第53話
……なぜ、このような状況なのでしょう?
ヴィンセント様のお誘いを断ろうとしたはずなのですが、なぜか私は領民達にヴィンセント様ともども無理やり馬車の中に押し込まれてしまいました。
裏切り者と嘆く前に馬車は進みだし、離れて行く領民達はイルムを中心に笑顔で手を振っているのです。
あまりの状況に眉間にしわが寄ってしまうのですが、そんな私を見てヴィンセント様は苦笑いを浮かべられています。
「本人が望んでいるかを確認しないところは別として、ルディア嬢は愛されているな」
「もう少し、私の話も聞いていただきたいのですがそれに……」
愛されていると言う言葉が若干嫌味に聞こえてしまい、大きなため息が漏れてしまいます。
文句を言っていても何も解決しないため、冷静に状況を確認しようと頭を働かせようとします。
そして、すぐに気が付いてしまうのです。私は土いじりしていたままの汚れた格好で馬車に押し込まれてしまっていると。
……次期皇帝であるヴィンセント様の馬車にこの格好で乗り込むのは問題ありますよね。
どこに連れて行かれるかは別としてさすがにこの格好でヴィンセント様の隣に並んでいるのは問題があるのではないでしょうか?
せめて着替えくらいはしなければと思い、ヴィンセント様へと視線を向けます。
ですが、ヴィンセント様はまるで気にした様子もなく、それどころかどうかしたのかと言いたいのか小さく首を傾げられます。
「ルディア嬢、どうかしたか?」
「……ヴィンセント様、申し訳ありませんが1度、屋敷に戻ってはいただけないでしょうか?」
マージナル侯爵家の娘として恥ずかしい姿で街中を歩くわけにはいかないと屋敷に戻っていただけないかと言ってみるのですがなぜかヴィンセント様は楽しそうに口元をほころばせるのです。
「……なぜ、笑っておられるのですか?」
「いや、土いじりが趣味の変わり者の公爵家令嬢でも自分の姿は気になるのだなと思ってな」
「余計な事でお父様やお兄様にご迷惑をかけるわけにはいきませんので」
笑われている事があまり面白くはないため、不快感を隠す事無く聞くと彼はくつくつと笑いをかみ殺しながら答えてくれるのですが失礼極まりの無い物で眉間にしわが寄ってしまいます。
私の表情を見てさすがに不味いと思ったのかヴィンセント様は気まずそうに頭をかいた後、1度、わざとらしくコホンと咳をしました。
「気にする必要はない。元々、苦労をかけているルディア嬢を労おうと俺も頭を使って考えてきたんだ。その恰好でも何も問題はない」
「この格好でも問題ない? ……いったい、どこに連れて行くつもりなのですか?」
「それは付いてからのお楽しみと言う奴だ」
どうやら、私が領内で土いじりをしている事はヴィンセント様にとっては想定内だったようでこのままの格好でも問題はないようです。
ただ、このような格好で問題ない場所と言われてもピンとくるわけがあるはずもなく、聞き返すのですがヴィンセント様は楽しそうに笑っておられます。
……いったい、どこに連れて行かれるのでしょうか?
楽しそうに笑っているヴィンセント様のお顔にため息しか出てきませんが馬車が引き返してくれるわけではありませんので大人しく目的地までお付き合いしましょう。




