4.奇跡のような光景を一日に何度も目にした
遅くなりました。今回、数度書き直していました。少し食い違っている所があれば、ご連絡ください。
魔法を作れると判明してから三日間。猫子猫は何をしていたかというと、ずっと魔法を作り続けていた。情報収集など二の次で、どうやって効率よく魔力を使えるのか、どうやって気付かれずに魔法を発動できるのか、好奇心の赴くままにただただ作り続けていた。
そのお陰であればちょっと便利なものやいたずらに効果抜群だというものから、病気を治せるものや無詠唱で発動できるものまで、使い切れないだろう数が出来たのは予想できることだろう。
そんな魔法に取り憑かれた彼女が今いるのは冒険者ギルド。街からスムーズに出る為に、身分証となるギルド証を作りに来ていた。
何故今更作るのかというと、部屋の中で作れる魔法のアイデアが底をついたからと、作った魔法を試し打ちしたいからというどうしようもない理由だ。
目指せ、ボスと殺り合う聖女!と気合を入れながらも、猫子猫は攻撃魔法を作る気満々だったりする。今でも常識で考えられない魔法を作っている猫子猫が作る攻撃魔法など想像する以前にろくなことにならないと察せれる。
好奇心を瞳に宿しながら猫子猫が入ってきた時、ガヤガヤといつも騒がしい冒険者ギルドから一瞬音が消えた。しかしすぐに猫子猫へと集まっていた視線は散り散りになり、また元の騒がしさになる。
それは猫子猫を見なかったことにした結果なのだが、そんなことは気にせず楽しそうな笑みを浮かべ新規申込窓口へと歩いていく。
誰かが近づいてくる気配に気付いたのか、窓口にいたギルド員の女性は書類から視線を外し前を向く。そして冒険者ギルドに不似合いの猫子猫を見て微かに目を見開いた女性は、にっこりとこれぞ素敵な愛想笑いと言える笑顔を浮かべた。
「冒険者ギルドへようこそ。こちらはギルドへの新規申込窓口になります」
「新規登録したいんですが」
「……はい、畏まりました」
真意を探るような目で暫く猫子猫を見た後、女性はスっと一枚の紙を差し出した。そこには名前と特技の欄があり、それ以外は最低限のルールに同意するか否かが書かれている。
特に悩むこともなく窓口に備え付けてあったペンで記入して、猫子猫はくるりと女性に見やすいように書類を回す。この書類には魔法陣が刻まれていて、嘘は書き込めないようになっている。なので女性は何も疑わずに受け取った。
「ありがとうございます。……回復と補助系の魔法が使えるということですので、ギルド側で人を紹介することもできますがどうしますか?」
「あー考えておきます。とりあえず今はいいです」
「分かりました」
書類をファイルに閉じた女性は、ゴソゴソと机の下から手のひらサイズのランク最低のFランクを表す白色のギルド証が設置されている道具を出してきた。ギルド証の真上には針が付いており、何を猫子猫にして欲しいのか薄々察した。
「ギルド証をお作りしますので、こちらの針に指を指して下さい」
恐る恐るという訳でもなく、自然体で指に針を刺す。つうっと指から流れた血が数滴、ギルド証へと落ちて跡形もなく消えていく。
泡が水底から上がってくるように浮かび上がった文字を見て、女性はもう大丈夫ですと言った。
指示通りに針から指を抜いてから指を咥える。血を舐めてから無詠唱で多分ある程度の傷を治せる魔法、【軽傷治癒】を発動する。多分なのは大怪我で試したことがないからだ。
「こちらがギルド証になります。ご確認ください」
道具から取り出したギルド証を女性から受け取りじっくりと見るが、ネコネ、回復・補助系魔法、そして裏にはFランクとしか書いていなかった。しかし光に透かしてみると、複雑な模様がうっすらと透けて見える。
それを見つけた猫子猫に満足そうに一瞬笑った後、何事もなかったかのように話を進める。
「ギルド証にも書いてあったように、Fランクというのがネコネ様の今のギルドランクですのでご確認下さい。Fから始まりE、Dと上がって行き、最高ランクはSランクとなります」
「へぇ……特Sランクとかありそうやね」
誰にも聞かせるつもりのないボソリと呟いた内容に、女性は器用に眉だけを微かに上げた。その反応に猫子猫はどこか納得したように数回頷いた。
小説などによくある設定を元に猫子猫が予想したように、十人しかいないSランクの中でも特に実力が頭二つ程飛び出ている者に特Sランクが与えられている。しかしそれは当人達だけの秘密であり、女性もギルド長補佐という立場がなければ知らされることがない内容だった。
「……あちらにある掲示板に依頼が張り出されています。上のランクの依頼も受けていただけますが、無茶をして死亡したとしても冒険者ギルドは責任を負いません。また上ランクの方が下ランクの依頼を受けるのは、新人の仕事を奪うことになるので褒められた行動ではございません。また依頼を受ける時は掲示板から依頼書を剥がし、依頼受注窓口にギルド証と共に提示してください」
追求すればそれを肯定することになると分かっているので、女性はわざと猫子猫の呟きごと聞かなかったことにした。また要らないことに気付くのではないかという警戒を含んだ視線を、猫子猫は笑顔で受け流しながら内心頭を抱える。
猫子猫はそこまで警戒されるとは思わなかったのだ。謂わば芸人が「押すなよ」と言っているのを見て背中を押したという感覚であり、そこまで重要な秘密だとは全く思っていなかった。
「依頼料は掲示板に張り出されているものに関しては、既に仲介料が引かれていますのでご了承ください。また期限を過ぎても達成していない場合、問答無用で失敗となってしまいます。失敗となりましたら、ギルド評価が下がってしまいますのでご注意ください」
「評価はどこで確認できますか?」
猫子猫が口を開こうとした瞬間女性が身構えたが、質問を聞くとどこかホッとしたように力を抜いた。
「申し訳ありませんが、評価はある一定の値までご本人に伝えることはできません。しかし評価内容は依頼主やランク昇格などに関わってきますので、自身の実力に見合った依頼を受注することをお勧めします」
(つまり本人に伝わる時にはもうイエローカード。レッドカードになったら退出というかギルド証剥奪になるんやろうか?)
