第二話
──楔は世界と己を結びつける。
それは生み出すモノ。
それは世界に変革をもたらすモノ。
それはただ其処にあるモノ。
──いつか辿り着く世界を夢見てそれは眠りにつく。
「おい、チンタラ歩いてんじゃねえぞ!」
「女だからつって俺達が手加減してやるとでも思ってんのか!」
「いい加減にしねえとぶち殺すぞ!」
人一人に向かってあーだこーだ叫ぶ姿はキャンキャン吠える犬の様だ。しかし犬よりも始末に負えないのはその吠える内容に何の価値もない点だろう。犬は飼い主を守るために吠えるがこいつらの言葉はただ自分が上だという事をアピールするためだけのものだ。威圧して怯えさせて逆らえないと思い込ませる為に。
(チンピラの常套手段……なんだろうかこれは)
今まで関わってきたヤンキー達も大体同じような内容ばかり喋っていた。思考回路が似たり寄ったりだから同じ様な人間になるのかもしれない。
高校から電車で終点まで十分ほど、そこから更に歩いて三十分、黎を含めた六人は閑散とした街の中にいた。
ひび割れたコンクリート、不自然に折れ曲がった街灯、半分に分かれた車、割れた窓ガラス。他にも廃墟と言って差し支えない建物ばかりが立ち並ぶこの街はかつては都市の中心として非常に活気あふれた場所だった。しかし今ではもう活気というものが存在しない死んだ街だ。
アンカーが現れた場所は全て例外なくそうなる運命にある。国の首都だろうが経済を支える大都市であろうが関係なく全ての街は滅ぶのだ。
黎が通う高校はその原因に対処する為に作られたと言っても過言ではない。
アンカーは人を、いや生物を殺す化け物を生み出すのだ。
例えば今まさに黎の頭上から急降下してきている物体がそうだ。
「ギャアッ⁉︎」
鳴き声すら上げずに突撃してきていたそれに、黎は振り向きざまに右手に生み出した警棒を振り抜いた。警棒からは骨の砕ける感触が伝わってくる。そのまま吹き飛ばそうと力を込めればその体は何の抵抗もなく飛んでいった。
「……チッ、気づいてやがったか。面白くねー」
「いつものヤツだったらギャーギャー泣き喚いてたのに、テンション下がるわー」
男達の言葉を一切無視して黎は吹き飛ばした「何か」へと歩み寄った。
それは獅子の下半身に鷲の上半身を併せ持つグ伝説の生き物、グリフォンらしき何かだった。本物を見たことがないので黎にはそれが本当にグリフォンなのか断言は出来ないが。
その首は百八十度以上捻じ曲がっており体が時折痙攣している。まるで死にかけの虫のような反応だがこれが偽物であると黎は知っている。躊躇なく右手に生み出した鉈で首を断てばその動きは完全に停止した。
しかし奇妙なことにその首からは何の出血も無い。ただ淡い色の粒子がそこから立ち上って消えて行くばかりだ。
……この化け物には血液が無い。それどころか生命としての機能を何一つとして有していない。筋肉を持たず、骨格を持たず、内臓を持たず、ただ外側のみを模倣した非生物。その外側すら伝承にのみ存在する空想上の存在であり、果たしておもちゃの人形と何が違うのか。
そんなものが人間を殺して回っているというのだから、この世界は中々に終わっている。人間も終わっている奴らばかりだから、案外相性はいいのかもしれないが。
「とっとと石回収しちまえよグズが、その程度の事も出来ねえのか?」
「てかさっきから態度悪すぎだろお前。ねえ、リーダーからもなんか言ってやって下さいよ!」
「…………うるせえ少し黙ってろ」
「ヘーイ……黙ってます……」
いつまでも騒がしい集団の中で一人、「リーダー」の男だけが無言で黎を眺めていた。さっきまでの舐め腐っていた雰囲気とはまるで違う黎を推し量ろうとしている視線だ。
