1話 暴力男をフルボッコ
都内の小さなアパートで、朱莉はようやく一人で過ごす夜を静かに楽しめるようになっていた。
六ヶ月前まで、彼女の毎日は地獄だった。
元彼の暴力はエスカレートする一方で、些細なことで平手が飛んできたり、壁に叩きつけられたりした。
頰や腕にできる痣をコンシーラーで必死に隠し、「もう限界」と心の中で何度も叫びながら、ようやく逃げ出した。
あの夜、荷物を最小限にまとめ、誰にも連絡せずに夜の街を走った記憶が、今も鮮明に蘇る。
逃げてからは、新しい職場に慣れ、少しずつ笑顔を取り戻していった。
でも、心の奥底にはいつも恐怖が残っていた。
「また見つかったらどうしよう」
という不安。
それを吹き飛ばすために、朱莉は毎日のように近所のボクシングジムに通い始めた。
サンドバッグを300発叩き、ミット打ちを繰り返し、キックも毎日300回を目標に頑張った。
トレーナーには
「何か目標でもあるの?」
と聞かれたが、朱莉はただ微笑んで
「自分を守るためです」
とだけ答えた。
誰も知らないところで、彼女はただ「もしも」の日に備えて体を鍛え続けていた。
その夜、チャイムが鳴った。
朱莉「宅急便……かな?」
ドアスコープを覗いた瞬間、血の気が一気に引いた。
そこに立っていたのは、絶対に忘れたかった顔——
元彼だった。
元彼「へへっ……やっと見つけたぞ、朱莉」
朱莉は慌ててドアチェーンをかけ、小さく声を震わせた。
朱莉「帰ってください。もう、あなたとは一切何もないんです。」
元彼「は?女の分際で偉そうに、何様のつもりだよ。半年も俺を苦しめたんだから、ちゃんとケジメをつけろ!」
元彼はドアを乱暴に叩き、強引に体当たりでこじ開けた。
狭い玄関にずかずかと押し入ってくる。
朱莉は壁際に追い詰められ、後ずさった。
心臓が激しく鳴る。
元彼「お前が逃げたせいで、俺はどれだけ惨めな思いをしたか分かるか? 仕事も手につかねえし、毎日お前のことばっか考えてたんだからな!」
次の瞬間、元彼の平手が朱莉の頰を激しく打った。鋭い痛みが走り、頰が熱く腫れ上がる。
朱莉「……っ、痛い……」
元彼「半年分のお仕置きだ。まだまだこれからだぞ。覚悟しろよ!」
元彼が再び拳を振り上げたそのとき、朱莉の胸の奥で長く抑えていたものが爆発した。
(もう……絶対に我慢しない。あたしは、守れるのは自分だけ。六ヶ月間、毎日鍛えてきたのは、今日のためだ!)
彼女は体を低く沈め、渾身の力を込めて元彼の股間を蹴り上げた。
朱莉「てりゃぁぁぁぁ!」
元彼「ぐっっぐぉっ……、、、」
男の急所を直撃され、元彼は顔を真っ青にして膝をついた。
息が詰まり、言葉にならないうめき声を漏らす。
朱莉「女だからって甘く見ないでよ!」
彼女の声は静かだったが、確かに力強かった。
彼女の足元では、鮮やかな赤いスニーカーが光を反射していた。
毎日ジムに通うために履いているこの靴は、彼女の「情熱の色」でもあった。
元彼が這うように立ち上がろうとするのを、朱莉は冷静に見据えた。
ジムで学んだ呼吸法を思い出し、心を落ち着かせる。
朱莉「今まであたしが受けた痛み……今日、ここであんたに全部返すから!」
元彼が歯を食いしばって再び襲いかかってきた。
元彼「てめぇ……タダじゃおかねぇ!」
彼の拳が飛んでくる。
朱莉は体をひねってかわし、左ストレートを脇腹に叩き込んだ。
続けて右フック、強めのミドルキック。
元彼の体が大きく揺らぎ、息が荒くなる。
元彼「女のくせに……こんな強い打撃が……出せるなんて……」
朱莉「ずっと練習してたんだよ。あんたみたいな悪い人を、やっつけられるように。」
「サンドバッグを毎日叩き続けて、キックを繰り返して……あたしはもう、弱い女じゃない」
元彼の顔が怒りに歪んだ。
彼はポケットに手を入れ、銀色の刃物を取り出した。
元彼「お前をズタズタにしてやる……くたばれ!」
刃物を振りかざして突進してくる。
朱莉の背筋に冷たい汗が流れたが、彼女はパニックにならなかった。
ジムで学んだ相手の動きを見切る集中力を発揮する。
元彼の腕が振り下ろされる瞬間、朱莉は勢いよく足を振り上げる。
赤いスニーカーの先端が刃物を蹴り飛ばした。
銀色の刃が弧を描いて床の遠くへ飛んでいく。
元彼「しまった……!」
朱莉「あんただけは絶対に許さないんだから!」
朱莉は捨て身で元彼に飛びかかった。
左ストレート、右フック、強烈なボディブロー。
元彼の顔が左右に吹き飛ばされ、鼻血が飛び散る。
元彼「ぐおぉっ……!
