3章 その2
歴史が再現されようとしていました。
そこはシーリス王国の東に隣接する、遺跡と伝統の国ドーベンバーグ。
このクラン大陸でも古い部類に入るその国は、自然と人工物とが見事に調和した美しい場所です。
土地の大半は森と山に囲まれ、そこに点在する石造りの建物が静かに佇んでいる。そんな石と緑が織りなす不思議な雰囲気を持つこの国は、嘗ては勇者が骨を埋めたとされる由緒正しい土地なのでございました。
遺跡が多いためか不思議な発掘品も多く出土されており、他にはないような魔法や魔導具が利用されている魔導国家でもあります。
特産は豊かな自然から採れる四季折々の野菜や果物ですが、発掘された出土品を一般に使いやすくして商品として流通させている利益も重要な収入源となっています。
そんなドーベンバーグの首都の町外れ。国の中では神域と呼ばれる森に、ある一つの祭場がありました。
森の中央に切り開かれた祭場には、石で作られた無数の柱と大きな建物が存在しています。あまりに古いため全体的に風化して傷みが激しいのですが、所々に窺える装飾や形状は大変美しく、その昔は重要な祭事が行われていたとわかる場所なのでした。
時刻は日中に差し掛かろうとする頃。空は良く晴れて、降り注ぐ陽光が斎場を明るく照らしていたそんな最中。
――建物の中から、何やら強烈な光が発生しました。
昼の光りさえも凌駕するその光は、しばらく斎場を照らした後に静かに収束していきます。
そうして祭場は元の姿を取り戻しましたが、それに代わり何やら建物の中から賑やかな声が漏れ出しました。
果たして建物の中では何が行われているのか――
「あ~~~くそ、いったい何なんだよ?」
建物の内部には数人の人々がいらっしゃいました。皆、聖衣や法衣を纏っていることからも、建物の中で何らかの儀式を行っていたのだと予測できます。
そんな中で、一際異彩を放っている人物が建物の中央に座っていらっしゃいました。
「ああ? 何だここは? 随分とカビ臭い場所だな」
「……………………」
中央の床に描かれているのは複雑な魔法陣。恐らく召喚円だと思われるその上に、一人の男性がいるのは召喚魔法によって呼び出されたからなのでしょうか。
ぼさぼさの黒髪に、無精髭。不思議な服装をしていますが、戦闘に適してはいなさそうです。雰囲気的に、場末の酒場の店長のような感じでした。
男性は周囲を面倒臭そうに眺めると、そこにいた者たちに声をかけました。
「アンタらが何かしたのか? いったいどうなってんだよ?」
「あ、あの……?」
男性の周囲にいた一人が恐る恐る声をかけました。何やら酷く落胆しているようにも見えなくもありません。
「貴方が……勇者様?」
「は?」
男も豆鉄砲を喰らったように問い返しました。言葉は通じているようですが、その意味が理解できなかったようです。
「あ、あの。貴方は私たちがある条件の下に召喚したのです。唐突のことで申し訳ありませんが、私たちにはどうしても貴方を呼び出さなければならない理由がありました」
「召喚ってのは?」
「召喚魔法です。条件に適した人物を異世界から呼び寄せるという古代魔法なのですが」
「……魔法? 魔法だって?」
男性は如何にも怪訝な表情になりました。
「テメェら俺を馬鹿にしてんのか? 拉致の言い訳ならもう少し真面な設定を考えやがれ。それともドッキリ大成功のプラカードを持って誰かがスタンバってんのか? だったら何でもいいから早く出てこい。マジで訴えてやるから」
「あの、えっと、何を仰っているのかわかりかねますが、異世界には魔法はないのですか? この世界に存在している力なのですが……」
「馬鹿ぬかすな。よしんばここが異世界だとして、何で貴様らが日本語を話してんだよ。本当の異世界なら言葉が通じねぇはずだろう」
「いえ、我々が話しているのはフロントの共通語です。そのにほん語? とかいう言葉を話している訳ではありません。召喚に用いたその魔法陣には、言葉を相互の精神に伝達する術式が組み込まれているのです。ですから言葉は通じますが、よく見ると聞こえてくる言葉と、それを発している口の形状は貴方が知っているモノとはズレているはずですよ」