どうも少し勘付かれたらしい。早くしなければせっかくの時間を逃してしまうかもしれない。そのために態々こんな人のいない場所まで来たのだから。
「よし、もうヤろう」
「は、お前何言って……」
右手に生み出した拳銃の引き金を引く。銃声の特徴的な音と共に一人の脚に穴が空いて、男はもんどりうって倒れた。
一人分の悲鳴が響いて先程までの賑やかな会話がピタリと止んだ。
残った人間に狙いを合わせてまた引き金を引く。戸惑った顔をしながら男達は何も出来ないまま倒れ込んでいく。弾の切れた銃を投げ捨て、また新しいものを生み出して逆の足を撃ち抜いた。
呻き声を上げながら這いつくばる男達の姿は無様で面白いものだ。先ほどまでの自信に満ち溢れた表情が一瞬で苦痛に入れ替わって、訳がわからない状況に泣きそうになっている。その様のなんと人間らしく、なんと醜いことか。
「そうやって無様晒してるのがお似合いだよ、お前らみたいなカスは」
自分が特別だと勘違いし増長した人間は油断ばかりで、見下していた存在に襲われるなんて微塵も思っていない。その実、銃の一発で動けなくなるような弱い人間であるのに。二年か、三年か、それくらい長い間戦ってきた人間の癖に情けないにも程があるのではないだろうか。
「ハッ、てめえやっぱりタダもんじゃねえな! おかしいと思ってたんだ、弱え武器作れるだけのカスがなんで特待生やれんのかって!」
一人だけ軽傷の男がいる。駅で黎に絡んできた男だ。グループのリーダーであり、特別尊敬を集めている様子だった。照準を向けて撃ち続けるが、ふらふらと不規則に動いていて狙いがつけづらい。その上あり得ない程の加速と減速を繰り返しており弾丸が掠る程度で終わってしまう。
なるほど威張れるだけの実力はあるらしい。
「確かにソレを作れりゃ大概のヤツはどうにかなるだろうな。だがな、俺はそんなもん散々使われてきてんだ。あんま舐めてっと痛い目見るぜ?」
「ぺちゃくちゃとうるさいな、もうちょい静かにできないのかお前らは」
黎がそう答えると益々男の笑みが深くなった。その強烈な顔を見て笑顔は本来威嚇のためのものだという話をふと思い出した。
「テメエみたいな生意気な女をぶち犯せたらさぞかし気持ちいいだろうなあ〜ッ!」
何故か徐々に増して行く冷たさに体が震える。まだ春だというのに吐息が白くなっていくのはどう考えてもあの男のせいだろう。実際、冷気は男を中心に発されているようで、ドライアイスを水の上にぶちまけたかのように、男の周りが白く染まっていく。どうやらそういう異能であるらしい。
「アイス屋さんにでもなったらどうだ? 向いてるよお前」
「……その舐めた口二度と聞けねえようにしてやるよ!」
男の周りの水蒸気が凍りついて地面に落ちていく。雪や雹が積み重なって男の足元を白く染めていく。
男が立つ場所に局所的に雪が降ったと言われてもおかしくはないくらいだ。制御を外れて漏れ出た冷気でソレなのだから、男の異能の出力の高さが窺える。
「死ねやアッ!」
男が尋常でない加速で突っ込んでくる。
恐らくは靴に何か小細工でもしているのだろう。氷の異能ならば靴をスパイクのようにして移動するのもそう難しくない筈だ。
正面切って突っ込んできている為、狙いをつけるのが楽で良い。焦る事なく弾切れまで撃ち尽く……が正面に生成された氷の盾に全て弾かれてしまった。
盾に角度をつけ弾丸を受け流すのは闘い慣れている人間の発想だ。なるほど何度も使われてきたと言うのは嘘ではないらしい。
(もっと楽に戦えるもんだと思ってたんだけどな)
厄介な男だと黎は思った。拳銃は黎のメインウェポンと言ってもいい武器だ。低リスクで簡単に、かつ遠距離から一方的に敵を処理できるのは強いの一言に尽きる。
