逆転
第二章
田中はどうしてもあわせたい娘がいると言ってある老舗の料亭に連れて行った。そこにはあの、後藤美和が働いているではないか、うちで接客をしていた頃、すっかり暗くなってしまった美和が笑顔を取り戻している。
あっ、田中さんと美和が笑顔満面で迎えてくれた。池田係長その節は大変ご迷惑をお掛けしまして大変申し訳ありませんでしたと、丁重に頭を下げた。
元気で良かったよ。私も何もしてあげられなくて申し訳ないと池田も頭を下げた。
池田はところで田中さん、何故ここに、後藤さんが勤めているのを知っているんだい?
それは、たまたま僕の旧友達と飲んだ時ここに来て私も驚いたんですよ。全くの嘘である。田中がここの女将に頼んで美和を働かせたのである。田中にはある策が有ったのである。
池田は、料理と良い接客マナーと良い全てが指導されているのに気がついた。
そろそろ、池田さん次行きますか?
勘定は心配要りませんよ。と言って何時ものようにねと言ってはしごをして帰ったのは深夜2時を過ぎていた。取り合えず早出の従業員に見つからない時間で池田は安心した。
田中はその頃まだ飲んでいた。いや、飲んでいると池田は思っていた。
この改革以来お客様からの苦情も減っていき、満足度も上がっている。後は何とかあのどうにもならない、婦人服店と宝石店を変えるしかない。いろんな案が出たがどれも決定打に欠けるのだ。ひとまず閉店として時間をかけて再考となった。
この年も田中は尾上社長からの全てのノルマを達成していた。言うまでもないが日南食品の宴会も問題なく終えていた。後は、恒例の業者会を残すところである。百八十人を参加させる事が絶対命令である。宴会予定日は十二月十日で残すところ七日で現在百四十九人、田中は焦っている。設定料金が高い上に年会費も集めなければならない。この上宿泊券の販売もあったため幾ら取引先といえどもそうたやすいものではないのだ。何から何まで業者依存をしているホテルの為、どんな事をしても限界であった。
とうとう、予定人数に届かず田中は、尾上社長に叱責を受けた。お前とはもう仕事はしたくない!こんな人数なら俺は参加しない!と帰ろうとする子供のようだった。何とか怒りが静まり、宴会が始まった。
業者会と言っても現実は業者からお金を集めているようなものだ。多くの業者は翌日仕事があるため宿泊はしないのだ。それにも関らず宿泊料金を頂くこれでは業者もついて行けないのだ。その苦情を全て田中一人で受けている。
今年も、いろんな苦情を受けながら業者会は終わった。終わってみれば何時もの事だが、尾上も満足そうにして帰っていく。
田中は、どんな団体の宿泊でも平然としているがこの時だけは何時も気が抜けないのだ。
ようやく田中も安堵して帰宅した。
翌日、尾上が来館して真っ先に田中を呼んだ、大そうご機嫌で昨日の業者会中々良い内容であったらしくお褒めを頂いた。田中はホッとしたが、チェーンホテルの宿泊券がまだ目標枚数に達していない事から販売の応援をするように命じられた。
もう、田中には限界だった。しかも、自分のホテルでないため面識が無い。やっとの思いで考え付いたのがこれだ。
各ホテル仕入れ責任者に指示を出した。宿泊券未購入業者に各ホテル日時を決め集合させるようにした。あらかじめ取引条件と契約書を用意さえておいた。
各ホテルにて、田中は当社との取引条件を改めて、各業者の前で読み上げた。私はあくまでも尾上の名代でやって来ております。貴社様たちにもそれぞれ、ご都合もあるのは充分ご理解しておりますが、まさかこんなにも条件を履行されていないとは思っても降りませんでした。これも担当ホテルの販売責任者が皆様たちに充分納得させていなかった事が一番の原因かと思います。大変申し訳御座いません。そんな事は、初めから業者たちは知っているところをあえて田中はお詫びした上でこう言い切った。
皆様もご存知のグランディでは既に業者様には全てご購入頂いております。如何に業者様のご理解が深いのか感謝している次第です。どうか皆様今一度ご考慮の上ご購入下さいませ。尚、こちらの条件に添っていただけない業者様には取引の見直しをすることに成りますのでご承知下さいませ。公正委員会に密告されてもおかしくない言葉で締めくくった。
その後僅か数日で、各ホテル全て宿泊券は完売した。
尾上社長には、皆担当者が頑張って販売した結果で私は何もお手伝いするまでも無かったようですと報告した。この、嘘つきがと尾上は思った。
年末年始の最も稼ぎ時が来た。この時期は殆どが高単価の個人客で満室となる、今までやって来た事の総仕上げだ。それぞれが成果を挙げていた。苦情らしい事は殆ど無くそれぞれが、自信を持ったが二人だけは、あの一件依頼蚊帳の外だった。
新年度四月を迎え、人事異動が有った。
ころころと支配人が変わることを見越し総務の池田係長が支配人兼総務担当、予約担当副支配人山口翔太、会計主任河本、田中以下の変動は無かった。誰もが、田中の昇格は間違いないと思っていた所のうえ、あの山口が?と社員殆どの者がそう思っていた。
あれだけ、社員の意識改革を実行して、全てのノルマを達成した人が、現状維持か?
