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怒髪冠を衝け!  作者: 村松康弘
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 佐々木は凄子の不気味な笑みを見上げると、

 「銭をもらえるのはありがてえんですが、姐さんみてえな怖い人の仕事の手伝いなんて、あたしゃあ恐ろしくて、とても…」

 と言いながら床の上の一万円札を眺めた。凄子は鼻を鳴らす、

 「ふん、てめえに危ねえ真似をさせるつもりはねえよ。…でも断るってんなら仕方ねえな」

 と言いながら、また携帯を取り出した。

 佐々木はあわてて右手を出すと、

 「わかりました、わかりましたよ。手伝いますよ!」

 と半べそをかきながら一万円札を拾い上げ、ポロシャツの胸ポケットにねじこんだ。凄子はニヤリと唇をゆがめて、よしよしと言うと、

 「ところでお前はどこに住んでんだ?」

 と尋ねる。佐々木は少し言いづらそうにためらったあと、

 「へえ、だいぶ昔に別れた女房んとこに転がりこんでおります」

 と言って、ハゲ頭を掻いた。

 「そうか、それとお前は携帯持って…るわけねえよな、先月ムショから出てきたばっかだで」

 と凄子が聞くと、

 「あたしゃ持ってねえですが、古女房は持ってますよ。勤めに出る時も家に置きっぱなしだから意味ねえですけどね」

 と言った。凄子はセブンスターの箱を振って1本抜き出すと、佐々木に差し出す。どうもと言って佐々木がくわえたので、ジッポの火を点けてやる。

 「そいつを借りれねえかやあ」

 凄子もついでにタバコをくわえて火を点けると、鼻から煙を吐き出した。佐々木は少し考えると、


 「へえ、大丈夫だと思いますが」

 と答えた。

 「ちょっと待ってろ」

 と言って凄子は立ち上がると、ポケットから鍵を出して玄関のキーシリンダーを見る。佐々木が空き巣をはじめようとしたところに帰ってきたらしく、大した傷はついていなかった。

 部屋に入るとゴミ箱から紙切れを拾い、自分の携帯の番号をメモして外に出た。佐々木は銭を持ち逃げすることなく、しかし憂鬱そうな顔で煙を吐いていた。凄子は紙切れを渡すと、

 「帰ったらこの番号にかけてこい」

 と言う。佐々木は紙切れを見つめて黙っていた。答えない佐々木に凄子はいくらか腹を立てる。  「おい、言っとくが、てめえばっくれやがったら、ただじゃ済まさねえぞ!」

 と血管の浮き出た右拳を見せる。佐々木は怯えた表情に変わり、

 「わかってますよ、…おっかねえ人に出会っちまったもんだ、えらいとこに来ちまったなあ」

 とぶつぶつ言う。

 床の上でタバコをもみ消すと、

 「そんじゃあ、すんませんでした。そろそろこれで」

 と佐々木は立ち上がり、ヒョコヒョコと歩くとエレベーターのボタンを押す。ハコは5階に止まっていたので扉はすぐに開き、乗り込んだ佐々木はハゲ頭を見せるようにお辞儀をした。扉は閉まったが凄子はしばらく立ち尽くし、佐々木の利用方法を考えていた。


 部屋に戻ると、応接テーブルの上に置きっぱなしの封筒から書類を取り出した。そしてテーブルの隅の老眼鏡をかけると、お香、お香と呟きながらリストを開く。『お香』に何かしらの関連がある人間を探し出すために、かたっぱしから調べる。やがて1時間が経過したが、それらしい情報には出会えなかった。もう一度見返してみたが『お香』にまつわる人物情報などなかった。

 凄子はため息をついて老眼鏡を外すと、タバコに火を点ける。そしてリストの総人数が58人だったことを思い出した。(この街も危ねえヤツがうじゃうじゃしてんだな)と煙を吐く。そして、(まあ、このリストの中に犯人がいると決まってるわけじゃねえからな)と大あくびをしたあと、首の骨をポキポキ鳴らす。


 携帯が鳴った、登録されてない番号だ。ボタンを押して出た、

 「あ、佐々木ですが」

 約束を守り名乗った佐々木の声は、さっきの風貌より若い感じに聞こえる。

 「おう、お前裏切らなかったじゃねえか、よしよし」

 凄子はタバコをもみ消す。

 「はい、…ですが、あたしゃあ何を手伝ったらいいんですかねえ?」

 佐々木は怖気づいたような、困惑の声を漏らした。居候の身分でも、安心して暮らしている場所に戻ったせいだろう。

 凄子はそれを聞いて、

 「まだ考えてる途中だ、だがさっきも言ったように、危ねえことはさせねえつもりだから心配すんな」

 と答える。少しの沈黙のあと、

 「そうですか、年寄りなもんで、なにぶんお願いしますよ」

 と懇願するように言った。

 「空き巣狙いの分際で、年寄りぶってんじゃねえよ」

 「はあ、すんません。…ところで、姐さんは何て名前なんでしょう?」

 と聞き返してきた。

 凄子は言われて、自分が名乗ってないことに気づく。

 「土橋凄子ってんだよ」

 と答えた。すると佐々木は、

 「え?セイコちゃん?」

 と言って、生意気にも電話口で笑い出す。凄子と同い年の元アイドル歌手を連想したのだろう。凄子のこめかみに血管が浮き出す、

 「てめえ!なにがセイコちゃんだ!なめてやがると、ぶっ殺すぞ!」

 途端に電話の向こうは沈黙した、そして、すんません…と沈んだ声が聞こえてきた。

 凄子は興奮を収めると、

 「まあいい、それよかお前はいつでも電話に出れるようにしとけ」

 と言って、電話を切った。気を取り直して、もう一度リストに向き合う。(とりあえず『お香』は忘れて、『若い男』を抽出しよう)とリスト中の人間をピックアップすることにした。30歳までの人物のリストを分類して、もう一度頭に叩き込んだ。


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