女性が聞いたら警戒を強くしそうな内容を考えながらも、口には一切出さずに続きを促す。
ギルド証剥奪は別に冒険者達に秘密にしている訳ではないが、ギルド側から態々言うことではない。そして剥奪された冒険者も自身の恥を言い触らしたりはしないので、冒険者達の間で噂として広まっているだけだ。
「ランクを上げる為にはいくつかの条件をクリアしていただき、それから昇格依頼をギルド員が監視している中で達成してもらいます。ただDランクまでならば昇格依頼はありません。以上で説明は終わりますが、ご不明な点等ございますか?」
「FランクからEランクに上がる条件は何ですか?」
「依頼を十個受けていただければ昇格します。しかし何事にも例外というものがありまして、もしもCランク以上の依頼を達成したならばその場でDランクまで昇格できます」
時々崩れたものの最初から最後まで愛想笑いを絶やさなかった女性に礼を言って、猫子猫は依頼が貼られているという掲示板に向かう。早朝ではない為に人数こそ少なかったが、そこには数名の冒険者が乱雑に貼られた依頼を吟味していた。
ギョッとした顔で猫子猫を避ける彼らを横目に、Fランクの依頼に目を通す。流石に報酬が良い依頼はなく、Eランク、Dランクと上ランクの依頼も確認する。
(これなんてええんちゃう?丁度回復魔法を他人に使ってみたかったし)
猫子猫が手に取ったのは、教会がボランティア活動で行っている治療院の臨時治癒師という回復魔法を使える者限定のランク外依頼だった。
ランク外というのはランクが付けられない依頼で、Fランクの猫子猫でも回復魔法が使えるならば何も問題がない。とはいえ回復魔法を使える冒険者など希少な存在なのだが。
依頼書を依頼受注窓口に持っていくと、何故か新規申込窓口にいた女性が座っていた。首を傾げながら上に垂れ下がっている看板を見るが、ちゃんと依頼受注窓口と書かれていた。
「あのここって依頼受注窓口ですよね」
「今の時期は新規申込の方は少ないので、こうして他の窓口のヘルプに入っています。なので、依頼受注窓口はこちらで問題ありません」
自信なさげに声をかけてきた猫子猫に、女性はいつも通り愛想笑いを浮かべながら答える。その答えにホッとしながらも依頼書とアイテムボックスに仕舞ったギルド証を渡す。
女性は単行本程の分厚さがある板の上に依頼書、ギルド証の順番にかざす。気の抜ける音と共に板から青い色が現れ、ギルド証だけが返される。
「受注完了しました。明日から一週間の予定ですが、ネコネ様がよろしければ今からでも構いません」
「なら今から行ってきます」
「詳しいことは依頼主にお尋ねください。治療院の場所はご存知ですか?」
「はい、知っています」
気分転換に街を歩いている時に治療院を見つけていた。その時はただ眺めていただけだが、最低限の値段で治療しているのに優秀な治癒師が沢山いると評判だった。
「お気をつけて」
にこりと笑った女性に見送られながら、猫子猫は冒険者ギルドを後にする。
周囲の建物よりも倍近く大きい白い建物の中に入る。室内は断然怪我人が多く、病人はこの場にいないようだった。
健康体で来た猫子猫はその容姿と相まってとても目立っていたが、周囲には騒ぐ体力がない者が多かったので特に何事もなく受付の所まで到達できた。
「依頼で来た猫子猫です」
「ギルド証をご提示願いますか?」
受付にいた神官の一人にギルド証を渡すと、冒険者ギルドにあった板に似た物の上にかざした。ホログラムが浮かび上がり、そこには猫子猫の名前と依頼受注内容が書かれていた。
それを確認した神官は想像よりも早く冒険者が来たことに少し驚いた後、ホッとしたように笑う。急に治癒師の一人が急用で一週間休むことになった時は暫く忙しくなると諦めていたが、これで魔力にも余裕ができ患者を沢山救えるようになると。
「確かに確認しました。では依頼内容ですが、昼食はこちらで用意します。治療院は日が暮れるまでやっていますので、ネコネさんもそのつもりでお願いします」
「分かりました」
「ではこちらへどうぞ」
これから向かう所は怪我人を集めている部屋らしく、猫子猫には自身の実力で治せる患者を治して欲しいと道すがら説明を受けた。回復魔法をかけても実力不足ならば何も起こらないので、結構大雑把なのだ。
