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終章

 終章 魔王覚醒



「―――――な、何じゃこれは!?」

 突如、姫様は胸に炎を押し付けられたような高熱を感じました。同時に心臓の辺りに光のようなものが発生し、徐々にその勢いを強めて行きます。

「っ、あ、熱いぞ!? くぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「落ち着いてくださいメリス様。魔業核が反応しているのです」

「――ま、魔業核?」

「魔王の血族にのみ存在する器官です。しばらくすれば落ち着きますから」

「かはぁ! はぁ、はぁ、はぁ……」

「そう。そのままゆっくり深呼吸して。害のあることではありませんので、焦らず、落ち着いて」

 相変わらず光や熱に変化はありませんが、コーネリア様のお蔭で何とか冷静になることができました。もしコーネリア様がいなければ暴走していたかもしれません。

「コ、コーネリア。お前は何故、我も知らぬような器官を知っておる。いったい何が起きているというのじゃ」

「それは……」

「良いから教えろ。我は知るべきじゃろう」

「……わかりました。魔業核というのは、魔王以外の血族の方には休眠しているだけの器官でしかありません。しかしある条件で覚醒し、あらゆる力を具現するといわれています」

「あ、ある条件じゃと?」

 嫌な予感が、確信に変わりつつありました。

「――それは、魔王の継承」

「――――――」

「魔王様は……」

 聞いてはいけない。心の奥で耳を塞げと誰かが叫んでいます。ですが、既に頭の中では確信してしまっていました。

「――お亡くなり成りました」

「――――――――――――――――っ」

 恐れていた言葉が、コーネリア様の口からはっきりと聞こえました。

 姫様はあまりの衝撃に呼吸することも忘れ、ただ立ち尽くすことしかできませんでした。

まるで全てが止まったかのように、その目には色あせた世界しか映っていません。

 最も敬愛していた存在の訃報は、姫様の心の中にある何かを破壊したのでした。

 ――亡くなった。

それはつまり生きてはいないということです。

 ――何故。

 決まっています。神剣の一太刀が、魔王様に致命傷を与えていたのです。

 ――どうして。

 それが、魔王と勇者の宿命だからです。

 ――宿命?

 そう。それが古より続けられてきた、魔王と英雄の物語――

「う、嘘じゃ……そんな、はずが……ない。父上が亡くなるなぞ……」

 それがコーネリア様の最大の過失でした。

 現実を拒絶しようとする姫様に、

「血族に魔王は一人。それが、絶対の理なのです」

 ――現実を、押し付けてしまったのですから。

「嘘じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 絶叫する姫様から、これまで感じたことのない魔力が噴き出しました。濃密に凝縮された魔力は黒い炎となり、渦を巻きながら無作為に暴れ始めたのです。

 凄まじい熱風が吹き荒れて、その場にある全てを焼き焦がそうとしているようでした。

「許さん! 許さんぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 誰が悪いのか。姫様は八つ裂きにすべき対象を探しました。

