期待を背負った男
第一章
繭那に逢いに行かなければならい。北海道の札幌に十五年の歳月を経て着いた。
繭那の大好きなカサブランカを買い五十分程走ってようやく着いた。
何故あの時・・・悔いても、悔いても涙が止まらなかった。
翔太が勤める会社は温泉街では一見シティホテルにも見える人際目立つ場所に聳え立ちヘリポートも有るスパリゾートホテルで有る。市内近郊の企業の他、本州方面からも利用客の他、中国、韓国、台湾などの団体客も多い集客率の高いホテルだ。自慢の一つに三五〇人以上収容出来るコンベンションホールと180人の大宴会が出来る宴会場が有ることで、一泊会議が出来る事、結婚式もあげる事もできる、この温泉街には珍しいホテルで、大企業からの予約も絶えなかった。
翔太の仕事は、予約係で団体調整、集客アップの為の企画を立てることだった。
繭那と出会ったのは、将太がまだ、新入社員研修の最中で、右も左も解らない時期に繭那の短大の友人達八人が卒業記念旅行で宿泊に来たのがきっかけだった。その頃、翔太はフロント研修でお客様を見るのも怖くていつ何を言われるのが怖くて逃げ出したい思いで一日の研修業務を終えていた。
当然の事ながらいつも、芳川支配人に毎晩のように説教を受けレポート作成中の時だった、フロント呼び出しの電話が鳴り響いた。翔太は犬の遠吠えいや、悲鳴のようにも聞こえた。翔太にしてみれば自分の悲鳴に変わることに気づくことになる事も知らない。それは、一三一六号室だった。
一三一六号室と言えば特別室である。芳川支配人に早速行くように命じられた。何で僕が?支配人が行けばいいんじゃないかといつも不満を持っていた。この支配人中々の狸親父で仕事は部下任せ、尾上社長にはいかにも自分が何でもやっていると言わんばかりにどんなことでも報告し信用をえているのだ。ほとんど無能に近いが世渡りが上手いのだ。たまに余計なことを言っては墓穴を掘っている。従業員のほとんどが、そう思っているのだ。
全く似合わないブランド品を自慢したがる子供みたいな人でこの日もそうだった。
翔太はとにかく一三一六号室のチャイムをおそるおそる押した。何を言われるのか怖くて仕方がない。誰だって初めは嫌なものだし、ベテラン社員も余り関りたく無いのが本音だ。
子供の頃からホテルマンになるのが憧れの職業だった。
翔太がようやく就職できたのは、今年の一月で四月まで研修中で毎日が思い抱いていた華やかな仕事からかけ離れていたのである。
こんな仕事ならと後悔していた。故に仕事が辛く感じるのも当たり前だった。
もう頭の中が一杯である。しかも呼び出しされたのが特別室のお客様だ。
部屋のドアが開いた。部屋に招き入れられた、この特別室にたった一人で宿泊されている。
年も翔太とそう変わらない位だ。一瞬、翔太はこのお客様なら何とか自分でも対応出来ると甘い考えで対応した。
それが一瞬にして消え去った。何?あの今日の夕食バイキングのビーフシチューは!
レトルトじゃない!ふざけないでよ!神戸牛だなんて大嘘よね!レトルトにそこらに何処にでもあるスーパーで売っているようなただの牛すじ肉と違いません!プチケーキも冷凍物でごまかしているんでしょ他にも沢山あって呆れたわ。こんな有名なホテルが客を馬鹿にしてるのかしら!
怒涛のごとく苦情の連発だ。翔太には答えられない事ばかりで、困惑してしまい思わず
部屋から逃げ出したくなった時、あの芳川支配人が来るなり背広のボタンがお腹から弾けそうなくらいに土下座をしているではないか。
これは、日南食品のお嬢様大変不愉快な思いをさせまして申し訳ございません。顔を床に付きそうな勢いで頭を絶対上げずに汗だくに成り只お詫びしている。
仕事が出来ないくせにこんな時にはやるなと感じた。翔太も一緒に土下座をして明日、事の次第を説明させていただくということで取りあえず、その場をしのいだ。
その後お詫びにワインを差し入れた。翌朝ラウンジで賑やかに話をしている八人の若い女性の中に芳川支配人も同席していた。
何故かその中に制服を着た社員もいた。翔太には何故あの場にいるのだろうと思った。
四十歳位だろうか?研修に来て一ヶ月を過ぎているが見たことのない顔だ。
その彼もなにやら楽しそうに話をしている。翔太は気になって仕方がないあの場所にいた俺がなんで呼ばれないくそっ
お嬢様と呼ばれていた方と違う女性が支配人にお嬢様と呼ばれて話をしている。いったい
一三一六号室のお客様は誰だったのだ?またまた翔太は気になってくる。
小一時間ほどで送迎バスに乗り込んで帰って行った。しかしあの美人がお嬢様の雰囲気を出していない。あのクレーマー女こそがお嬢様だと誰もが思うであろう。
翔太も正式入社して予約係りの配属になった。この業界では3年過ぎればベテランと呼ばれている。いつの間にか翔太もその中の一人になっていた。色々な経験を経て自信を持てるようになっていた。今では、クレーマーの対応も手馴れたものである。
芳川支配人は相変わらず仕事をしないで部下に仕事を丸投げしていたが、事、予約のことになると閉口してしまう。売り上げが売店はどうだとか、レストランはどうだとか言っては、従業員を困惑させているが、予約に関しては無知に近い。尾上社長が来館するときには予行練習さながら我々に聞いてくる、翔太はもう嬉しくて仕方ないあの狸親父がこの時ばかりは翔太と呼ばない。
山口主任と呼ぶ。たまらないね、この響と心の中で何時も思ったものだ。
翔太、今晩暇か?振り返ると芳川支配人だ。今日は飲みに行くぞ、お前も大丈夫だろとご機嫌だ。ハイ勿論です。ところで支配人ずっと気になっていたのですが(ほとんど忘れていたが)僕がまだ研修中の時あのクレーマー処理のことですが、確か日南食品のお嬢様の繭那さんではなく、ご一緒されていた方が特別室で彼女は大部屋にいたんですか?それが繭那さんの良いところなんだよといって他に何も言おうとしない。おおよその見当は付いていたがそれ以上は聞かなかった。あの時、一緒にいた四十歳位の男は仕入れ係りの田中主任だった。この男も狸親父と同じく仕事は部下任せ、彼の部下の大野吉江さんも困っていた。しかしこの大野、上司の田中には何もいえない事情がある。毎晩キャバクラに通い詰め、勤務中は机に分刷り帰り、尾上社長が来館された時だけしゃきっとしている。
この人、人付き合いが悪く誰からも飲み会などに誘われたことがない。本人は酒が飲めないとは言っているが大嘘である。
ある日、山口君九月十五日の土曜日だけど、日南食品で研修旅行で約八十六名で宴会宿泊予約入れてくれないかな?と田中が言ってきた、幹事さんは川村絵里さんだからあとは、打ち合わせ宜しく。と、いつもながら田中は宿泊状況を確認せずに受け入れてしまうのだ。
翔太はこの日八件の団体予約がはいっている、客室は空いているが宴会場が埋まっているため田中に、この日は無理ですよといったが、田中はなんとかするのが君の仕事だろと言って後は、幹事の川村絵里さんと詳細をしっかりと打ち合わせしてくれよ。予約は一向に私に宿泊情報を流さないのだから調整するのが当然だろと言って出て行った。
いつもながら困った人だなと翔太はつぶやいた。確かに情報は流していない、直前一週間の情報しか流していない。これには、場合によっては仕入れ係りが困っている。一つ間違えれば大クレームに繋がるのだ。翔太には田中に大きな借りが有った。
日南食品はこのホテルの取引業者を仕切っている大口の取引先で有り社長同士が旧知の仲なのだ。なんとかして、調整しなければならない。そういえば川村絵里?聞き覚えのある名前に少しの時間もなく思い出した。
翔太がまだ研修中の時のあの大クレーマー女だ。日南に就職していたのか参ったなこれは、受け入れる事が出来ない事はどうやっても言えるわけが無い。
しかも、あの繭那さんは南原社長のお嬢様だ。お断りする理由なんて無い。翔太は嬉しくなってきた。早速九月十五日の予約表を確認した。翔太は愕然とした。
八件中七件がリピーターである。この団体様はどうしても調整は無理である。特に団体ともなれば、どれだけホテルにお金を使ってくれるか知れないのだ。その中に新規で横田建設様七十五名は、柊の間にて宴会が入っている予約者は先月中途入社して来た予約の個人客担当主任の北島吉夫だった。彼も某旅行代理店からの転職組みだった。あっと声を出してしまった。幹事名が南原繭那となっている。日南に就職していないのだ。横田建設札幌支店といえば一部上場企業であり、今後にも繋がるゼネコンの最大手であり、関連企業及び、下請け会社を含めると、今後絶対手放せない会社である。そして、建設業以外にも鉄道関連、電気事業、バイオ技術、海洋開発と諸々な業種に手を広げている注目の企業である。よく、北島さん予約取ってきたなと感心した。さすが、元旅行代理店の社員だ。
後で知った事だが、あの、田中が獲得していた団体であった。中々成績の上がらない北島に成績を譲っていたのである。それはともかく田中主任は営業でもないのに取引先以外でもよく団体を入れてくる人だなと感心していた。
翔太は、この調整処理は北島さんにやってもらうほか無いと考えた。
そういえば、確かあのクレーマー女の件の時、芳川支配人、自分は当たり前だけど土下座していたとき彼は、何も言わずに立っていた上我々よりあの部屋を後からでてきたよな、翔太は今更不思議な思いをしたが、さほど、気にする事でもなく、仕事についた。各部署対抗集客合戦というのがこのホテルの恒例行事がある。
必ず仕入れ部が優勝して尾上社長より賞金をいただいている。しかも業者との繋がりが大きいため、業者の宿泊予約はカウントしない。いくら優勝しても集客の出来ない者は社長に烈火のごとく罵声をその社員は浴びなければならない。
大野吉江は必ず田中主任から成果をもらっていた。この恩が有る為彼女はどうしても不満を言えないのだ。
田中から翌日山口君打ち合わせどう?と聞いてきた。翔太はあの件でしたら、予約受け入れ担当者の北島主任にお任せしょうと思っています。
あの件とはなんだい?横田建設の事かな?僕が聞いているのは日南さんのことだよ。確か君に詳細の打ち合わせを頼みましたよね、せっかく南原社長直々の依頼なんだから本当に漏れの無いように煮詰めて下さいよ。翔太は横田建設のことを考えていたので田中に不安を抱かせてしまった。
そして、思い出したかの様に、まさか君、横田建設様を北島さん任せるのですか?彼は個人客担当です、団体担当は君じゃないのかな!普段滅多なことで怒ることのない田中だったがこの日は違っていた。
こっちの身にもなれよ、予約だけ取って後は丸投げじゃないか!畜生。
流石に入社五年にもなるとたいした者だなと言われた。ヤバイ今の聞こえたのか?
