夏祭り
「おーい茂、置いてくぞ!」
「いや、理花が足早いんだって!」
一人早歩きで神社の階段を上がって行く霧島理花に僕安納茂はつっこみを入れた。僕と彼女は高校一年生のクラスメイトで幼なじみ。今日は夏休みの後半で、宿題を終わらせた僕は午後は読書しようと思った矢先、理花から「暇か?暇なら神社の前集合な!」というメールがきた。断ったら後々面倒くさくなりそうなので仕方がなく行った。そしていざ来ると、そこには青い浴衣姿の理花が居た。ここまで来ると、彼女の用事が何となく分かった。
「よおし、お祭りだぁ!」
海老月神社の夏祭り。僕らの住むこの町では毎年恒例の行事だ。そういえば中学よりも増えた宿題に追われてすっかり忘れていた。時間は夕方で、神社は遊びに来た町人や屋台で賑やかだった。
「さあ茂!思い切り遊ぶぞお!」
「待ってよ理花!君は宿題は終わらせてるのかい?」
「そんなもん後でお前のを写すから問題ない!さあ行くぞ!」
「は?いやそれカンニングじゃないか!?」
僕は注意しようとするも、理花はさっさと祭りの中へと行ってしまう。しょうがないと思いながら僕も彼女の後を追いかけていった。
僕たちが最初に寄ったのは焼きそばの屋台。中濃ソースとひき肉と麺を炒める香ばしい匂いに理花は釣られるように来た。
「いらっしゃい!おや?理花ちゃん今年は茂くんと一緒かい?」
「ああ。うるさいババアも「自己責任」ってことで同伴しなくなったからな!」
理花は嬉しそうに笑う。そう言えば僕も中学の頃までは外出は親が必ず同伴していた。高校生になってスマホを持ってからはようやく自由に外出できるようになったのだ。
「それで?焼きそばは何にすんだ?」
「あ、じゃあ普通で。」
「オムそば!青のりとマヨ多めで!」
「あいよぉぉ!」
僕たちの注文を受けたおじさんは焼きそばが入ったパックを手早くくれた。毎年頼んでるのか、理花用のオムそばも用意していた。
「おっちゃん!毎年ありがとな!」
「あったぼうよ。理花ちゃんも今年も来てくれてありがとさん!」
理花は受け取ったオムそばを一口頬張ると、満足そうに笑った。
「うまっ! 茂も食べてみろよ。」
「僕は自分のあるから。」
「遠慮すんなよ!ほら一口。」
理花が言うので彼女のオムそばを一口もらう。卵の甘さとソースがよく合っていて確かにおいしかった。
「うまいだろ?」
「うん。ちょっと悔しいけど。」
「ふふん!よおし次はたこ焼き行くぞ!」
そこからも僕と理花は夏祭りを歩いた。昔から食べることが好きな彼女は、たこ焼き焼き鳥お好み焼きと次々と食べていった。
「ああくそ!またダメだ!」
破けたポイを見ながら理花は不機嫌そうに言った。そろそろ食休めをしようと僕たちは金魚すくいのコーナーに来ていた。先ほどから理花が四回ほど挑戦しているのだが、いいところでポイが破けてしまうのだ。
「あのお……そろそろ後がつっかえてるんですけど……」
「うるさい!あと一回だけだから!」
店主が控えめに促すが、理花は食い下がる。
「理花。」
見かねた僕は彼女の肩を軽く叩く。
「僕がやってみるよ。」
「え?がり勉のお前が?」
一言余計だが、僕は百円払って新しいポイを受け取ると、プール内を泳ぐ金魚たちを目で追いかける。逃げられなようにそっとポイを軽く沈ませる。そして一匹の金魚がポイの上に来た。
(今だ!)