社長もひどいよなと、同情めいた噂が広まった。
当の、田中はそんな人事異動はどうでもよかったのだ。あの問題爺が嘱託契約が延長に成った事である、又一年尻拭いをする事が悩みの種で有った。
副支配人に成った翔太は、今までの鬱憤を晴らすかのように、田中に事あるごとに反論を繰り返していた。
丁度、その頃、二つの事件が起きていた。調理場の下職員が調理主任の山岸徹のパワハラを一年以上に渡り受けていた。この件は、料理長の中島も見て見ぬふりをしている。
どの部署でもこれは知っていた。しかし、あの尾上ですら事調理場には口を出せないでいる。いや、これは本当に尾上は知らない事であった。
ある日の朝、この調理の下職員が何時になっても出勤して来ないのだ。
中島が、山岸にちょっと部屋を見て来いと指示した。山岸は彼の部屋に行った。鍵はかかって無かったので部屋を覗くと、首をつっており既に息絶えていた。
警察が来て調査をしたが、遺書も無く理由不明のまま自殺と断定した。即効この山岸は関連ホテルに飛ばされた。
もう一つの事件が田中の出世の邪魔をした。元売店の従業員が自宅で病死していたのである。田中にして見れば何の繋がりも無い社員だったが、たまたまこの業界に入る以前からの友人で海外旅行専門代理店の社長から電話が有りお前のところに、野呂と言う五十過ぎの女性社員知らないかと聞かれた、面識は無いけど確かにいたと答えた所この事を知らされた。この時丁度、調理場の女性社員もこの亡くなった女性と親しくしていたため、既に知っていた。これは、上司に報告をと思い、池田を探したがあいにく不在だったため、山口に報告をした。山口は、だは私の方から報告しておきましょうと言った
しかし山口は報告をしなかった。
運の悪い事にこの報告を調理場の女性社員から秘書を通して尾上に伝わったしかも、一番先に知ったのは田中と言う事になっている。
この報告を聞いた尾上は早速来館し田中を呼びつけた。尾上はワンマンではあるが、辞めてしまった社員の慶弔毎でも、手厚くする人間だった。
罵声が響き渡っている。田中お前は人の不幸を何にも感じないのか!人一人亡くなっていることをお前が一番先に知っていながら何故報告をしない!言いたいことが有れば言ってみろ!お前は性根が腐っている。あるビールメーカーに仕事を紹介するから行け、それでお前の性根が直れば又ここに戻してやる!どうだ!