神官の案内で広い部屋にたどり着いた。そこには様々な患者がベッドに横たわっており、神官は大きな声で猫子猫のことを紹介した後は受付へと戻っていった。それにポカーンとしていたのは一瞬で、すぐに真剣な顔をしながらざっと周囲を見渡して重症だと思われる患者の元へと向かう。
生きているのも不思議な男の様態を【診断】できちんと確認してから、猫子猫は≪ラインオンライン≫では一人を中回復させる【ケア】を発動させる。この世界でパーティ全体になどの【ケアリング】や【ヒーリング】は猫子猫の周囲にいる人となるので、一人一人にかけた方が魔力が節約できるのだ。
「……」
それは奇跡としか言いようがない光景だった。右の手足が食われて回復魔法を持続的にかけていないとすぐに死んでしまう患者に向かっていった猫子猫を止めようとした治癒師は動きを止め、周りで気の毒そうに見ていた患者はこれ以上ないくらいに目を見開いた。
蛇足だが、【ヒール】ならば辛うじて生きていれば回復できる。例えば下半身が丸々ないとかそのレベルになる。ただしどれだけ回復できるとしても、病気は治せないし蘇生はできない。逆に言えば怪我は殆ど完治できるという事だ。
時間が巻き戻るように手足が生え、辛そうだった呼吸が穏やかになる。食事もままならなかった為に頬はこけていたのが、ふっくらと血色のよさそうな頬になり、そしてずっと目を覚まさなかった男は身じろぎをした。
「え?俺、は……」
ハッとしたように飛び起きた男は、急に起きたことによって目まいを起こし頭を押さえる。しかしすぐに右腕が動いている、もっと言えば元通りにある腕に患者は急いで足も確認する。
自分達の手におえないモンスターと出会って、パーティを逃がす為に一生懸命戦って、そして食われて死んだと思った。なのに体力は全く落ちておらず、何不自由なく動く体に冒険者だった男は涙を堪え切れなかった。
泣き崩れてしまった男を急かすことなく、猫子猫はただ黙ってその様子を見守っていた。日本で看護師をしていたという経験から、声をかけない方がいいと判断したのだ。
猫子猫の目には慈愛に満ちていて、奇跡を見たのも相まって神官でもある治癒師は癒しの神が降臨したような錯覚を覚えた。
「落ち着きましたか?」
「……はい」
美女の前で泣いてしまった恥ずかしさに顔を赤くしながらもしっかりと返事を返す男に、猫子猫はやっとホッと息をついた。危惧していた後遺症は見当たらず、下手をすると怪我をする前よりも健康体に戻った男を見て、魔法は卑怯だと猫子猫は内心思う。
「痛い所や違和感はありませんか?」
「え、大丈夫です。もしかして貴方が俺を治してくれたんですか?」
キラキラとした目で猫子猫を見る男に、微笑みながら頷く。途端に両手を握られ、止まっていた涙を溢れさせながらも何度も何度も礼を言う男。
それを見ながら、患者やその関係者が猫子猫に治療を頼みに殺到するのを助手の神官達が身を挺して止めている。助かる手段が見つかったのだから、必死になるのはしょうがない事だろう。
「俺、キャストって言います。これでもCランクの冒険者なので、困ったことがあれば何でも言ってください。命の恩人のあなたの頼みですからね」
「キャストさんですね。私は猫子猫と言います。今日登録したばかりなのでFランクの冒険者です。ここには依頼で来ているので、気にしないでください」
猫子猫が冒険者、それもFランクだったことに驚いた顔をするキャスト。どう見ても目の前の人物が戦いの中に身を置いているとは思えなかったのだ。
伝説に出てくる癒しの神に選ばれた類稀なる回復魔法を扱う聖女の生まれ変わりだと言われた方が、キャストは信じられると思った。
「では私は次の患者様を治療しに行きます。お大事に」
「あの、ネコネさん!何かあったらキャストの名を出してくれたら、ギルドの方から俺に伝わるので」
「ありがとうございます。もし困ったことがあれば、頼りますね」
そう言って猫子猫はキャストの元を去り、次に重症である患者の元へと移動する。どこまでも重症患者からというスタンスをとっている猫子猫に、助かる見込みがないと言われた患者の関係者は祈るように治してもらうのを待つのだった。
何故か敬語で話すと一人称が“うち”から“私”に変わるのは、なんでだろうと思う今日このごろ。猫子猫の口調は殆ど作者がモデルです。容姿はこんなに美形ではないですけど(笑)