1.婚約した記憶はありませんが破棄されました?
ボクはいつの間にか宇宙人と婚約をしていて、いつの間にか破棄させられていた。
運命の急転直下というより、運命からの放置感が強い。
なにしろボクは破棄どころか、婚約すらも実感がないからだ。
すべてが知らないところで勝手に始まり、勝手に知らないところで決着がついてた。
「ご納得いただけましたか? 笹八家 星火さん」
いかにも胡散臭い弁護士っぽいの恰好をした男の人が、光るメガネの位置を直しながらボクのフルネームを添えて訊ねてきた。
姿こそ日本人……いや人間の姿をしているが、彼はそうではないとボクは理解させられている。
「大丈夫ですか、星火さん。ショックだとはおもいますが……」
「平気です。ボクは気にしないです。えっと話をまとめると、つまりこうですね。超銀河文明から非接触と決められていた地球の文物を手に入れるため、銀河でも有数のお金持ちが違法にボクと勝手な結婚。現地人と結婚した場合は合法的に地球の物品を購入できるから、それで趣味に没頭していたと?」
「はい。おおむねその通りです」
「地球の文物が欲しくて? あれですか、それってサブカルとかアニメとかゲームとか?」
異世界物やSFで稀にある地球のエンターテイメントを欲する宇宙人だったのだろうか?
そうあたりをつけて尋ねてみたが、宇宙弁護士は首を横に振った。
「いえ、違います。星火さんの元婚約者は、ロリコンでして」
「え!」
まだ12歳のボクは、思わず身を抱きしめて小さくなった。
「ああ、失礼。どうも翻訳がうまくされなかったようですね。改めまして、星火さんの元婚約者は、未成熟な文物や食品、映像メディアなどを好むのです」
「未成熟?」
「はい。不愉快な表現になると思いますが、地球の料理やメディア、芸術作品などは、汎銀河レベルでは未成熟とされています」
どういうこと?
地球の料理や、メディア、アニメとかかな?
それのレベルが低いってこと?
ああ、未成熟なコンテンツを好むという表現が、さっきは「ロリコン」と翻訳されてしまったわけか。
「そっか。未成熟、未発達な物が好きな方だったんですね、ボクの元婚約者」
「そうなります。ご理解いただけましたか?」
「はい……。なんとなく」
宇宙の文化はあらゆる分野で遥かに発展しており、それと比べれば地球の文化はまだ未成熟で未発達の成長過渡期。
目新しいわけでもなく、ただマニア好みするだけ。
異文化交流物でよくある地球のサブカルで相手と取引するようなことはできないだろう。
ごく一部の物好きが、目をつけるくらいで影響を与えるほどじゃない。
現代地球で例えるなら、インターネットで映画をいつでもみれて、スマホのゲームで遊んでいる人に、手書きのスゴロクやパラパラ漫画を売り込もうとしているような物だと宇宙弁護士は説明してくれた。
「それがバレて、強制的に離婚になったから、報告とお詫び、そして仲介人としてあなたがきた。もしかして慰謝料でもあるんですか?」
半分当てこすりで、慰謝料なんて意地汚いことを言ってみる。
だが、宇宙弁護士さんの反応は、さも当然と淡々とした物だった。
「なかなかご聡明で」
褒めてくれているが、この弁護士は本気では思っていないだろう。
リップサービスか相手方……つまりボクの機嫌を取り、よい印象を与えるつもりが少なからずあるだろう。
「地球人向けにトランスレートするさい、大分煩雑な情報を直接流し込んだのですが……よい掻い摘みと言語化をされますね」