今や予約のエースで将来の支配人候補出来る男は違うねと嫌味のように聞こえる言葉だった。まあとにかく一日でも早く打ち合わせ宜しく頼みます。絵里ちゃん気が短い事、君も知っているだろうと言って出かけてしまった。絵里ちゃん?随分と親しいじゃないかクソ狸。
とにかく、チェーンホテルに他の団体を回す事でそしてお客様の了解をえる。ライバルホテルには回せない。翔太は団体予約のところに出向き日にちの変更のお願いに回った。
どこも、そりゃ無いだろ早くから予約を入れているんだぞと何処も快く了解などしてくれない。最後に行った横田建設を出たとき後ろから山口さんじゃないですか?と声を掛けられ振り向くと日南食品の南原繭那ではないか翔太はあの彼女が横田建設で働いている。あのさわやかで明るい笑顔は何も変わっていなかった。
翔太はすっかり日南食品で働いていると思っていましたと言った。いいえ、私は父の会社で働くつもりは全くなくここに就職しました。とっても充実した毎日で仕事が楽しくてと、屈託のない笑顔をみせた。ここではなんですからと、応接室に招かれ今回の予約に至るまでの経過を話してくれた。当社の新規プロジェクト企画にて社内研修を含めて山口さんのホテルの大会議室をご利用させてもらったらどうかと思い企画責任者の建築部部長の戸倉に相談いたしましたら本社の重役も来る事だからと会議後宴会宿泊の稟議を、支店長の熊谷に決済を仰いで頂いたところ、そのスパリゾートホテルグランディに田中と言う男はいないかと確認されたため、部長が南原君、君のその知っているホテルに田中と言う社員はいるのか君は知っているかいと、確認にやってきました。私は、余り知ってはいませんが(余りどころではない)私が短大卒業記念旅行でお世話になったので存じ上げてますとお答えいたしましたところ、実は、熊谷支店長とは同期で当社で働いていたそうです。私もびっくりしました。早速、三日前になりますが、田中さんに当社に出向いていただき熊谷支店長にお会いいただきました。翔太には何がどうなっているのか理解できないでいた。
お二人とも久しぶりの再会だったのかとても懐かしがっておられ、その夜、お酒でもと言う事になり、私も同席させていただきました。これで、本決まりとなり田中さんに予約を入れていただいたのです。あっ、それより申し遅れましたが、あの時は絵里が無茶苦茶なことを言いまして本当にすいませんでした。翔太はとんでもないですよ、私も研修中だったのでどう対応していいのか解らずにこちらこそご迷惑をお掛けした。
山口さん、これからまだ時間ございますか?少しお話がしたいのですが、と繭那に誘われた。
断る理由なんてある訳もない。ずっと気にしていた繭那とこんなきっかけで出会えるとは思ってもいなかった。
翔太のホテルまで四十分も有れば戻れる、そんな事はどうでもいい、残して仕事はいくらでも出来ると自信を持っていた。翔太は唐突に、川村絵里さんはどうして繭那さんのお父さんの会社で働いているのか聞いた。
それはね、私が頼んだのよとだけ言って口を閉ざした。山口さんところで彼女いえ奥様はいらっしゃるの?と聞いてきた。いませんよそんなの。嘘である、温泉ホテルでしかも都心から近いとは言え勤務時間も不規則が理由になるとは言えないが若い従業員のほとんどが寮で生活をしている。そのせいか不謹慎な付き合いは日常の事だった。翔太もその一人である。同期入社のフロント係りの後藤美和という恋人がいる。もう付き合って三年を過ぎている。
繭那さんは勿論恋人はいらっしゃいますよね?と聞き返した。私にはそんな人いませんし彼氏を作る時間もないですし、合コンは苦手ですし、女子会に参加しているばかりですよと可愛らしい、笑顔をみせた。ところで繭那さんお話ってなんでしたか?ごめんね、繭那さんのお話を聞く前から余計なことばかり聞いてしまってと笑った。
実は、日南食品の宿泊が私どもの会社と同じ日だと絵里から聞いたのです。私、実は絵里の事が苦手であのときも、特別室に部屋を取ったのは父で私のためにと用意してくらたのですが私は、皆と楽しみたいからそんな事しないでよ!って、断ったのそしたら、そばにいた絵里ったら、じゃあ私が泊まるよと言い出してその場にいた田中さんが無理に部屋をご用意してくれて、あんな事になったの。絵里は昔から言い出したら聞かない性格だから父もそのまま部屋を取ったのよ。他にも何か言いたそうだったが、繭那は口を噤んだ。なるほどと翔太は思った。あのとき田中主任はすぐ部屋を出てこなかったのか。土下座もしないで、何を話したのだろうとあの時の思いが甦った。
そのことを、繭那は知っているのか確認したかったが、翔太はやめた。
繭那の話を聞いているうちに益々田中の事が気になっていた。あの場にいた?何故なんだ?
それから、互いに他愛もない話をしてアドレスの交換をして別れた。
ホテルに戻ったときは既に午後八時を過ぎていた。
フロント係りの恋人美和が怒っている。食事に行く事になっていたのだ。
翔太はそんな事は頭には無くただごめんと謝って遅れた仕事に戻ったが、繭那の事が、気になって仕方ない。綺麗で可愛い笑顔に酔いしれていた。そして時折見せる寂しそうな目。
そんな時、普段ならとっくに帰っている田中が山口君と声を掛けてきた。どうだった?
予約調整の交渉は?と言いながら笑っている。
翔太はどこも調整できなかったことを言った。
君らしくないな、普段ならそつなくこなしてるじゃないか?未来の支配人候補が・・・
頼むよ、日南食品はとにかくなんとかして下さい。山ちゃん!
何ふざけてんだよ、この古狸がこっちはどんな思いでお客様のところを駈けずりまわってるのかチクショウ!どうせ田中の方から降りなければならないと自信を持っていた。その自信の全てが田中に覆される事を当然翔太は知るはずも無かった。
翌日、尾上社長が来て幹部社員が集められた。相変わらず芳川支配人の慌て様がおかしくて仕方ない。昨日、翔太が戻ったときには既に帰宅していたのだ。午後八時には帰ってしまう支配人はどこを探してもこの人位であろう。しかし、運のいい人だ。社長はご機嫌で宿泊状況、売り上げ、パート従業員の稼働率、調理原価と事うるさい。自分の思い通りでなければ、朱肉、携帯電話、何でも飛んでくる。挙句には退職願いまで書かせるのだ。ヘッドハンティングしてきては、その人材に飽きたら捨ててしまう。利口な人は直ぐ辞めて行く。今いる、古狸達は皆全て社長の言いなりになっていると翔太は思い込んでいる。
その時、田中、例の日南の予約の日オーバーブッキングしていると聞いたがどうなっているんだ。大丈夫ですその件は何とか収まりをつけたので、な、山口君と自分に振ってきた。
翔太も思わずハイと答えるしかなかった。やられたこの古狸に、支配人は満面の笑み、
総務の池田係長もみな良くやったな山口君と、心にもない事を言って笑っている。何故かそのときは、あの田中は笑みひとつ浮かべていない。
全く困った、狸親父ばかりだ。
翔太は益々追い込まれた気分だ。今日こそあの、田中に問い正さないと気が収まらない。しかし、繭那が内緒にして欲しいと言われている事を今は言えなく歯がゆい思いをしていた。
今日は、美和と昨日約束破った事で、食事に行くことになっている。とは言えこんな山郷の温泉街洒落たお店も無くいつもの定食屋しか無い。それでも、美和は喜ぶのだ。
参ったな、何でここに田中主任がいるんだ。普段お酒なんて飲めないといっていたくせに、飲んでるじゃないか?
奥のほうからおーい田中と呼んでいる。支配人の声だ、何だこの組み合わせ?支配人もあいつは付き合いの悪いやつでと言っていたのに。翔太は狸に化かされた気持ちになった。
美和、違う店行こう。狸たちでここ一杯だよ。と言って店を出た。仕方なくクソ不味いラーメン屋に入った。相変わらず不味い。この頃、翔太おかしいよと、美和が言ってきた、俺は何も変わらないよ。だって私の話この頃全然聞いてくれないじゃない。私の実家にいつになったら行くのよ。私たち結婚するんだよね。当たり前だろ!じゃあなんで何時も肝心なところで、はぐらかすのよ!
