第6話 ギルドに行ってみよう
「あ、そうだ、あのおじさんだ」
マホは翌日もゲームにログインしていた。
噴水前に出ると、反対側の男キャラが点滅している。
色黒でガッチリした体型の掲示板で指示男と呼ばれていたNPCだ。
噴水を挟んでいた為、気付くのが遅れる。
「ん? 見かけない顔だな。ここは初めてか?」
指示男の前に行くと、向こうから声を掛けてくる。
「えっと……二度目、かな?」
「そうか、初めてなら戸惑うのも仕方ないな。まずはギルドへ行け」
どうやらチュートリアル直後のログアウトは開発も想定していなかったらしく、ボイスはそれしか用意されていなかったようだ。
「えっと……まぁ……はい……」
マホは初めて来たからというよりその指示男の返しに戸惑った。
「ん? ギルドの場所か? マップくらいあるだろ?」
マホを無視するかのように固定のセリフを続ける指示男。
これではマホが戸惑うのも無理はない。
これまでAIと話していたが、指示男のようなイベント用のNPCには正確なイベント進行の為にそれは搭載されていない。
ゲーム経験者であればNPCの特徴とすぐにわかるのだが、マホは初心者だ。
「え? あの……」
更に唐突に出てきたマップという言葉にマホはより混乱する。
「なんだ、マップの見方もわからんのか。右上に小さい地図が出ているだろう? それに触れてみろ」
そこは進行用NPC、ちゃんと説明が入る。
視界の右上にあるミニマップ──マホはその名称も知らないが──に触れると、目の前にマップウィンドウが表示される。
「あっ、地図が出ました!」
「それがお前の現在地のマップだ。シナリオイベントでは常に、クエストイベントでは任意で目的地が赤く表示される。さぁ、最初のシナリオイベントだ!」
指示男がそう言うとマップより手前にウィンドウが現れ、
ギルドに登録しよう! 1/2
マップを駆使してギルドへ行く。
と表示されている。
そのウィンドウを閉じると、マップには赤い点が出現する。
「ここに行けばいいんだね。ありがとう!」
「気をつけろよ」
そう言うと指示男は視線を外して微動だにしなくなった。
「もう行っていいってことなのかな?」
そう判断してその場を離れ、赤い点を目指して歩き出す。
これはマホには変わった人との出会いという認識だった。
そして、それを心配そうに見つめる赤毛の男。
「こりゃあ新人どころか完全にゲーム初心者だなぁ。ま、最初は難しいクエストもないし、変な奴が絡んでインしなくなることがないようにだけ見守るか」
下手に手助けしすぎるのもつまらなくしてしまう要因になる、ということを男は理解していた。
困っていたら助けようと決め、ギルドに先回りするのだった。
「着いた……ここがギルドなのかな? おっきいなぁ。体育館くらい?」
辿り着いたのはその街で一際大きなレンガ造りの建物。
マップの赤い点はその入り口の巨大な扉を指していた。
「重そう……開けられるかな……?」
不安に思いながら近付くと、マップの赤い点が消え、またウィンドウが現れる。
ギルドに登録しよう! 2/2
受付嬢に話しかける。
目標を達成したことで次に切り替わったようだ。
マホは「なるほど」と呟きながらウィンドウを閉じて扉に手をかける。
すると、扉はギギィと音を立てながら簡単に開く。
「うわっとっと」
重そうな見た目に釣られて力を込めていたマホは、前のめりになりながらギルドに入った。
中は真ん中を通路として避けて、両側にテーブルがいくつも並び、そこに何人かのプレイヤーが陣取っている。
そして正面奥にはカウンターがあり、その向こう側に五人の女性NPCが座っていた。
ミニマップの赤い点はその中の左端の女性を指し示す。
「うわぁ……!」
マホが周囲をぐるりと見渡し、期待感溢れる声を上げて歩き出すと、何人かのプレイヤーがガタッと立ち上がるが、通路左横一番奥のカウンター側のテーブルにマホの方を向いて座る騎士風の装備の男がカチャリとその装備を鳴らすと「チッ」と舌打ちをして座り直す。
それぞれ頭上にプレイヤーネームとHPバーが表示されているが、その騎士風の男には【リョウヤ】と出ている。
そしてその向かい側には先程の赤毛の男、【紅蓮】が座っていた。
その様子を不思議そうに見ながら、マホがカウンター左端の受付嬢の前にやってきた。ちょうど先程の騎士風の男の斜め後ろだ。
「いらっしゃいませ! 初めての方ですね?」
「は、はい!」
受付嬢のハキハキとした挨拶に釣られてピシッと気を付けの姿勢で返事をする。
その反応に、ニヤリと笑う者、生暖かい視線を送る者、気にせず身内との会話を続ける者、様々だ。
「ではまず登録を行います。このプレートを持ってお名前を言ってください」
差し出された真っ白なプレートを受け取り、名前を名乗る。
「マホです!」
名前が既に表示されていることがわかっていた為、名乗ることに躊躇いはなかった。
そしてプレートに『マホ グレードF RP0』と表示される。
更に右下には「マホはグレードFプレートを手に入れた」と表示が出る。
「グレード?」
「初めての方はグレードFからのスタートです。これから受注可能となるクエストや倒したモンスターの素材の納品によって得られるRPが一定数に達すると昇格クエストを受けられるようになります」
受付嬢はハキハキとした口調のまま説明を続ける。
ちなみに受付嬢には名前が設定してあり、この受付嬢はララ。黒のロングストレートヘアに切れ目のしっかり者(という設定だが、プレイ上の差はない)。
