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38.品質保持魔法と保存魔法

「お約束してくださるなら、これをあげます」

「そ、それは!」

「りんごを飴でコーティングしたものです。元々オルペミーシアさんにお渡しするはずだったのですが、約束をしてくれるというのなら、特別に魔王様にお渡しします」


 キラキラなおやつは魔王様の心を奪えたらしい。

 見たことのない食べ物を前に、強く心が揺さぶられているようだ。空中で手を動かしている。


 けれど約束を結ぶまでには至っていないようだ。後ひと押しといったところか。


 だがそれで焦ったりはしない。私は魔王様を陥落させるためのとっておきのワードを持っている。


「ちなみにミギさんとヒダリさんは大絶賛でした」

「うっ……」


 大絶賛というワードに魔王様の瞳は大きく揺れた。

 そして少し迷う仕草は見せたものの、すぐに腹を括った。分かった……と小さく溢した。


「守る。守るから、それを我に!」

「ならどうぞ」


 交渉成立。空いたカップと交換する形でりんご飴をあげる。


 いくら魔王様といえど、魅惑のワード『大絶賛』には叶わなかったらしい。しかも調理人であるミギさんとヒダリさんによるものなので、効果は絶大だったという訳だ。


 早速袋から取り出して食べ始めている。

 美味いな~美味いな~と繰り返しているので、私にばかり有利な約束になっていなかったようだ。ホッと胸を撫で下ろす。


「なぁもうないのか?」

「今日はこれでおしまいです」

「一回きりなのか? こんなに美味しいのに……」

「なら今度から、魔王様が良い行いをした時にりんご飴をあげるというのはどうでしょう? 良い行いかどうかは私が判断します」


 いい子にはご褒美作戦である。

 りんご飴の美味しさが伝わった後、ということもあり、魔王様はすぐに食いついてくれた。


「わかった! それでいいぞ!」


 まだまだ魔族との感覚の違いはあると思う。けれどこれで少しでも変わってくれるといいな。そう思いながら約束を交わす。すると後ろからぬぼっと何者かが現れた。


「なぁ、俺はそれ、もらってないんだが?」

 タイランさんである。いつからいたのかは定かではないが、ひどく不満げ。


 だがこれは魔王様がいい子にするためのおやつだ。

 魔王様もすっかり自分のおやつとして認識してしまっている。空になった袋を背中の後ろに隠してしまう。


「タイランにはやらんぞ!」

 魔王様は袋を隠したまま「我の分だからな!」と叫びながら走り去っていった。


 向かう先は王の間だとしても、すでに食べる場所がないそれを持ち帰ってどうするつもりなのだろう。


「ダイリ……」

「すみません。代わりにタイランさんには小さなジャムクッキーを用意しますので、それで今回は我慢してください」

「小さなジャムクッキー?」


 その言葉にタイランさんの気持ちが大きく揺れた。分かりやすいほどに興味津々だ。

 先ほどのおやつタイムでもとても気に入っていたようだったし、すんなりと機嫌を直してくれそうだ。


 昨日の分はオルペミーシアさんに渡す点を考慮して、可愛らしい見た目のものを作った。それと同じ物が食べたいと言われたので、今日用意したものも全く同じ。


 だが私は小さい物の方が馴染みが深い。

 前世では近所のスーパーに必ず大袋のりんごジャムクッキーが置いてあったため、度々目にしていたのだ。


 ちなみにこの品はかなり恐ろしいものである。

 美味しい・一口サイズ・大袋という禁断の条件が三つも揃ってしまっているため、無意識にパクパクと食べてしまうのだ。


 少量を皿に分けていれば食べ過ぎを防げるなんて思わないで欲しい。閉じた袋を開けて、初めよりも多く皿に入れるまでがセットだ。


 作業のお伴に選んでしまったなら、終わった頃にはどのくらい残っているか。確実に残量の方が少なくなる。


 正直、タイランさんには渡してはいけない食べ物の一つである。


「口の大きめな瓶に多めに入れて渡します。湿気ちゃうかもしれないので、数日経って残った分を回収して、中身を足すようにしますね」

「保存魔法をかけるから回収は不要だ。代わりにりんごジャムとアプリコットジャムのものをそれぞれ一つずつ欲しい」

「保存魔法? 食料庫の品質保持の魔法とは別物ですか?」

「品質保持は素材の状態をそのまま保たせるための魔法で、保存魔法は素材に限らず何にでもかけられる。基本的には対象を絞った品質保持の魔法の方が簡単だとされるが、食料庫のアレは異次元だ。また保存魔法も期間を短めに設定すれば、十分ダイリでも使いこなすことが出来る」

「便利な魔法ですね!」

「俺はポーションを保管するために使っているが、ダイリの場合はおやつを大量に作って保存しておく、なんて方法にちょうどいいんじゃないか?」

「なるほど。作りすぎちゃったからって、その分も出す必要がなくなるんですね」


 ストックがあれば、もう少し欲しいと思った時に何かをそっと添えられるし、ケルベロス達がいつもよりもお腹を空かせていた時にも便利だ。


 それから今日新たに加わった魔王様へのご褒美も、いいことをした時にすぐに渡した方が魔王様も嬉しいだろう。


 私も習得できそうなら、是非覚えておきたいものだ。


「夜食としてもおやつが食える」

「……もしかしてタイランさん、今後も部屋に持ち帰る分を狙っています?」

「こんなのすぐなくなるからな」

「一気に食べちゃダメですからね?」


 ジャムの時のように一気に食べられては困る。無意識にポリポリと食べ進める姿を想像して、疑わし気な視線を向ける。


 するとタイランさんはふうっと短く息を吐いた。


「分かっている。せっかくもらったものを取り上げられたらたまらないからな」


 好きなものを大量に食べてしまう癖は自覚しているらしい。作り手としては嬉しいが、もう少し自分の健康面についても考えて欲しいものだ。


「じゃあ頼んだ」

 タイランさんと分かれ、キッチンへと向かう。ミギさんとヒダリさんはまだまだ帰って来る様子はない。


 オルペミーシアさんのりんご飴と、タイランさんに渡す分のジャムクッキーをサクッと作ってしまおう。ついでだから自分の分も。


 材料を取りに行く前に、空き瓶があるかシエルさんに聞かないと……。

 そう思い、彼女に声をかけたところ、作る量が一瓶ほど増えた。二種類のミックスを希望とのこと。


 オルペミーシアさんもりんご飴を気に入ったようだ。

 タイランさんのもの言いたげな視線をビンビンに感じたが、スッと瓶を差し出せば満足そうに頷いてくれた。


 ただ、後日渡したノート代は受け取ってもらえなかった。

 物々交換ならもらう、と言われ、なくなくお金をポケットにしまったのは言うまでもないだろう。


いつも応援頂きありがとうございます。

この度、本作の書籍化が決定しました(´▽`*)


詳細は後日改めてご報告させていただきます!

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