田中はそうして貰ったほうが有りがたい気分だったが、一変して今回は始末書で許された。山口にすっかりやられたな!どうせ調理の女も山口の指示で動いたのだろう。
それは、調理の女は真っ先に田中に相談していたから、山口に何か弱みでも有ったんだろうと思った。これが、山口は俺への仕返しか幼稚な事をする奴だと心で笑っていた。
田中は、こんな事には動じないのだ。
実際、今回の人事異動で田中は総支配人の内示が有ったがその座を引いていたのである。もう一年山口を育てたかった。
山口はそんな事も知らずにお構いなく田中の足を引っ張り続けた。
翔太は、頻繁に横田建設に出向くようになっている。これだけは田中は許すわけには行かないのだ。
過去、田中が集客してきた団体の大半を翔太は横取りしている。ある時、山口をつかまえて俺は仕入れ担当だから別に大した気にも留めないよ。種馬さんと嫌味を言った。
ただな、繭那さんだけは絶対に許さないからな。
翔太は、繭那と付き合うようになっていた。横田建設の熊谷から知らされていたどうやら熊谷も翔太の目に余る言動に困り果てていたようだ。我が物顔で横田建設に出入りしては、繭那を誘っているのだ。これが恋人のやることかと熊谷は嘆いている。今年は、グランディの宿泊研修は無いと思って欲しいと言って来た。
七月に又も人事異動が有った。支配人は池田が継続、副支配人の山口は、副支配人の役職を外され、仕入れ係に降格、周囲を驚かせたのは、人事権を持つ取締役総支配人に田中健二、そして、あの後藤美和が予約担当支配人として復職して来たのである。
又、仕入れ係責任者、仲居指導責任者としての兼任となっている。
翔太は、愕然とした。そこへ田中がやってきて、おい種馬これで種も尽きたな。実はなお前を副支配人に昇格させて欲しいと言ったのは俺なんだよ。だけど、ことごとくお前は俺の期待を裏切り続けた。その結果がこの人事異動だ、残念だが仕方ない決断だ。そして繭那ちゃんには二度と会えないように手は打ってある。後藤君のように不幸な思いはさせたくないからな!
何故だ!と翔太は叫んだ。それは、お前さんの日ごろの行いだよ。あの時お前、俺をはめたつもりだろ!あれはな、初めから俺は尾上社長に報告していたんだよ!少し社長に協力していただいてね。そのせいで又ノルマが増たけどな。
これからは、後藤支配人の指示の元でせいぜい頑張ってくれ。能無しの種馬君。
なんで、美和が・・・・・・
翔太は、すぐさま仕入れ係りに移された。後藤から今月の食材原価、仕入れ予算の提出を求められた。翔太にして見れば何もかも解る訳がない所へ後藤美和がやって来た。
どう?貴方に解るかしら?
あの頃の美和とは豹変していた。美和あっ失礼しました、支配人、私にはこの仕事何が何だか解りません。あら、どうしてですか?貴方いつも田中総支配人の事、あの頃よく馬鹿にされましたわよね?
副支配人まで務めた方でも解らないのかしら?総支配人の過去五年分の予算書、実績表それと、予約係りからあれもこれも、お客様にサービスさせた物品の数々、それがお客様の満足評価に繋がっているか評価しているものも有りますよ。
殆ど、何の評価にならなかった結果と分析表も有ります。山口君このくらいの事、貴方なら容易い仕事でしょ!そして貴方が築き上げたサービス品の在庫の山、あれもこれも要求ばかりして、結果の出ない物ばかりまるで芳川さんと同じですね。芳川さんと貴方のお陰で、仕入れ部が本来予定していた予算も取れずに不良在庫処理に追われていたのを全く持って知らないようですね。さて、楽しみですね予約係りが新企画の為に貴方がして来た事と同じでしたら、どう対応するのか拝見させて頂きます。
貴方の部下の、日下さんも大野さんも総支配人がここまでやっていたことは驚いていました。勿論、彼らに聞いても解りませんよ。ご自分でどうにかする事ね。提出期限は忘れないようにと言って出て行った。後、不良在庫の取り扱いも含めて忘れずに提出して下さい。
あの人がどうして、出来るのだろう?畑違いの仕事を。しかも一級建築士が・・・・・
とにかく、田中の資料を開いた。膨大な量をしっかりと収めてある。どうしても翔太
には、解くことが出来ない。
意を決して、田中に聞く事にした。総支配人どうしても仕事が解りません。私は今まで
予約の仕事しかした事が有りません。総支配人のパソコンに残されている内容を見ても何処をどうしても私には、解りませんどうか、ご指導していただけませんか?
