1章 その1
第一章 魔王より凄い人、来ちゃった
私は地面に巻物を広げて儀式の準備をしていた。
その巻物は箱に入っていたもので、自称母親によると、それには特別な存在を召喚する術式が描かれているらしい。
迷宮を完成させるにはある適度の知識が必要だけど、生憎と私には記憶がない。
そこで自称母親は、私を手伝ってくれる存在を召喚できる手段を用意してくれていたのだ。
召喚に必要な条件は三つ。
召喚の巻物。不思議な結晶。適当な呪文。
それらが揃えば、取り敢えず何かが呼び出せるらしい。
何が呼び出せるのかは、儀式で用意したもので変化するそうだけど、今回は巻物と呪文は指定されているから、変えることができるのは結晶だけ。その結晶にも色々あるらしい。
「えっと、『この結晶は瘴結晶といい、迷宮に充満する瘴気が集まって結晶化したもので、あらゆる作業に必要な重要な道具である』、っと。
なるほど、種類は三種類あるのね。紫色のが魔力の結晶。白いのが力の結晶。そして黒いのが知識の結晶……か。
で? 『これらは罠を作動させたり、魔物を製造したりと様々な使用法があるが、召喚に置いては魔力の供給と、呼びだす存在の属性を位置づけるという二つの意味がある』。
……ふ~ん? こんなのに色々と意味があるんだねぇ?」
私は確認するように結晶を覗き込んだ。
半透明なそれは淡い色を通して様々な方向の景色を映す。両端が尖った多面体をしていて宝石みたいに綺麗だけど、怪しげな雰囲気をムンムン漂わせていた。
箱に用意されていた結晶はそれぞれの属性が大小二つずつの、計六個。
「なるほど結晶の大きさが、召喚される者の能力に比例するのね。
だったら大きい方ね。どうせ手伝ってくれるなら優秀な人がいいに決まっているもん。
えっと召喚される者の属性は、力の結晶、魔力の結晶、知識の結晶、のそれぞれに特化した何かが現れる、か。
『何か』ってところが不気味なんだよね……」 自称母親によると、魔族、人間、魔物、獣人など、何が召喚されるのかはわからないらしい。
ただ召喚者が最も必要とする存在が召喚されるそうで、その範囲は古今東西・老若男女と殆ど制限はないらしい。何だか凄そうな感じだ。
「う~ん、ここはやっぱ知識か魔力よね。力はなんか頭が悪そうだから却下。最良なのは魔力が強い人が頭脳明晰だったときだけど、魔力が強いだけの肉食獣が出てきたらバッドエンドまっしぐらなんだよね~」
つまり弱くても頭が良い存在がベストなんだ。
私は巻物の中央に大きくて黒い結晶を置いた。
これで本に記されていた呪文を読み上げれば、記憶のない私をサポートしてくれる存在が召喚されるという寸法だ。
私は息を大きく吸い込んで、その一文を高らかに読み上げた。
「『高くそびえる頂に〜、夢を託した先人の〜、意思と努力を受け継いで〜、我らが進むは栄光の道。あ〜あ、素晴らしきかな、我が〜母校ぉ〜』」
……何だこれ? 歌?
