1話
常々思っていたのだ。面倒ごとに関わりたくないなら周りに同調すればいいのにと。わざわざあからさまに避けるより目立たないだろうと。目立たないなら目をつけられることもないだろうと。
高岸ゆずきは面倒ごとが嫌いだった。誰それが好きだなんて恋ばなは嫌いだし、顔が良いだけで何をしても許されるような男はもっと嫌いだ。
しかしそんなことを表に出せば絡まれるのはわかりきっていた。だから今日も彼女は無理やり笑う。黄色い歓声に混じって声を挙げる。何ら興味のない人気者に向かってさも自分も憧れていますと媚びた猫なで声で喚くのだ。
学園の王子様、永原恭介。スポーツ万能成績優秀。お家はどこぞのお金持ち。性格も悪くないらしい。女子に囲まれて困っていますというように笑う男にゆずきは欠片も好意を見出だせない。
けれど学園で一番人気のある男。友人もそのまた友人も彼が好きだと言っていた。ならば自分が好きだと言っても問題ないだろう。
永原は皆の王子様だ。彼の名前さえ出せば恋ばなはいつの間にか永原がこの前はああしていただの先日はここにいただの、話がどんどん変わっていく。楽だった。周りに合わせれば面倒は起きない。目もつけられない。
少女漫画を見るたびに思うのだ。避けるから珍しがられるのだと。珍妙な動物への興味は一瞬で消えるものではない。かの王子様はあまりの人気にどこか辟易していた。周りに合わせて騒ぎ立てれば自分もまた鬱陶しい群れの一部だと思われる。完璧だ。
ゆずきは己の計画に満足していた。学園では同調し、プライベートでは一切関わらない。むしろ外に出ず、面倒ごとへ関わる機会をなくすことにより、快適な学園ライフを送ることが出来る。
彼女はその王子様とやらに一切興味はなかったのだ。本当に、心の底から。だからこそ突然話し掛けてきた彼に舌打ちしかけたのも仕方がなかった。
「あの、高岸さんだよね。図書委員の」
永原が自分の所属委員会を知っていることに驚いたゆずき。何かしら委員会に入った方が後の面倒ごとが少なくなるだろうと思っていたのだがまさか裏目に出るとは。苛立ちで引き連れそうな顔に無理やり笑顔を張り付けゆずきは嬉しそうに笑った。
「え、永原くん? どうしたの、私に何か用事? あっ、図書委員だよ! 合ってる合ってる。えー嘘どうしよう、永原くんとお話しできるなんてぐうぜーん。ゆずきうれしー」
まったくの嘘であった。この前見た永原に話し掛ける女子生徒がこんな風に話していたのを真似ただけ。一人称が自分の名前とか子どもかよと馬鹿にしていたのだが、今回使うことになろうとは。腹立たしかった。
「その、本を借りたくて、あの、夏休みの課題で感想文を書くだろ? おすすめとかあれば教えてほしいなって」
自分で探せや。課題図書も指定図書も載ったプリント配られただろうが。
ゆずきは内心荒れ狂っていた。本当なら既に下校してブクマしたネット小説を読んでいた時間なのに。先ほどお気に入り登録している作者さんの作品が更新されたと通知が来たのに。何故お前なんぞに時間を割かねばならんのだ。
「そんなことー。いいよーもちろん! やだー永原くんと放課後一緒なんてやばーい。皆に自慢しちゃおー」
微妙に棒読みになってきたが怒鳴り散らさなかっただけましだと思ってもらいたい。ああ、面倒だ。面倒ごとは嫌いなのに。明日何て友人に説明すればいいのだ。ついこの間、抜け駆けは駄目だと話し合ったばかりだと言うのに。最悪だ。
「ありがとう、高岸さん。そうだ、ゆずきって呼んでもいいかな?」
「いいよー全然」
全然良くない。死ぬほど嫌だ。
鞄を胸に抱き締め小躍りするような振りをするが内心では地団駄で床を割り砕きそうなくらい怒っているゆずき。彼女は理解した。関わらない系ヒロインはこういった事態を恐れていたのだと。だが彼女達は皆最後には捕らわれてしまっていた。周りに同調する計画は完璧だったはずなのに。いったいどこに綻びがあった。
過去の対応を思い出しながらゆずきは永原を伴って図書館まで進んでいた。スマホが更新の通知で震えていたが涙を飲み手のひらに爪を食い込ませて耐えきった。