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最終章 藤岡孝也の場合



 全ての後始末が終わると、表面上は平和な日常が戻ってきた。

 あの一連の事件があってから、しばらく弓菜撫子と日吉夕海は静かだったが、やがて時間が経つごとに元の騒がしさを取り戻していった。

 唯一事件に深入りしていなかった藤岡孝也は、一人で仕事や町人との交流をするなど、調停屋としてそれなりに忙しい日々を送っていた。

 お陰で随分と仕事が板についてきたのだが、別にあまり嬉しくはなかった。

「おーい、お土産買ってきたぞぉ」

 その日は、所用で出かけてきた帰り際、ついでに市役所に顔を出したのであった。

「あ、お帰り孝也くん。ご苦労様でした」

「まったく。喧嘩の仲裁が一番多いって、どういう仕事だよ。ここじゃなくて警察に連絡しろよ」

 事務所に入ると、そこはいつも通り薄い煙りで充満していた。

 扇風機が隣に向けて全力で稼働しているが、それでも食品が焼かれる煙りを追い出すことはできないようだ。

「今日は何を買ってきたのだね?」

「サツマイモ最中アイス、だってさ」

「わーい、アイス〜」

 二人は受け取った氷菓を早速食べ始めた。

 最近、この二人は孝也の土産を期待しているような節がある。

 当初は気を使って買っていただけなのだが、最近強制のようになってきて頭と懐が痛い。イライラするのでそろそろ止めてやろと考えている孝也なのであった。

「そういえば途中でインチキ店主に会ったぞ。あの胡散臭い格好の織物屋」

「ああ彼か。どんな様子だった?」

「何か、かち割り売ってた」

「かち割り?」

「砕いた氷だよ。初雁球場で見学者を相手に商売してた」

「何をしているんだ、あの人は……」

 それは一連の事件に関わっていた豊田という商売人であった。

 彼は重犯罪の責任を免れ、留置場から解放されていたのである。

「根こそぎ賠償金を取られたらしいからな。文無しで儲かる商売ができないんだってさ」

「あの人、いつも賠償させられているよね」

「すぐ変な商売に手を出すから……」

 ただ、失敗しても諦めない商人魂は凄いと思われる。

 その前向きな性格は見習いたいものである。

「そういえばあのオッサンの妹はどうなったんだ。彼女も捕まらなかったんだろ?」

 事件の話をしていたので思い出した。先日依頼で探していた女性も、あの事件に関わっていたのである。

「ああ、柳華蓮くんか。彼女は兄ぎみにこっぴどく怒られて自宅謹慎中だそうだ」

「まあ仕方ないな」

「彼女も他の女性たちと同様、計画に加担していたという認識がないことは証明されたからな。取り敢えず厳重注意だけで済んだようだ」

「良かったじゃねぇか。下手をしたら極刑もあったんだろ?」

「まあ都市が壊滅する可能性もあったからな。一歩間違えたら相応の処罰が下されていたことだろう」

 ただ、実行犯の彼女たちが完全に無罪扱いされているのは疑問である。

「……何か裏がありそうだな」

「それがな、人数が多くて立件が面倒だったらしい」

「そんな理由なのか!?」

「うむ、冗談だ」

「……あっそ」

 この町の司法は適当なので、思わず信じそうになった。

「まったく、真顔で冗談を言うのは止めてもらいたいんだがな」

「ムシャクシャしてやった。今は後悔している」

「突っ込まねぇからな」

 更に放火犯みたいな冗談を畳み掛けてくる。

 彼女の冗談センスは理解できる気がしない。

「あのな、俺は暇じゃねぇんだ。これから報告書を書かなければならねぇのに」

「何だつまらんな」

「つまらんって、お前は何様なんだ?」

 仕事を邪魔する上司。迷惑以外の何者でもない。

 などとやっていると夕海が嬉しそうに話しかけてきた。

「ねぇ孝也くん」

「ん?」

「楽しいね」

「は?」

 また唐突に奇妙なことを言い出した。この状況の何が楽しいのか。

「何がだよ?」

「こんな会話、かな」

「はぁ?」

「だって今まで殺伐とした世界で生きてきたからさ。こういうふうに皆でお話するは楽しいな、って」

「……ああ」

 納得した。外の世界は死屍累々としていて、今も脅威が渦巻いている。そんな世界で生きてきた孝也たちは、この平和な世界があまりにも眩しかった。

「ねぇ、他の場所もこの町と同じように平和にできるかな?」

 ふと、彼女は途方もない質問をしてきた。

 気持ちは理解できるが、この都市は土地自体が特別で、努力で真似できる環境ではない。

 平和な世界を実現したいのなら、別の道を行く必要があるのだ。

「……う〜む。革新的な発見でもあれば、あるいはできるのかも知れねぇが」

「革新的な発見……?」

「ああ。常識を一変させるような何かだな」

 現状では夢物語でしかない。

 唯一異形に対抗できる魔力は、数や使用に制限が多く、全ての土地に影響を与えることはできないのだ。

「じゃあさ、それを私たちで見つけてみない?」

「はぁ?」

「この町でなら、そんな何かを発見できるのかもしれない」

「ううむ……」

 確かにこの町は不思議…溢れている。

 だが、何も発見できなければ時間を無駄にすることになる。その時間を修行などに使った方が有意義なような気がする。

 だがしかし――

「……そんな都合の良いものがあるとは思えねぇな」

「うん。でも、存在する可能性にかけてみたいの」

「そうか……」

 彼女の表情は決意に満ちていた。

 この町で様々な経験をした彼女は、他人にはわからない強さを手に入れたのかもしれない。

「……そうだな。探してみても良いかもな」

「やった」

「じゃあ仕事のついでに調査してみるか」

「――――うん!」

 頷いた夕海の笑顔は、これまでの苦労を感じさせない明るさがあった。

 その笑顔を曇らせないためにも、孝也はこの町に希望があることを願った。


 滅亡が間近に迫ったこの世界。

 その希望が世界を救うことになるのだが、それはしばらく未来のお話。



【完】

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