そんな事ないよ!美和だって解ってるだろ。俺の仕事、予約調整後に翌日のゲストリストを作って、重要事項の漏れが無いか何時もフロント係りとチェックが終わるのが、深夜1時過ぎだぜ。毎日ヘトヘトだよ。そりゃお前は担当の日にしか参加しないからわかんないんだよ!少しは俺の立場を解れよ。クソ不味いラーメンがすっかり伸びて汁も無い。そんな事、私だって知ってます!馬鹿にしないでよ。と、丸い顔がもっと膨らんでいたのを見て、翔太は笑った。何笑ってるのよと美和は言っているが直ぐに機嫌を戻す、楽天家である。
マックに行くか!と、言ってみた。美和は喜んで。そんなのここにある訳ないだろバーカといったら美和も知ってるよ、バーカと言って笑った。結局、一軒だけあるコンビニで弁当を買ってお忍びで美和の女子寮に行った。お忍びといっても皆がしていることで規則違反をしている感じがないのだ。支配人ですら出入りしているのが事実だ。
いつも、美和とはイチャツイテいたがやがて別れる日が来るのを二人は知らない・・・・・・
寝付けない、翔太は田中の事がどうしても気になって仕方がない。
また、惚けるだろうと確信していた。翔太は、翌日田中に会った。田中主任、横田建設の事なんですけど、少しお時間よろしいですか?田中はどうしたんだいと言って席に付いた。どうして、北島主任に成績が伸びない理由だけで譲ったのですか?あ、あれね、俺面倒な団体苦手だから君も、同じ予約係りなら解るだろう、彼この頃ずっと尾上社長に追い込まれてるいじゃないか、私は、ああいうの嫌なんだだからだよ。嘘言えと思った。自分にも尋常じゃない程のノルマが有るではないか。
何を考えていんだろうこの人は全く。でも、確かに田中は与えられたノルマ以上に達成している。これがこの男の強みである事は翔太も知っている。本来自分達が集客を上げなければ成らないのに、本来の仕事をそっちのけでここまでやる理由は何故なんだろう?
翔太はやはり言いたいことも言えずにいた。田中は他に聴きたい事でもあるかい、私はこう見えても忙しいのでね。とにかく、予約係りの成績に成るのだからむしろ感謝するべきじゃないかと嫌味を言われてしまった。こんなくだらない話しをする時間なんて有るのかい君に。その時、会計係の河本信一がやって来た。田中主任ちょっと良いですか?と言って二人で会議室に入っていった。いつもこの二人は必ずお客様がチェックアウト後必ず会議室へ向かう。必ず大きな袋を持って、これは、田中が必ず誰よりも先にお客様アンケートに目を通していたのだ。
どうして仕入れ担当と会計担当が何の繋がりが有るのだろう?と翔太は思っていた。
その時、翔太のデスクの電話が鳴った。あの川村絵里だった。怒り炸裂!どういう事よ!
昨日、お宅の田中さんから電話が有って予約をキャンセルしてくれって、いったいどう言う事なの!詳しい事情はあなたに聞くようにと田中さんが言ってたけど。まるで一方的にな話しで絵里の怒りが収まらない。なんとか翔太は折り返し電話をする事でその場をしのいだ。
翔太に怒りがこみ上げてきた、会議室にまだいる田中をつかまえ、主任どうなっているんですか?今、川村絵里さんからお怒りの電話が有りキャンセルを入れるように連絡したそうですね!説明を翔太が求めた。
だって、君困っているのだろう?調整出来なくて。繭那さんも気にしてましたよこの件はだったら、僕が君の代わりに尾上社長に怒られてやるよ。君は、未来の支配人候補だし私はもう五十歳を迎えるから、出世なんてどうでも良いのですよ。だから安心して下さい、絵里さんには私の方からしっかりとアフターしておきますから。だけど、これ位の事で焦ってるんじゃ心配ですねこの先が、ねえ河本チャン
それなら、さっき何で、キャンセルにしてもらう事にした経緯を教えてくれなかったのですか?
翔太は、興奮を抑えきれないでいた。それはね、悪いけど君を試してみたく成りましてね何の話も出来ずに引いたではありませんか。言いたい事は言うべきですよ、それでこの状況を処理できるだけの気構えが無いと思ったからですよ。随分と繭ちゃんにご執心のようだしね?後々大変な事に成りかねませんので、程ほどにして下さい。山口君、厳しい顔で
横田建設に行って何をして来たのでしょうか?君は?世間話でもして帰って来たのかい?目的は何なのか忘れてしまうような事でも有ったのですか!責任感が無いんじゃないのか!
私の事で何か驚くような事でも有ったのかな?君が知り得た事は本当だよ。
翔太は、何もかも見透かされていた。もう何も言えない、繭那から聞いていた事で、田中をどうにか出来ると思っていた事がいとも簡単に打ち砕かれてしまったのだ。
もう、これ以上ここにいる事が辛くなり会議室を出た。河本はずっと二人の話を聞いていた。田中主任も苦労しますね。先輩があれでは私も困りますと意味深に言った。
何故、田中は誰よりも先にお客様アンケートを気にしているのは、常にプロパーの社員を大事にしたかった。
田中が嫌な事は、お客様アンケートで自分が良く評価されているのを他の社員に見られるのが嫌いな男なのだ、自分の高評価のアンケートは抜いてあくまでも狸でいたかった。
翔太は、こんな時は恋人の美和と食事といってもコンビニしかないが、弁当でも買って、美和の部屋にでも行く事にした、美和と会って他愛の無い話しをして過ごすのが一番だと思った。
おい美和、弁当買って来たぞ!一緒にどうだ、美和は何時にご飯食べるのよ。私、太りたくないからと口を膨らませながらも、結局食べてしまう。翔太と付き合ってから五kも太ってしまった。入社した時は、スレンダーな女だった。
美和に今日の事を話した。いいじゃないの、田中さんが結局責任を取ってくれるって言うんだからさと言った。翔太はどうしても釈然としないでいる。そのくせ、なぜか安堵感を抱いているのだ。何時ものように会話が弾まなく翔太は疲れたからと言って自分の部屋に戻った。携帯を確認したが繭那からの返信はなかった。明日、もう一度連絡する事にした。
一方、田中は何時もの如く業者の接待を受け札幌の歓楽街であるススキノのクラブにいた。並みの社員ならば、明日、尾上社長から叱責を受けるのが怖くて飲んでいられない。この男の一番怖い相手は自分のもう一人の部下の日下の存在がうっとうしいのだ。何と言っても田中はこのホテルに就職をするまで仕入れという仕事をしたことが無い。在庫管理も出来ない殆ど素人である。そのくせ業者との交渉は上手いのだ。
この日下と言う男は、この仕入れ部の古株で田中が入社した時には研修の時良くしてくれていたのだが、田中が仕入れ部の責任者として配属に成ってから、足を引っ張るように成った。田中の承認無しに発注、その都度尾上に叱責を受ける。場合によっては減給もされていた。倉庫にある、酒類など持ち出し、寮の空き部屋を我が物のように使っている。これには、総務の池田も頭を抱えている。無断で休日以外は寮で生活しており電気、水道料寮費も払わないとやりたい放題だ。池田は通勤手当まで払っている事に腹を立てている。注意すれば逆切れされるし困った老人だ。しかし、誰もが嫌がる汚い仕事をやるのがこの日下を辞めさせることが出来ない事情だった。
田中は、もう一年我慢して嘱託雇用が切れるのを待つしかなかった。それは池田も同じ思いであった
又、朝帰りか参ったな、調理場の早出出勤の奴に帰って来るのを見られてしまったよ、そんな事どうでもいいが、俺もタフだよな。さて今日は社長様にどう報告するかなと考えたが、この田中、社長に言い訳染みた話しをするのが最も嫌で、先々を見て判断する男で、社長と一致する考え方とずれたりする。そうやって昔から仕事をしてきた。彼一流の考え方なのだ。冷静に判断した上で指示に従っているそれが、相手にしてみれば、考えもしていない提案を出してくるのだ。それが例えこのワンマンな社長でさえも納得させるのだ。
勿論、彼も入社したての時は相当尾上社長には苦労していた、とは言っても尾上社長自ら、田中にホテルの仕事を全て叩き込んだのだ。
尾上自身、三代目に当たる社長で先代の急死で若干二十五歳で跡継ぎ異業種の仕事をしていた為、相当苦労して此処までに成って来た男で有る、田中の心中も解っていたはずだ。
幹部候補で入社したが退職予定であった幹部社員が退職を撤回して残る事になり、彼の配属先が無く、一年に渡りこのグランディの全てのセクションで研修をして来たのである。皿洗い、大浴場の清掃、夕朝食のレストランホール係り、蒲団敷き、宴会場設定、フロント、フロンと会計、総務、当然予約、など、調理場を除く全ての部署たらい回しされて来た。これが彼の持っている誰にも無い強みに成ったのである。翔太の言うことなど彼にしてみれば、手に取る程簡単な事なのだ。彼は、以前からもっとプロパーの社員を育てないと、我々みたいな外様が出張っていたら社員が育たないよと常々言っていた時期があった。多分、彼なりに翔太を育てたいと思っていたのだろう。
しかし、それがここ一年位で考え方が変わったのか一変してそんな事は言わなくなった。
午前十時過ぎに恒例のように尾上社長が来た。社員誰もが他のホテルに行けばいいのにと願っている。どこで、どんなとばっちりを受けるか解らない。幹部社員は予め予想をして対応しているが、一般社員は滅多に尾上社長と話をする事が無いからだ。幹部社員にしてみれば羨ましい限りだ。早速世渡り上手な芳川支配人がご機嫌を伺うような対応をしている。前にも言った通り翔太のシナリオ通りの内容で話をしていたが、芳川支配人が閉口してしまった。パニックになっている。
それもそのはず、彼はいっかいの調理人から調理長を務めて支配人に登りつめた男だ。その時は、あの田中でさえも協力を惜しまないでいたが何処までも調子にのるため手は貸さなく成っていた。
もう出て行け、謹慎だ!お前みたいな奴の顔など見たくもない、帰れ!と罵声を浴びている。
何もたもたしているんだ!さっさと出て行け!オフィスを出るまで永遠と此れが続く、仕方なく、芳川支配人はオフィスを後にした。
さて、次の餌食になるのは誰かと、翔太は思った。
まさか、自分が呼ばれるとは予想もしていなかった。昨日の事が有るからすっかり今度は田中だと確信していた。えっ俺?確信が外れた。
おい、山口、今後半年間の集客予定と過去三ヶ月の実績評価と、昨年同時期の実績表を提出させた。
今月は、田中が入れた日南食品の団体でお前救われたな。田中に感謝しなさいと上機嫌である。昨年実績比較、過去3ヶ月実績比較、今後半年の集客予定も増加していたのである。
芳川もなんでこんな事即答できないんだ、山口君はどう思う?と問いかけてきたが答えようも無かった。まあいい。良くやってると褒められた。席に戻りなさいと言われホットした。後は、田中が昨日言っていた通りに報告するからと思い安心してデスクに戻った。
次、田中と呼んだ。翔太は仕事に手が付かない。田中は日南食品の件をなんと言うのか?