ボクの脳内に投げ込まれた情報は、確かに乱雑だった。
元旦那さんの発音できない名前や銀河の住所やIDなんて情報は、脳に入ってきたのに頭に入ってこない。
銀河の標準的な民法の第何条を~なんて情報までいくつも入ってきたけど、片っ端からところてんのように頭から押し出されていった。
「ではこちらが慰謝料となります。もちろんこちらの貨幣が地球では両替できませんからね。大部分は代物弁済となります」
そういって、彼はどこから取り出したのか、ボクに紙束を手渡してきた。
ずしりとあるそれを受け取り、ボクはパラパラとめくる。
「目録ですか? わざわざ紙に印刷してくれたんですね」
「はい。こちらのメディアに互換性がありませんから……いえ、あるのですが万が一、誤作動で誤表示や行き違いがあっては問題ですので紙を出力をいたしました」
メディアの互換性問題や、予期せぬ誤動作や記載漏れの不安より……ボクは彼の言い方が引っかかった。
「紙を……出力した? 印刷ではなく、文字が書いてある紙を作り出した?」
「はい」
どうも印刷したのではなく、目録が書かれた紙を出力ようだ。
印刷も製本もせず、ポンと本が機械から出てくる様子を想像しながら、目録を最初から読み始める。
1ページ目にアラビア数字で慰謝料が記載されているが、桁が多いだけでなく「カゼット」という知らない通貨単位なので把握できない。
でも数十ページにわたる紙束のおかげで、価値の高さがうかがい知れた。
「でも地球には非接触、不干渉って決まってるのに、そちらの物品をボクが貰っていいんですか?」
超銀河文明の道具を、ボクが持ち、ボクが地球で使用する。
それは地球に不干渉とはいえないと思うんだけど……。
「その点は法の穴のようなものでして。贈与や販売はできないのに、慰謝料としてなら渡すことができるんですよねぇ。よって所有権があなたに移った時点で、あなたの個人資産として現地住民の裁量の範疇となります」
「超銀河文明でも法律に問題があるんですね……」
「そうなんですよ。落とし物や墜落などした宇宙船も、所有者が正式に届け出て所有権を放棄した場合は問題ないのですが、所有者死亡のまま所有権消滅期限まで放置された場合は現地住民の裁量となったり、恒星間生命体を艦船を使って捕まえてはいけないのですが、素手なら捕獲しても構わないので、個人格を移植した生体船だとセーフになってしまったり……」
愚痴り始める宇宙弁護士。
前者は墜落したUFOの扱いだろう。
後者はよくわからないが、やれてしまう規格外の存在を想定していないのかな?
頑張れば法整備を変えるなり解決できるだろうにやらない。きっと超銀河文明にもいろいろあるんだろうなぁ。
ボクの持っていた宇宙や未来へのあこがれが薄まった。
宇宙弁護士の愚痴は続く。
「まったく法務局にも困ったもんです。場当たりで慣例主義を持ち出すから複雑化して、今回みたいなピタゴラスイッチな法的すり抜けはよく発生していますよ」
ピタゴラスイッチって……。
翻訳が優秀すぎるとしても納得できない。
「……あの、あなたは宇宙の方ですよね?」
「はい、星火さんからみれば宇宙人です」
ピタゴラスイッチとか言い出したので、ボクが疑ってかかるが強弁を返された。
もしかして地球に潜んで住んでるのかな、この宇宙弁護士。
それとも翻訳が高性能なのかな?
さっきは未成熟文化趣味を、ロリコンと訳したしなにか問題があるのかもしれない。
どこかで誰かが、宇宙からの存在と接触してたり生活してたりする場合もあるのかな?
