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 ユージが目を覚ますと、時刻は4時。

 ユージは朝から何も食べていなかったので、とてもお腹が減っていた。

 なので少し早いけど、夜ご飯にしようということになった。


 そしてとあるお店の中に入ると、見知った顔が二つ。


「ユージ! ……とブス」


「ご主人様! そんな下賤な女からは離れてください!」


 それはニーナとルカだった。

 共通の想い人であるユージの突然の登場に、テンションが上がったものの、すぐに隣にいるクソ女の存在に気付き気分は急降下した。


「はは……どうするミリー? 自分を嫌う人の近くでご飯を食べても嫌だろ? 別の店に行くか?」


 流石のユージでも、ニーナとルカがミリーティエを嫌っているのは分かっていた。

 いきなり抱き着いてくる品性のなさが原因なのか、もしくは実は知り合いで元々なのか……なぜ嫌うのかは全く分からないが。一瞬、もしかして二人は自分のことが好きで、だから俺にベタベタしてくるミリーティエを嫌うのかな? と思ったりもするが、自意識過剰だと切って捨てている。実際のところは大正解であるわけなのだが、ユージは経験乏しく何も分からない。


「ユージ、ありがと。気遣ってくれて」


「お、おう」


「でも、いいです。みんなで一緒に食べましょう――話したいこともありますし」


 ニーナとルカがいたのは4人用テーブル席。

 そこを向かい合って座っていた。

 そこにユージとミリーは座る。ミリーはユージが他の女の隣に座ることに嫌な気分になる気持ちもあったが、ここは寛大な気持ちで許そうと思った。押しばかりではなく、時には引きも恋愛では大事であるから……


 まあ押しに比べて、引くのが弱すぎるのだが、全くミリーティエはそんな風に思えていない。

 それにユージは


(あれ? もしかしてミリーって俺のこと大して好きじゃない??)


 と内心、穏やかじゃなかったので、かなり効果的だったのだが……

 というか既にユージが落ちちゃっているので、何してもいいともいう。



 ということで、ミリーティエはルカの隣に座り、ユージはニーナの隣に座った。

 ミリーティエはハンバーガー定食、ユージはビッグハンバーガー定食を注文する。


「なんでルカが豚女の隣なんですか……」


 ルカはミリーティエにしか聞こえない声量で言った。


 いつものミリーティエならば何かしら言い返すのだが、黙っている。

 ミリーティエは自信を失っていた。ファーストキスを捧げることができず、ネガティブになっている。今さらながらユージと結ばれない可能性もあることに気付き、もうどうすればいいのか分からなくなっていた。そもそもいきなり初対面なのにユージに抱き着いたり、一緒のベッドに寝たり、ビッチ女だと思われても仕方ない言動だ。この世界ではもちろん処女だし、前の世界でもユージとしかしたことはないのに。もしかしたらユージは内心、私のことを嫌っているのかもしれない。


 はぁ……

 既に取り返しのつかないことをやってしまったのかも。


 ユージとは赤い糸が繋がっている?

 だから自分のことを知ってくれれば、絶対に大好きになってくれる?


 そんな風にバカみたいな思考で突撃した過去の自分を殴りたい。


 でも仕方のない部分もあるとは思う。

 ユージが死んだところでこうして逆行でき、ちゃんと生きているユージとやり直す機会が与えられたのだからね。気分が舞い上がるのは仕方ない。そして実際に生きているユージの姿を見て、たかが外れてしまうのも当たり前だ。


 ……そうだ。

 前の世界のユージは、私のせいで死んだんだ。


 私のせいで……


 でも今はユージはちゃんと生きている。

 もう、それだけでいいのではないのでしょうか?


