトレジャーハンターと偽り学園の教師になったこと、加湿器を使って自分ごとキララにチンモクサソリの毒を吸わせたこと、開会式の間にウニのロッカーの増幅器をすり替えたこと、そしてそれらをモエルンダ家の協力と指示によって行ったことを全て認めたようだ。
ちなみに、もともとのウニの増幅器は、職員用控え室のロッカーのマカリーの荷物の中にあったらしい。
「どうしてそこまでしてリンタローさんを優勝させようとしたんですかね?」
「分からない。妙なプライドのせいなのか、今後のブランドイメージのためなのか。だとしたらなかなか見込みのあるやつらだな!」
「あはは……でもモエルンダ財閥は、増幅器を含めいろんな製品に関わってましたから、今回のことでおれたちの生活にも影響が出るでしょうね……」
「大手企業とかは他にもあるから大丈夫だって。それに、いざとなったら私はナーロッパ地域ものに頼るよ」
「あんな野蛮な文化を受け入れるんですか!? さすがハンキさん、正気じゃないですね……」
すると、小屋のチャイムが鳴る。
「ピーヒョロピー!!!」
「おや、誰かな?」
ハンキが立ち上がり、入り口にある靴を履いてドアを開ける。
「ハンキちゃん、レトレーション買ってきたよ。好きでしょ食べるでしょ? 入れてくれるよね?」
小屋の前には、カバンを肩にかけ、腰に刀型の増幅器を付け、ダボダボの青ジャージを履き、手に購買部の袋をもった黒髪ショートヘアの女子学生が居た。
「人違いです……」
ゆっくりドアを閉めるハンキ。
外から声が聞こえてくる。
「ちょっと! 閉めないでよ! いろいろ話もあるんだから!」
レトレーションというのは、あまり人気の無い保存食シリーズだ。レト念を出力する力に若干の好影響があると販売側は謳っている。
確かに好物であるレトレーションへの興味と、優しさから再びドアを開けるハンキ。
「あれ? やっぱり入れてくれるの?」
「はい……」
小屋に入ってくるウニを見てワレオが驚く。
「ハンキさん、おれがトーナメントで頑張ってる間に、見てくれないどころか、ウニさんをたぶらかしてたんですか!?」
「そうなんだよ~、ごめんねワレオちゃん」
「話をややこしくしないで……」
ハンキの小屋は、以前よりも賑やかであることが増えた。
数分後、ウニが買ってきたレトレーションを食べるハンキ。
「うん、(レトレーションの)カレーは久々に食べたけど、まあまあ美味しいな。そのチョコクッキーの方は好きでよく食べてるよ。ウニさんも食べれば?」
「あ、あたしはいいかな……」
「ワレオくんは?」
「おれもいいです」
「なんだ、じゃあ遠慮なく私が全部もらっちゃうよ」
「ハンキさんって、レトレーションが好きなんですか? 確かに部屋にあるのをときどき見かけましたけど」
「結構好きだね。日に1回ぐらいは食べてるかも」
「俺はちょっと苦手なんですよね……あの6年ぐらい前のレトレーション事件のとき、毎日お昼がこれだったトラウマもあって」
「ああ、ワレオちゃんはあのとき影響を受けた人なんだね。あたしはあのとき特に何もなかったんだ~。でも、連日大雨で気分が暗かったのを覚えてるな~」
「そうなんです、大雨も合わさって、なんだか暗い思い出なんですよね……」
レトレーション事件というのは、6年前にレト念学園で起きたとある事件のことで、ナーロッパ地域出身と思われる4人のレト念使いが数日間に渡りレト念学園に忍び込んでいたというものだ。
4人は学長と副学長を陰で軟禁しつつ、ナーロッパ地域で稀に使い手が居るという、人の心に影響を与える攻撃(通称「幻術」)を用いて学園を実質占拠していた。
そしてその間学園に居る人たちは、幻術によりレトレーションを食べなくてはという意識を植え付けられ、学園に居る間の食事は全てレトレーションにされてしまったという……
最終的には学長と副学長が隙を見て4人に反撃し事なきを得て、4人とも鳥かご送りになったという流れだ。
「そっかあ。私がレトレーション好きなのって、あのときの幻術が解けてないからなのかなあ」
「ははは、確かにナーロッパの技には謎が多いですからね」
この事件がきっかけで、増幅器の設計や学園の授業内容では幻術対策が強化され、今ではそれが当たり前に定着した結果、幻術はほとんど恐れる必要のないものになったとも言われている。
「ハンキちゃんはあのときよりも前からレトレーションが好きでしょ!」
「えっ」
数時間後、ワレオとウニが帰って居なくなった小屋で、ハンキは特に何をするでもなく考え事をしていた。
「(今日もワレオくんと画面ゲームをやるのは楽しかったな。ウニさんはそんなに上手くなかったけどそのうち上手くなるかもな。あれ? でも戦闘でも優秀で純レト念も使えて画面ゲームも上手い人が居たら、私の立場は無いんじゃ? いや、既に私の立場は無いような? ウワアアアアア)」
そんなとき、ハンキのレト板が振動する。
「(なにかな? おっと、レックからのメッセージだ!)」
レト板に届いたのは友人からのメッセージだった。
"また良さげな場所を見つけた。学園から結構近いんだけど、今回は洞窟なんだよね。そっちも来る?"