田中、旅行代理店のJKAのお付き合い旅行で今回、イタリア旅行のチケットを買うことになった。これは、どの旅行代理店からも来るお付き合い旅行だ。事あるごとに田中はそのチケットさばいている。他の系列ホテルで販売出来ない時は、これも、田中が販売してしまうのだ。社長には絶大なる信用を得ているのだ。田中はいつまで販売するのか確認をして解りました。大丈夫ですと答えている。何だ、この自身は良くやるよなと翔太は思った。いっそ歩合の貰える営業に転属した方が良いんじゃないのか!と怒りのような物を覚えた。
田中、昨日の報告の件だが日南食品がキャセンルになった理由をもう一度話を聞かせてくれ。翔太はとうとう来たぞ、爆弾が落ちるぞとほくそ笑んだ。
しかし、何で昨日報告をしているのだ、しかも、さっきまで何と言ったら納得してもらえるか困っていたはずなのに。
実は、一昨日、川村様からお電話が有り、日南食品南原社長がどうしても外す事の出来ない急用が出来まして、尾上社長には大変申し訳ない事をしてしまったとの内容をお聞きしました。その御用と言うのは食品業界の産地偽証問題協議会の総会とかぶってしまい、南原社長はご自分から尾上社長に連絡すると言われましたが私の方で対応させて頂きますのでご安心下さいと言って余り気にされないようにと私の勝手では有りますがキャンセルを承りました。それでも、夕刻迄は時間が取れませんが必ず尾上社長に連絡を入れるとおっしゃってました。
それを聞いていた翔太は上手く時間稼ぎをしているなと思った。田中はすかさず、尾上社長、いよいよ来月十月二十五日から年内一杯恒例の愁悠の膳が始まりますね。私はここに日南食品から宿泊予約頂こうと考えております。今回オーバーブッキングは元はと言えば私が宴会場が既に埋まってしまっている事を確認しなかった事が原因で山口君にはかなりの苦労をさせてしまいました。誠に申し訳御座いませんでした。あの田中が僕をかばうかのように謝っている。翔太は何だか嬉しくなってきた。
尾上社長はあっさりと田中の申し入れを受け入れた。しかし、田中、宴会場は埋まっているが客室が未だ余っているぞ。今回のお前のミスは余っている客室を埋めることで許してやると条件が付けられた。後、二十三室も有る。更に、旅行代理店のイタリア旅行のチケット販売まで有るのにこれには普段から田中に対して嫌な奴だと思っていたが流石に翔太は同情した。
かしこまりました。必ず満室にしますと平然と田中は答えている。この自身はどこから出てくるのかと感心していた。
尾上社長は上機嫌だ、次、北島が呼ばれている。お前良くあの横田建設の予約を取ったな、俺の見込んだ男だ。これからも、予約係を牽引して行ってくれよと言っている。北島も、実際のところ田中から貰ったものだから素直に喜べないでいた。
次、池田が呼ばれた。社員の残業時間超過、パート社員の稼働率、委託会社の稼働率の全てが当月予算をオーバーしている。現場の状況を把握せずと当月予算、年間予算を決めてしまうのだ。集客が伸びている状態であれば出費を抑えてもオーバーするのは当然なのだ
が質問攻めにあっている。尾上は何でも自分の考えた通りに行かなければ気が済まない。
典型的なワンマン体質で有る。池田も、事務所から追い出された。
次、次、次と幹部社員が尾上社長との面談が終わったのが十二時過ぎであった。
いったい、何人追い出された事であろうか?社長室があるにも関らず、尾上はそこを使わない。事務所にデスクを用意して注意深く観察しているのだ。社員にして見ればえらい迷惑なことだ。不規則な勤務のため休憩時間がそれぞれ違うのである。休憩に行くに行けないのだ。早朝から出勤している社員は可愛そうな事だ。
社長が本社に戻った後、翔太はすかさず、田中主任先程はありがとう御座いましたと礼を言った。田中は、君と約束したから守るのが当たり前だよと笑った。それより、あんなにノルマ与えられて大丈夫なんですか?北島さんにもっと頑張ってもらわないと田中主任ヤバクないですか?
それには及ばないよ、何処か当てでもあるんですか?
無いよ、出来ないと初めから諦めるものじゃなく俺は、出来るといつも思うようにしているだけだよと言って出て行った。
翔太は、田中に何故かこの時親しみと恐ろしさを覚えた。
田中は、早速、日南食品に出向き南原社長と会った。
今回の、団体予約の事である。自ら勝手に南原社長が急用と理由付けキャンセルに至った経緯を話し丁重にお詫びを申し上げた。南原社長は納得出来ないでいる、そこへすかさず
田中は、こう話を持ちかけた。どうでしょう実は、今月の二十九日から六日間、社長もご存知のように、又、今年も旅行代理店のお付き合い旅行があります。南原も何度か、尾上社長からの依頼で旅行チケットを買っている。
今回、イタリアなのですが、二名と指定されているのです、どうですか?例の彼女と行って頂けないでしょうか?費用については私の方で負担させて頂きますので。
それで何とか、今回の私の不始末を許して貰えないでしょうか?
しかし、田中君その費用は君が負担するといっても、大丈夫なのか?そこまで面倒掛けられないよ君、心配はしないでください。それには及びませんから!
田中には強力なバックアップ企業が付いているのだ。
そこまで君が言うのならお言葉に甘えて了解したよ。さらに、田中はもう一つ願い出た。
十月二十五日から始まる愁悠の膳、社長もご存知の毎年恒例となっているこの時に予約を入れて頂けますか?この愁悠の膳は取引先に販売しなければならないこれは、田中にとって一番のノルマでありプレッシャーになっている。
社長のところでご愁悠の膳の購入して頂くチケットについては何時もの様に私が他へ販売させていただきますので。その点はご安心下さい。田中は、日南食品以外にも尾上のブレーン企業の販売分は自分で販売しながら業者に貸しを作っている。
ここまで、話しを進められると断る理由が無くなる。業者もこのチケットには四苦八苦しているからだ。
これで、決まりですね社長、尾上社長にふたつ貸しを作れますねと田中は笑った。
そして、今日の6時には社長は本社に戻っていますので、イタリア旅行のチケット購入と来月の愁悠の膳の宴会予約を入れて下されば更に日南さんとの関係が深まる事になるじゃないかと思います。南原はこれら全て受け入れた。田中も中々の策士だなと南原は思った。
南原は約束通り、6時に尾上に電話をいれた。やあ勝ちゃん、おっ辰ちゃんと呼び合う仲である、勝ちゃん今回は申し訳ない後は田中のシナリオ通り話しをした。辰ちゃんいいんだよ、そんなに謝らなくても、辰ちゃんがそこまでして貰えるんだから、感謝するよ。
丁度、俺も辰ちゃんに電話して久しぶりに怒鳴り散らそうと思っていたんだよ。今日は時間あるか?久しぶりにいつもの所に行くか辰ちゃん?
勝ちゃんも相変わらずお盛んだな、辰ちゃん程じゃ無いけどな、そういえば、辰ちゃんのご執心の娘、今どうしている?と聞いた、勝ちゃん君の所の田中君に紹介された娘の事か?いいじゃないかそれは今度話すよ。店辞めたのか辰ちゃん。そうだけどな。まずは何時ものところで八時でいいかい勝ちゃん?了解したよ。何時もの小料理屋で飲んで行き付けのクラブに行った。
しかし、勝ちゃんお前出来る社員がいて羨ましいな。
うちなんて、社員定着率が悪くて困ってるよ、少し鍛えているつもりで厳しくしているのが悪いのか、中々厳しいよ。
いや、勝ちゃんの所の、あの田中君は今までの仕入れの責任者とは全然違うタイプだよな。
あいつは、過去の経歴を見て仕入れ管理なんてやったことの無い男で俺は、なにも染まっていないあいつを育てたくなってね。ある時なんて、お前驚きだよ、在庫とは何だ?と聞いてみたら、想像外の答えを言うんだよ。なんだい。驚くなよ。ん。
在庫とは、倉庫にある物ですと言ったんだよ。俺怒ることも出来ずに俺らしくも無く親切に、教えてしまったよ。あれには、笑ってしまってね。すっかり本人も赤面していたよ。
そのときに、俺は、確信したんだよ。こいつは営業は間違いなくトップクラスになるのは、間違いない。ならば仕入れ部に入れて上手く使えば、取引先の折衝は他の者が出来るから、辰ちゃん達が最も頭を悩ませる交渉に使えると判断したんだよ。それがずばり的中してね、なるほどねと、南原はうなずいていた。
あいつは、入社して一年はかなり苦労してね。いくら仕入れは他のものにと言ってもそうは行かないだろう。あいつなりに勉強したようだな。
うちの会社にも田中君みたい社員がいればいいんだがな、何言ってんだよ立派なジュニアがいるじゃないか。まだまだだよ。
そこに、二人のホステスが席に着いた。他愛のない話で盛り上がり、何時ものように持ち帰りになった。おい、辰ちゃんお前良いのかよ。俺、明日早いしこの頃、繭那がうるさいんだよ。南原は長年連れ添った妻に先立たれていた。
だけどお前、繭ちゃん家から独立したんじゃないのか?いやいや、最近俺の事が心配だからって戻って来たのだよ。いつまでも、親離れしなくてね。大嘘である。
そうか、繭ちゃんに心配掛けるなよといって、尾上は一人持ち帰りした。尾上の妻は東京に住んでおり、尾上は自由な身なのである。実際は、奥方に別居されている。
いやいや、今日も社長様がやって来ましたよ。と、謹慎中の芳川支配人が言っている。
何時ものように、各部署の責任者達が罵声を浴びている中、田中だけは尾上と談笑している。田中にとっては予定通りのシナリオだった。
田中、イタリア旅行と同時に日南の愁悠の膳にて八十六名で同時に決定させたらしいな。昨日、南原社長から連絡があって、そう聞いたぞ。その調子で頼むよ。今年は、愁悠の膳の宿泊券2千枚やれるな!田中は、この時が一番嫌な時期なのである。業者にはチケットショップ田中と嫌味を言われている。そんな事はなんにも気には留めていないが、年末に向けて、企画した宿泊企画にお客様に参加をして頂きその景品を用意しなければならない。それも、業者から集める。又、おせち料理の販売も業者に販売、福袋の予約販売全てが業者に依頼しなければならないからだ。極め付けには、これだけ業者を泣かせた上に、十二月初めには、業者会といって、百八十人以上の宴会を組まなければ成らないのだ。
こればかりは、田中も苦労している。
翔太もあれ依頼田中信者にすっかりなっていた。僕に出来ることは無いかと考えていた。そういえば、繭那さんから一向に連絡が無いことを思い出した。
担当の、北島に確認したが、何も連絡が無いといっている。翔太は無性に腹がたった。北島さん仕事やる気あるんですか!