そしてもう一点、対人戦における足切り性能がとても高いのだ。音速並みの弾丸を回避できる人間はそういない、下位層の異能力者は大概拳銃で死ぬ。
だからソレを越えられる人間は、相応に強い。
彼我の距離はもう2メートルもない。
使い続ける意味もないと拳銃を投げ捨てれば、男が訝しげな表情をする。我流の適当な構えを取ればどうやら相手も理解したらしい。
「片腕だからさ、手加減してくれよ?」
「アホ抜かせ! 微塵も思ってねえ癖によお!」
振り下ろされる氷の刃を、黎は右手に生み出した剣で受け止めた。そのまま押し込まれそうになり、仕方なく受け流す。分かってはいたが、体重や筋力的にパワー勝負で黎に勝ち目は無い。今みたいにまともにぶつかり合っていても勝機は無いだろう。
幸いなことに相手は黎の手札をほとんど知らない。武器を生み出せることは知っていても、範囲や精度、何が作れるかは予想しながら戦うしかない。その分、黎は有利な立場にある。
「おいおい、さっきまでの威勢はどこに行った!」
「そこに無いなら無いな」
男の猛攻を凌ぎながら黎はその時を待つ。その一手が必ず決まる場面を。
とにかく左手側を男に晒さないように丁寧に受け流す。左手が存在しないためその方向からの攻撃は対応できないのだ。そこが明確な黎の弱点である事は相手もお見通しであり、体勢を崩そうと執拗な力押しだ。
わざと押されてその力を利用して一度距離を取った。その間に周りを見渡せば、いつの間にか何処もかしこも氷漬けで黎には大きく不利なフィールドになっていた。足の踏み場がもうそれ程無く、このままでは負けてしまうかもしれない。
いや負けないが。
「……おっとっと」
ふと黎は視界の端で動く「何か」を見た。反射的に体を逸らせばさっきまで頭があった場所を氷柱が通り抜けていく。人を確実に殺せる鋭さだ、避けるのが遅れていれば大怪我は免れなかっただろう。その根元は足元を覆い尽くす氷であり、どうやらその氷から氷柱を成長させたようだ。
幾つもの氷柱が伸びて、次々と黎を襲う。どうも先程までの近接ゴリ押しはこれを意識させない為の仕込みだったようだ。
「意外と脳みそがあるんだな、ヤンキーのくせに!」
少ない足場で氷柱を躱しているといつの間にか正面から男が消えている。どうやら見失ってしまったようだ。一体どこに行ってしまったんだろうと黎が周囲を見渡そうとした瞬間。
「さっきから舐めてんじゃねーぞクソガキが!」
声の方向を向けば左手側から男が突っ込んできているのが見えた。
(氷柱は陽動、本命は俺の死角からの一撃か!)
距離は既に男の得物が届く程近く、逃げるのは周囲の氷柱のせいで難しい。
防御はもう間に合わない。氷の刃を振りかぶった男に、黎は成す術がない。
それを理解したのか勝利を確信した男の顔面は醜い笑顔に歪んだ。
「死ねやあッ!」
だが黎はそれを嗤いながら逆に男に向かって一歩踏み込んだ。
「は?」
「やーい引っかかった」
男の顔が驚愕に染まる。
──その顔面に黎は左手で思い切りアッパーカットを決めた。
「ガッッ!?」
顎に綺麗に入った拳を上に振り抜いた。ふわりと一瞬浮き上がってから男は地面に倒れ込んだ。綺麗に決まったからか意識が飛んだようだ、男は白目を剥いたまま動く様子はない。
黎は左手を閉じて開いて、感覚を確かめた。生身と同じように、意識をした瞬間にそれは正確に動作する。普通の左腕のように動くソレは、しかし金属的な光沢を放つ機械のような外見をしていた。
黎が義手を付けず生活している理由はこの「左腕」にあった。
「……うおお、寒っむ」
冬のように冷たい風に襲われて、黎は思わず両腕で体をさすった。




