海辺の夏の昼下がり
「何が図書室で勉強だ!あの学級委員長め!」
「でも、勉強に限らず図書室内なら本も読んでいいって言ってただろ?」
「うるさい!あんな所の本なんてつまらないものしかないだろ!」
昼下がりの夏。学校から続く浜辺で石ころを蹴り飛ばしながらクラスメイトの女子高生の霧島理花は安納茂、つまり僕に理不尽に怒ってきた。
「教師でもないあいつにしのごの指摘される筋合いはない!ま、教師が居たとしてもホイホイ言うこと聞く気はないがな。」
ヒッヒッヒと笑っているが、僕は全然笑えない。そもそも何で学級副委員長の僕が、あきらかに問題児なギャルと一緒にこの昼下がりの時間帯に学校にいないのか。それは今日の昼休みの終わりに遡る。
午後の授業の先生達が皆出れなくなり、五六時限目のどちらも自習になっていたのだが、学級委員長の福安晶奈さんが「このままだらけながら自習するのはもったいない!皆で図書室で読書の時間にしましょう!」と発案したのが事の発端だった。
それに対して理花が「なんで嫌々静かにしないといけないとこに閉じ込められなきゃいけないんだ!」と反発。
そこから福安さんが「あなたは自習時間になると勉強せずに遊んでばっかで騒がしくするじゃない!」と言い返して口喧嘩が始まってしまったのだ。僕は副委員長として止めないわけにはいかず、二人の間に入ろうとした。
そしたら・・・・
「なんで僕まで無断早退しなきゃならないんだ理花!僕も怒られること確定じゃないか!」
「ピーピー言うな!あんただってあの堅物女に勝手に決められるのは気に食わないだろ?」
「それは・・・」
一概に否定は、できない。確かに福安さんは勉強もできてリーダーシップもある。けれどその強いリーダーシップと責任感のせいで、自分が行動しなければならないという使命感に囚われる事が多い。今回もそれが原因で今に至るというわけだ。
「だってそうだろ?毎回毎回偉そうなことばかり言いやがって!」
「その言い方やめなよ。というかこれからどうするんだ?まだ帰るわけにもいかない時間だし。」
僕が聞くと理花は突然海辺の砂浜にある、潮浜公園に入っていった。潮風が彼女の制服の裾を揺らし、波の音が絶えず耳に届く。そして鉄棒を掴むと理花は回り始めた。
「ちょっと、聞いてる?」
「どうせ帰ったってババアにどやされるんだ。もう少し、だべってこうじゃないか。」
途中逆立ちしたまま理花は言ってきた。どやされるのが嫌なら最初から無断早退しなければよかったのに。
「そういえばお前、この間のゲー研(ゲーム研究部)の全国大会に出たらしいじゃないか。どこまで進んだんだ?」
「え?それ今聞く?」
「時間つぶしだよ。十六時半まであと三時間はあるぞ。」
つまり時間つぶしの相手がほしかったわけだ。それに気づいた僕は小さくため息をつく。でも話に付き合わないとめんどくさくなりそうなので話すことにした。
「準優勝だよ。溝鼠高校の人に負けてさ。」
「溝鼠高校?」
学校名を聞いて理花は逆立ちしたまま考え始める。そして「ああ・・・」と思い出したような声を出した。
「本州の端っこにある"名無し高校"かあ。お前あんな所に負けたのか?」
「あんな所って・・あそこは学校としてはともかく日本のゲーム好きなら皆知ってるくらいの強豪のゲー研がある高校だよ?正直、準優勝でも価値ある対戦だったね。」
「は?お前準優勝で満足してるのか?」
自分の事でもないのに理花は鋭い目つきで睨んでくる。むかしからそうなのだが、僕が悔しかったり嬉しいことがあったりすると彼女も同じような態度を振る舞ってくるのだ。僕は首を横に振る。
「卒業年の来年こそは優勝する。そのつもりで練習に励んでるよ。それに来年のゲームは決まってて、僕の得意なゲームなんだ。これはもう優勝は決まったようなものさ!」
「おお!そのいきだな!」
早速自分の事のように勝ち気になりながら鉄棒で回っている。
「そんで?そのままプロゲーマーになるのか?」
「うーん。ならないかも。」
「は?」
僕がてっきりプロゲーマーを目指すのだと思っていたのだろう。理花は意外そうな顔をした。
「じゃあお前進路どうするんだよ?お前からゲームとったら何も無いぞ?」
「普通に失礼だね。」
デリカシーの無い理花の言葉に僕は思わず苛ついた声を出してしまった。
「僕のやり込んでるゲームを作ってる会社が東北にあるんだ。専門学校行って、その会社に就職しようと思うんだ。」
