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処刑される悪役令嬢の私を、神獣だけが“覚えている”  作者: 不可


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1/6

1. 処刑されるはずだった

この国には、古い伝承がある。


人ならざる理を持ち、世界の均衡に干渉する存在――神獣。それらは滅多に人前に姿を現さず、ただ静かに、この世界を“観ている”のだと。獣の姿をした神の使いだと書かれた書物もあれば、神そのものだと伝承された地域もあるそうだ。


中でも、極めて稀に"人の姿を取る個体"がいる、と。


それが何を意味するのかを知る者はいない。

ただ一つ確かなのは――それに関わった人間は、例外なく“運命を狂わされる”ということだけ。


(……くだらない)


幼い頃、そう切り捨てた記憶がある。

どうせ誰かが作った都合のいい物語だ。現実はもっと単純で、もっとつまらない。


だから、そんなものはとっくに忘れていた。


――今、この瞬間までは。



王城の大広間は、異様な静けさに包まれていた。


本来であれば華やかな宴が開かれているはずの場所。

けれど今は、誰一人として笑っていない。まるで空気が凍ってしまったかのようだ。


その中心に立たされているのは、私――リシェル・ヴァルディア。


「……リシェル・ヴァルディア。貴様の罪は重い」


第一王子、キースの声が、冷たく響いた。


彼の声はよく通る声だと思う。昔からそうだった。

人を惹きつける声。だからこそ、こうして“正義側”に立つ姿がよく似合う。


(似合う、だけだけど)

そこに本物の正義など、存在していないというのに。

 

内心でそう呟きながら、私はゆっくりと視線を上げた。

周囲を囲む貴族たち。誰もが同じ表情をしている。

嫌悪、軽蔑、そしてどこか安心したような色。


――ああ、やっぱり。


(こういう役回りよね、私は)


誰かが悪者でなければ、この場は成立しない。

そしてその役は、いつだって私に回ってくる。昔から表情に感情がほとんど出ないうえに、人との交流が苦手。

貴族としての階級も平凡。悪役に仕立て上げるには、私ほど都合の良い人材はいないだろう。


 

「度重なる侮辱行為、並びに他貴族への嫌がらせ――」


読み上げられていく罪状。


どれもこれも、少しだけ事実で、そして大半が歪められている。


けれど。


「……弁明はあるか」


問われて、私はほんの少しだけ考えた。言い返すことはできる。証明も、不可能ではない。


でも――


(意味がない)


この場に必要なのは真実じゃない。“納得できる物語”なのだ。第一王子は私を断罪したがっている。そうすれば私との婚約破棄を行えるからだ。両親が必死で金銭で取り付けた婚約を、こうも簡単に破棄されてしまうとは。


 ――別に構わない。

それが正直な感想だった。

私は特に血筋やら階級やら、どうでもいいことに興味はない。それに、第一王子は私を大切に扱わなかった。いずれ他の令嬢と駆け落ちでもすると予感していた。見事にその予感が的中しただけだ。


「いいえ、特には」


短く答えた。ざわり、と空気が揺れる。

予想外だったのか、それとも単に気に入らないのか。

どちらにせよ、もう関係ない。


「何を言っても変わらないのでしょう?」


静かに続ける。王子の表情がわずかに歪んだ。


「……随分と物分かりがいいな」


「ええ。無駄なことはしない主義なの。それが私の取り柄でしょう?」


本当は違う。


ただ、もう疲れただけだ。


説明しても、伝わらない。

否定しても、覆らない。


 権力も、地位も第一王子、キースの方が上なのだ。正論でねじ伏せられるわけがない。貴族社会とは、そういう理不尽が横行するのが当たり前の世界だ。


それなら最初から、何も言わない方がいい。ザワザワと揺れる胸の内に蓋をするように感情を押し込んだ。


 私はこれからどうなるのだろうか。

恐らく、ただの婚約破棄だけで済むような規模の話ではない。わざわざ断罪の場を設けたのだから。


 

目線を移す。王子の隣で、か弱げな令嬢が俯いている。薄桃色の髪がなびき、小さく震える肩。零れそうな涙。


――見事なものだと思う。


(ああいうふうに振る舞えたら、少しは違ったのかな)


ふと、そんなことを考えて、すぐに打ち消した。


(……いいえ、私にはできない)


