わからなくてごめん
翌朝、階下に降りると『死神』がいた。
魔物のオドモダチの『死神』ではなく、リアル人間の『死神』だ。リアル人間の『死神』すなわち、オレとポテタの父親。彼の職業は看護師なのだが、彼が配置された病室には死人が多発するため『死神』と呼ばれている――わけではなく、単に彼が配置されるとその病室は全員死んでいるかのように生気を失うため『死神』と呼ばれている。本人の言によると「新人看護師にセクハラをはたらくオヤジのいるところに配置される(と病院内で噂されている)ため、彼の勤める病院にはお行儀のいい患者が多い」のだとか。
「おはよう、おやじ」
「おう」
夜勤明けの彼は、たくさんの魔物たちに囲まれて気だるい顔で新聞を読んでいた。
そのいつもと変わらぬ様子を見て、
「さすがだな、おやじ」
「なにがだ?」
「いや、さすが。いつも面倒な患者ばかりを相手しているだけあるなって」
「はあ?」
オヤジが首を掻く。
「眠過ぎてお前が何を言ってるのかさっぱりわからんが、ほめてくれていることだけはわかった。よくわからんが、ありがとう」
「うん」
さて、とキッチンに向かいながら、朝食メニューを考える。とはいってもポテタが食べるものは限られているので、その食べられる献立のどれにしようか考えるだけだ。
炊飯器のスイッチを押して、ヤカンをコンロにかけながら、「今朝は目玉焼きにしようかな」と思う。
とりあえず作ったあとに「アレが食べタカッタのに」と言われると面倒なので、ポテタを起こしつつ「目玉焼きでいいか」どうか聞いてこようと二階に向かおうとすると、
「そういや、さっきポテタの先生から電話があったぞ」
「真帆先生?」
「うん、そう。昨夜は遅くまですいませんでしたって言ってたが、お前まさか変な先生に変なことをしたんじゃないだろうな?」
「はあ? 変なことって?」
「そりゃ、親がいない間に男女が密室でやることだよ」
「親がいなくてもポテタがいるし」
「ポテタは何とかなるだろう」
「ポテタにもあの先生にも何とかする気なんて無いし、面倒なことに巻き込まれたのはむしろうちの方だって」
「面倒なことって?」
「そりゃあ、この状況見ればわかるっしょ」
両手を上に上げて、魔物たちを示す。
オヤジの目が汚れたメガネの奥でキョトンとした。
「やっぱり眠過ぎてわからん」
「そうかよ。で、先生なんだって?」
「あ、なんかネットでマジンガーZを見つけたとか言ってたな。この検索キーワードを打ち込んで、動画を探してくれだと。お前、古いアニメに興味が出てきたのか?」
オヤジが書いたメモを受け取って見ると『魔人クショー』と書いてあった。
「まじんくしょー? あ、マジックショーか。ちょっとやってみよう」
リビングのパソコンを立ち上げる。
ちょうどポテタも起きてきた。
「おはよう、ポテタ」
「おはヨウ」
ポテタの後ろから魔王もついてきた。二人一緒に寝て(もし魔物も眠るのであれば)いたようだ。見た感じ、昨日より魔王のポテタに対する信頼度が上がっているようだ。魔王がポテタのあとを素直についてまわっている。
「ぱソコン? ぼくもヤリたい」
「着替えて、トイレに行って、顔をあらってからだな。おにいちゃんが先。ポテタがあとだぞ」
「うン、わかッタ」
ポテタが着替えを選ぶのをオヤジが手伝っている。「今朝は寒いからシャツも着ようか」「うン」
ブラウザのGoogleツールバーに先生が教えてくれたというキーワードを打ち込む。
魔物たちも興味があるのかPCの周囲に集まってきた。妙に密度が濃い。ヤカンのお湯が沸いたのでそれをポットに移してもどってくると、目ざとい誰かがすでに動画を見つけて再生していた。
動画タイトルを見ると、『魔人クショー』となっている。これであっているようだ。
画面を見ると、シルクハット姿の十代か二十代に見える男が画面左手に立っていて、それと対面するように椅子に座った――いや、その妙にごてごてと装飾を施された椅子に白い無地の首が伸びきったTシャツを着た男がしばりつけられていた。しばりつけられているのは男だけじゃない。その奥に明らかに人間ではないモノが金色の首輪を付けられてうろたえている。その様子を見るかぎり、一番この状況に不安を感じているのはそいつだった。
「これって魔物?」
「そうじゃ」
白いひげを生やした、ホビットみたいな魔物が応じる。気がつくと他の魔物が消えていた。PCのそばから消えただけではなく、リビングにいる魔物の数も減っている。
「あ、音量ゼロになっていた」
「そのままでいい。できればあの音は聞きたくないのでな」
「あの音?」
『今から悪魔払いをします』
動画上に文字が出てきた。
シルクハットの男が、動画の中の魔物に近づく。魔物はなんとか逃げようとするのだが、首輪から伸びる鎖に阻まれて、かなわない。
シルクハットの男が魔物に向かって片手を上げた。
すると魔物が苦悶の表情を浮かべつつ、首を押さえる。まるで見えない手によって首を絞められているかのようだ。
「これって魔物を殺そうとしている?」
「そうじゃ」
ホビット風の魔物が応じる。彼自身吐くのを我慢しているようだ。
やがて、魔物が力尽きた。すると魔物の姿は消え去り、シルクハットの男がにこやかな表情で落ちた首輪を拾い上げた。そして椅子にしばりつけられた男の肩をたたくと、男ははっとしたように顔を上げ、周囲を見回した。画面の外から手品の助手のような姿をした女性二人がやってきて男の紐をほどくと、男が立ち上がった。
白Tの男とシルクハットの男が握手をしたところで動画が終わっていた。
「なんだこれ? 手品か?」
「ううン、まもノがシンじゃったんだよ」
いつの間にか近くに来て動画を見ていたらしいポテタがオヤジに向かって言う。
「マモノ? さっきお前もひとりごとで魔物がナンチャラって言っていたよな。マモノってなんのことだ?」