男の俺が……女に……こんな目に……」
朱莉「女の本気、ちゃんと味わいなさい!」
元彼は必死に抵抗しようとしたが、朱莉の動きは止まらなかった。
鍛え抜かれた拳と脚が、次々と的確に彼の体を捉えていく。
そして、決着の瞬間が来た。
朱莉は一瞬、後ろに体重を移動させ、体を深く沈めた。
足の裏で床を強く蹴り、腰を回転させながら、全身の力を右腕に集中させる。
肩から拳へ、地面からの反動が一直線に伝わっていく。
彼女の目が、鋭く光った。
トドメよ!!!
朱莉「てりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
爆発的な踏み込みとともに、朱莉は渾身の力を込めたアッパーカットを放った。
拳が下から元彼の顎を捉える瞬間——
ドゴォォォン!!!
重く、鋭く、骨にまで響くような衝撃音が玄関全体に轟いた。
まるで固い木材を金槌で叩き割るような、凄まじい音だった。
元彼「ひぎゃぁぁぁぁぁ!!たすけてぇぇぇ!!」
元彼の頭が、首が折れるのではないかと思うほど大きく後ろにのけぞった。
体が一瞬、地面から浮き上がるように跳ね上がり、顎から脳へと衝撃が直撃する。
歯がガチンと激しく鳴り、視界が真っ白に染まった。
次の瞬間、彼の体は大きくバウンドするように後ろへ吹き飛び、壁に背中を強打してから、玄関の床に大の字に倒れ込んだ。
朱莉はさらに追い打ちをかけた。
倒れた元彼の「1番大切な場所」に向かって、赤いスニーカーを全力で振り下ろす。
朱莉「潰れてしまえ!! てぇぇぇい!!」
元彼「ぎぇぇぇぇぇ〜 たすけてくれぇ〜……男の大事なところがぁ〜……潰れてしまうぅぅ〜」
口から泡を吹き、もがき苦しむ男。
最低男への完璧な一撃だった。
朱莉は荒い息を吐きながら倒れた元彼を見下ろした。
彼女は静かに、けれど力強く言い放った。
朱莉「女はいざという時男の何倍も強いのよ!」
「だから2度と女を舐めんじゃねぇ!」
元彼「ぎょっぎょぇぇぇぇぇ、、、」
「お、、おんなにまけるなんて、、、」
朱莉「参ったか!!今まであたしを傷つけた分、たっぷり返してもらったわよ!!」
泡を吹きながら倒れる元彼をもう一度見下す。
好きだったあの頃の感情は1ミリも感じない。
十分ほど経って、元彼が薄っすら意識を取り戻した。
彼は恐怖に顔を歪め、全身を引きずるようにして這うように玄関へ向かった。
元彼「ひぃ……もうこれ以上は…勘弁してくれ……」
朱莉「二度と私の前に現れるな。」
「次に手を出したら、本当に容赦しないから!」
元彼は這うようにアパートの外へ逃げ出していった。
後ろ姿はすっかり小さく、情けなかった。
ガチャン。
朱莉はドアを強く閉め、鍵をかけた。
その場にしゃがみ込み、深く長い息を吐き出した。
朱莉「……怖かった。でも、勝った」
頰の痛みはまだ残っていたが、心の中は驚くほど軽やかだった。
六ヶ月間、心の底に溜め込んでいた恐怖と怒りが、ようやく晴れた気がした。
朱莉「毎日ジムに通って、本当に良かった。」
彼女は小さく、けれど晴れやかな笑みを浮かべた。
朱莉「週末にカメラ付きインターホンを買おう。もう二度と、こんな怖い思いはしたくないね!」
静かな部屋に、久しぶりの安堵の溜息が落ちた。
スカッと、すべてが終わった。