もちろん、プロゲーマーを目指そうと思った時期もあった。だけど好きで遊ぶのと仕事でやるのではまた違ってくると思った。それでもゲームの仕事がしたかった。それで「逆にゲームを作る側になってみたらどうか」と周りから意見をもらった。それを聞いて僕はいろんなゲーム開発の仕事について色々と調べ、最終的に僕が好きなゲームを作る会社の存在を知り、それからはそこを目指すようになっていた。
「ふーん。何ていうか、意外だな。」
僕の進路を聞いておいて理花は鉄棒しながら聞き流す。こういうところも幼稚園の頃から変わらない。
「そういう君は?高校卒業したらどうするんだい?」
僕がそう聞いてみた途端、理花は鉄棒をしていた手を止めた。
「・・・・別に何でもいいだろ。」
「別にって。君も何かあるだろ?僕がゲーム開発に携わりたいようにさ。」
「こんな今しか考えない不良生徒に、将来なんかあるわけないだろ。親父は歌舞伎役者だけど、私は興味ないし。」
「じゃあ、化粧品の仕事は?」
「・・・喧嘩売ってるのか?」
化粧という言葉を聞いた途端、理花の表情が険しくなった。僕はよく理花の家に遊びに行っていたから分かるが、彼女のは化粧品メーカーの大手を経営している。彼女の母親とも話した事があるが、できるなら娘の理花に後を託したいと言っていた。
しかし肝心な本人はため息をついている。
「私なんかに、化粧が似合うわけないだろ?」
「そんな事ないよ。それに君だって化粧品について勉強しているじゃないか。」
「な!?お前何でそれを!?」
「いやだって授業の隙や休み時間とかに化粧品雑誌開いてるのよく見るし。」
「っ!!」
もしかしてずっと見られてないと思っていたのだろうか。理花漫画の中のように顔が真っ赤だった。
「もしかして図書室だと教室の窓際の席じゃないから恥ずかしかった、とか?」
「う、うるさーい!!」
「うわぁ!?」
すると理花は着地するなり砂浜の砂を僕の顔めがけて蹴り飛ばしてきた!真夏の熱い砂が目に入って痛い!
「黙って聞いてれば遠慮なく言いやがって!お前にはデリカシーは無いのか!」
「それは悪かったけど!いきなり砂かけることないじゃないか!」
「うるさいうるさい!悔しかったらお前もやり返してみろ!」
「いややるわけないでしょ!子どもじゃないんだから!」
目をハンカチで拭きながら返した。だがその後の理花の返答が来ない。顔を上げると、つい今まで怒っていた理花は海の方を見ていた。その顔は眉が下がり、どこか不満そうだった。
「小学生の頃は、よくやり返してきたじゃないか。」
「え?」
僕は思わず聞き返した。理花が落ち込み気味な声を出すなんて、今まで無かったから。
「私が砂をかけて、お前が仕返しに水ヨーヨー投げて水浸しなったら、お互い親に怒られてさ。」
「ああ・・・あれかぁ。」
理花の言葉に僕は思わず苦笑いをこぼした。そう言えばそんな事もあったっけ。ご近所で昔から理花とは小さな事でも張り合って、その度に周りに怒られていた。
「でも僕達も、もうすぐ大人になっていく歳だからね。」
自分で言っておきながら、その言葉の中に寂しさが残る気がした。聞いていた理花の顔はより寂しくなっていく。
「・・・大人になる、ねえ。」
そう呟きながら理花は砂浜に座り、海を眺めていた。
「そうしてお互いに、つまらない奴になっていくのかな。」
理花らしくないネガティブな言葉だった。彼女のことだ。下手に慰めの言葉を口にすれば逆ギレしてしまうだろう。
「そんなことないよ。」
それでも僕はさり気なく彼女の隣に座って話を始める。
「大人になるとは言ったけど、変わらない部分もあるよ。」
「・・・・」
「例えば、子供の頃みたいに砂かけてくるところとか。」
「・・っ。」
僕なりの言葉をかけた時、理花は肩を震わせた。まずい。駄目だったか?
「っぷ!アッハハハハ!何だよそれ?結局そこかよ?」
突然腹を抱えながら、理花は砂浜に手をついて笑い転げていた。そしてひとしきり笑い終えると「ふぅ・・」と言いながら僕の方に向いてきた。
「ホント痛いところ突いてくるよな、お前は。」
そう言った理花の表情にはさっきまでの寂しさが嘘みたいに和らぎ、いつもの笑顔が戻っていた。
「でも、何だか安心した。お前が小学生の頃と変わらなくて。」
「そ、そうかな?」
「ああ。ちょっと堅物になったけどな。」
「いや堅物は余計だよ。」
僕がツッコミを入れると理花はまた笑い、僕もつられて笑ってしまった。
穏やかな青い海から流れてくる潮風が、何だか心地よかった。




