第六十三話=継承者へ
手は、心臓を突き刺す剣を握りしている。だが、刺したのは彼ではなく、むしろ止めていた。彼女の死を求めていない。彼女の死を受け入れられそうにない。彼女の死を、同意することができなかった。
「……うっ。」
静かに啜る声が聞こえてきた。涙をこぼしていた。そして目の前で起きている事象を徐々に受け入れようとしている。
「ねえ、さん……」
目を閉じた。だがそれでも彼の目から零れ出す涙を、止めることはできなかった。
「……」
そして静かな現場を、一人だけで破った。あの一人だけが、疑問に思っていた。
「なんですか?神のために死にましたのが、そんなに悲しいことですか?」
「クリア……!!言っていいこととダメなことがあるんだぞ!」
そして静かに剣を構える音がした。その音に目を向けると、たっているのはククレスさんだった。その隣には……レイチェルさんも。
「神、だと?貴女、誰なのかは存じておりませんが、その神とやらに命を奪われたのですか?」
「いや、違いますよ?」
「もう一度聞く!貴女の神に、我が主の命を奪われたのか!!」
「だから違うって言っているんです!チェレスは自分の意思で、自分の命を絶ったんです!」
「じゃあ、その神とやらがいなければ、我が主も自害をするのですか!」
「さぁ?するんじゃないかな?」
「キサマあああ!!」
そして一瞬で切りかかってきた。すかさずに防いでから、後ろへと下がった。
「何ですか、いきなり。危ないじゃないですか!」
「黙れ!貴様らの神のせいでたくさんの命が奪われたんだぞ!」
「知りません!神のために死ねるのは、最もうらやましいことじゃないですか!」
「いい加減に……!!」
「いいから黙ってくれ!クリア!」
間を割ったのは、姫様だった。さっきまで門の前に立っていたレイチェルさんは今、チェレスさんの隣で跪いている。しかし、やはり受け入れがたいようで、必死に涙を堪えようとしている。
「なんでプリスちゃんまで!?貴女も昔から神様とは仲間だったんでしょ!?」
「あんなやつの仲間なんて真っ平ごめんだ!」
姫様が、狂神と仲間だった?いいや、それはない、絶対にない。だってそうでしょ?二人が仲間だったらさっき姫様はそんな態度をとらなかった。そもそも取れなかったはず。それなのに……?
「いいか、クリア。アイツの居場所を知っているならさっさと教えてくれ。」
「いいですけど、知ってなんになるんですか?何ができるんですか?」
「やってみなきゃわかんねぇじゃねぇか!頼むからあいつを殺させてくれ!友たちだったんだろ!?」
「友たち、だった……?」
不意に飛び出した言葉に、師匠は驚きを隠せなかった。
「しまっ!」
そして悔やむ姫様。
「やはり、神様についているから友たちとして認めたくなくなったんですか?」
「……」
答えたくなさそうな姫様を、師匠は攻め続けた。
「ねぇ、答えてよ、プリスちゃん!」
「あぁそうだよ!あの野郎が俺の姉さんを殺したんだ!あの野郎が俺の大好きな祖国をめちゃくちゃにしやがったんだ!アイツさえいなければ、アイツさえいなければ……!!」
吹っ切れる姫様は、さらに言い続く。
「アイツさえいなければ俺たちはまだ友たちで居たんだぞ!あんなゴミ当然なやつを殺すためだから、さっさと教えてくれ!頼む、頼むから!!」
血でできた涙が、また、溢れ出してきた。見ていると心が痛んでしまいそうだ。
「私からもお願い、師匠。教えてください、アイツの居場所を……」
「ゆうしゃ君……」
剣を収めてくるりと後ろへと回った。
「みんなに教えられるような情報はないの、ごめんな。」
少しだけ息を呑む。
「そして、さよなら。」
「待って!師匠!」
窓を破り、外へと飛び出た。師匠を追うのは私ではなかった。姫様も、ククレスさんも……だが、私だけが剣を抜かずにいた。
「クソ!おい、お前ら!やつを追って捕まえろ!」
「はっ!かしこまりました!」
「クソが!アマドリのやつのせいで、アイツのせいで……!!」
部下に指示を出すククレスさん、そして強く床を殴る姫様。それを見ているだけで心が痛む。師匠はただアレに操られただけに違いない、師匠も心の底からアレのやっていることを認めていないはずだ。
……お願いします、そうであってくれ。
「……」
しばらくすると、みんながチェレスさんの隣に集った。さっきまで懸命に治療をしようとしたラルフと、それを止めていたレイチェルさんに呼ばれた。
「ねぇ、お姉さん……どうしてチェレス姉さんのことを、姉さんと呼んでいたのですか?」
「……なんとなく、そんな気がするだけだ。」
「そう、ですか……」
重い雰囲気に覆われている。いまだに受け入れたくない、そして受け入れようとしていない。それだけ、チェレスさんの存在が大きいだけだ。
けれど、どうして姫様まで?まさか本当に……?
「くよくよしていても、しょうがないでしょ?プリスティン、ラルフ。」
止まっている時間の歯車を、再び回らせたのはレイチェルさんだった。
「なぁ、ラルフ。」
「なんですか、レイチェル姉?」
「……王位を、アタシにくれ。」
「――!!どうしてレイチェル姉まで!?そんなにーー!?」
「勘違いするな、できればアンタに王に戻ってほしいんだ。」
「じゃあ、どうして!?」
「……アタシの代わりに、チェレスの仇を。」
その目には、悲しみや、怒り。そして、いっぱいっぱいの悔しさ。彼女は何を考え、何を思うのかは正直言ってわかりかねる。だが、これだけはわかる。彼女もできれば自分で仇を討ちたかった、自分の手で狂神に引導を渡したかった。けれど、今はそれよりも……
「それに、アンタは内政がわからんだろ?それならなおさら、アタシのほうが向いているわけだ。」
「……」
「ほら、早く決断をして?現にアンタの中にある、王としての証はまだ、そこにあるんだろ?」
「王としての……証?」
「思い出してごらん、王位継承をされた日のことを。何かを、注がれたんだろ?」
静かに自分の胸に手を当てた。そしてすぐに、答えが出たみたいだ。
「わかり、ました……」
歯を噛み締める。そして答えた。
それからいろんなことをして、いろんな書類を作成させられ、そして一介の外人として関与できるはずがない資料にまでやらされて……おおよそ一週間過ぎた、目の前で、王位継承が行われた。
(つづく)