「ミリー、ミリー。どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」


「あ、いえ。大丈夫です」


「そうか? 何かあったら言えよ?」


 ユージの優しさが心にしみる。


 ユージはとても優しい。老若男女とわず、誰にでも優しい。

 だから別にユージが私のことを好きだとかそういうことではない。


 ニーナとルカは私を睨むけど、大丈夫ですよ。ユージの心は私に来ているわけではありませんから。 


「でも、改めて見ると、お二人とも美人ですね。いえ、年齢的には美少女と言った方が良いでしょうか」


「な、何よ急に!? 別に褒めても何も出てこないんだからね!?」


「そんなこと言っても、ご主人様にした行為の数々、絶対に許しませんから!」


 可愛いなぁ……と思う。

 前の世界で、よく自分がユージと結婚できたな、と思う。


 結婚式の日には、この二人が現れて、泣いて去って行ったことを鮮明に憶えている。そのときには他にも猫獣人やエルフも泣いてた。みんなとっても美人なのに……私自身、美人だと思っているけど、彼女たちに勝っているかと言われると、分からない。


 本当になんで私がユージと結ばれたのでしょう?

 出会ったのは一番最後ですし、結ばれる理由なんて……出会ったときのシチュエーションが良かったからとか?


 それならば、この世界での出会いは最悪だと言い切れる。

 もうダメです……それならもう既にユージと結ばれる可能性なんてないのでは?

 私はもう――


「こちらがハンバーガー定食になります……こちらがビッグハンバーガー定食になります。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」


「ああ」


「ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ」


 目の前に現れたハンバーガー定食は湯気が出てとても美味しそうだ。


 なぜか涙が出そうになる。

 ただの子供が好きそうなチープな料理なのに……


 一口食べる。

 するとさらに涙が出そうになる。


 私は無言で立ち上がって、トイレに向かった。


「あれ? トイレでしょうか?」


「食事中にトイレに行くなんて、やっぱり駄目ね。そうなってしまうかもしれないのなら、まず用を足してからテーブルに座らないと。その点、私はちゃんとしているわ」


 ニーナはちゃっかりアピールすることを忘れない。


 しかしユージには聞こえていない。


(ミリー、泣いてた?)


 はっきりとは分からないが、ユージはミリーが泣いているように見えた。

 やっぱり今日、お兄さんに襲われたのを思い出して?


 後を追いたかったが、女子トイレの中に乗り込むのは流石に……

 とユージは思いながらミリーが去った方をぼんやりと眺めていた。




 一方、ミリーティエはトイレに入って顔を抑える。


 脳裏によぎるのは未来の出来事。

 だがそれは、今の世界の未来ではない。ひとつのあった可能性としての未来。もう今の世界は別のレールに乗ってしまっているのだから……



 *



 たくさんの人が私を見ている。


 私の婚約者であり、この国の第一王子でもある彼は、私の犯した数々の悪行をつらつらと並べていく。

 色褪せた世界の中で、王子は平民の女を傍に侍らせながら、証拠資料をぺらぺらとめくる。

 そして合間に『彼女にこんなことをするなんて、なんてひどいんだ!』という言葉を入れて、群衆の心を掌握し続けるのを忘れない。


 王子の心が平民の女に向いているのは、嫌でも気づいていた。

 だけど、私はそんなひどいことはしていない。


 もちろん、その女は嫌っていた。私の婚約者を横からかっさらうなんて……


 けれど、階段から突き落とす?

 その女の部屋を滅茶苦茶に荒らす?


 そんなことした憶えはない。


 せいぜいパーティに参加できないように根回ししたぐらい?

 後は、『王子に近づくな』って言ったこととか?


 冷たい言動はしたけど、犯罪行為は一切していないのに。

 それなのに王子から語られる無数の冤罪の数々。


『以上のことから、ミリーティエは数々の悪行を繰り返した! その蛮行、我が国の王妃にふさわしくないのは明らかだ! よって、ミリーティエ・フェップリーとの婚約を破棄し、国外追放とする!』


 そして兵士たちに取り囲まれる。

 同じ学園の生徒たちは遠巻きに見ているだけだ。


 唯一の味方は――


『待ってくれ! お嬢がそんなことをするなんてありえない!』


 オルグだけだった。

 使用人枠で学園に住むことを許されているオルグは、最後まで私の味方だった。


『退け。下賤な使用人ごときが出ていい幕ではない』


『嫌だ! お嬢はそんなことしてない! その資料の内容はでたらめだ! 誰よりも一番お嬢を見ていた俺だから分かる! そんなことお嬢がするわけないし、する理由もない!』