田中はあっさりと、と言うより冷たい目で君、何勘違いしているんですか。今まで、仕入れ部の事、馬鹿にしていましたね。今更よくそうやって頭下げれますね。日下、大野に聞くべきじゃないのかな?私は建築士だよ。聞く相手が違いますよ、それでも翔太は何故あそこまでの資料を作る事が出来たのですか?と繰り返し聞いた。
私は、君みたいな種馬じゃ無いからやる事やっただけの事です。せいぜい人の足を引っ張る事しか出来ない立派な知恵が浮かぶのですから、それと、君の築き上げた不良在庫早急に処理対策を考えた方がいいですよ。種をまくことだけが男の仕事じゃないですからね。いっそ尾上社長に泣きつくしか他無いかも知れませんと言ってロビーに行った。
翔太は何時も、どうして田中に此処まで見抜かれてしまうのか、途方に暮れていた。この資料はなんだ!これか、田中がいつも尾上社長の厳しいノルマを簡単にやってのけている物をデーターの中から見つけた。プリントアウトをして再び、田中に会うため館内中探し回った。やっと見つけたぞ!当等あの鼻端をくじくチャンスが来た。
翔太は、総支配人も中々ですね。何の事ですか、これですよと言って用意しておいたプリントを見せた。田中はこれがどうかしたのですか?と言っている。貴方は、如何にも取引先にあの宿泊券を販売しているかのように経理に計上して購入先はホテルと無縁なところに売っている。どう説明出来るのですか!
よほど暇なのか、それとも仕事が解らないのか、又、人の足を引っ張りたいのか懲りない性分なんですね君は、アホか君は、よくそんな事調べる時間が有りましたね感心しましたよ。いいですか良く聞いて下さい、取引先には沢山の苦渋を飲んでもらっている。勿論、指定した枚数を買ってくれる業者などいやしない、よく見て下さいその販売先、君でも解るが、全て建築関係だ。そうだよ、横田建設の下請け、関連会社だよ。しかも、全て本州企業だよ。まだ説明不足のようですね。
尾上社長が最も喜ぶ手段なのですよ。宿泊券には利用期限がある。いつも、取引先に渡すのは、期限ぎりぎりの一週間前ですこれは尾上社長の絶対命令です。君は予約で今まで何して来ました?宿泊券を持った取引先が期限ぎりぎりまで、何とか使わなければ只の紙くず成るから何としてでも内とは関係の無いところに安価で売っているそれを買った人は何としても無駄にしたくないから必死で師走ぎりぎりでも空室を探して予約を入れる。まだ解らないか?
翔太は確かに年末ぎりぎりに取引先からの宿泊予約が殺到していたのに気がついた。それはあくまでも取引先の買った宿泊券で実際は誰なのか知らない。しかし、殆どの日が満室でお断りしていた事を。だけどそれがどうしたのですか、何も関係ないでしょう!と突っかかっていった。その、空っぽで愚脳な頭でよく聞きなさい。
宿泊券が使えないと言う事は、ホテルは丸儲けなんですよ。それ位解りますね、料金はすでに頂いた上宿泊が出来ない。もう、これで充分だろう。ついでに言っておくが、横田関連の企業は一切泊まりに来ていないですよ。ホテルに取って見たらこんな上手い話はないだろう。それで君達のボーナスになっているのですからね。この方法は本社の常務に願い出て尾上社長も了解している事です。それで、私の首根っこでも取ったつもりで勇ましく来たのですか?残念だったね。
翔太はこれ以上何をいっても叶わないと観念した。
翌日、翔太はなりふり構わずに各ホテルの仕入れ担当者に教えを頂いた。全く田中とは比較にならない位の幼稚さで翔太でさえそんな事位知っている事ばかりであった。
翔太は何とか提出期限に後藤に資料を提出した。全く甘い人ですねと後藤が言う。
彼にして見れば精一杯の仕事だったにも関らずはいて捨てるように言われてしまったのである。
まあ、しかた無いでしょう。ど素人さんですから来月はしっかりと仕上げて下さい。後は私がやり直しますので。
翔太はもう一つ気になっている予約係りが仕入れ部に対して企画毎にお客様に提供していた品物が不良在庫になっていた分を田中はどうやって此処まで在庫処理していたのか。あの頃がむしゃらにお客様の満足度を上げるために、ワイン付宿泊、ホテル特別トラベルセットなどの特典付き、どれもこれも、想定外の集客しか出来ずに、こんな事に成る事も気にせずになんでも要求していた。田中のパソコンには新企画商品の集客の為の特典品の購入稟議が残っている。全て田中の企画として予約からの要請とは一切無い。全て責任を取る覚悟で申請している。
在庫の山をつくらせてしまった。あの時、田中と、池田だけが猛反対をしていたが、当時副支配人だった翔太は責任は自分が取ると言って押し通した物品だった。結局あの時も田中が責任を負う形で翔太は救われていた。
何で、今頃になって田中は自分に復習みたいな事をするのかと悩んだ。それは、後で気付かされる大きな勘違いだったのだ。