担当なら、詳細の打ち合わせしなければならないんじゃないんですか!
あれは、田中さんの物件だからすっかり田中さんがやっていると思っていました。翔太はふざけた事を言うなと事務所中聞こえる様な大声で怒鳴り散らした。あんた、これ以上田中さんに甘えるのもいい加減しろよ。あんたが出来ないなら、僕がやります。その代りしっかりと、個人客を集客して下さいよ。田中さんは、あの一件で九月十五日の空室を埋めなければならないんですよ!本来ならあんたがやらなければならないんじゃない事だろ。田中さんは、今、大変な状態って事位あんたは解らないのか!と言って事務所を出て行った。
これには、他の社員も驚いた。あれだけ田中を非難していた翔太がと・・・・・
翔太は、横田建設に行く事にした。あの北島には任せて置けない気持ちと、繭那に会いたっかったのだ。
早速応接室に通された。翔太はすいません、あれから一週間も過ぎてしまい何の詳細の打ち合わせに来なかった事を詫びた。繭那は驚いている、山口さん打ち合わせの事でしたら三日前でしたか田中さんが見えられてもう打ち合わせは済んでますよ。と言っている。
後は、確定の人数をご連絡する手配となっていますけど。翔太は何が何だか解らない、どうなっているんだ。又、余計なことをして全くあの人はと思っている時、繭那が実は当社の支店長の熊谷と田中さん同期で当社で一緒だったんですよ。前にも言いました通り御社のお話しをした事で、熊谷支店長が当社に田中さんをお呼びになり、その時に全て打ち合わせなされたのです。私の方こそごめんなさいと繭那は頭を下げた。翔太は、取りあえず更に煮詰めていく事があればと思い来たのですと言った。詳細を確認させてもらったところ完璧な打ち合わせで有った。問題ないですねと言って帰ろうとした。
山口さん、そういえば日南食品キャンセルになったんですって。絵里から連絡が有ったのよ。又、絵里が怒って電話を掛けて来たのかなと思ったんですけど、予想と大違いで何だか、キャンセルになったことを喜んでいるのよ。私も不思議に思い絵里にあれだけ楽しみにしていたのにどうしてなの?と聞いたんですけど内緒と言って教えてくれないのよ。
全く、本当に自分本意なんだから、と笑った。私も当日絵里に会わなくて済むので安心しました。と言って又笑った。
暫く談笑をして、翔太は又来ますと挨拶をして帰った。
帰りの車中で田中の事を考えていた。田中さんすごい会社にいたのにどうして辞めたんだろう?あれだけ仕事出来るなら、熊谷支店長と何かあったのかな?いや、それならうちの
ホテルは選ばないだろう。
それはどうでもいいか、会社に戻ったら打ち合わせの事確認しなければならないのだ。
又、先走りで迷惑を蒙るのはこっちだからな。途中、美和の大好きなハンバーガーを買って帰った。
美和が口にする時はすっかり硬くなってるけど、まあいいか!
早速、美和に届けてた。喜んでチンもしないで食べている。無邪気な子供の様だ。
おい美和この頃さ、また増加してないか?何が、お前の体重だよ。翔太、女はね少しポッチャリしていたほうが可愛いっていたのは誰よ。あんたでしょ!私は無理してるのよ。
(この嘘つきが)そうだったっけ、悪い悪い。でもさ、ちょっとその辺で良いんじゃないか。
美和は丸い顔を更にふくらませていた。じゃ俺仕事に戻るわ!今日空いてる?無理といって部屋を出た。美和は今日、遅出で夜勤になるのに馬鹿だな自分のシフトも忘れているのかあいつは、食う事しか頭に無いのかと半ば翔太も呆れていた。
オフィスに戻ると丁度、田中が珍しく席についてパソコンを見ていた。田中主任ちょっとお時間有りますか?と翔太は尋ねると全然空いてるよ。暇で困ってたところさ。
なんですか話は、田中主任、横田建設の事なんですけど打ち合わせして来てたんですね。
そうだけど、何か問題でも有りました?私、また宴会場ダブらせたかな?いいえそうじゃなくて
僕、今日北島さんが横田建設の打ち合わせ今まで全くしていないと聞いたので、こんな大口で、リピーターになるかも知れないところですから、幹事の南原繭那さんに会って来たんです。そしたら、主任が三日前に来て全て詳細をまとめていると聞いて、僕恥ずかしかったですよ。何で教えてくれなかったのですか?
山口君、今、団体獲得で忙しそうだったし、北島さんじゃ役に立たないと思いっていた時、丁度、繭那さんから電話が有って、支店長が私に会いたいから何とか都合つけて来てほしいとの事で行ったんですよ。余計な事をして悪いと思ったのですが言いそびれて申し訳ない。後で、詳細確認しておいて下さい。私、チョンボしているかもしれませんし。お願いします。
それより、田中主任、あの横田建設にいたのですね。驚きました僕。あのゼネコン最大手に、ええいましたよ。それがどうかしましたか?熊谷支店長と同期だったそうですね。そうですけど、あいつとは、大学で同じ建築工学科卒業で腐れ縁ですね。ここで、再会するとは思いもしませんでした。実際は二人には将来の夢が有りコンタクトは常に取っていたのだ。あの繭那も知っていたが何れ参画してもらう為極秘にしていて貰っている。
失礼ですけど、どうして退職されてこんな、何にも無い温泉名所でもないところに来たのですか?山口君、自分の働いている会社を恥じているのですか?と聞き返された。。
そうじゃないです。田中主任なら横田建設で出世してたんじゃないかなと思いまして、
余計なお世話ですよ。私と、熊谷は進む方向が違っただけなんだよ。
良かったら教えて頂けますか?
田中はなんのためらいも無く話し始めた。
あれは、丁度山口君位の年だったかな、当時あの業界では、技術後進国今では新興国に成った中国、ブラジルなどに山口君も多分良く知っている協和製作所とともに、
当時の、日本の技術指導する事業が有りましてね。新しく海外事業部が設置されたのです
があれは、技術屋に取ってみれば墓場みたいなものなのですよ。
それは、2年も3年も行く事になると、日本の技術はもっと先に進んで。そうすると、我々が日本に戻って来ても使い者にならなく成るんですよ。
そこで、私と、熊谷が海外事業部に異動を命じられまして私は、あっさりと断ったんですけど、熊谷は受け入れまして。彼も家庭の事情があって断れなかったんだと言ってましたが。私も、同情したなあの時は、結局あの時代は特に大手企業は転勤など拒否した者は、出世コースから外れるし、一流大学出ても窓際族になるんですよ。当然私もその口に成りました。
熊谷も運よく一年で本社勤務に戻り、技術畑から営業職に配属になって、頑張ったんだろうな、それで今の、取締役札幌支店長になったんですよ。私は、熊谷が戻る直前に、会社を辞めて転職をしたんですよ。しかし、世間は甘く無いんですよ、どの企業の人事担当者から言われた事が、君は甘い!あんな大手企業を簡単に辞めた事を非難されるんです。
君と、同じく志を持って入社したかった若者がいたはずだ。
その、若者たちは縁無く横田建設に採用されなかった。そんな事を君は考えた事があるのかとね。私にして見れば、何も知らない所詮中小企業のやっかみとしかとらえられなくてあの頃は、それから、ここグランディに就職させて頂きこの業界で、色々な事を学ばせて貰っている最中なんですよ。技術屋は頭が固くてもう毎日が大変でした。
まだ、説明不足ですか?翔太は設計の仕事はなんでしないのですか?と聞いた。
田中は、痛いとこ突きますねといい又、淡々と話し始めた。折角かっこいい話で終わらせたかったけど、仕方ないな言いますか。今じゃ札幌駅北口が栄えているでしょう。昔はメインは南口だったんですよ、北口は殺風景で。札幌市と、副都心開発機構によって、一大プロジェクトが組まれて、今の北口が有るのですよ。あの時、工事金が赤字でもどのゼネコンが落札しましてね。
当然、横田建設も当時の社長、野田さんからの絶対落札する事とおふれが出てましてね。
大赤字の工事を落札したんですよ。ほとんどのゼネコンは泣いていましたね。赤字覚悟の工事しかも、ゼネコンは多くの下請け企業無しでは成り立たないのです。下請けを倒産させる訳にはいかない。ゼネコンは人夫を雇えない為。多くは、下請け又その下請けからやってくる。彼らの生活も守らなければ成らない使命感というものが、ゼネコンには有りましてね。
考えてみて下さい、どれだけの人が工事現場で働きそしてその家族がいるかを。山口君には計り知れない数に成ります私にも解れません。
資金繰りが悪くなると銀行では融資しない為、ゼネコンで資金援助の面倒まで見ていた時代でした。
会社の、経理、事務、工事長、現場の所長、そして設計士、全員で少しでも赤字を減らす為に実行予算を少しでも削る様に皆懸命になっていました。私は、その時の設計担当だったんですよ。どんなに赤字工事でも世間は知らない。知っているのは役所と我々だけです。
一大事業ともなれば、誰もが注目します。そして、工期も長いどうであれ会社のメイン工事なのです。
それぞれの部門も赤字削減をして来ました。設計部も勿論です。止む無く設計の手抜きですよ。
鉄筋の数を減らしたりしましてね。それが会計監査院に見つかってしまいましてね。
横田建設は指名競争入札停止3ヶ月となり、大ダメージを受けてしまいました。
その責任俺はまだ、設計担当者といっても、上司がいる私までは責任の追及はないと思っていましたが、むなしく滅び去った、これが私の経歴です。ついでに言っておくと、私の集客団体よく調べて見てください。
山口君が、何時も不思議に思っている事が解決できると思います。大体こんな所ですね、それから忘れずに横田建設の詳細確認して下さいと言って、又、パソコンを見ていた。
翔太は、田中主任には苦労して来た人だと少し同情した。
早速、団体状況とその詳細を確認をした。日南が消えている。しかも、横田建設の当初予定の人数が七五名から一六五人となっているのを見て漠然とした。
この、ホテル最大の宴会場の収容出来る一八〇名のところに、しっかりと横田建設が入っている。