あれは才能だ。私にはない。


「……最後まで反省の色なしか」


呆れたように王子が言う。私は肩をすくめた。


「そう見えるなら、それでいいわ」


ほんの少しだけ、口元を緩める。


「どうせ嫌われて追い出されるならば、最後までそのままでいいでしょう?」



そう言い放ち、一時間かけて結った髪をふりほどく。

空気が凍りついた。

非難の視線が一斉に突き刺さる。


――ああ、これでいい。


これで、ちゃんと終われる。


「よって、リシェル・ヴァルディアとの婚約は破棄し――」


宣告が始まる。その言葉を、どこか遠くで聞きながら、私はただ、静かに目を閉じた。


(もう……これで全部終わり)


そのはずだった。



――不意に、空気が“軋んだ”。


音ではない。

けれど確かに、空間そのものが歪む感覚。


ざわめきが走る。誰かが息を呑み、誰かが一歩後ずさる。

私も、反射的に目を開いた。


そこに、“それ”は立っていた。


いつからいたのかもわからない。まるで最初からそこに存在していたかのように、自然に――けれども明らかに異質なのだ。


"それ"は人の形をしている。一見、整った顔立ちの男性のように見える。


だが、違う。


存在の密度が、まるで違う。空間の質量がそこだけやけに重たいような気がするのだ。


 

ギラリと光る金色の瞳。瞳孔は鋭く、まるで全てを見透かしているようだ。


 長く束ねられた白髪は神聖さを醸し出している。

しかし、異質なオーラがあるせいで禍々しくも見える。


 


「……」


誰も声を出せない。

騎士たちでさえ、剣に手をかけたまま動けずにいる。全員が金縛りにあったかのようだ。


(……何、あれ)


理解が追いつかない。ただ一つだけ、本能が告げていた。


――あれは、人ではない。


その存在が、ゆっくりと顔を上げる。そして、迷いなくこちらを見た。


「――エル・シア、ル=∴ナ」


その瞬間、音が空間に落ちた。言葉として認識出来ない。

理解しようとした瞬間、思考がわずかに拒絶する。


――これ以上は、触れてはいけないと。

 

「……何を」


問いかけようとした、その時。男の姿をした"それ"はわずかに目を伏せた。


「…………」


ほんの一瞬だけ、言葉を選ぶような間があって。


「この言語では、人間は理解できないんだったな」


何事もなかったかのように言い直す。

低く、静かな声。感情はほとんど感じられないのに、確信したような表情。


「……ようやく見つけた」


――え。


その言葉に思考が止まる。

(私に、向かって話しているの?)

 

なぜか視線が、外せない。


金色の瞳が、まっすぐに私を捉えている。

まるで、ずっと前から知っていたものを確認するように。


 

「……誰?」


ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど冷静だった。

"それ"はわずかに首を傾げる。


「覚えていないのは、当然だ」


独り言のように呟く。その言葉に、ほんの僅かだけ引っかかりを覚えた。


「……何の話を…」


必死に言葉を絞り出し問い返すが、"それ"は答えない。

そして、一歩こちらへ近づいた。床に足音は響かない。けれど距離だけが、確実に縮まる。誰も、それを止められない。


 

「長い間、探していた」


静かに告げられる。その重みが、先ほどとは違って聞こえた。


「……意味がわからない、のですが」


正直な感想だった。理解できる要素が何一つない。

それでも、なぜか、目を逸らせなかった。


「問題ない」


"それ"は淡々と言う。


「そなたが覚えていなくとも、事実は変わらない」


一瞬、間が落ちた。その瞳の奥で、何かがわずかに揺れた気がした。


「――あの時」


男が、静かに口を開いた。その声音だけが、わずかに変わる。


「そなたは、私を拾った」


心臓が、強く打った。

――拾った?


「傷つき、捨てられ、価値のなかった“私”を」


淡々としているのに、その言葉だけが妙に具体的だった。

脳裏の奥で、何かがかすかに引っかかる。けれど、思い出せない。


「……存じ上げません」


かろうじてそう返すと、


「そうだろうな」


あっさりと肯定された。


「そなたにとっては、取るに足らない行動だ」


否定も、肯定もしない声音。ただ事実を並べるだけの言い方。


「だが……」


ほんのわずか、間があく。その沈黙が、不思議と重かった。


「私にとっては違う」


視線が、まっすぐに絡む。逃げ場がない。そこで初めて、はっきりとした意志が宿る。


「今度は、私の番だ」


その言葉は、ひどく静かで。けれど、揺るがなかった。


「ゆえに、そなたと契約する」


まるで、最初から決まっていたことを告げるように。


「――リシェル・ヴァルディア」


名前を呼ばれた。初めてのはずなのに。

どこかで、すでに呼ばれていたような錯覚。



その瞬間、ようやく理解する。


これは偶然ではない。


――迎えに来られたのだと。

それが、救いなのかどうかもわからないまま。

 この国には、古い伝承がある。


人ならざる理を持ち、世界の均衡に干渉する存在――神獣。それらは滅多に人前に姿を現さず、ただ静かに、この世界を“観ている”のだと。獣の姿をした神の使いだと書かれた書物もあれば、神そのものだと伝承された地域もあるそうだ。