僕はそっと素早くポイを持ち上げる。そのままポイが破ける前にさっと器に移した。
「はぁっ!?」
理花が驚きのあまり目を丸くしていた。
「茂くん、上手だなあ!」
店主が感心したように笑った。
「祖父が金魚すくいにはまってた時期があって。その時にコツを教えてくれたんです。」
「お前そんな得意分野隠してたのか?ずるいぞ!」
「別に隠してたわけじゃないけど。」
悔しそうにする理花に僕は苦笑いをした。
「もう一回! 今度はコツ教えろ!」
「いやもう人が並んでるって……」
駄々をこねる理花に、僕は肩をすくめた。
「ほら。君が狙ってたやつ取ったから。」
僕は捕まえた金魚が泳ぐ袋を渡した。金と赤と白の三色の金魚を見た理花は一瞬目を光らせるが、すぐにふんっと顔をそらした。
「別に頼んでないけどな。まあこれで妥協するよ。」
そう言いながら理花は金魚を受け取るとさっさと行ってしまった。僕は後ろの人に後を譲ってから彼女のもとへ行った。そこからは水ヨーヨーを釣ったり、りんご飴やイカ焼きを食べたりしながらお祭りを楽しんでいた。
「あ。」
神社の通りを歩いていた時だった。僕は綿菓子屋さんの前で足が止まった。
「なんだ茂?わたあめ買うのか?」
「え?あ、いやその.....」
僕は恥ずかしくて言えなかった。売ってる綿菓子の中に、好きなゲームキャラクターの袋の綿菓子があるだなんて。ましてや彼女の前で買うとか恥ずかしい。絶対にいじられる……
「おばちゃん。そのわたあめくれ。」
僕が何も言えずにいると理花が綿菓子屋に行った。そして彼女はお金を払うと綿菓子を一袋受け取って僕のところに来た。
「ほらよ。」
理花はぶっきらぼうに僕に買った綿菓子を渡してきた。
「え?」
僕は思わず目を見開いた。理花が買っきた綿菓子の袋はまさにゲームキャラクターのやつだった。
「これだろ?欲しかったやつ。」
「な、何で分かったの?」
「お前さ。」
理花は呆れたように言ってくる。
「これ見たまま、五秒くらい固まってたぞ?」
「え!?そうだった?」
「うん。あとはこれのお返しだ。」
理花は僕が先ほどとった金魚を見せながら言ってきた。
「これでお互い貸し借りはないだろ?」
理花は鼻で笑ってくる。彼女の素直じゃない態度に僕も小さく笑った。
「そうか。それでもありが…」
僕はお礼を言いかけたその時、正面の向こうから見覚えのある人が歩いてくるのが見えた。
「どうした茂?」
「あの人って…」
僕は通りの向こうに視線を向ける。歩いてきたのは赤い浴衣姿の女子高生だった。
「あら。安納君こんばんは。」
向こうから挨拶してきたのは福安晶奈。
理花と同じ僕のクラスメイトだ。勉強が得意で、クラスで一番真面目な人だ。
「こんばんは。福安さんも夏祭りに?」
「ええ。夏休みの宿題も終わったし、休もうかと。それと…」
そう話し終えた福安さんの視線が理花に向いた。
「霧島さんも一緒だったの?」
「あ、いや。彼女とは……」
「偶然会ったから連れ回してるんだ。」
僕がごまかす前に理花があっさりと言った。それを聞いた福安さんの表情が険しくなる。
「霧島さん。まさか安納くんを無理やり連れ回しているの?」
「あん?こいつが勝手についてきてるだけだ。」
(いや、元々君が誘ったんじゃないか…)
「安納君がそれでいいと言うなら構わないけど……。」
福安さんは小さくため息をついた。
「それより、霧島さん。夏休みの宿題はちゃんと終わったの?」
「……終わらせる予定だ。」
「予定って。その考え方がよくないのよ霧島さん。」
「どうせ夏休みはまだあるだろ?」
「そんなこと言っていたら、三連休の時みたいにまた居残りになるわよ?」
「ああもううるさいなぁ!行くぞ茂!」
「え?ちょ、ちょっと理花!?」
「ちょっと霧島さん!」
福安さんの制止も聞かず、理花は僕の手をつかむと、そのまま人混みの中へ駆け出した。
「理花。福安さんにあの態度は無いだろ?」
福安さんと別れてしばらく歩いたところで、僕はようやく口を開いた。ところが理花は返事もせず、ビニール袋をガサガサと漁っている。気がつけば僕たちは、本堂の石段の前まで来ていた。
「確かこの中に……」
理花はそう言って石段に腰を下ろす。
境内の賑わいは少し離れ、屋台の呼び声や笑い声が夜風に乗ってかすかに聞こえてくる程度だった。
「ほら。」
理花が袋から取り出したのは、小さな線香花火だった。
「買ってたの?」
「昼間にスーパーでな。」
マッチを擦ると、小さな炎が揺れ、線香花火の先に淡い火が灯る。ぱちぱちと火花が弾けるたび、僕らの顔がオレンジ色に照らされた。
「夏なんだし良いだろ?親が居ると好きなようにできないし。他の連中が来てもうるさいだけだし。」
理花は線香花火を見つめたまま話してきた。
「でもお前だったら、こういうのにも付き合ってくれるだろ?」
「…それで僕を呼んだのかい?」
理花は線香花火の火をじっと見つめたまま、少しだけ黙る。
「……あとは荷物持ちにもなるし。」
「そっちが本音?」
「さあな。」
その後も僕らは他愛もない話をしていた。
屋台の食べ物のこと。学校のこと。夏休みであったこと。何の実りも無いはずなのに、不思議と心が楽しかった。
だがそうこうしているうちに、線香花火の火玉が、ぽとりと地面に落ちた。
「終わっちゃったな。」
理花が名残り惜しそうに呟く。僕も同じ気持ちで頷いた。
ドンッ!
その時、夜空を震わせる大きな音が聞こえた。
「理花、あれ!」
「ああ。」
僕たちは同時に夜空を見上げる。赤、青、黄色、緑と色鮮やかな光る大輪の花火が咲き誇っていた。
「やっぱり夏はこれだな。」
理花は嬉しそうに呟く。
「うん。」
「一緒に来て、良かっただろ?」
「そうだね。」
理花は満足そうに笑い、僕もつられて笑った。
「茂。」
「ん?」
「来年も一緒に見に来ような。もちろん荷物持ちで。」
「はいはい。」
僕が苦笑すると、理花は得意げに笑った。
その笑顔の上で、大輪の花火が夜空を彩った。