更に、驚いたのは、飲み放題コース通常三千円が、このホテルの相場であるが、四千五百円、コンパニオン三四人も既に手配済みとなっていた。お膳は特別壊となっており、単価一万八千円の料理ではないか。当然朝食バイキングは最大収容出来るコンベンションホールを使用となっている。そして、当日からの従業員の配置から導線まで細かく記載されており、後は、部屋割り表を横田建設から届くのを待つだけの状態になっていた。そして、担当は北島から山口に変更になっている。何もかも抜け目の無い詳細になっていた。
当然、空室も残り五部屋になり他は、横田建設で押さえて有った。通常五部屋程残すのが常識である。付帯事項に、二次会は幹部社員四十三名で、ナイトクラブ二時間貸切で押さえコンパニオン十名、飲み物指定となっている。とてつもない総売り上げ予想に成っていた。翔太は、田中の怖さを感じた。尾上社長のノルマを達成した上で担当を俺にするなんて事は普通じゃ出来ない。本人の成果にしたいはずなのに、翔太は、この人は、初めから何もかも、ホテルの仕事を熟知していると感心した。それもそうだ一年もたらいまわしに、誰も知らない仕事までこなして来た事を翔太は知らない。
その時、まだ珍しくも田中はパソコンに向かっていた。詳細確認の報告をしょうと思ったからだ。田中のデスクに近づいてパソコンを覗いてみると、ゲームに熱中していた。
翔太は、黙って席に戻り、明日の打ち合わせの準備を始めた。
いよいよ、九月十五日がやって来た。流石に、この日の朝のミーティングには普段顔を出さない田中もいる。心配なのであろうと翔太は思ったが、目をつぶり意見ひとつも言わない。
人員の配置、仲居の責任者の佐藤明子、サブに米村圭子、宴会場責任者の須田孝司とサブに田村浩介そして、料理長の中島祐三、レストラン責任者江藤潤、フロント責任者高田康之、テナントのナイトクラブマネージャー黒田宏、フロント会計河本信一がそろって、横田建設の対応等の打ち合わせを翔太が中心になって行っている。
その中には、芳川支配人もいたが全く的の外れた事ばかりを言って打ち合わせが進行しない。彼の頭の中は全て、宴会飲み物の売り上げを上げる事しかないのだ。
横田建設においては、これ以上何を望むのか充分であろうと全員が思っていた。
今まで、黙って聞いていた田中が、支配人売り上げは飲み物だけではないじゃないですか?
この、ホテルで有名な物はなんですか?
芳川は理解出来ないでいる。温泉饅頭じゃないですか。市内からわざわざ、饅頭だけを求めて買いに来られているお客様がいるんですよ。そこに少し着眼してみては如何ですか?
これだけお金を落としていって下さるお客様にあれもこれもと、何時ものように販売しようとしたら、嫌われ、今後に繋がりませんよ!
饅頭屋にはいつもの、三倍を作るように私が手配しております。そんな事をしてお前売れなかったらどうする。支配人も矛盾したことを言いますね。葉簿、嫌味にしか聞こえない。
いままで、どうですか?この団体にはこの酒を売ると決め付け何も売れずに今、支配人の思い込みの為に仕入れ係の倉庫はその在庫の山ですよ。誰がこれ責任取るのですか?私ですか?田中はいつに無く仕入れ部の事を出している。全く仕入れについては部下任せの人が支配人が言葉を失う事を並べ立てている。すっかり芳川は黙ってしまった。
ようやく、打ち合わせが進行できた。ではこれで今日は大変な一日になりますが皆さん宜しくお願いしますといって翔太は打ち合わせを終えようとした。
会議室内に、田中の罵声が響き渡った。
なんで、この場に総務の池田係長がいないんですか!人繰り、派遣業者の手配は山口君、君、池田係長の方から聞いているのかい!これじゃ打ち合わせにならないんじゃないですか!何が売り上げですか!
漏れのないようになんですか!こんな間の抜けた会議に時間を取って。山口君は会議終わらせるつもりですか?確認しているなら、ここで内容と導線をどうするか言って下さい!
翔太は池田係長に何も言っていなかった。すっかり有頂天になって肝心な事を忘れてしまっていた。やはり、私の思った通りだ。直ぐに池田係長を呼んで下さい。山口!田中の独壇場だ。支配人は、相変わらず黙っている。
程なくして、池田が会議室に来た。悪いですね池田係長、予想通りでしたよ。
この、無能な集団人員全く頭に有りませんでしたよ。私には全く理解が出来ないんですよ、他の団体の手配は完璧なのに、最大な団体の人員手配、導線が全くなされていない、呆れました。
池田係長に、横田建設の詳細を渡して、人繰りをしておいて貰って助かりました、今日は池田係長完璧ですね。たった今、派遣会社と打ち合わせが終わり安心していたところだよ。
だけど、田中さん凄い罵声で事務所の連中もびっくりしていたどころか、尾上社長もいて、驚いてましたよ。そうですかと田中は尋ねると尾上社長俺も田中に爆弾落とされたら困るなと言って帰っていきましたよ。
山口君、後は、池田係長に会議の進行を任せて、私に付き合って下さいと言って強引に連れ出した。
山口君、何だ今日のミーティングは!
田中の怒りは収まっていない。一週間も前からとことん漏れの無いように打ち合せしていると、私に報告していた!何だい今日の間の抜けた打ち合わせ、それでも、この団体の責任者なのか!翔太は、田中にとっては言い訳にしか聞こえない事を言った。
だって、人員手配は総務の池田係長の仕事じゃないですか?池田係長も人件費の予算があるんですよ、知らない訳無いですね。この日は、社員総出で対応しても間に合わないそのためには、どうしても、派遣会社に人員手配を最小限に依頼しなければならない。山口君が池田係長に、丸投げした事で、何とかして手配をすませて、詳細の打ち合わせと、人員の導線方法を終わらせて今戻ったんだよ。
実はですね、ここのところ、団体のお客様からのクレーム内容を確認しました。全てが人員の手配が不備で、お客様の求めていることに気がつかないと、池田係長と分析したのです。
翔太はいつの間に、この二人はそんな事していたんだと思った。何が支配人の言う付帯売り上げですか。あの人のお陰で君達が苦労して獲得してきた団体のリピート率が低くなっているのは、気持ちよく過ごしたい、ゆっくり酒でも飲みたいはずなんだよ。そんなところにしつこくこく、客室に仲居さんたに注文取りをさせている。山口君が客だったらどう思う?
夕食のレストランバイキングもそうです。スタッフに何で売れないと、毎日怒っていますね!
あれも、同じですよ。売れないなら自分で売れる見本を示せば良い。いつのまにか田中の愚痴に変わっていた。なんで、あの会議の場で皆が支配人の言っていることに異論を言えないのですか不思議です、このホテルがこんなことじゃ尾上社長の不安になるのも私は、理解できる。私は、君に何度も言って来ましたね。信念を持って、先々を読んで言い切って欲しいと。
言い切ってしまうということは責任が有るから人間はやるんです。
私は、いつも、君のフォローをするつもりで全て池田係長に人員の手配を先行して依頼しておいたんです。あの時も言い切って欲しかったんです。ところで社員は全員出勤になっているんでしょうね?はいと翔太は答えた。実は、美和だけがどうしても都合が付かず出勤出来ない事をかくしてしまった。それなら、大丈夫ですね。ハイ。ミーティングにもどってもう一度打ち合わせをやり直してください。私はもうあの場に用事は無いから出かけます。それと、明日の朝は、山口君、饅頭屋のハッピを着て店頭に立って下さい。
翔太は全く理解出来なかった。
なんて、お粗末な事をしたのだろう、一番大事なことを人任せにしたうえに確認も取らなかった新入社員でさえ注意している事すら抜けてしまったのだ。自分を恥じた。田中さんには何時も、見透かされているのを痛感するどころか、このグランディでは一番何もかもが解っている人だった。今まで、何もしない狸と思っていた事を反省した。
あらためて、ミーティングルームに翔太は入った。取り仕切っていたのは、池田係長だ。
翔太はただ、黙って聞いているしかない。各部署からの社員の配置、誰がどの宴会に入る等、ほとんど決定していた。美和は横田建築の宴会場の仲居をやることに成っている。
社員総出だから、どこに入れても異論はないが翔太は美和が休みである事をこの機会でも
言えないでいた。フロント会計の河本が、今日、後藤さんまだ出勤していませんけど大丈夫ですよねと、翔太に確認を求めた。フロントは営業部管轄で翔太の予約も営業部なのだ。
翔太は、後藤さんは昨日、遅番なので本日も遅番になっています。
それは不味いでしょ、と河本が言ってきた。
他の部署の人達は今日は昨日遅番でも既に皆さん出社しています。このミーティングが終わったら、それぞれの担当ごと打ち合わせをしなければならない事ぐらい山口さん解ってないのですか?全く甘い人です貴方わと後輩にまで攻め立てられた。本当にまずい、美和は横田建設の仲居のヘルプ要員になっている。仲居だけの打ち合わせではなく調理場とも打ち合わせをしなければならない。一人として欠かす事ができないのだ。配膳の順番から料理出しから、個人の受け持ち人数もぎりぎりの為、誰もフォローに入れない。ただでさえ調理場職員は厳しく、敬遠したくなる独特な雰囲気のところだ。ホテルの評価も料理次第で下がってしまう、折角端整こめて作った料理が、ほんの僅かなミスでも許されないのだ。何してるんですかと又、河本の声が聞こえた。
さっさと、後藤さんに出社するように連絡をして下さい。今日は、尾上社長も来る事に成っており終日張り付くと気合が入っているそうです。
池田は後は、それぞれの担当者で打ち合わせしてください。仲居頭の佐藤明子にはくれぐれも普段以上に苦労すると思いますが宴会場のフォローを頼みます。トラブルが起きた時には、私と、田中さんに連絡して下さい。と言い残しミーティングルームを後にした。
まだ、聞こえている河本の声だけが、山口さんあなた横田建設の担当外れた方がいいんじゃないのですか?こんなに、時間を費やして、もっと時間を有効に使っていれば多分このミーティング詳細漏れは沢山ありますよ。いつまでも田中主任に甘えるのもいい加減にしてもらいたいものですねと言って出て行った。翔太は何も言えないでいた。顔を上げると真っ赤な顔をした芳川支配人がテーブルにいた。田中の発言以来沈黙したままだった。
翔太は直ぐに美和に電話をした。
留守電の状態だ。部屋に行ったがいない。美和こんな時にどこに行っているんだ!