「え、マジ?」
周囲の人間の口元を凝視するように観察する男性。やがてその表情は驚いたように緩みました。
「あ、本当だ。いっこく堂みたいになってる。声が、遅れて、聞こえて、来るよ?」
「え? この方式では殆ど時間差はないはずですが……」
「……いや、何でもねぇ。で、俺がなんだって?」
「そうでした。貴方にこの世界を救ってもらいたいのです」
「………は? 何で俺が?」
「何故と申されましても、そういう条件で呼び寄せているからです。勇者の資格があり、実際にその力がある人物を探し出すように設定していました。故に、貴方が了承さえしてくだされば、直後に貴方は世界を救う英雄となれる訳です」
「俺が………勇者だって?」
男性は驚いた後、突然噴き出しました。
「ぷ―――っ! 俺が、勇者!? あははははは、ありえねぇ! 俺が勇者だって!」
「な、何が可笑しいのです!」
「俺は数年間、引き籠って運動もろくにしていねぇような超不健康人間なんだぜ!? それが言うに事を欠いて勇者!? 戦い方なんて知らねぇっつーの! スライムにだって殺される自信があるぜ!」
「えっと、それはつまり貴方は戦士ではないと?」
「ばりっばりの三十路の魔法使いだぜ。なんちゃって」
「はあ。先程、魔法がないみたいなことを言っていましたが……」
「俺がいた業界じゃあ魔法が使えない魔法使いがたくさんいるんだよ。自称魔法使いってヤツ。大半が甲斐性なしのボンクラどもばかりだな」
「つまり貴方はご自身が甲斐性なしのボンクラだと?」
「ああ、どこからどう見ても甲斐性なしのボンクラだろう?」
「………………」
本来なら否定したかったのですが、残念ながら言葉が見つかりませんでした。
人々は困って顔を見合わせるばかりです。
「はっはっ、わかったら帰してもらえねぇか? 俺も忙しい訳よ。色々と」
「や、それはいけません! 条件検索に該当したということは、何かしらの存在能力が備わっているはずです! 貴方には何が何でも勇者になって世界を救ってもらわねばならないのです!」
「強要するようなことじゃねぇと思うけどな」
「仕方ないのです! 我々にはそれしか方法がないのですから!」
「何だ、魔王でも暴れまわっているのか?」
「はい、恐らく。いまこの大陸は、数百年ぶりの魔族の出現で混乱の極みにあります」
「――マジで!?」
自分で言っておいて驚く男性。冗談のつもりだったようです。
「お願いします! どうか我々をお助け下さい! 我々には貴方しかいないのです!」
「男に言われたくねぇ!」
「は……?」
「こっちの話だ。で、本当に俺なんかが勇者でいいのか? 何にもできない自信があるぞ」
「構いません。我々はこの地で語り継がれてきた魔法の力を信じています。それが選んだお方ならば間違いはありません」
「……妄信ねぇ。まあ俺がとやかく言うことじゃねぇが」
そう誰にも聞こえないように呟くと、一転して軽薄な笑顔になりました。
「良いぜ。そんだけ言うなら勇者になってやってもな。もし本当にここが異世界なら、それを見学するのも悪くねぇし」
「――は、はい! 是非に好きなだけ見て回ってください! 我が国は全面的に貴方を歓迎いたしますぞ!」
「んじゃま、自己紹介といきますか」
そういうと、男性はのっそりと立ち上がりました。
「俺は藤岡孝也。三十歳の独身、引き籠り。どうぞ、よーろーしーくーねーっ」
「……………………」
全員はそのふざけた口調に、開いた口が塞がりませんでした。
それに三十歳の勇者ってどうよ、とも思いましたが、誰も口にはしませんでした。
果たして古代の召喚魔法は成功したのでしょうか。もしかしたら長時間の封印で、腐ったりカビが生えたりして何かの不具合が発生しているのかもしれません。
ドーベンバーグの神官たちは不安で仕方がありませんでした。
こんな勇者で大丈夫か?
それは誰にもわかりませんでした。




