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「アンカー! 自分の立場をわきまえなさい! 神はお前を不憫に思いやり直しの機会を与えてくださったというのに、感謝せず恨むとは!」
突然アンカーの前に、光の玉が現れ人の形に変化した。
これは最初に聞こえてきた声だと、すぐにアンカーは理解して、抜いた髪を投げつけ床に落としたままの破片と肉片を掴み上げそれも投げつける。
「感謝せよと? 私は神様が義妹と私の区別をしっかりとしてくださっていれば、私は一番最初の人生を幸せに終えられた筈なのに? そんなことも出来なかった無能に感謝なんて、冗談じゃない。たかだか魔力が私のものだった、それだけで愛し子を見誤り、最後の最後どうしようもなくなった時に気がついたのよね? それが無能でなくてなんというのよ」
アンカーが自分の見た目と魔力を取り戻せたのは、牢屋に入れられ腕輪を取り上げられたせいだった。
奴隷の腕輪は普通なら安物を使うけれど、アンカーが嵌められていたのは一見奴隷の腕輪には見えない豪華なものだったから、牢番は罪人に高価なものは不要とばかりにアンカーの手を斧で切り落とし腕輪を奪ったのだ。
従属させられている奴隷自身では絶対に外せない腕輪は、第三者には簡単に外せるものだった。
奴隷が腕輪をしたまま死ねば、奴隷だったアンカーが主人である義妹に命令され行っていた『姿替えの魔法』と『魔力譲渡』は奴隷の命を対価として、永遠に義妹に掛かったままになる筈だった。
つまり、アンカーの見た目は永遠に義妹のものになり、魔力譲渡の元のアンカーが死ぬ時、アンカーの魔力は義妹のものになる筈だったのだ。
そうなるように、公爵達は大金を使い魔道具を作らせアンカーを捕らえさせたのに、最後の最後で牢番がしでかしたのだ。
「私は牢番に手首を斧で断ち切られ、腕輪を奪われることで自由になったわ。でも姿変えの魔法は解かなかった。死ぬ間際まで魔力だって譲渡し続けていた。切られた手首も血を止めて手首があると皆が誤解する魔法を掛けたわ」
『なぜ』
「だって、止めたら従属の腕輪が無くなったと気付かれてしまうもの、それじゃ復讐にならないでしょう?」
うっとりとした顔で笑うアンカーを、神と神の使いは恐ろしいものを見る様な思いで見下ろした。
「私が奴隷の腕輪、従属の魔法が掛かったまま死んだら、両親と義妹の思い通りになってしまう。だから最後の最後で復讐したの、処刑される私を見物に来るあいつらに、私こそがアンカーだと宣言して死んでやるって」
アンカーが笑いながら言った通り、アンカーは最後の最後断頭台の上で自分の姿を元に戻した。
そうしてから「自分は今まで奴隷の腕輪をつけられ姿変えの魔法を使わせられていたアンカーです。私は母の名を汚す行いなんて絶対にしていません!」そう宣言しながら首を落とされた。
平民の母と貴族の父の間に生まれた卑しい子供の姿をしていた罪人から落ちた首は、特等席で見ていたアンカーと名乗る女性そのもので、驚く聴衆達が特等席にいる女性に目をやると、そこにいたのは罪人の顔をしたアンカー・センターと名乗る女性だった。
宝石のついた髪飾りを着け結い上げた髪は金髪では無かった。
何が起きたのか誰も分からなかった。
慌てた役人が断頭台の罪人の頭と体を確認して、手首から先が無くなっているのに気がついた。
恐る恐る「これは、彼女の腕輪です。最後は奴隷ではなく死にたいと願ったのを叶えてやりたかったのです」と、牢番は嘘を吐きながら盗んだ腕輪を役人に差し出すと、役人は罪人が奴隷として使役されていたのだと理解した。