「って校歌かよっ!」
どうやらこれが呪文であるらしい。
自称母親によると呪文にも色々あって、これは言葉を組み合わせる魔法なのだそうだ。歌の必要性はわからないけど、多分このふざけた歌詞の中に難しい術式が入っているんだろう。
そうしている間に、巻物に描かれた魔法陣が光を発し始めた。
「うわ、ホントに発動した!」
半信半疑だったけど、本物の呪文だったらしい。世界は驚きに満ちている。
魔法陣は徐々に光を強めていく。
そして妙な力が暴風のように渦巻いたかと思うと、突如巻物の上にあった結晶が粉砕し――
強烈な光と共に、その場に人影が現れた。
眩しい。
光の氾濫が視界を遮り、その人影を直視することはできない。
しかしそれも永遠ではなく、光が徐々に納まることでその全貌が明らかになっていった。
「……あら?」
まず聞こえてきたのは若い女性の声だった。
私の目が光の眩惑から回復すると、そこにドレス姿の綺麗な女性が座っていた。
貴族のような高貴な顔立ちに、長い金色の髪。仕立ての良いドレスは淡い赤色で、まるで童話の中から抜け出してきたような二十歳程の女性だった。
彼女が私の手伝いに最も適した存在なんだろか。
「ここは、どこなのでしょう?」
「あ、えっと……」
どう説明したものだろう。いきなり『迷宮造りを手伝え』なんて言われて了承する人も少ないだろう。ただ私にとって幸運だったのは、現れたのが魔物とかじゃなくて話が通じそうな人だったことだ。
「……あら? 貴女、どこかで。失礼ですが、以前お会いしたことがありましたか?」
女性は私の顔を凝視して小首を傾げた。見覚えがあるのか、しきりに考え込んでいるみたいだった。
やがて彼女は喉の閊えが取れたような笑顔になった。
「――そう、ルーナルート・セリアム様ではありませんか! その魔力の波長は間違いありません! しかし、何故その様に幼い姿をしていらっしゃるのですか?」
「え? 幼い?」
記憶のない私は自分の名前もわからない。だが自称母親が記していた『ルーナ』という名前と似ているので、多分それが私の名前なのだろう。
「えっと、私、記憶がないからわからないんだけど、貴女は?」
「あらあら、お記憶が? それはお気の毒に。
私はコーネリア・モントリアス・シーリス。 魔王の家庭教師をしている者ですわ」
「え? 魔王の家庭教師?」
何その妙な職業。需要が全くなさそうな気がするんだけど。
……じゃなくて。
「えっと、家庭教師ってことは、私は貴女に教わったことがあるの?」
「いいえ。私が指導させていただいていたのは別の魔王、メリクリウス・コーム様です」
「へぇ、魔王って複数いるんだ? っていうかやっぱり私も魔王なの?」
「私が認識している状態に置きましては、貴女はまだ魔王の位を継承してはいませんでした。魔王のご令嬢、という立場でいらっしゃいますね」
「魔王の娘……。私、やっぱり魔王の子供だったんだ……」「ただ、私が存じ上げているルーナ様とは若干お姿が違っているようなのです。私が存じ上げているのは外見年齢が人間で表現するところの17歳程。つまり魔族の年齢で換算すると八十歳程でしょうか」
「――あ、魔族だったんだ」
「それも覚えていらっしゃらないのですか? 一概に外見年齢で判断はできませんけど、その御身に流れていた魔力の質を鑑みますと間違いないと存じます。
現在は……十歳前後とお見受けいたしましたが、いかがでしょうか?」
「ええ、多分そうだと思う。
さっき使った召喚の巻物は時間も超越すると書いてあったから、未来の貴女を呼び寄せてしまったんじゃないかな」 七十年も後の人間である可能性があるとは。その頃って、私は立派な御祖母ちゃんじゃね?
「召喚の巻物? ああ、これですね」
女性――コーネリアは自分の足元にあった巻物を拾い上げた。その使用済み巻物は所々が破損して、もう使えそうにない。
「……なるほど、ルーナ様の補助者を厳選して呼び出す魔法陣ですね。その条件ならば、私が呼び出されたのは当然と言ったところですね」
「何その自信!? じゃなくて、何でそこまでわかるの!?」
「ああ。私、特殊技能で触れた書物の内容が一瞬で理解できてしまうのです。
そこに描かれる内容や編成、製造者の意思まで読み解くことができてしまうんですよ」
「何それ凄い! じゃあこれもわかる!?」
私は自称母親が残していった本を差し出した。