しかし、自ら招いた事に腹を立てる不甲斐ない自分がいた。後輩の河本にあんなに迄攻められるのかたまらない気持ちになってきた。
その時、田中がおい、山口君、君の彼女どうしたんだ。病気ですか?あえて、田中は美和と出くわした病院は言わなかった。翔太は全く知らなかったが、そうなんですどうやら昨日から風をひいてこじらせたらしく、今日どうしても休みたいとたった今連絡が入ったところで僕、どうしたら良いのか困ってしまい田中主任に相談しようと思っていたんですが・・・
田中の助言に期待をしたがあっけなく崩れてしまった。
知らないよ、君がまいた種の始末まで私にさせるのですか!ふざけた事ばかり言わないで下さい、今まで何度も怒られたが、顔までもが怖い顔をしている。今まで、怒っていても表情は穏やかなのに、何かが違うのだ。
翔太は直ぐにホテルに戻り、池田係長に嘘の報告を田中に言った通りに報告したが、池田も田中同様に自分のまいた種の始末を上司に頼むのか。どこまで、面倒を見てやれば君は気が済むのかと攻め立てられた。
もうどうにも成らない、翔太は堪忍して河本に詫びた。
もういいですから何とか対応しますので、山口さんはこれ以上皆さんに迷惑を掛けないように仕事に専念して下さい。
種まきばかりが男の仕事じゃ無いですよと付け加えられた。種まき?
担当セクションの打ち合わせが全て終了したのは午後一時三〇分を過ぎていた。三時から続々と団体客、個人客がやってくる。玄関前のスタッフもいつに無く緊張している。
尾上社長がずっと、ロビーで社員の動きを見ていたからだ。さすがに、ロビーでは雷は落とさないが、何か有ったら後が怖いのだ。
芳川支配人は相変わらず何時も通りただそわそわしている。お客様に何か聞かれても何も回答ができない上、尾上社長までいるから尚の事である。あえて、お客様のいないところに行こうとしている。とうとう、芳川は尾上につかまった。おい芳川お前もういいよ、調理場に戻って下働きをしろ!
お前がここにいると皆に迷惑を掛けるだけだ。皆が大変な最中お前のフォローなんて誰も出来ないからな。この一年俺はお前を見てきた全ては俺に責任が有るんだよ。所詮お前は口先だけで、内容がない事に気が付くのが遅かった。悪い事をしたな!
中島料理長には話しはしてある。絶対に過去料理長であっても遠慮は不要、ご飯場の飯炊きからやらせる事と包丁は握らせるなと。お前、酒、タバコで味を決められないだろ。
それが嫌なら今すぐ、辞表を提出してくれ。お前の変わりはいくらでもいるからな。
田中はラウンジにいた。無料コーヒーチケットをウエイトレスに渡して話しをしている。
尾上がその田中の元に行った。田中お前何しているんだ?
今日は間違いなく個人のお客様にご迷惑を掛けるのが予想されます。団体が一気にチェックインしてきた場合、個人のお客様のお部屋までのご案内の対応に遅れが生じます。その中には隠れVIPの方もお出でになられます。VIPでなくても、案内の遅れに苦情が殺到します。その間ラウンジにて待機をお願いして少しでもお怒りを軽減出来ればと、勝手な事をするようですが、お許し下さい。何か有ってからでは全て後手に廻ってしまいます。解ったと尾上は許可した。それからお前、明日の饅頭とんでもない数を発注していると、聞いたが何の根拠が有るんだ。田中は平然と答えた。根拠など有りません。
根拠が無くて売れるのか!何時も言っている事をお前忘れたのか?根拠の無い発注は絶対許可しないと!
必ず売れます。尾上社長は自分のホテルの商品に自身を持てと何時も言われています。私は、むしろ欠品するかと心配している位です。
田中の自信には尾上も負けた。但し、売れ残ってしまった時はお前が全て引き取れ!とやむ無く受け入れた。
それで、饅頭屋だけでは販売できないぞ。はい、担当は山口が付きます。
山口?あいつは他にしなければならないことが沢山あるだろ。その点は人員確保済みです。彼には、これ以上、他の社員の足を引っ張らせたく有りませんので。
一四時過ぎからチェックインが始まった。個人のお客様がそれぞれ、入館され順調にお部屋までご案内が出来ている。
やがて、大型バスがそれぞれの団体を乗せてやって来た。ロビーは団体客で埋め尽くされていった。その中に個人客も混じっている。フロント及び案内係は団体対応で右往左往している中、おい!何時に成ったら部屋に入れるんだ。と個人客が怒り始めた。
田中は、皆様お疲れのところ大変お待たせいたして大変申し訳御座いません。どうぞ、こちらのラウンジでいま少しお待ちいただけますかと、ラウンジにご案内している。今日の宿泊客は殆ど団体のためラウンジはすいている。
一通り後案内して、ほんの少しの間こちらでお好きなお飲み物をお飲み下さい。本日は、大変ご迷惑をお掛けしているのでサービスさせていただきます。同じように次から来るお客様にも対応していた。エレベーター八基稼動させていても、早々とは進まない6階から14階迄団体が占めている。エレベーター誘導係りもどうする事も出来ない状態になっている。
ここで、一つの導線のミスを犯してしまった。団体客からもクレームが出ている。そこへ田中がやって来るなり、各団体の調整を始めた。手際よく6階から8階までのお客様は1号機等々団体別にエレベーターを称させるようにエレベーター係りに導線を引かせ、ようやくおちつかせた。素早くラウンジに戻り個人客の部屋案内が始まった。これみよがしにビールをのんでいたお客様もいた。
幸い、横田建設のチェックインはアーリーインで既に入館しており、グランディ自慢の大ホールにて新工法開発会議が既に始まっている。ひと段落して田中は大ホールを舞台袖から覗きに言った。田中も一級建築士だ気にならないわけが無い。その時、熊谷と目が合った。
熊谷が席について会議を聞いていろという合図であった。田中はそれに従い後方でスクリーンを見つめていた。この時は調理場は仲居達と戦場になっている。料理長の怒鳴り声と仲居達のそれに対する反応で一杯だ。ヘルプの仲居はどうして良いのかわからずにただただ、マニュアル通りにしか動けない。今度は、芳川!と大きな声でなんだこの飯は柔らかすぎる!お前の好みでやっていた時代は過ぎているんだ無駄にしやがって、他の者に変われ!
お前は、宴会場に言って設営の手伝いをしてくれもう必要ない。それといいか、小宴会場だぞ!と付け加えた。芳川は宴会場の設営さえ料理長時代一度も見に行ったことがない。
やはり、ここでも使いものにならなかった。芳川の行くところがない、それも今までの仕事のつけが、ここに来て起きているのだ。
横田建設の会議が終わったのは17時である。
宴会は、一九時から二時間の予定になっている。皆それぞれ、温泉に入ったりくつろいでいる。田中は暫くラウンジで熊谷と談笑してから、宴会場を見に行った。大宴会場は大慌てで設営を進めている中、宴会係の主任須田をつかまえて、横田建設の宴会が終わったら、ここを明日のレストラン会場に切り替えるように指示を出した。この件については今日の打ち合わせではなかった。
須田は、何故か確認した。個人客はレストランホールで充分対応出来る。
レストランスタッフから、三人応援にまわす。七組の団体を入れたいと思うができるか?
うちの、スタッフと会わせて十人になるので大丈夫です。幸い、この宴会場の近くに、もう一つの調理場があるから、そこから提供してもらえるように調理長には頼んでいるから、大丈夫だよ。須田は承諾した。やはり、打ち合わせの漏れが有ったかと田中は思った。
よし、次は大ホールだ、ここは横田建設が利用してレストラン食、部屋食の客がウェイティングしないように、臨機応変に対応する事にする。
宴会場と、ホールの切り返し作業が終わったのは深夜一時を過ぎていた。
横田建設の二次会はナイトクラブと、一番大きいカラオケルームをVIPルームとして、コンパニオン四名を入れた。田中は熊谷の誘いがあってこのVIPルームにて飲食をしていた。熊谷がまさかお前が設計と全く縁の無い仕事で活躍をしているなんてな、と感心している。馬鹿いっているんじゃないよ、お前の言うとおりマネジメントの勉強をしているんだよ。しかし、今日の、会議拝聴させてもらったけど、耐震工法は見事だよ、もう俺にはついて行
けない時代になったな。ところで、すっかり忘れていたが、俺を追い込んだあいつ、どうしている?お前が退職して直ぐ関連会社の北欧ハウスの個人住宅の設計に飛ばされて、去年定年退職したよ。前にも言わなかったか?いや聞いてない。あの人もお前には悪い事したと言っていたな。田中は、黙ってうなずいていた。
熊谷、悪い俺、明日早いからこれで失礼させてもらうよ。どんどん盛り上がってくれよ。
お前の所が今日の稼ぎ一番だからさと言ってヘネシーを2本差し入れた。
他のカラオケボックスも横田建設の若い社員ですっかり盛り上がっている。中堅所はナイトクラブで、コンパニオンの甘えてくるおねだりに気軽にOKしている。ナイトクラブのマネージャー黒田もオープンして依頼の大盛況で喜んでいた。
その頃翔太は、明日の客入りガラガラのゲストリストを作っていた。種まきっていったい何のことだ、しかも皆に言われる、翔太には理解できないでいた。
美和からとうとう何も連絡がなかった。いったいどうなってしまったんだ、翔太に怒りが込みあげてきた。こんな時に連絡も入れないで、どんな事に成ってるのか、お前のせいで!