他の受付嬢は左から順に、ピンクで垂れ目のリリー、明るいグリーンで猫目のルル、スカイブルーでジト目のレイ、ゴールド吊り目のロンと髪色と目つきだけが異なる。
「また、日曜日に開催される闘技場バトルは自身のグレードと同じランクへの参加となります。また、補足ですが、プレイヤーへの攻撃行為、魔法の行使はその闘技場および、稀に開催されるPvPイベント以外では不可能となっています」
「PvP?」
「対人戦。プレイヤー同士での対戦のことさ」
マホの知らない単語が出てくるが、騎士風の男リョウヤがこっそりと教えてくれる。
そしてこの辺りの説明もゲームであることを認識させる為のものであり、敢えてプレイヤー等の単語が使用されている。
「なるほど」
「クエストの受注は入り口隣のボードから行えます。そのほかデイリークエストはログイン時自動で開始されます。デイリークエストの切り替わりはAM5時となっておりますのでご注意ください」
「えっ? なに? デイリークエスト?」
「毎日同じ内容で報酬が貰えるクエストのことで、ログインする日はこれをノルマにするプレイヤーも多い」
「あ、ありがとうございます」
これまたリョウヤが補足説明を入れてくれる。
リョウヤが視線を寄越さずこっそり話してくるのでマホも合わせてチラ見程度で小声で礼を言う。
それを見て紅蓮は頷いている。
マホにとって、この二人に──初日にリョウヤに見られていたことは幸運だった。
でなければ、AI搭載ではない受付嬢相手ではこれらの単語の意味もわからず、先程立ち上がったような連中に目をつけられていた可能性が高かった。
(主に)リョウヤが気にかけている、というのは効果絶大で、余計な入れ知恵をする者に絡まれずに済み、今後のプレイに大きな影響をもたらした。
「進行中のクエストはメニューからいつでも確認ができます。ギルドに登録したことでクエストメニューが解放されていますので確認をしておいてくださいね」
「はいっ」
そう言ってメニューを開くと、ワードとフレンドの間にあった空白にクエストという項目が追加されていた。
そこにはデイリークエストが①から⑥までそれぞれ、
①モンスターを5体倒す 200G
②モンスターを10体倒す 300G
③モンスターを20体倒す 500G
④受注クエストを1つ完了し報告する 1000G
⑤受注クエストを2つ完了し報告する 3000G
⑥デイリークエスト①から⑤までを全て完了する 5000G 100RP
となっている。
「クエストが完了したらここの五人の誰でも構いませんので報告をしてください。そうしないと報酬が受け取れませんのでお忘れなく。また、昇格クエストはこちらでの受注となります。これも覚えておいてください」
「わかりました」
とはいえ、ゲームに慣れないマホにはそろそろ限界が近い。
記憶力には自信がある方だが、始まってから覚えることばかりだ。
「最後に、素材の納品もこちらで承っております。不要な素材やRPを早めに貯めたい場合は納品するのが良いでしょう。それではお楽しみください」
そこで受付嬢ララの説明は終わったらしく、深々と頭を下げてくる。
「グレードFで受けられるクエストのモンスター素材は全て納品して問題ない。Eになる頃には色々見て回っているだろうからそこからは取捨選択するといい」
リョウヤは初心者が陥りそうな部分にだけ助言をし、余計なことは言わない。
「はい。助かります」
マホもこの助言がなければ不要なものに気付かず、無駄に溜め込んでいただろう自信がある。そしていつまでもグレード昇格できない……そんな未来が容易に想像できて、素直に感謝する。
「早速クエストを受けていくかい?」
今度は完全に体を向けてリョウヤが話しかける。
「あ、いえ、今日は様子見だけでやめておきます」
「なるほど。説明はないけど、途中でログアウトしても受注したクエストは継続される。それと、デイリークエストをやる前には必ず何か受注しておくのを忘れないようにね」
「あ、そっか。むむむ……でも中途半端なのは苦手なのでやっぱりやめておきます」
少し迷ったようだが、自分の感覚を優先させた。
今日はそのデイリークエストもやるつもりはない。
「はは、それでいいと思うよ。自由にプレイできるのがこのゲームのいいところだからね」
「はいっ! 色々ありがとうございました!」
「どういたしまして。俺はリョウヤ。初期から長いことやってるから何かわからないことがあったら聞いてくれ。ま、ララさんじゃないけど、楽しんでおいで」
頭上のプレイヤーネームを指差しながら名乗り、その手を振る。
「ララさん?」
「あの受付嬢さんの名前。表示はないしそれで呼んでも反応もないけどね」
つまり完全に開発スタッフの趣味の領域である。
「なるほど! じゃあ、遊んできます!」
よくわからないが、とにかく楽しもうと思うマホ。
元気よくそう言いながら頭を下げる。
「行ってらっしゃい」
リョウヤに見送られてギルドを出た。
そして紹介してもらえなかった紅蓮はリョウヤを恨めしそうに見つめるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
初めてプレイしたMMOはFF11で、サンドリアに降り立ったはいいものの何をしていいのかわからず右往左往して迷子になったのはいい思い出。
でも、マホにはあんまりそうならないようにしてあげようと思っています。