「よし、死に時だな」
ハンキは笑みを浮かべながらも、何故か物騒な独り言をつぶやき、返事のメッセージを入力し始めた。
3日後の朝、学園の最寄りのレト車駅の近くで、リュックを背負い、動きやすそうな服装のハンキは友人を待っていた。
「おまたせ~ハンキ」
「いや、時間通りなんでね。問題ないっす」
やってきたのはレック・シックル。ハンキと背丈は同じぐらいだが、少しガッチリした印象を受ける、黄色い短髪の男だ。
今日のハンキと同じく、動きやすそうな服装にリュックを背負っており、腰に実戦用の中型射撃タイプ増幅器を付けている。
レト念学園の中退生で、今はフリーのトレジャーハンターであり、この世界の遺跡や自然豊かな場所によくある「宝箱」の中身を売ることを主な生業としている。
そして、危険な探索に向けて仲間を確保できなかったときや、目星を付けた場所が学園の近くだったときは、ハンキを誘うのが通例だった。
「今回は探索が楽になるようにハンキが何か細工をしたんだって? 俺が洞窟を見つけたときに長距離ビーコンは置いておいたけど、場所は分かった?」
「ああ、私のレト板でも問題なく追えたよ。細工っていうのは……いや、現地に着いてから説明する。あんまり人に聞かれたくない」
2人は早速、今回探索する予定の洞窟へ向かった。
学園の近くの森林地帯を歩いて進んでいくハンキとレック。
「この辺、道みたいになってて歩きやすいね。昨日私が見に行ったとき、近くに建物の跡みたいなのもあったし、最近まで人が居る場所だったのかな? だとしたら宝箱とかあるのかな……」
「以前人が居たとしても灯台下暗しってこともある。洞窟の中には進んでみた? あれはきっとヤバい場所だよ」
2人は喋りながら2キロメートルほど歩いて、洞窟の入り口にやってきた。
少し狭いが、人が通るには十分な大きさの入り口を抜けると、入ってすぐの辺りは広々とした空間が広がっていた。天井がところどころ裂けており、上から日の光が差し込んでいる。
そしてそこには、ハンキが小屋から持ってきた手押し台車と、謎の装置が置いてあった。
「細工ってのはこれのこと?」
「そう、これは蓄レト装置。ここから光るレト線ケーブルを洞窟内に伸ばしながら探索すれば、手持ちの灯りの充レト量を気にしなくていいし、道しるべにもなるし、モノによってはカートリッジの充レトもできるし、安心かなと思って」
台車の上には、「通レトすると光るレト線ケーブル」が大量に積まれていた。
「中々大がかりなことを考えるね……でも、繋げたケーブルをずっと光らせてたら、結局これの残り蓄レト量がすぐ無くなっちゃうんじゃないの?」
「それがですね……これを見てください」
ハンキが蓄レト装置に近づき、近くの地面を指さす。蓄レト装置からは既に普通のレト線ケーブルが洞窟の入り口、そしてその先に向かって長く伸びていた。
「うわ、これどこまで繋がってるの?」
「学園で私が使ってる小屋からレト線を伸ばして来てるよ。2日間かけてがんばったんだよ。これでレト力ほぼ使い放題! 料金も学園持ち! 万が一誰かにケーブルを切られて突然灯りが消えると嫌だから、一応蓄レト装置も間に置いたってだけ」
「ハハハハハ! さすがハンキだね! でも、こんなことして大丈夫なの?」
「もちろん大丈夫じゃないだろうね。トレジャーハントなんて普通の活動の範囲を超えてるから。でも、学園の近くにある分は埋めたり落ち葉を被せたりして上手く隠してあるし、何日も使いっぱなしにしなければ多分バレない!」
