40.冷凍のパイシートはとても便利
「ラズベリーパイなら作れます。では明後日のおやつはそれにしましょうか。タイランさんもそれでいいですか?」
「ああ」
話はそれでまとまると思われた。
だが魔王様はよほどラズベリーパイを食べたかったらしく、上機嫌で理由まで話してくれた。
「ラズベリーパイは勇者の好物らしくてな、冒険中にも『幼馴染の作ったラズベリーパイが食べたい』としょっちゅうぼやいていた。だから我はずっとラズベリーパイが食べたくて食べたくて、いつか作ってもらおうと決めていたのだ」
明確に放たれた『勇者』というワードに取り繕っていた顔面からピキリと音が鳴る。
「やっぱりラズベリーパイを作るのは止めましょうか」
「え、だが今、ダイリは作ってくれるって……」
「勇者の好物なんて食べていたら将来ロクでもない大人になりますよ。有名人が好きだったおやつなら勇者以外の方がいいですって。私、今から調べて夜には一覧を持ってきますからそこから選びましょう?」
「美味しいのに……ダメか?」
魔王様はよほどラズベリーパイが食べたいのか、お目目をうるうるさせて懇願する。
その可愛らしい表情に罪悪感が刺激される。
タイランさんも『勇者』に過剰反応する私を不思議そうに眺めている。
人間側からすればジュードは英雄だ。おかしく思われても仕方がないのかもしれない。
「……勇者と関係ないと言うなら、作ります」
「! 我が食べてみたいおやつだから作ってくれ」
「分かりました」
ラズベリーパイは嫌いだ。匂いだって嗅ぎたくない。
それでもパイと魔王様に罪はない。
これは魔王様の食べたいものだと頭の中で繰り返し、脳内に刷り込んでいく。
そう思い込まないと、幸せを運んできてくれるはずのおやつを苛立ちで潰してしまいそうになるから。
翌日、タイランさんの要望で透明なボールいっぱいの牛乳ゼリーを作った。
彼はそのボールと大きなスプーンを持って王の間まで向かうと、おやつ抜きの魔王様の前でかき込んでみせた。
騒いでも懇願しても耳を傾けることはせず、無言で食べ続けたのだという。
なかなか大人気ないが、これがタイランさんなりの復讐らしい。
魔王様もよほど堪えたそうで、昨日の彼のように床をドンドンと叩いて悔しがっていたと、タイランさんは満面の笑みで教えてくれた。
食べ物の恨みというものはなんとも恐ろしいものだ。
それでも次の日には二人揃ってケロっとした顔でラズベリーパイを頬張っていて、魔族と人間は共存を決めたのだと改めて実感した。
「ダイリ、我はもう一つ食べたいパイがあるんだが」
「なんですか?」
ラズベリーパイを食べながら、早速明日のおやつのことを考えていたらしい。パイ繋がりで思い出したのだろう。よくあることだ。
ラズベリーパイを作る際に、パイ生地を多めに作って保存魔法をかけておいてよかった。
前世ではよく冷凍のパイシートのお世話になっていた身としては毎回作るのは大変なのだ。
パイ生地は寝かせる時間が長いというのも、冷凍のパイシートを愛用していた理由の一つである。
「アップルパイが食べたい。以前、オリヴィエが作ってくれたのだ」
「ああ、俺が初日に持ってきたやつか。久しぶりに食べたいな」
「分かりました。じゃあ明日はアップルパイにしますね」
アップルパイなら簡単だ。友達の誕生日によく焼いていた。
アップルパイと言ってもいくつか種類はあるが、今回はカスタード入りのアップルパイを作ろうと思う。
生地は保存魔法をかけたものを使用するとして、まずはカスタード作りから。
ボールに卵黄と砂糖を入れ、よく混ぜる。
白っぽくなって来たら薄力粉を振るいにかけながら入れて、軽く混ぜる。そこに沸騰直前まで温めた牛乳を少しずつ加えながら混ぜる。
これを鍋に戻し、火にかける。
焦げないよう、木べらで鍋底からしっかりとかき混ぜて、クリーム状になるまで煮る。
カスタードを冷ましているうちに、りんごのフィリングを作る。
切ったりんごにレモン汁と砂糖を絡ませてからトロッとするまで火にかける。
生地は三分の一ほどをカットし、大きい方はパイ型に敷いて余分な分を切り落とす。
敷いた生地にはフォークでサクサクと穴をあけておく。
この穴はパイが膨らんだ時に空気を逃がす役目を担っている。アップルパイに限らず、パイやタルトづくりでは重要な工程である。
切り落とした分と先ほど残した小さいほうの生地は合体させて帯状にカットする。
この帯で、パイの上に載せる格子と淵に被せるようの三つ編みを作るのだ。
三つ編みが出来たら、型の中にカスタード・林檎のフィリングを載せ、その上から帯を格子状に被せていく。
最後に周りを三つ編みで囲って、温めたオーブンで焼いていく。
今回はカスタードを入れたが、りんごのフィリングだけでも十分美味しい。
またフィリングづくりの最後にシナモンパウダーを振るうと香りづけになって良い。
アップルパイを焼いている間に、クッキーを作っておく。アップルパイが焼き終わったら今度はクッキーをオーブンに入れる。
王の間に運んでいるうちに焼けたクッキーをオーブンから取り出し、冷ましておいてもらうのだ。ちなみにこのクッキーはミギさんとヒダリさん用だ。
明日、果物を作っている魔人に会いに行くらしく、ジャムクッキーを作ってほしいと頼まれたのだ。
タイランさんに渡したものと同じく、小さいものを瓶に入れて渡すつもりだ。空き瓶も用意してある。
「それではお願いしますね」
「任せてください!」
アップルパイとナイフを載せたキッチンワゴンを転がしながら王の間へと向かう。
すでにタイランさんと魔王様は着席しており、お茶の用意までされていた。準備が良い。よほど楽しみだったのだろう。
けれど二人ともアップルパイを前に、目を丸くしている。
「どうしました?」
「違う……」
「え?」
「同じおやつでも作り手が違うとこうも見た目が違うものか」
「希望と違いましたか?」
「以前食べたものは、上にりんごが載っていたのだ。りんごはないのか?」
オリヴィエ様が作ったのは、表面にスライスしたりんごが並んでいるタイプのアップルパイだったらしい。
タイランさんの言う通り、同じ物でも人によって思い描く料理は異なる。
ジャムクッキーといっても真ん中が空いているタイプと、そうでないものがあるのと同じ。
今までは誰かが作ったものと同じ物を出すことがなかったので、失念していた。聞いておけば良かった。
「このあみあみの中にあるんですが……作り直しますか?」
「食べる! 同じアップルパイでも味が違うかもしれないからな。確かめねば!」
「たまには違うアップルパイというのもいいな。切ってくれ」
サクッと切れば、ふわっとりんごとカスタードの香りが立ち上がる。
魔王様はすでに形が違うことなど気にしていないようで「アップルパイ! アップルパイの香りだ!」と大喜びである。口に運べばまた声が上がる。
「オリヴィエのも美味かったが、ダイリのも美味いな! もっと、もっと欲しい!」
「アップルパイは食べ慣れていると思っていたが……うん、いいな」
「おかわりありますからね」
そう告げると、二つの皿が同時に目の前に突き出された。
作り直すどころか、すぐにでも完食してしまいそうな勢いだ。
2章はこれにて完結です。
次話から3章に入ります。
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