 オルグは私をかばうように立つ。


『……理由ならあります。ミリーティエさんは私に嫉妬したんです。王子様が私とばかり話すから』


 平民の女が言った。


『とはいえちゃんと婚約者としてミリーティエとは、二人の時間を取っていたのだが……』


『それでもです! ミリーティエさんは本当に強欲なんです……同じ女として、品性を疑います』


『そうだな、こんな女が将来、王妃になってしまうなんて許されざることだな』


 場の空気を利用し、私を強く貶す二人。

 特に、平民の女は嫌いだ。特待生だか何だか知らないけど、長いものには巻かれろの精神で、自分の意見を持たない。明言を避けつつ、場の空気を少しづつ自分の思う方へと変えていく。男には常にいい顔をして、女とは事務的な会話しかしない。


 そもそも第一王子もそこまで好きではなかった。

 別に嫌いと言うわけでもないけど。

 自己中心的で、精神が幼稚だ。自分が将来王様になれると信じて疑わず、それならば今の自分も半分王様みたいなものだと本気で思っている。みんなが自分に敬うのは当然で、自分は賢く能力が高いと信じている。騙されるということを知らず、疑うという発想を持たない。直情的で理想論ばかりを口にする子供だ。


 まあそんな第一王子も、私の初恋の相手で、昔は本当に大好きだったんだけどね……

 そう、顔は好みなんだけど、性格がね……やっぱりナイと思う。目が覚めたら、本当に顔だけだと気付く。それに引き換えユージは最高だ。とても優しくて、常に周りに気を配っている。私が出会ったときは少なくともパーティメンバーの女性4人から言い寄られていたようだし、まあユージの魅力からすれば当然だ。


 結局、私は王国を追放され、帝国に入ってすぐ当たりの国境で身一つで投げ捨てられた。

 元令嬢の扱いだとは思えなかった。

 それでも頑張って生きていくしかない。

 私はただ歩いた。前へ前へと歩いた。

 王国に戻っても、バレたらまた追放される。それならば帝国に行くしかない。


 一応地図は何となくわかる。

 このまままっすぐ行けば、小さな街があるはずだ。


 森の中で一泊し、歩き続ける。

 丸一日以上歩き、精神も肉体も限界に来たとき……


『グアアアアアアアアアアアア!!!』


 巨大な魔物が現れた。

 当然だ。

 むしろ今まで一体たりとも魔物と出会わなかったのが、おかしいほどだ。


 私は幸運のネックレスというのを付けていたけど、それでも今ま魔物と全く出会わなかったのは本当に純粋に運が良かったからだ。だけど、せっかくここまで来たんだから……多分、あと少しで街に着くのに……私はここで死ぬんだね……


 私は絶望した。


 まあそもそも森の中、素人が真っ直ぐ歩けるはずもなく、全然見当違いの場所を彷徨ってたんだけどね……

 だから、そのタイミングでユージと出会えたのは、もう本当に奇跡だった。


 私を絶望に叩きつけたその魔物を一刀両断し、現れた黒髪の男。


『大丈夫か?』


 と地面にへたり込む私に視線を合わせて、優しく聞いてくれた。


 私はユージに抱き着いて、泣き続けた。

 そのとき憶えているのは、助かった、という確信と、ユージの温かさだった。


 それ以外は記憶にない。

 ただ、多分、ユージにはそのときに自分の一番弱いところを見られてしまったんだと思う。


 自分本位に抱き着いて、泣き続ける。

 多分、ユージはどうすればいいのか分からず困っていたんだろうな、と予想がつく。


 今思うと、ちょっぴり申し訳ない気持ちになる。

 でも私にとって、それが地獄から天国へのターニングポイントであった。


 知らない場所で、知らない人に抱き着いて……

 今までのつらい過去を涙に乗せて、洗い流す。地獄は流れ、天国へ。


 そして私は二度目の恋をした。




 目が覚めると知らない天井だった。

 そこはユージの住む屋敷の一室。


「目が覚めたか」


 体を起こした私に声をかけたのは、ベッドの横で本を読んでいたユージだった。


「体は大丈夫か?」


「ええ、おかげさまで大丈夫です。助けていただきありがとうございます。それに私をこんな素晴らしいベッドに運んでくれるなんて……」


「分かるか? このベッドは俺が作ったベッドなんだ。中にばねが入っているという、この世界にはない技術で作られているんだ」


 ユージは笑う。

 今なら、その意味も理解できる。

 ユージはニホンという場所の技術を使ったベッドを作ったということなんだ。私が出会ったときのユージはもうすでにいろいろ完成されていて、戦闘力はとても高いし、ニホンという場所の技術を使っていろいろな新しいモノを生み出していた。