「なるほど、いやあ、さすがハンキだなあ。他のトレジャーハント仲間にも見習ってほしいよ」
レックは少し自由奔放な性格や嗜好に難ありで、仲間に恵まれないタイプだった。一緒にトレジャーハントを試みた人間が死んでしまった例も既にあるらしい。
「ありがとね。じゃあ、早速進んで行こうか。戦闘はレックに任せたよ」
レックはレト念学園を中退していたが、それは主に戦闘以外(レト念非関連科目の成績不振や、提出物の頻繁な不備や遅れ)が原因で、増幅器の扱いは得意だった。ハンキにもそこは信用されていた。
「なに言ってるの、戦闘もハンキが頑張るんだよ」
「増幅器を持ってない人に何を期待してるの!?」
2人は冗談を言いながら、「通レトすると光るレト線ケーブル」を蓄レト装置から洞窟の奥に向かって繋げ始める。ひとまずレックが台車を押して、ハンキがケーブルを繋げていく。
すると、ハンキが近くの壁を見てしかめっ面をした。
「うわ! なにこれヤバ!」
洞窟の壁のところどころを、たくさんのゴキブリが歩き回っていた。
レックが待ってましたと言わんばかりに返事をする。
「そう、俺はこの景色を見て、なんとなくここがヤバいんじゃないかと期待したってわけ!」
「こんな場所だからまだいいけど、もし学園内でこれを見たら絶望するね……」
2人がしばらくケーブルを繋げていくと、途中で右に細い分かれ道があった。
「分かれ道か。ちょっと様子を見てこよう」
レックが右の分かれ道に入り、様子を見て戻ってくる。
「めちゃくちゃ足場が悪い上に床がゴキブリまみれだ……まずはまっすぐ進んで、何も見つからなかったら、頑張ってこっちに進むか……」
「分かったよ。今から楽しみだね」
「すぐ諦めないでって」
引き続き2人はまっすぐケーブルを繋げていく。
程なくして、進んでいた道も、暗く、そして足場が悪くなってきた。
「レック、ここからは台車は無理そうだから、仕方ないけど、台車はここに置いて、あとはケーブルの先とここを往復して少しずつ灯りを伸ばしていこう」
「面倒だな……でも、手持ちの灯りだけよりも、かなり周りが見やすい! 伸ばすだけの価値はありそうだ」
ここからはレックもケーブルを片腕に抱えて、ハンキと交互に警戒とケーブル繋ぎを続けていく。
「あっ、レック、ケーブルがねじれたまま繋げないで! 丁寧に扱って!」
「ああ、すまん!」
「蓄レト装置もだけど、レト線ケーブルも大量に買うには結構高いんだよね……」
「今度なにか奢るよ」
「別に、よくお宝を分けてもらってるからいいって……この前の金の乱豚像も学園に高く売れたよ。特に副学長がああいう珍しい物が好きでね」
「ああ、マダン家(副学長の一族)は金持ちだもんな」
2人が話しているのはレト念学園副学長のアルフレッド・マダンのことだ。学園では美しい赤髪の紳士という印象で通っている。
「あの像を見つけた森もなあ……レックはいつも凄いところを見つけるもんだよ……」
「伏せて!」
突然レックが叫び、ハンキは黙って姿勢を低くする。
レックの増幅器の射撃音が数発聞こえた後、道の先の方を見ると、翼が青く光る少し大きめのコウモリが2匹地面に落ちていて、程なくして翼の光が消えた。このような特別名前が付いていない危険動物は無数に居ると言われている。
「助かった~。ありがとう」
「これが鍛錬の結果よ」
レックはレト念学園に居た頃はサバイバル部に所属していて、動き回る危険な動物と戦う経験は豊富だった。