中でも、極めて稀に"人の姿を取る個体"がいる、と。


それが何を意味するのかを知る者はいない。

ただ一つ確かなのは――それに関わった人間は、例外なく“運命を狂わされる”ということだけ。


(……くだらない)


幼い頃、そう切り捨てた記憶がある。

どうせ誰かが作った都合のいい物語だ。現実はもっと単純で、もっとつまらない。


だから、そんなものはとっくに忘れていた。


――今、この瞬間までは。



王城の大広間は、異様な静けさに包まれていた。


本来であれば華やかな宴が開かれているはずの場所。

けれど今は、誰一人として笑っていない。まるで空気が凍ってしまったかのようだ。


その中心に立たされているのは、私――リシェル・ヴァルディア。


「……リシェル・ヴァルディア。貴様の罪は重い」


第一王子、キースの声が、冷たく響いた。


彼の声はよく通る声だと思う。昔からそうだった。

人を惹きつける声。だからこそ、こうして“正義側”に立つ姿がよく似合う。


(似合う、だけだけど)

そこに本物の正義など、存在していないというのに。

 

内心でそう呟きながら、私はゆっくりと視線を上げた。

周囲を囲む貴族たち。誰もが同じ表情をしている。

嫌悪、軽蔑、そしてどこか安心したような色。


――ああ、やっぱり。


(こういう役回りよね、私は)


誰かが悪者でなければ、この場は成立しない。

そしてその役は、いつだって私に回ってくる。昔から表情に感情がほとんど出ないうえに、人との交流が苦手。

貴族としての階級も平凡。悪役に仕立て上げるには、私ほど都合の良い人材はいないだろう。


 

「度重なる侮辱行為、並びに他貴族への嫌がらせ――」


読み上げられていく罪状。


どれもこれも、少しだけ事実で、そして大半が歪められている。


けれど。


「……弁明はあるか」


問われて、私はほんの少しだけ考えた。言い返すことはできる。証明も、不可能ではない。


でも――


(意味がない)


この場に必要なのは真実じゃない。“納得できる物語”なのだ。第一王子は私を断罪したがっている。そうすれば私との婚約破棄を行えるからだ。両親が必死で金銭で取り付けた婚約を、こうも簡単に破棄されてしまうとは。


 ――別に構わない。

それが正直な感想だった。

私は特に血筋やら階級やら、どうでもいいことに興味はない。それに、第一王子は私を大切に扱わなかった。いずれ他の令嬢と駆け落ちでもすると予感していた。見事にその予感が的中しただけだ。


「いいえ、特には」


短く答えた。ざわり、と空気が揺れる。

予想外だったのか、それとも単に気に入らないのか。

どちらにせよ、もう関係ない。


「何を言っても変わらないのでしょう?」


静かに続ける。王子の表情がわずかに歪んだ。


「……随分と物分かりがいいな」


「ええ。無駄なことはしない主義なの。それが私の取り柄でしょう?」


本当は違う。


ただ、もう疲れただけだ。


説明しても、伝わらない。

否定しても、覆らない。


 権力も、地位も第一王子、キースの方が上なのだ。正論でねじ伏せられるわけがない。貴族社会とは、そういう理不尽が横行するのが当たり前の世界だ。


それなら最初から、何も言わない方がいい。ザワザワと揺れる胸の内に蓋をするように感情を押し込んだ。


 私はこれからどうなるのだろうか。

恐らく、ただの婚約破棄だけで済むような規模の話ではない。わざわざ断罪の場を設けたのだから。


 

目線を移す。王子の隣で、か弱げな令嬢が俯いている。薄桃色の髪がなびき、小さく震える肩。零れそうな涙。


――見事なものだと思う。


(ああいうふうに振る舞えたら、少しは違ったのかな)


ふと、そんなことを考えて、すぐに打ち消した。


(……いいえ、私にはできない)