『知っている。牢でお前が奴隷でなくなった時、私は愛し子だと思っていた彼女から一瞬アンカーの魔力が消えたのを感じた。そして牢の中にいる罪人から愛し子の魔力を微かに感じた』
「主が私を下界に下ろし、私は牢に向かったけれど、君には私の姿は見えていなかった。自分以外のすべてを拒否していた君に神の使いである私の声は届かなかった」
「そんなもの聞く必要ないもの」
『アンカー、一度目はともかく二度目からはこの者をお前の前に導いてすぐお前は記憶を取り戻した筈、それなのになぜ』
「それならば、なぜ二回目から私と義妹の入れ替わりを阻止しなかったのです。まるで今初めて入れ替わりを知ったような発言をしてますけれど?」
『その通りだ』
「は?」
予想外の答えに、アンカーは目を見張り、信じられないとばかりに目の前の神の使いを見た。
アンカーが自ら付けた傷はすべて神という目の前の光が治してしまったせいで、アンカーは見るのも話すのも不自由しない。こんなに簡単に力を使えるくせに、なぜ自分を罪人のまま殺したのだと、恨みしかアンカーの心には浮かんでこない。
「君の魔力と加護のせいだよ」
「私の、何ですって?」
『アンカーはすべてを恨み呪いながら死んでしまった。だからアンカーが命を落とした瞬間、国と世界の全部が、私を含め呪われてしまった』
「そんな、言い訳……。私の恨みがどれほど深くても、神まで呪う力なんてないわ」
『皮肉なことに私が付けた最初の加護は(思いの強さが力を増幅させる)というものだったせいだよ』
思いの強さが力を増幅させる。
そうアンカーは頭の中で呟いて、最後に自分は何を望んだかと考えた。
すべてを恨んだ。
すべてを憎んだ。
不義の子の義妹の姿をしたアンカーを助けるものは無く、誰もがアンカーを蔑み甚振った。
不貞の末に生まれた平民の血が入った子供の存在は、表立って大国出身の元王女の子供を蔑ろに出来ない貴族達にとって、丁度いい鬱憤晴らしだった。
大国の元王女の娘、しかも神の愛し子のアンカーの姿をした義妹は、好き勝手我儘に生きていた。自分はとても偉いのだ、尊い存在なのだと傲慢に生きすぎて人々の恨みを買っていた。だけど神の愛し子を蔑むことは出来ないから人々は義妹の姿をしたアンカーを甚振り責めた。
不義の子という立場は人々に甚振る理由を正当化させたのだ。
アンカーは義妹の都合のいい存在として生かされていた。
アンカーの魔力は、回復するそばから従属の腕輪により義妹に譲渡させられていた。
魔力というものは、食事をしたり十分な睡眠を取れば回復するが、アンカーの場合、魔力を必要とするくせに与える食事は最低限の量だったし、使用人として酷使されるだけでなくアンカーの振りをした義妹に刺繍や学校の宿題を押し付けられ睡眠時間を削られていたせいで中々回復しないし、回復したそばから強制的に腕輪の魔法で魔力譲渡をさせられるから、アンカーの体は常に疲れていてボロボロだった。
疲れているのにいつだってお腹が空いていて眠いのに、教科書を読むだけですべての教科を暗記させられ些細な間違いも体罰の理由にされた。ほんの少し失敗した刺繍、綴りを一箇所間違えた宿題、それだけでアンカーに与えられる僅かな食事はさらに減らされて鞭打たれる日々。
一度でいいから時間を気にせずに眠りたい、お腹いっぱいご飯が食べたい、疲れていない体になりたい、酷い事を言われたくない、されたくない。体が痛い。鞭打たれた背中が痛い。魔力不足が辛い。
眠い、苦しい、悲しい、辛い、辛い、ただただ辛い。もう解放されたい、お母さんのところに行きたい。
アンカーのそんな願いは一度も叶えられることはなく、最後の最後暗く汚い牢で牢番に手首を斧で切り落とされるまで苦しみ続けたのだ。




