39.遅れてやって来た寒さ
例年よりも長い雨期が明け、寒期がやってきた。
人間界と魔界とでは若干差があるようだが、魔界基準でもふた月ほどは遅れていたらしい。
ちなみに季節の切り替わりだが、非常にザックリとしている。
雨が降らなくなり、寒くなってきたら寒期に入る。ただし寒いという基準が人によって随分異なる。
雪が降れば確実に寒期という認識になるのだが、これも済んでいる地域で異なる。
現代日本人の感覚を持っているととても驚くと思うが、この考え方は人間界でも同じである。
暑い・寒いと感じれば着る服を変え、作物だって気温に応じて育ち方が変わる。人間や魔人が季節を把握していたところで、気候が変わる訳ではない。
だから季節を把握する必要がない、といったところだ。
これが当然なので、私も前世の記憶を取り戻すまで深く考えたことはなかった。
寒期に入ったいう実感を抱いたのも、使用人達の服の生地が少し変わったからである。そしてシエルさんやメティちゃん達と話しているうちに、といったところだ。
季節が変わっただけではなく、使用人達との関係にも進展があった。
ドーナッツを配り歩いたことをきっかけに、おやつの聖女によるおやつ配布が魔王城での名物となったのだ。おやつを食べたことのなかった魔族にとって、ドーナッツは衝撃的だったらしい。
廊下を歩いていると声をかけられることが増えた。
自然と作るおやつの量は増えたものの、保存魔法が使えるようになったことでストックを作れるようになった。
毎日少しずつ量を増やして、数日ごとに配り歩けば手間ではない。
私のレベルでは一カ月ほどの効果しかないようだが、一カ月も持てば十分だ。重宝している。
またあの日、ミギさんとヒダリさんが魔人さんの元へと持って行ったりんご飴だが、季節限定で屋台を出すことにしたらしい。
果物を使用した料理には詳しい彼も衝撃的だったそうで、帰ってきた二人に「レシピを教えてもいいですか?」と言われた時は驚いたものだ。
作り方や細かい分量を記した手紙に、表面にシナモンやココアを付けると美味しい。りんご以外でも、いちごやぶとうに飴を付けると美味しいことを書き加えると、お礼に果物や野菜を送ってくれた。
人間界では今、フルーツ飴が大ブームになっているらしい。
送ってもらった、といえば、雨期が明けてからすぐの頃にオリヴィエ様から手紙と服が届いた。
これからの時期、魔界は寒くなると聞いたからとコートや手袋、マフラーなども送ってくれた。庭に出る際に使わせてもらっている。
シエルさんが買い足してくれたものも合わせると、一冬どころかこの先数年は服を買わずに済みそう。一気に衣装持ちになったものだ。
魔王城に来てから半年と経たずに増えたのは服だけではない。ノートも知識も仲の良い相手も着々と増えている。
本当に、一時はどうなるものかと悩んでいたが、諦めなければどうにかなるものである。
さて、明日のおやつは何にしようか。ストックが減ってきたからそろそろ補充しておきたいよな~と考えていると、目の前にタイランさんが現れた。
「ダイリ! 俺の分のおやつがないんだが!」
「今日は三時に王の間に来るって聞いていたので、王の間にキッチンワゴンごと置いてありますよ?」
今日のおやつは久しぶりの牛乳ゼリーである。タイランさんが一昨日からそれを楽しみにしていたことは知っている。
それこそ見つからないからと、転移魔法を使って飛んでくるほどには楽しみにしていたことも。
「キッチンワゴンはあった。だが皿は空だった」
「そんな……。ちゃんと置いておいたのに」
「ちょっと来てくれ」
「分かりました」
タイランさんと共に王の間へと向かう。
けれど先程まで確かにあったはずの牛乳ゼリーがない。キッチンワゴンの上に置いておいた皿の中身は空だった。
ケルベロス達が勝手に食べるはずはないし、使用人達だってそんなことはしない。
はて? と首を傾げればタイランさんは「な? ないだろ?」と不満気な声を漏らす。
犯人になりそうな相手は一人しかいない。だがその一人がタイランさんのおやつを食べてしまうとは思えなかった。
可能性は薄いが、一応聞いてみることにした。
「魔王様、ここにあったゼリー知りません?」
そう質問を投げかければ、魔王様はあっさりと口を割った。
「食べた」
「なんで食べちゃったんですか!」
「だ、だって残ってたから、食べていいのかと思って……」
「俺の牛乳ゼリーが……」
タイランさんはその場にへたり込み、床をドンドンと叩き出した。
その絶望した顔が不憫でならない。
「明日作ってあげますから。元気出してください」
肩に手を乗せて励ます。ボールいっぱいに! と付け加えれば、彼もそれで納得してくれたらしい。小さく頷いてから、立ち上がった。
「明日も牛乳ゼリーなのか!? 我も食べるぞ!」
「魔王様は一日お休みです!」
「なんだと!?」
ムッと睨みつけてくるが、悪いのは勝手におやつを食べてしまった魔王様である。
「この前だって使用人さんたちの分の一口ドーナツ食べちゃったじゃないですか! あれだけ他人のおやつは取っちゃダメって言ったのに……」
「で、でも今回はわざとじゃないぞ? 誰もいなかったし、忘れているのかと思って……」
りんご飴を渡してからというもの、魔王様が約束を破ることはなかった。
あれから何度もりんご飴を渡していて、もう大丈夫だろうと安心しきっていた矢先のことであった。
目線を逸らし、必死で言い訳をする魔王様だが、落ち込みたいのは私も同じだ。
「通信機があるんですから、困った時は使ってください」
「……悪かった」
「もう人のものを勝手に食べないって約束しますか?」
「約束する」
項垂れる魔王様だが、それが悪いことであると理解してくれたらしい。すんなりと受け入れてくれて良かった。
反省しているのが分かるからか、タイランさんも責めるようなことはしない。すでに明日のおやつに想いを馳せている。ならこの件はこれで終わりだ。
「じゃあ明後日は魔王様の食べたいお菓子を作ります。本で調べますから、今日中に食べたいの考えておいてくださいね」
「明日の牛乳ゼリーは……」
「それはお預けです」
「ううっ仕方ない……。なら明後日はラズベリーパイを作ってくれ」
「ラズベリーパイ?」
思わず聞き返してしまったおやつは、かつて私の得意料理だったものだ。ジュードの好物でもある。
村にいた頃は美味しいラズベリーが手に入る度、ジュードのためにラズベリーパイを焼いた。
二人分のお茶を用意して、焼きたてのラズベリーパイを切り分ける。美味しい美味しいと幸せそうに食べてくれる彼を見ながらお茶を飲むのが私の幸せだった。
彼に捨てられた日を境にそれは最悪な記憶と成り果て、ラズベリーパイは世界で一番嫌いな食べ物へと変わった。
とはいえ、魔王様には関係のない話である。
あの匂いを嗅ぐのも嫌だが、調理中は窓を全開にして、自分の分は作らなければ良いだけ。
「面白い」「続きが気になる」など思っていただけたら、作品ブクマや下記の☆評価欄を★に変えて応援していただけると励みになります!