あれは才能だ。私にはない。


「……最後まで反省の色なしか」


呆れたように王子が言う。私は肩をすくめた。


「そう見えるなら、それでいいわ」


ほんの少しだけ、口元を緩める。


「どうせ嫌われて追い出されるならば、最後までそのままでいいでしょう?」



そう言い放ち、一時間かけて結った髪をふりほどく。

空気が凍りついた。

非難の視線が一斉に突き刺さる。


――ああ、これでいい。


これで、ちゃんと終われる。


「よって、リシェル・ヴァルディアとの婚約は破棄し――」


宣告が始まる。その言葉を、どこか遠くで聞きながら、私はただ、静かに目を閉じた。


(もう……これで全部終わり)


そのはずだった。



――不意に、空気が“軋んだ”。


音ではない。

けれど確かに、空間そのものが歪む感覚。


ざわめきが走る。誰かが息を呑み、誰かが一歩後ずさる。

私も、反射的に目を開いた。


そこに、“それ”は立っていた。


いつからいたのかもわからない。まるで最初からそこに存在していたかのように、自然に――けれども明らかに異質なのだ。


"それ"は人の形をしている。一見、整った顔立ちの男性のように見える。


だが、違う。


存在の密度が、まるで違う。空間の質量がそこだけやけに重たいような気がするのだ。


 

ギラリと光る金色の瞳。瞳孔は鋭く、まるで全てを見透かしているようだ。


 長く束ねられた白髪は神聖さを醸し出している。

しかし、異質なオーラがあるせいで禍々しくも見える。


 


「……」


誰も声を出せない。

騎士たちでさえ、剣に手をかけたまま動けずにいる。全員が金縛りにあったかのようだ。


(……何、あれ)


理解が追いつかない。ただ一つだけ、本能が告げていた。


――あれは、人ではない。


その存在が、ゆっくりと顔を上げる。そして、迷いなくこちらを見た。


「――エル・シア、ル=∴ナ」


その瞬間、音が空間に落ちた。言葉として認識出来ない。

理解しようとした瞬間、思考がわずかに拒絶する。


――これ以上は、触れてはいけないと。

 

「……何を」


問いかけようとした、その時。男の姿をした"それ"はわずかに目を伏せた。


「…………」


ほんの一瞬だけ、言葉を選ぶような間があって。


「この言語では、人間は理解できないんだったな」


何事もなかったかのように言い直す。

低く、静かな声。感情はほとんど感じられないのに、確信したような表情。


「……ようやく見つけた」


――え。


その言葉に思考が止まる。

(私に、向かって話しているの?)

 

なぜか視線が、外せない。


金色の瞳が、まっすぐに私を捉えている。

まるで、ずっと前から知っていたものを確認するように。


 

「……誰?」


ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど冷静だった。

"それ"はわずかに首を傾げる。


「覚えていないのは、当然だ」


独り言のように呟く。その言葉に、ほんの僅かだけ引っかかりを覚えた。


「……何の話を…」


必死に言葉を絞り出し問い返すが、"それ"は答えない。

そして、一歩こちらへ近づいた。床に足音は響かない。けれど距離だけが、確実に縮まる。誰も、それを止められない。


 

「長い間、探していた」


静かに告げられる。その重みが、先ほどとは違って聞こえた。


「……意味がわからない、のですが」


正直な感想だった。理解できる要素が何一つない。

それでも、なぜか、目を逸らせなかった。


「問題ない」


"それ"は淡々と言う。


「そなたが覚えていなくとも、事実は変わらない」


一瞬、間が落ちた。その瞳の奥で、何かがわずかに揺れた気がした。


「――あの時」


男が、静かに口を開いた。その声音だけが、わずかに変わる。


「そなたは、私を拾った」


心臓が、強く打った。

――拾った?


「傷つき、捨てられ、価値のなかった“私”を」


淡々としているのに、その言葉だけが妙に具体的だった。

脳裏の奥で、何かがかすかに引っかかる。けれど、思い出せない。


「……存じ上げません」


かろうじてそう返すと、


「そうだろうな」


あっさりと肯定された。


「そなたにとっては、取るに足らない行動だ」


否定も、肯定もしない声音。ただ事実を並べるだけの言い方。


「だが……」


ほんのわずか、間があく。その沈黙が、不思議と重かった。


「私にとっては違う」


視線が、まっすぐに絡む。逃げ場がない。そこで初めて、はっきりとした意志が宿る。


「今度は、私の番だ」


その言葉は、ひどく静かで。けれど、揺るがなかった。


「ゆえに、そなたと契約する」


まるで、最初から決まっていたことを告げるように。


「――リシェル・ヴァルディア」


名前を呼ばれた。初めてのはずなのに。

どこかで、すでに呼ばれていたような錯覚。



その瞬間、ようやく理解する。


これは偶然ではない。


――迎えに来られたのだと。

それが、救いなのかどうかもわからないまま。

 

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