気持ちは、酔いと共に
「い、いや、冗談じゃん。何マジになってんの?」
「そ、そうだよ。らしくなくない?」
先程まで、僕をからかう事を楽しんでいた皆は、唐突に冷水を浴びせられた事に動揺しながらも、何とかそれを冗談に出来ないか、といった風にそんな事を言う。
僕も彼女らしくないな、と目を丸くしているが、彼女の勢いは止まらなかった。
「は!?さっきからウチ、『辞めろ』って言ったよね?大体、人の友達寄ってたかって悪く言われて、何で大人しく黙ってなきゃいけないの?てか!男同士付き合う事は別にキモくないから!」
結局そこに落ち着くのか、と思わず吹き出したのを咳き込んで誤魔化す。幸い周りは呆気にとられているようで、彼女の発言を理解するよりも、困惑が勝っているようだった。
「ほら、出よ!」
「え、あ、うん。」
困惑しながらも差し出された手を取り、立ち上がる。机を挟んでいて、彼女が出口側にいたので、机を跨ぐことを考えたが、お酒や食べ物を倒すのが怖くて机を回って彼女の元に向かった。どこか間抜けな事をしている間、彼女は財布を漁り、机の上にバン、と1万円札を置いた。
「じゃあ、私たち帰るから!」
脱いでいた靴を急いで履いて、早足の彼女に追い縋るようについていく。一度振り返ったが、ぽかんとした顔で僕らを見つめていて、少し痛快だった。
カツカツと、珍しく細いヒールの彼女の足音は、お店を出てしばらくは、それはそれは勇ましいものだった。けれど段々その音は細くなり、音の感覚は広がっていき、反対に進む速度は遅くなる。
そうして人混みの中で遂に止まってから、振り向いた彼女は、泣きそうな顔で叫んだ。
「あー!!やっちゃった!!どうしよう、ねえどうしよう!?私明日からどうすればいいと思う!?」
さっきまでの勇ましさはどこへやら、半分べそをかいた表情の彼女は、いつもの数倍情けなくて、さっきの数倍格好良い。
「ねえ、私明日からハブられちゃうかも!!あー、本当に最悪!!」
「ふふっ、ふふふふ……っ。」
僕は堪えきれなくなった。遂に笑いを堪えきれなくなり、大声で笑う。周りの人は、泣きそうな顔の彼女と爆笑する僕を怪訝な顔で迷惑そうに見るが、一向に構わなかった。笑い崩れてしゃがみ込むと、目からこぼれた涙を拭った。
「ちょ、ちょっと!!笑い事じゃないって!!」
彼女の憤慨する声で、僕は顔を上げる。笑い泣きか、安堵の涙か、きっと分からなかっただろう。
「ごめんごめん。助かったよ。珍しく格好良かった。」
「え!?いや、なら良かったけど……。」
動揺した様子で、髪を指先で遊ばせながら彼女は顔を逸らす。アルコールのせいか、いつもより顔が赤い。
「うん、本当に助かった。ありがとう。」
「……うん。」
立ち上がり、僕が前を歩くと、その後ろを彼女がついて歩く。どうやら、少し落ち着いたようで、さっきみたいに騒いだりすることはなかった。
「それにしても、助けてくれるとは、思ってなかった。なんていうか、君は周りに気を遣うタイプだから。」
「まあ、そうだけどさ。流石に、……友達があんな風に言われてたら、黙ってられないよ。ほら、こう見えて友達思いだから。」
おどけながらそんな事を言う彼女と、辛い思いから助けてくれた事、それとアルコールのせいで僕の心は緩んでいて、思わずこんな事を思ってしまった。
彼女になら、僕の秘密を言ってもいいかもしれないと。
「てか、そもそもウチのせいであんな目にあったんだよね、本当にごめん!」
思い出したかのように手を合わせ、申し訳なさそうにな声を出す。言われてみれば、確かにその通りで、マッチポンプな救済劇とも言えなくはないけど、それでも嬉しかったのには確かだし、勇気を振り絞ってくれたのには間違いない。
「まあ、貴重な経験ができて良かった、と思うようにするよ。知らない人に責め立てられるのも、女の子に守られるのも。人生でそう経験出来ることじゃないし。」
冗談めかしてそう答えると、彼女が返答に困ったような苦笑いを浮かべ、また歩みが緩やかになりだしたので、僕は続けた。
「あと、君の事をまた一つ知る事が出来たしね。『やっぱり、男同士の恋愛が否定されると怒るんだ』って。」
「あれはそういうのじゃないってば!当然、2人がそういう関係だったらウチは嬉しいけどさ!!」
いつもの調子を取り戻そうとしているのか、無理に明るい口調で言うその声を聞いて、言うなら今しかない、そう思った僕は、唾を飲み込み、ゆっくり震える唇を開いた。
「本当にそうだったら、どうする?」
案の定、声も震えて、冗談めかした言い方をしようと思っていたのに、真剣な言い方になってしまった。
心臓は先程よりも早く鼓動を打つ。けれど、振り絞った勇気の勢いのまま、振り返って彼女の顔を見た。
「え……?」
僕は、馬鹿だった。彼女が、そのまま喜んでくれると、そうでなくても、『へえ、そうなんだ。』と当たり前のように受け入れてくれると思っていた。『まあ、そういう時代だよね』と。
そんな希望は、打ち砕かれた。唖然とした表情で、分かりやすく困惑した彼女から、少なくとも好意的なものは見えなかった。
「いや、冗談だって!そんなわけないだろ!!」
再び僕は、仮面を被った。笑顔で、からかうように言うと、安堵したように彼女は笑う。
「だ、だよね!あんまり本気の言い方だからびっくりしちゃった。でも、もし本当でもちゃんと言ってよね?ウチは応援するから!」
「はいはい、ありがとう。」
そう言って笑った僕の心は、自分勝手なまでに乾ききっていた。そうだと思ったから、言ったのに。君が動揺をするから、僕はまた、冗談だと言うことにするしか無かった。