ふと気になったことがあるし、目録が分厚すぎて読むのが面倒なので尋ねてみる。
「ちょっとした興味本位の質問なんですけど」
「なんでしょうか?」
「もしも、地球人側に問題があって離婚になったら、慰謝料はどれくらいになったんでしょうか?」
考え込む宇宙弁護士。
「……現地人の責任の重さにもよりますし、地球側の資産価値を正確には存じておりませんので、換算レートもかなり大雑把になりますが──最低で地球をまるまる一つ、頂く形になるでしょうか?」
「一個人が地球を所有しているわけではないのに? 全員の……地球の生命体すべての共有物とは認めないの?」
「所属を総括し取り立てる側が、各種法的手続きを乱用すれば可能……あくまで可能といえる範囲ですがね」
やはりできてしまう宇宙法律。
六法ならぬほとんど無法だなぁ。
あ、六を「む」とかけてます。
「はあ、怖いなぁ……汎銀河文明。この目録の分厚さも怖い……」
ボクは読む気が失せる紙束を眺めながら、こんなにもらっていい物なのかと不安になってきた。
「あの、いくらくらいの価値があるかわからないけど、こんなにもらっていいんですか?」
「一方的に超銀河文明基準での結婚という契約を結んだわけですからね。地球の婚約や契約と制約のレベルが違います」
「どういうこと?」
「我々の銀河共同体の結婚を前提とした婚約にもカテゴリとレベルがあります。被害にあわれた笹八家さんの結婚のカテゴリは専有であり、レベルは非常に高いものとなってます」
「専有……。もしかしてすごいボクに不利益があったのかな?」
「はい。具体的にはこの結婚が成立した時点で笹八家さん。あなたは未来永劫【伴侶以外の誰からも愛されない】ならびに【伴侶以外の誰からも庇護対象とされない】という制約が因果律に書き込まれます」
「…………………………ああ、 なるほど」
ボクはこの境遇の深い根源的な事情を知った。
ひどい宣言をされた。
宇宙弁護士は神妙に話してくれたが、同情しているようすがない。
彼の説明通りなら、納得できる。
超文明を持った宇宙人が、遅れた文明の存在を歯牙にもかけていない。そんなニュアンスだけでなく、彼が説明した通り彼すらもボクを哀れんだりしていないんだ。
彼は仕事だからボクに付き合ってくれているけど、そうでなければ事務的とはいえこんなに親身になってくれないってことが感じられた。
そしてボクの現状も、この説明で理解できた。
誰からも愛してもらえない、誰もボクを庇護しない。
このひどいボクの現状は、勝手にボクをお嫁さんにしたやつのせいか。
考えてみれば、ボクの家族たちも被害者かもしれない。
因果律を書き換えがなければ、普通にボクを愛してくれたはずなのに……。
ボロボロのお下がりの服に、学校へもろくに行かせてもらえないし、蔵だけど物置小屋と変わらないところに住まわされ、殴られて蹴られて、ろくなものを食べさせてもらえず、それを先生や同級生たち、近所の人たちがボクを見て見ぬ振りする理由もっ!
お下がりの服が兄から貰った男物だから、男の振りをしろと「ボク」って言わせたり……とにかく、全部ボクを勝手にお嫁さんにして、違法に物欲を満たしていた見知らぬ宇宙人のせいかっ!
でも、ボクは気にしない。
「は、はは……。そっか。それならいっぱい慰謝料をもらっていいね!」
「そういうことです」
ボクの現状を知っている宇宙弁護士は、ボクの気持ちなど斟酌しないであっさり答えた。
「はあ……、それでこれらは、いっぺんに届くわけではないのですね」
「さすがに点数が多いですからね。一度に送ることは事実上無理です」
回線の帯域みたいに、使用制限があるそうだ。
汎銀河文明でも、それなりにできないことや無理難題があるらしい。
技術的とか経済的な話ではなく、現実的に使える輸送資源の問題なんだろうなぁ。
「でも、安心しました。笹八家さんが、ご理解していただける方で」
……これはどういう意味だろう。
受け入れてくれるという意味か、文字通り内容を理解できるという意味か。
「両方ですよ」
ボクの表情を見て、悟ったように答える宇宙弁護士。
「で、最初に届くのは?」
「クラスBー2級恒星艦クルーザーです」
「初手、宇宙船!」
「あ、そろそろ到着する予定です」
「どこに!」
「そこに」
宇宙弁護士は天を差す。
と、同時にボクたちの周囲へ影が落ちた。
見上げると白い人工物の大きな流線型の巨大な宇宙船が、自宅の上に、ご近所の空に、街の上空に音もなく浮いていた。
「公歴19224年建造、同時就航。公歴19250年、第2艤装にコンフィギュレーション。公歴19281年、クラスBー2級恒星間巡遊船……あー、地球での言語では発音できませんので、この星、この地域の言語で言うならば……」
宇宙弁護士さんは慎重に言葉を選び、そしてボクに告げた。
「船名【宙焔】。星火さん。現時刻を持って、あなたの船ですよ」
よくある地球のアニメやゲームなどが宇宙で人気とかそういう手は使えません。
銀河のゲームの方がすごい(語彙力低下)。
銀河の法の不備をついたり、利用したりなど、かなり独特な作品になっていると思います。
実は8年くらいまえに、この一話だけ書いてそのままにしていたものです。