 勇者か。勇者を連れて来た叔父上か。返還に失敗したコーネリアか――

 しかし姫様が動く前に、コーネリア様が叫んでいました。

「いけませんメリス様! その力はまだメリス様が扱えるものではありません! 下手をすると心身を壊してしまうかもしれないのですよ!」

 自らに殺意が向けられていることも承知で、コーネリア様は姫様の身を案じました。

 確かに、それまで大した魔法も使えなかったお方が、いきなり魔王の力を使えばどんな悪影響があるのかわりません。

 しかし、そのような気遣いも姫様の心には届きませんでした。

「知ったことかぁ! 鏖殺じゃぁぁぁぁ!」

 姫様は手のひらから魔力の塊を出現させ、こともあろうにコーネリア様に向かって発射したのです。

「―――――――っ!?」

 コーネリア様に接触して弾ける魔力の塊。その直後、凄まじい轟音と震動を辺りに響かせながら、爆発が起きたのでした。

「コーネリアぁぁぁぁぁっ!」

 誰かが絶叫を発しました。彼女の身を案じたのでしょうが、とても生存できる威力ではありませんでした。

 その爆発はあまりにも強烈で、尚も謁見の間の約半分を爆炎で包み込んでいました。

 衝撃で天井は吹き飛び、そこから漆黒の夜空を覗かせています。更に天井は風を招き入れ、炎の勢いを更に煽ったのでした。

 美しかった床や壁は瓦礫と化し、更には全てを灰にようと旺盛に燃え盛っています。

 ――そして、コーネリア様の姿は跡形もなく消え去っていたのでした。

「な、なんということを……」

 唐突に訪れた衝撃的な結末。その惨事を前に、お城の方々はただ高温で揺らぐ空間を凝視することしかできませんでした。

 姫様はそんな炎をしばらく眺めていましたが、やがて踵を返して他の方々に向き直ったのでした。

 その表情は先程と変わらず怒りに満ち、とても冷静な思考ができるとは思えません。

宛ら人の姿をした獣です。その状態の姫様には、どのような言葉も届きそうにありませんでした。

再び姫様は手のひらに魔力を集中し始めます。魔力は手から浮かび上がり、激しく帯電しながら球体になりました。

魔法ではない、ただの魔力の凝縮体。もし姫様が真剣に勉強をしていたのなら、この城全体を吹き飛ばすほどの魔法が使えたことでしょう。

次の標的は誰か。残されているのはテリウス様たちと、その奥で震えているこの城の者たち。

「……メルクリウス」

 そんな折、リディア様はただ複雑な表情で姫様を見つめていました。

 このような結果を招いてしまった原因が、自分たちにあることはご自身も重々承知しています。しかしその所為で、姫様があれほど親しそうにしていたコーネリア様をその手にかけてしまったという結末が、何よりも不憫でならないのです。

リディア様は、姫様のためにただ祈りました。

――どうかあの哀れな娘をお救い下さい。

いったいその祈りは誰が聞き届けてくれるのか。信仰も何もなく、ただその祈り続けるリディア様なのでした。

――そのときです。

「リディア、お前は下がっていろ。ここは私が始末をつける」

「……テリウス様?」

「全ての責任は私にある。私が妙なことを言い出さなければ、このような結果にはならなかった。あの娘の為にも、お前やこの国の者たちの為にも、私自身が決着を付けなければならないのだ」

「……そうですか。どうかお気をつけて」

「ああ、任せておけ。――さて」

 そうして姫様に向き直ったテリウス様の全身からは、強力な魔力が迸っておいででした。まるでこれから戦地に赴くような、そんな雰囲気が漂っています。

とても姪を救おうとしているようには窺えませんでした。

「待たせたなメルクリウス。さあ、俺を殺してみせろ。それが望みなんだろう?」

「ああ、殺してやる」

 姫様は出現させていた魔力の塊を無造作に放ちました。そのあまりの自然な動きにテリウス様は反応できずに直撃。瞬時に爆発が起き、室内に灼熱の爆風が荒れ狂います。

 しかしその直後、テリウス様は爆炎を突き抜けて、鋭い爪で姫様を引き裂こうとしました。

「―――――――っ!」

 瞬時に姫様は気合いを込め、眼前に魔力の障壁を発生させてそれを防ぎしました。

 そうして姫様の目に映ったのは、体積を二倍ほどに増やし獣のような姿になったテリウス様でした。

 ――飽食擬態。

 テリウス様の特殊技能である変身能力です。一度でも摂食したことがある動物の姿と能力を複写できるというもので、様々な状況下で適切な行動が行えるという汎用性の高い能力なのでした。

 幾ら強力な魔力を持っている姫様と雖も、素早く強靭な肉体を持つ魔獣系には対応ができません。魔王になり肉体が強化されていたとしても、まだ獣の爪の前には紙切れに等しいのです。

 不利を悟った姫様は、意識を深い闇へと導きました。早急に決着をつけるべく、僅かな良識すらも深く深くと押し込んでいきました。

 そうして、ただの殺意の塊と化した姫様は、自分の限界を無視して凄まじい勢いで魔力を放出しました。

 ゾクリ――

 テリウス様の全身に悪寒が走ります。常識外れの魔力と悪意。果たしてこの世に、そのようなモノが存在していいのでしょうか。まるで太陽が落ちてきたかのような、とてつもない存在感があったのです。

