2.まるで自分のことのよう
ひとまず終わって良かったと、彼にナプキンを渡す。
けれど話はそれで終わりではなかった。
口元を拭った彼は衝撃的な言葉を落とした。
「だが俺の力を持ってしてもその女性を見つけることはできなかった。日が、経ち過ぎてた」
捜索系の魔法は日の経過とともに足取りは掴みにくくなる。
その上、彼女が失踪した日取りの前後一週間には教会全体に探索妨害魔法がかけられていたため、一切の痕跡が拾えない。
魔法は故意的にかけられたもので、使用者は相当な実力者であることが判明した。
タイランさんもこれが一、二ヶ月前にかけられたものなら対処できたが、一年近く経過してからではどうにも出来ない。
相手はすぐに動かないことを知っていたのかもしれない。教会関係者か城関係者である可能性が高いということになった。
「捜索魔法で見つけられないのであれば、現時点で力になれることはない。だからまた捜索を開始するまでの間、魔王城に帰らせてくれと言ったのになかなか帰してもらえず……。帰りが遅くなってすまなかった」
「大丈夫ですよ。手紙をくれましたし、こうして無事に帰ってきてくれるだけで嬉しいです」
そう告げれば、タイランさんはホッとしたように表情を緩めた。
なんでも、タイランさんはここ数日、聖女見習い達の聞き取りに駆り出されていたらしい。
彼は今さらそれか、と酷く呆れたようだが、そこで有力な情報をキャッチした。
消えた日にちの特定は出来ないが、聖女見習いの数人が、暇を出される数日前にその女性が何者かと会っていたらしいと証言したのだ。
いつも修道服なのにあのときは服だけじゃなくてメイクまでして。
出る時はもちろん、帰って来てからも幸せそうで、きっと恋人にでも会ったのだろうと。
となれば彼女のそれは失踪ではなく、恋人とどこかへ向かった可能性が浮上する。
前の情報と合わせて考えると、相手はよほどの実力者。勇者が彼女を愛していることを知りながら、周りの思いを利用して連れ去ったのではないかーーというのがタイランさんの推測である。
「情報が出れば出るほど勇者は荒れて、仲間も止めるのが大変でな。姫だけではなく、そもそも彼女と何年も引き離す原因を作った国王や魔王までも殺すと言い始めた」
「我も含まれているのか!?」
「村から出ることさえなければあの子は俺と結婚してくれた。それが勇者の言い分だが、相手に甘えて放置していたのは勇者だ。今回だって早めに動き出していれば見つかった。八つ当たりもいいところだ」
全く以てその通りである。
聖女見習いから聞いた話だけ切り取れば、まるで私のことを聞いたかのようだ。
だが決定的に違うのは、最愛女性には手紙を送っていて、私のことは呼び出した上で捨てている。外から見た動きが似ていても状況はまるで異なる。
順序もおかしい。普通は逆だ。
時間があるのなら、まず初めに愛していた女性に会いに行くべきだ。
早めに私を切り捨てなければ彼女に被害が行くとでも思ったのか。
なら魔王討伐から帰ってきてからと言わずに、村を出る前に切り捨ててくれれば良かったものを……。
村に帰れと言ったのは、私を村に帰りづらくする狙いがあったのか。
余計なことにばかり気を取られてばかりで大切なものは後回し。
本命の気持ちもそうだが、他人を巻き込まないで欲しい。私もその『他人』のうちの一人でしかなかったのかもしれない。
「さすがに魔王にまで飛び火させるわけにはいかないし、探索妨害魔法をかけた犯人だけでも特定することになった。あれほどの魔法を使用できる人間なんて限られているからそのうち結果は出るだろう。俺は当時魔界にいたということで早々に容疑者から外されて、ようやく一時帰還が許されたというわけだ」
「一時、ってことはまたすぐに行くんですか?」
「別に自分の意思で逃げたならそのままにしてやれと思うが、悪意を持った人間に連れ去られていた可能性も否定はできないからな。それに国や教会が関与してきた場合は、第三者として立ち会う必要がある」
「勇者に愛されるっていうのも大変ですね」
「旅の途中も手紙を書くか、帰った後にさっさと会うか、初めの一通以降も手紙のやり取りをしていれば、すぐに見つけ出せていたんだから自業自得でもあるがな」
タイランさんはポリポリと頭を掻きながら「ただでさえ待たせてるのに、帰ってきてからも放置すんなよ」と呟く。
待っていた相手が彼のような人なら、私も、本命の相手とやらもこんなことにはならなかったのかもしれない。
いや、そもそも二股をかけるなという話だが。
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