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怒髪冠を衝け!  作者: 村松康弘
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 凄子は刺青の男に支えられて、ベッドの上にあぐらをかいた。座っているだけで頭がぐるぐる回る。

 「あんた、名前はなんてんだい?」

 ベッドから立ち上がって、隣の部屋へ歩いて行く刺青の背中に問いかけた。どうやらここはどこかのマンションの1室らしい。そして刺青の男は、ここで闇医者のようなことをやっているのだろうか。

 冷蔵庫のドアが閉まる音が聞こえて刺青の男が戻ってくる。右手に缶ビール、左手にスポーツドリンクを持っている。

 「ゾンビに名前なんていらねえのさ」

 刺青の男はそう言うとクックッと笑った。凄子が言った言葉を気に入ったようだ。

 「もう名前すらねえんだが、知り合いは『フジ』って呼んでる」

 と言いながら、凄子の前に両手を差し出す。凄子は右手に手を伸ばして受け取った。

 「フジね、あたしは凄子」

 そう言うとフジは黙ってうなづくと、また隣の部屋へ行きスポーツドリンクを缶ビールに代えてきた。凄子はプルトップを抜くと音を立ててビールを食らう。食道を通過し空っ腹に到達する快感に、盛大なゲップを吐き出す。

 「この点滴はいつ外してくれるんだい?」

 と尋ねる。フジは飲みかけの缶を机に置くと、ポールモールに火を点けて、

 「内臓は丈夫なようだな、でも年齢も年齢だから2日ぐれえはおとなしくしてねえと、体力は回復しねえぞ。点滴にはブドウ糖と回復に必要な栄養剤が入ってる」

 と言った。

 「2日か」

 凄子は枕元に転がっている携帯を取り上げ、ゴウゾウに電話を入れる。すぐに電話はつながって向こうにユミのダミ声が聞こえた。今日は蔵よしにいるらしい。凄子は自分の状況を説明しだすと、  「柴山に聞いたから知ってるよ、なんとか無事でよかったわ。リストのことはお前が動けるようになったら、使いの者を出す」

 と答えた。


 フジは急に立ち上がり思い出したように、部屋の隅の小さなテレビのスイッチを入れた。しばらくCMが流れたあと、地方版のニュースがはじまる。凄子は手持ち無沙汰で、飲み干した缶をペキペキ潰しながらながめる。

 『次のニュースです。今朝8時頃、長野市○×町の県道沿いの崖下に車が転落しているとの通報があり、警察と消防が駆けつけたところ、県道からおよそ20m下の沢の中に転落している車が発見され、車内から運転していた男性が遺体で見つかりました』凄子ははっとなり、手を止めてテレビ画面を凝視した。

 淡々と話すスーツ姿のキャスターから画面が切り替わり、緑が深い山間部の景色を映し出す。県道といっても、センターラインのない幅4mほどの道路が映り、緩やかな右カーブの、ガードレールの途切れた部分のアスファルトについたブレーキ痕が映し出された。映像にキャスターの声が重なる。

 『運転していたのは、長野市○×町の自営業、石橋明さん45歳。石橋さんは深夜自宅に帰る際、運転を誤って崖下に転落したと思われます。なお石橋さんの遺体から多量のアルコールが検出され、警察では泥酔状態で運転していたために、運転を誤ったのではないかとみています』

 凄子が目を見開いて画面を見ていると、昨日自分が押し込まれたアストロが、見るも無残な状態で引きずり上げられる映像が流れた。ニュースはすぐに次の話題に移った。

 (これは間違いなく、柴山が小声で言ってた『処分』の結果だろう)凄子の背筋に悪寒が走った。(柴山はやっぱり得体の知れねえ野郎だ、…あたしが今まで見てきた柴山は愛想が良くて善人のようだったが、あの時別人に豹変したように、実体は恐ろしいヤツなんじゃねえか)

 凄子はそう思いながらフジの横顔を見た、無表情な目で画面を見ているが、凄子の視線に気づくとこちらをジロリと一瞥した。

 「なあフジ、あんたは柴山の正体を知ってんのかい?」

 凄子は向き直ると真顔で聞いた。フジはしばらく沈黙のあと、

 「いや、よくは知らねえよ。俺の恩人というべき人と親しいってことだけで。…ただ、『仕事』をするヤツらを束ねてるって話は聞いたが」

 と言うと、飲み干した缶をグシャリと潰した。凄子は、自分も柴山に束ねられてる『仕事人』のひとりなのかと思った。

 「でもあんた、このニュースやるのをわかっててテレビをつけたみてえだったじゃねえか」

 凄子はさっきから気になってたことを聞いてみた。するとフジは、ふんと鼻を鳴らすと、

 「ゾンビになってから俺には妙な能力が宿っちまってな、なんかヤバいことが近づくと、虫の報せみてえなものを感じるんだよ。さっきも急にテレビが気になったからつけてみただけさ。そしたらやっぱりこんなことになってた」

 と話した。


 凄子の携帯が鳴った、取り上げてみると佐々木からだ。

 「よう、おつかれさん」

 と声をかけた。しかし向こうは沈黙している、しばらくして、

 「姐さん…良かった…」

 と泣きそうな声が聞こえてきた。凄子は佐々木の声が妙に懐かしく感じる、

 「どうした?」

 と聞いてみる。電話口でため息をついた佐々木は、あれからのことを凄子に説明しだした。

 佐々木は凄子と別れてから古女房の家に帰ったが、キャップの男と凄子のことが気になって酒を飲んでも落ち着かなかった。そしてしばらく我慢したがたまらなくなって、凄子の携帯に電話を入れてみた。ところがコール音が鳴るばかりでつながらない、いよいよ凄子のことが心配になって棲み家まで行ってみたが留守だった。

 途方に暮れていると、じきにエレベーターの扉が開いて長身の痩せた男が下りてきた。お互いに怪訝な表情を浮かべていたが、ともに凄子のことを心配してやってきた同士だということがわかって、佐々木がそれまでのことを説明すると長身の男はすっとんで行ったと言った。

 凄子はそれを聞いて、柴山がなぜあの場に現れたのかやっと理解できた。凄子も佐々木に自分の状況を手短かに説明した。

 「それで姐さんは無事なんですかい?」

 と聞いてきたので、

 「大丈夫だ、あと2日もすれば、お前とヤってもいいぞ」

 と高笑いする。佐々木は、

 「それは勘弁願います」

 と真剣に断る。


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