書かれている内容はともかく、その真意を読み解くことができれば真実を知ることができる。少なくても『自称母親』から『自称』を取ることができるだろう。
本を受け取ったコーネリアは、軽く瞳を閉じて内容を読み取り始めた。
「これは……なるほど、お母様の指南書、といったところの書物ですね。迷宮や魔物の製造について描かれています。タイトルを付けるとしたら、『楽しい迷宮造り』か『魔王のスローライフ』といったところでしょう」
世界に二つとないタイトルだ。特に魔王のスローライフというのはそこはかとなく全世界の人々を馬鹿にしているような気がする。
「それで、そこに描かれているのは全て真実なの?」
「ええと、書かれている内容の七割は真実。二割が冗談。一割が余談と間違いといったところですね。少なくても敢えて嘘を書いている個所は見受けられませんでした」
「そうなんだ……」
どうやらその人物は母親決定らしい。娘の記憶を消して、平然と迷宮に置き去りにする母親。
そんな娘に生まれてしまった自分にグッドラック。
私はコーネリアから本を受け取ると、しょんぼりしながら胸に抱いた。何か力が抜けてきた。
「でも、貴女って凄いのね。
触れただけで本が読めちゃうなんて」
「いえ、ただの個性ですよ。特殊技能というものは誰にでも備わっています。その人物の出生や生活環境、趣味や性格によって使える様々な才能です。勿論、ルーナ様にも備わっているはずですよ」
「へぇ! どうすれば使えるの!? 呪文とかいる!?」
「いえ、魔法ではないので呪文は必要ありません。ただその人物の生き方に大きく係わっていますので、記憶のない今のルーナ様が使用するのは難しいのではないでしょうか」
「そうなんだ……残念」
「まあ普通に生活をしていればそのうち思い出すかもしれませんし、新たな技能が身につくかもしれません。悲観することは一切ありませんよ」
「へぇ! 何か楽しみになってきた!」
「とにかくお母様のご希望通り、書物の手順で行動してみましょう。
あるいは『迷宮が一瞬で造れる特殊技能』が手に入るかもしれませんよ?」
「……それ他に需要がないじゃん。そうじゃなくて、もっと可愛らしいのがいい。お花と会話ができるとか、お魚と一緒に泳げるとか」
「メルヘンですね。あ、でも未来でお会いしたとき、ルーナ様が特殊技能を使う姿を拝見させていただいた覚えがあります」
「え、どんなの!?」
「あれは確か――」
「確か?」
ワクワク。未来ではどんな素敵な力を得ているのだろう。
「物を破壊する特殊技能ですね。拳で触れた物を一瞬にして粉砕するという」
「ええ!? 物騒! 全然可愛くない!」
今現在の私の夢も粉砕した。恐るべし未来の私。まさか過去の私の幻想も破壊するとは。
「しかし貴女の血族では至極真っ当な能力なのですよ」
「……私の血族?」
「はい。貴女様の血族は崩魔王の一族。つまり破壊を使命とした魔王の血族なのです。
魔王の一族にはそれぞれ役割がありまして、破壊を司る崩魔王の一族、あらゆるものを焼き払う炎魔王の一族、そして破滅に導く滅魔王、という三種族の魔王がいらっしゃいます。
それらは定められた摂理を持つ魔王という種として、太古から存続してきたのです」
「物騒ねぇ……」
一般的な思考しか持ち合わせていない私の感想はそんなもんだった。
とにかく話が大きくなり過ぎて理解の範疇を越え始めている。魔王というのはただ世界を征服する存在という訳ではなく、何か重要な意味のある存在ということなのだろう。
でも今の私には、可愛くないというのはそれだけで大問題だったりする。
可愛いは正義。可愛いは全てだ。そんな破壊とかいう武骨で男らしい能力はノーサンキューである。
まったく、可愛さを諦めた未来の自分め。私はそんな人間には絶対にならない。
「ねぇ、その能力っていうのは一つしか使えないということではないのよね?」
「勿論です。一人の才能が一つしかないなんてことはあり得ませんから。
私が以前教授していた女の子は炎を扱う能力や、魔物や動物を自在に使役する能力がありました」
それは何とも魔王らしい能力である。
「動物を自在に……っ!
いい。それいい! 私もそういう能力が欲しい!」
「なるほど、悪くありませんね。お母様のご希望にも反することでもありませんし。
どうです? これから魔物の育成を始めてみませんか?」
「動物じゃなくて魔物?