そこえ田中がやって来た。山口君こんなガラガラのゲストリスト後で充分出来ることじゃないかい?今まで、どこで何していたんだ。みんな汗だくで駈けずり廻っていましたよ!
僕の居場所が無いんです。何言ってるんですか!その原因を作ったのは君だよ。居場所がなかったら、探せば良いじゃないのですか?下膳もあるし、皿洗いだって人が足りない状態で各所にヘルプに入っています。うちの、日下の爺さんだって、皿洗い、残飯処理をこなしていますよ。
君は、皆に未来の支配人候補と言われて有頂天に成っているのですか?だったら芳川以下の馬鹿者ですねと攻められた。
そこへ、芳川が血相を変えてやって来た。田中お前いつからそんなに偉くなったんだよ!
お前のせいで、俺の信用台無しだとわめいている。田中はすかさず何を今更言っているんですか?皆言わないだけで信用なんて貴方に持っていませんよ。特に私はね!
あの時、ああでも言わなければ貴方の間違った方向に向かってしまい全て台無しになる所でしたし、そして、悪いが横田建設は私にとって一番大事な客だ!今までどれだけ私の客に迷惑掛けた!二度と来てくれていない、その理由をよく考て下さい、そのちっぽけな脳みそで、横田建設は計り知れない程このホテルには大切な上客になるのですよ。芳川さん?
翔太は、それを聞いていて田中の選球眼は正しいと思った。まるで上司と部下が逆転している。芳川さん尾上社長からの伝言忘れていました。
明日から、裏にある関連旅館の紅綬園で調理場に移動するようにとの事でした。良かったですね、あそこなら貴方でも充分やっていける所でしょうからと更に嫌味を言ってのけた。
翔太は、田中はいったい何者なのか不安に成って来た。芳川は今に見ていろよと捨て台詞をはいて出て行った。
山口君、明日忘れないで下さいよ。饅頭売り、黙って立っているだけで売れますから!
何なのだ、この自信は・・・・・
翌日、翔太は田中の言う通り饅頭屋のハッピを着て店頭に立った。
だんだんとチェックアウトの時間が近づいて来た。その時、繭那と若い同僚達が、饅頭を買い求めにやって来た。あら、山口さんと繭那が声を掛けてきた。翔太は昨日はごゆっくり出来ましたか?と尋ねた。もう大変でしたすっかり盛り上がってこれから又会議があるのに、寝不足です。ほんと良かったわ、グランディに来てと、満足そうだった。
山口さん、これから、全員分のお饅頭とお土産用と合わせて、十二個入りを一九六個後用意頂けますか?お部屋にあったお茶菓子にこの饅頭が有って皆、買って行きたいと言うのです。買占めになってしまうのならせめて役員用と社に持っていく分でも構わないのですが?翔太は充分ご用意いておりますので大丈夫ですと言って、包装された饅頭を袋に入れ会場まで運んだ。田中の予想が的中している。なにも、これなら俺でなくも良かったじゃないかと腹を立てた。朝食会場も問題なく終わり、最後の仕事だ。大ホールが横田建設の朝食会場になっている、今度はそこで横田建設の会議が十時から始まる。宴会係、レストランスタッフ全員で切り返し作業を滞りなく済ませた。横田建設はアーリーアウトの為、チェックアウトはスムーズに終了した。ようやく全てのお客様をお見送りしてそれぞれの持ち場に戻ったのは十二時近くになった。切り返し作業を仕切っていたのは日下であった。
今日は、ガラガラなので必要最低限の社員で切り盛り出来た。
美和は本当にどうしたのだろう?今日は無断欠席している。翔太は何度も連絡しているが返事が一向に無い。
部屋に行ってみたが帰ってきた様子も無いどうしてしまったんだと不安に成ってきた。
芳川が外れてからミーティングに田中は顔を出している。
田中は、総務の池田係長と相談したのですが、あの大混乱の日に皆良くやってくれた事に先ず例を言った。実はこのホテルにごく普通の当たり前のマニュアルしかない。そこで、今回の一連の流れを各部署でよく煮詰めてさらにこうすれば良かった等どんな事でも構わないので、来週の日曜日のミーティングまで、責任者はそれをまとめて提出して下さい。今回は皆、自信が持てたと私は思っています。そうですね、予約は主任二人いますが、山口君は種まきの処理で一杯ですし、北島さんも自分の事で大変でしょうから、私がまとめましょう。
翔太は、憮然として食ってかかった。田中主任貴方は予約の事解るのですか?
少なくても、君よりましだと思っている。山口君、そんな事より早急に種まきの後始末をした方がいいと思いますよ。社内中噂になっていますから。知らないのかい?
暫くは、支配人不在ですが後任が決まる迄、池田係長が代理をするようにと尾上社長から通達が出されていますので、今後は何か有ったら必ず池田係長に報告するようにと言って出て行った。
翔太は俺が何をしたと言うんだ今まで、田中を信頼してついていって、裏切られた気持ちだった。
池田は引き続きミーティングで今日の詳細と、対応注意事項を確認して終わらせた。芳川がやっていた付帯売り上げについては、田中が芳川に苦言を言って依頼、仲居、レストランスタッフ達は必要以上注文を取るのをやめてから、売り上げは伸びていたからである。
問題はこんな都心に近いホテルにどこにでも売っていそうな婦人服店、安っぽい宝石店を入れた事である。誰も買う人もいないし見る人すらいないのだ。これも、芳川の提案でもともと、有った売店を一つ減らしてまで作ったのである。
田中も、これについてはよく尾上社長が許可したものだと池田共々呆れていた。
約束の日曜日が来て池田はそれを回収した。
翔太に詰った田中はあのミーティングの日以来又出席しなくなっていた。翔太は内心安堵している。
池田が代行するように成ってから、無駄にミーティングの時間を費やさなくなった。少しでも早く終わらせ、夜遅くまで働いている管理職達に少しでも休憩時間を作ってあげたかったのだ。
各部署から回収した、提案書を一通り田中と精査した。この頃、尾上社長はホテル専門の経営コンサルタントとホテル再建に向けて、契約を交わそうとしていたのだ。
コンサルタント料も莫大な費用になる。今回の成功で社員の能力も上がっている中、コンサルタントを入れる事で一からやり直しに成りかねないと危機感を二人は感じていた。
確かに、集客率は上がっているが安売りし過ぎていた為。財務状況も良いとは言えない。
社長の苦渋の選択である事を理解したうえで、早急にこの提案書を精査して新しい接客マニュアルを作らなければ成らなかったのだ。売り上げの無い部門は如何にして経費の削減をするか、そして田中自身がまとめた今後の集客方法を合わせて。
四日後、尾上社長が来館した。二人はこの新しいマニュアルと同時に封筒を持って社長と対峙した。
尾上は、暫く沈黙をしていた。時間だけが経過したその時、尾上はお前ら、封筒は持って来ているのかと言ってきた。予想していた展開だ。解った、コンサル契約は一時凍結する。
但し、結果が出でなければ、半年でと付け加えこの封筒に入っているものを受理すると言って、ホテルを後にした。
池田と田中はこれで上手く行くと安堵した。池田の元へ一通の手紙が届いた、無断欠勤していた後藤美和からだった。退職届である、既に実家に帰っており部屋の荷物は全て処分してもらいたいと書かれていた。すぐさま、翔太を呼びつけ美和からの退職届けと翔太宛の手紙を渡した。
翔太は、呆然と立ちすくんでいる。そうだったのか、俺は何にも気づいてあげられなかった。そんな自分にことごとく、嫌気が差した。種まきか・・・・・・・
社長に許可を貰った二人は翌日、幹部社員を十二時に会議室に集合させた。
皆さんの提案していただいた、作業マニュアルが社長に認められました。早速ロールスクリーンを出して映像を映し出した。これは、九月十五日から十六日のフロントからレストラン、大ホール、小宴会場においての皆様の作業を写しています。セッティングから切り返し、お膳出し、フロントの受け入れから全て映し出されています。初めはフロント、エレベーター係りが慌てていたがやがて落ち着いた対応をしています、これを参考にしてマニュアルを作りました。以前に無く田中は、穏やかに話を進めている。これを、皆さんの意見を取り入れて編集したものがこれですと言って違うディスクを映し出した。全員が驚いている、
どうやって、我々の作業を編集したのだろう?全員がそつなく顔も穏やかにお客様に対応しているではないか!皆さんこれですよ。自信を持って接客しているじゃないですか、どうです。数年前まで田中は、我々外様が仕切っていたらプロパーの社員が育たない事を強調している。社員の定着率も低いのは、しっかりとした、ホテルの取り組み方に問題があったからです。満館のときは全員が協力すれば休憩もしっかり取れます。どうですか、皆でやってみませんか?全員が同意して各部署の部下たちに伝達した。そして、このディスクは誰でも見れるようにした。但し、この会議に呼ばれていなかったのは翔太と北島の予約主任二人であった。
更に、田中はこう付け加えた全員が役者になって下さい。主役と思って充分です、貴方たちを常にお客様が見ているからです。華やかな舞台で暗い表情は全く似合いません。
恥ずかしいと思ったら駄目です、少しオーバーアクションで丁度いいんです。
初めは、中々慣れなかったが自然と身ついて来た。これで、ようやく満足の頂けるホテルに変身しつつあった。
しかし、相変わらず尾上社長のワンマン体制は変わっていない。これには、池田、田中もどうする事が出来ないでいた。
マニュアルが浸透して社長との約束をクリアした、池田と田中は久しぶりに夜の街ススキノに繰り出した。




