表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/5

第2章 一食で回復するS級探索者2

 最初の客は、静かに入ってきた。


 扉が開いた時、まず先に入ってきたのは匂いだった。汗と鉄と、外で冷えた空気の匂い。そのあとで、白い金属鎧を着た女の子が姿を見せた。銀髪を腰まで伸ばした背の高い美人だ。胸と尻のふくらみが目立つ。ウエストは細く、見事なプロポーションだ。


 白石紬。


 東京ダンジョンではS級探索者として知られている。地上ではアイドルもやっている。俺でも名前を聞いたことがある。だが、今はその有名さより、かなり顔色が悪い方が目についた。


「いらっしゃい」


「……この匂い、反則」


 紬はそう言って、店の奥まで見ずにカウンターへ座った。座るというより、どすんと腰を落とした感じだった。肩を落とし、元気が無い。鎧の上からでも、疲れが見える。


「何にする」

「……豚の生姜焼き定食。ご飯は普通でいいわ」


 彼女は、メニュー表を、ちらっと見て、すぐに答えた。


「普通でいい、ねえ」

「なによ」

「いや、S級の客が普通でいいって言うのは、あまり聞かないなと思って」

「私が、そんなに食べるように見えるのかしら、失礼な……」


 強がってはいるが、声に張りがない。腹も減っているらしい。注文を受けた俺は、冷蔵庫から豚肉を出し、まな板に並べた。薄めの肩ロースを、普段決めている量より少しだけ多めに切る。紬の前に出すなら、最初から余裕を見ておいた方がいい。


「少し待て。すぐ出す」

「待つわ……」


 短い返事だった。


 俺はフライパンを温め、肉に軽く塩を振る。生姜焼きは、強火で焦がすとすぐに苦くなる。肉の色が変わるところで火を少し落とす。そうしないと、せっかくの生姜の匂いが飛ぶ。


 玉ねぎは入れすぎず、甘みが欲しい分だけ残して、最後にさっとからめる。そういう作り方を、俺は何年もやってきた。


「店主。まだ」

「今、焼いてる」

「……見てるだけで、お腹がすくわ」

「それは大事だ」

「食いしん坊みたいに言わないで」


 言い返した紬の顔に、少しだけ赤みが戻った。まだ食べてもいないのに、匂いだけで少しは持ち直したらしい。やっぱり腹が減っていたんだな、と俺はフライパンを返しながら思った。


 焼けた肉を皿に取ると、玉ねぎをたれと合わせて軽く煮からめる。最後に肉へ返して、つやをつける。そこへ千切りキャベツと味噌汁を添えれば、もう生姜焼き定食だ。


「ほら、できた」

「……早い」

「焼きすぎると、肉が固くなるからな」

「そういうの、さらっと言うのね」

「毎日やってるからな」


 紬は箸を持つと、少しだけ迷ってから、肉を一枚つまんだ。口に入れた瞬間、目が少し大きくなり、瞳が輝く。


「……熱い」

「気をつけろ」

「でも、美味しい」


 次の一口は、もう迷いがなかった。紬はキャベツも飯も肉も、ためらわず口へ運んだ。


「噛むたびに、生姜の辛みと甘めのたれが口の中で広がる。炊きたての飯が、そのあとを追って、肉の脂を受け止めるのよ」


 彼女は、そう言った。


「豚は、薄い肩ロースを使う。厚いと火が入りにくくて、固くなりやすい。生姜は最後に入れる。先に入れると匂いが逃げるからな。たれは、醤油とみりんと酒を合わせて、砂糖で少し丸くしてから生姜を入れる。肉を焼いたあとにからめれば、焦げにくい」

「……待って」

「ん」

「今、口に入れてるのに、説明するのやめて」

「聞いてたのか」

「聞いてたわよ。今、食べてるんだから邪魔しないで」


 そう言いながら、紬は飯をもう一口かき込んだ。箸の動きが速くなる。さっきまでの元気の無さが少しずつ消えていくのが、見ていて分かった。肩の力が抜けて、背筋がまっすぐになる。顔色も少しずつ戻る。


「……変ね」

「何がだ」

「さっきまで、店に来るのも辛かったのに」

「それなら、先に言え」

「言ったら、S級探索者が弱音なんて言えるわけないでしょ」

「今、言っただろ」


 紬はそこで一度だけ箸を止め、それから小さく笑った。


「そういうところ、ずるい」

「褒めてるのか」

「褒めてないわよ」


 俺が味噌汁のおかわりを聞くと、紬は一瞬だけ目をそらしたあと、今度ははっきり頷いた。


「……ご飯も、もう少しいける」

「最初からそう言え」

「だって、女の子なんだから」

「今更、それを言うのかよ」


 俺が飯をよそって戻るころには、紬は完全に元気を取り戻していた。S級だの勇者だのは、今はあまり関係がない。目の前にある飯を、普通の客みたいに食っている。それだけで、店の空気が少しやわらいだ気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