可愛くなさそうだなぁ」
「種族によっては可愛い個体もいますよ? 魔物と言っても、ただ魔界で生まれただけの風変わりな動物ですから。特に下級の魔物は小動物が多いですし」
「小動物……っ! どうすればいいの!? どうすれば魔物と仲良くなれる!?」
可愛い魔物がいるならやらない訳にはいかない。全世界の可愛い物は私の物だ。
「やる気が出たようで何よりです。
ここはお母様の計画に沿って順を追って育成をいたしましょうか」
コーネリアは本の内容を全て記憶しているのか、滑らかに説明を始めた。
「まずこの迷宮で魔物を育成するには、召喚するか製造しなければなりません。
召喚はある程度強い魔物を呼び出せますが、自由意思があるため忠誠心や支配に難があり、召喚主もある程度の力がないと制御できません。
製造するというのは、主に魔法生物やゴーレムを指します。成長はしませんが、素材や環境によって色々な魔法や技能を付属できる可能性を秘めています。
要するに迷宮を自然に近い形にしたいのなら召喚。何らかの指向性を持たせたいのならば製造、がよろしいということですね」
「なるほど、どっちも面白そう」
ちなみに、ある程度意思を与えられるのが魔法生物で、単純な命令を行使するだけなのがゴーレムなんだそうだ。
「しかし製造は少し面倒です。大量の魔力と本体を構成する素材、そして命令を与えるための媒体が必要とされます。
ここでは、魔力は瘴結晶で代行、素材はその辺りの石や土を使えますが、媒体となる物は自分で用意しなければなりません。これが中々面倒なんですよ」
「それはどういう物なの?」
「簡単に言うと、生物の脳と心臓の機能を一つで兼ね備える物、と考えてください。
取り込んだ魔力を使用し、術式を発動させて本体を動かす訳です。
その術式を刻める物ならば、どのような物質でも使用でき、大体は石などを使用しますね。
しかし複雑な行動ができるような魔法文字を刻むのは難解でして、よく勉強をしないと簡単にはできません」
「うへぇ。じゃあすぐには造れないか」
「いえ、実は既存の生物の一部を本体に埋め込むことで、その生物の性質を複写したような存在を造りだすことができるんです。例えるならば、絶対に命令をきく野生生物、でしょうか」
「ほう! それは凄い! それやってみたい!」
「わかりました。ではまずは媒体となる魔物を召喚しましょうか」
「また召喚か。生物の一部って、髪や爪でもいいの?」
「はい。しかしより本物に近づけるには、それなりの物が必要となりますね」
「そ、それなりの……物?」
何だか嫌な予感がする。
「最も魔力の高い器官か、思考を司る器官ですね。
それはもう、この世の物とは思えないほど可愛らしい、人懐っこくて見ているだけで微笑みが零れてしまうような愛くるしい魔物でも、惨たらしく殺害してその体を引き裂いてから脳か心臓を取り出さなければなりません」
「ええ〜〜?」
わざとだ。絶対わざとだ。私を嫌な気持ちにさせるために言っているに違いない。
そんなに私を憂鬱にして楽しいのかと、恨みがましい顔で睨もうとすると。
「冗談です。別にどの部分でも違いはありません」
「ええ〜〜っ!?」
思わず私は転びそうになった。
酷い! この人酷い! 見た目はお姫様みたいなのに魔王より酷い! どう生きてきたらこんな酷い人間になるんだろう!
……って魔王の家庭教師をしていたのなら人間ではないか。
彼女は私の様子など気にもせず、地面に置いてあった瘴結晶を拾い上げていた。
「さあ、では行きましょうか」
「行くってどこへ?」
「召喚ができる場所にですよ。この迷宮の各階の中央には必ず召喚円が設置されています。そこで儀式を行って、まず魔物の媒体を入手しましょう」
「お〜、そんな便利な物が。それなら母上は召喚の巻物なんて用意しなくてもよかったのに」
「召喚円にも呼び出せる物によって種類があるんですよ。
最初にルーナ様が使用した巻物は人物だけでしたし、中央の召喚円は恐らく魔物の類しか呼び出せないものなのでしょう」
「へぇ、そうなんだ」
感心する。
この人物は母親の本を読む以前に、最初から色々なことを知っているみたいだ。さすが魔王の家庭教師を自称するだけのことはある。
今の私にとって、彼女の存在は何よりも頼もしかった。