「これが……魔王というものか。同じ血が流れているというのに、ここまでとは」

 テリウス様が身震いしている間に、姫様は行動を開始していました。

 自らの胸の前で魔力を集中し、一瞬にして巨大な魔力の塊を作り出してしまったのです。

 まるで姫様自身が魔法の増幅器となっているかのように更に膨れ上がっていき、例えようのない程の威圧がその場の全員に戦慄を植え付けました。

「これは――まずい!」

 ある結末を確信したテリウス様は、慌てて後方に声をかけました。

「皆、逃げろ! 早くこの場所から離れるんだ!」

「――っ!?」

「あの質量なら城ごと吹き飛びかねん! 早く行け!」

「テリウス様は!?」

「私は少しでも被害を抑える! 衝撃の方向ぐらいは変えられる!」

「そんな――」

「早くしろ!」

「――――――――」

 リディア様が返事をする前に、姫様の魔力が放出されました。

 視線を逸らしていたテリウス様は反応が出来ず。

「しまっ――」

 一直線に進んだ魔力の光線は、瞬時にしてテリウス様を包み込みました。

更にそれは壁と天井を貫いて外へと届き――

そのままの勢いで北東にある山脈を破壊。

――――――――。

その一瞬の間を置いて、凄まじい轟音と震動が周囲を襲いました。あまりに魔力の速度が早かったため、破壊の余波が追いついていなかったのです。

それだけに、姫様の攻撃は全てを吹き飛ばす程の威力でした。謁見の間は見る影もなく、床や天井は崩れ落ちて、嘗て室内であったという痕跡を探す方が難しくなっていました。

その場にあるのは、申し訳程度に残った壁の一部と、攻撃によってもたらされた熱。

そして、ただ一人立ち尽くしている姫様なのでございました。

「あ、あ、あは、あはは、はははははははははは――――」

他に人影はなく、ただ闇夜に姫様の笑い声だけが響きます。

そう、誰もいなくなってしまったのです。

愛する両親も、尊敬する叔父も、大切な友人も。

姫様が持っていた全てが、失われてしまったのでした。

「―――――う、うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

姫様は膝から崩れ落ちて絶叫しました。

ピシリ。

姫様の心にひびが入る音がしました。

ひびは激しい痛みとなって、姫様の胸の奥を次々に走り出しました。

もはや何もわからず、ただ叫ぶことしかできません。

これからどうすれば良いのか。

魔王として世界を滅ぼせば良いのでしょうか。それとも父上と同じように何もせず生き続ければ良いのでしょうか。

わからない。何もわからないのです――

姫様が思考を放棄しようとしたそのとき、

「もう、うるさいですね。先程から何を叫んでいるのですか」

「―――――――――」

 背後から、可愛らしい声が聞こえました。その聞き覚えのある声は、まったく緊張感のない様子で姫様の顔を覗き込んできます。

「そんなに叫ぶと喉を傷めますよ? 折角綺麗な声なのに」

「お、お前……コーネリ、ア? 何故お前が……?」

「私が?」

「し、死んだのでは、なかったのか?」

「何ですか縁起でもない。私があの程度で死ぬ訳ないじゃないですか」

「いや、しかし――」

「私はこの城の人間なのですよ? 抜け道とか全部知っているんですから」

「抜け道……だと? そんな馬鹿な」

「そこの床を調べればわかりますよ。まだ埋まっていなければ階段がありますから」

「そ、そうなのか。いや、そうだとしても、何というしぶとさ……いや、悪運か」

「まあ、どっちでも良いですが、私は死んでなんかないですよ。何故なら私はまだ死ねないのです。魔王様との契約を果たしていないのですからね」

「契約って、それはもう……」

「まだ有効ですよ。だって、契約を受け継ぐ方がここにいらっしゃるのですから」

「―――――――」

「お父上の跡を継ぐのは貴女です。その遺志を継ぎ、成そうとしていた目的を成就できるのは、貴女に置いて他にないのですよ、メリス様」

「――――――っ!」

「それに全てが失われたとしても、契約は私たちの中で生きています。そして、貴女を支えて欲しいと願ったあるお方たちとの契約も、また私の中に生きているのです。そんな私が存在し続ける限り、貴女は一人ではありません」

「……………そうか」

「ですから、メリス様は契約に従ってこの国を守ってくださいね。私は魔王様との契約に従って、メリス様の教育係に務めますから」

「そうか……」

 と呟いて、姫様はそのことに気づきました。

「おい待て! それは明らかに我れ一人だけが面倒なことになっておらんか!?」

 国の守護をさせられながら、嫌いな勉強を強要される。それは姫様にとってどんな拷問なのでしょう。

 しかし、コーネリア様は全てを承知とばかりにすまし顔でございました。

「まあ、そういう契約ですし」

「う、恨むぞ、父上……っ!」

 姫様の唸り声が夜風に乗って流れていきます。その声がお空の魔王様に届くのかは不明ですが、罠にかかった動物は恐らくこういう悲鳴を上げるのでしょう。

 こうして姫様の魔王への第一歩が始まりました。

 本人としては遺憾で仕方がないのでしょうが、その傍らにいるコーネリア様の笑顔の威圧が恐ろしくて、泣き寝入るしかなさそうな姫様なのでございました。



【完】


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