 でもそれなのに謙虚でとても優しい。


 そんなユージがいたから私は助かったのです。

 ですが、当時の私にできることなんてありません。


「本当に助けていただき、感謝しかありません。あなたは命の恩人です……ですが心苦しいことに、何もお礼をすることができません」


 本当に。

 貴族令嬢だった頃なら、簡単にお金でも名誉でも差し上げることができたのに、何もできない。


「別に気にしなくていい。俺が助けたかったから助けたんだ。それで、お腹は減っているか? もしよければ一緒にご飯を食べよう」


 そう言われて初めて、自分のお腹が減っていたことに気付く。


「では……お言葉に甘えて」




 食卓を3人で囲む。

 そのときは他のパーティメンバーはいなかったようで、私、ユージ、そしてルカという少女の3人で食べる。


「よく食べるんだな……」


 我を忘れて食べていたのに気付き、顔が赤くなる。


「とても料理がおいしくて……それに私ご飯を丸一日以上食べていませんでしたし……普段はもっと上品に食べますからねっ!」


 ユージの前ではしたない姿を見せてしまったので、頑張って言い訳をした。

 普段はとても上品で、パーティではいつも注目の的なんですから。


 でも料理がとても美味しいのは事実だ。

 ルカの作る料理は本当に一流シェフにも負けないレベルだと思う。


 ユージは私の発言に目を丸くする。


「丸一日以上? えっと……そういえば、名前も聞いてなかったな。名前を聞いてもいいかな? 俺はユージ、こっちの子はルカという」


「ユージ、ユージというのですね!! 私はミリーティエと言います!」


「むぅ……ミリーティエさん。初めまして、ユージの妻です♪」


 ルカはいきなり嘘を言う。


「え……いえ、当然ですか。ユージみたいな人に奥さんがいるというのは」


「ルカ、嘘を付くな」


「てへ、すみません」


 ルカは舌を少し出して、笑う。

 その雰囲気から私は、『ああ、ルカという子は、ユージの彼女なんですね……』と思った。心は沈むが、そんなことを言っていられる状況でもない。それよりも今は現実だ。現実問題、このままだと死ぬだろう。心苦しいけど、自分を助けてくれたこの心優しいカップルにすがるしかない。もうどうせ外見なんて関係ない。ユージには恋人がいて、初めっから失恋が確定しているのだから。


「命を助けていただいただけで、本当に返しきれない恩があると思います……この上厚かましいお願いだとは思うのですが、どうか私を助けてください。私、無一文で頼れる伝手もなく、むしろ伝手という点ではマイナスかもしれません……今は不可能ですが、助けていただいた恩はいつか返したいと思います。ですから……どうか、どうか助けてください。私には本当に何もありません。お金がないだけではなく、これからどうやったら生きていけるのかも全く見当がつきません……」


 当時の私は頼るしかなかった。

 涙がこぼれそうになったが、なんとか耐え、言い切る。


「ミリーティエ、大丈夫だ。何か辛いことがあったんだろ? 少なくとも生活が安定するまでは、手を貸すから。それに恩なんて感じなくてもいい。さっきも言ったように俺が助けたかったから助けただけだし……それに、人間助け合いだろ? だからその気持ちだけで十分だよ」


「ユージ……」


 私は熱のこもった眼差しでユージを見つめる。


「はぁ……ご主人様の女たらしはひどすぎです! ミリーティエさん、ユージに手を出したらダメですから!」


「はい、分かっていますよ。今の私なんて何の価値もない人間なんですから……」


 王国を追放されて、森の中にゴミのように捨てられた私。

 本当は死んでいてもおかしくない。むしろ、こうして未だに生き残っていることが奇跡のような状況なのは理解している。

 その程度の命の私なのだから……ユージを困らせるようなことは決してしない。そう、誓う。


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