第七話 終話
陽が落ちた。
竜のリアにとって、周囲の明るさは大きな問題ではない。だから、探索は続けられる。
しかし、人間であるラインやレイゼはそうはいかないだろう。
「リアー!」
呼ばれて視線を下へ向けると、ラインがこちらに向かって手を振っている。
高度を落として、彼の近くに着地した。
「見つかった?」
問いに対して、リアは首を横に振る。
最初は、すぐに見つかるものだと思っていた。しかし、時間が経つにつれ、胸の奥がざわつく。
言葉にならない不安が、じわりと広がっていった。
何かとんでもないことが起きる。直感がそう告げている。
リアの耳がぴくりと動く。
鼓動が一度だけ、大きく跳ねた。
「そんな……ありえない……」
押し寄せる魔王の気配に、胸の奥がざわつく。
否定しようにも、その濃く重い気配は忘れようにも忘れられない。
思わず肩が震え、両腕で自分を抱く。
「……リア?」
ラインの心配するような声で、我に返る。
深く呼吸をして、乱れた心を整えた。
「大丈夫」
微かに震えていたが、彼女は冷静さを取り戻していた。
感じたのは、魔王の力の一端。全盛期の十分の一にも満たない。
だが、脅威には変わりなかった。
リアは竜であっても魔王を浄化する力は持たない。抑え込むことはできるが、倒すことはできない。
──しかし、ラインだったらできるかもしれない。
「ライン、ちょっと良いかな?」
「な、何?」
困惑する彼の手を掴むと、そのまま飛び上がる。風を切る音に、ラインの悲鳴が混ざる。
本来ならこんなことに巻き込むべきではない。
しかし、世界が再び混沌に落ちるかもしれない緊急事態なのだ。
リアはラインを落とさないように気を配りながら、気配に意識を集中する。
魔王はこの世界では異端だ。どれだけ気配を絶とうとも、歪みが残る。
「……いた」
理事長室から少し離れた廊下。そこを歩く影。
リアは風を裂くように飛び、校舎へ突入した。
「び、びっくりした……」
ラインは床に手をつきつつ、肩を大きく上下させている。だがリアは、彼を気にしている暇はない。
「誰かと思ったら──久しぶりだな小娘」
レイゼの声だった。
だが、その奥底には、あの黒い気配が宿っている。
リアニはこの気配を忘れるわけがない。
かつて彼女を利用し、世界を混沌へ落としかけた魔王だ。
「レイゼ……?」
床に手をついていたラインが、戸惑ったように顔を上げる。
無理もないだろう。目の前にいるのは、弟の姿をした“なにか”なのだから。
「……何やってるのさ?」
ラインは立ち上がり、ゆっくりとレイゼの元に歩み寄る。
危ないとリアは気がつけば彼をかばっていた。
次の瞬間、右肩に鋭い痛みが走る。
数滴の血が床に落ちて、ようやく斬られたと理解する。
「ふん。小娘一人殺せんとはな……やはり、力不足か……」
レイゼが忌々げに吐き捨てる。
「リア、これは……一体……?」
リアの腕の中で、ラインが震えていた。
彼を安心させるように、リアはそっと笑みを作る。
「大丈夫。ラインなら、取り戻せる」
「と、取り戻すって」
ラインはいまだに状況が分かっていない。無理もない、すぐに飲み込めるほうがおかしい。
「邪魔だ、小娘!」
レイゼの声が響き渡る。
リアは振り向きざまに、手をかざした。
「それはこっちのセリフ、魔王!」
いつもの明るい声は消えていた。ただ憎い相手にぶつけるような声色だった。
リアがかざした手から炎が出る。それは廊下中を包み込み、レイゼを巻き込む。
窓ガラスが一斉に割れる。周囲の空気が何段階も跳ね上がる。
それほど凝縮された魔法だが──きっとこれでは魔王を倒せない。
「ライン……レイゼは操られてる!」
だからこそ、彼の力がいる。魔を浄化させる聖の力が。
リアの言葉で、ラインの動揺が消えた。
「僕は何をすればいい?」
その言葉を聞いて、リアは満足気に笑う。
「レイゼの持っている剣に、魔法を当てればいい!」
ラインが首を縦に振る。その瞳には迷いの色はない。
「鬱陶しいわ! 小娘!」
リアの魔法が押し返される。黒い奔流に飲み込まれて消えていく。
レイゼが持っている剣を振るうと、圧が増す。普通の人間なら立っていられないほどだ。
でもリアもラインも違う。
「我の邪魔をするな!」
その自己中心的な物言いに、リアは真っ向から立ち向かう。
「世界の邪魔をするな!」
リアの魔法が再び火を吹いた。空気を焼き、黒い奔流を焼く。
しかし、相手に届かない。
でも、それでいい。
リアは最高の舞台を整えるだけ。決めるのはいつだって、勇者という主役だ。
「レイゼを返せ!」
ラインが吠えた。魔王の周囲に、いくつもの光の剣が作られる。
レイゼが授業で見せた魔法だった。
「んな……!」
レイゼの声の焦りが、始めて滲み出した。
自分が眼中にも入れていなかった相手が、これほどの力を持っているとは思わなかったのだろう。
「おのれ勇者! また、邪魔をするか!」
その言葉は虚しく響く。
ラインの魔法が剣に当たり、容易く折れた。
※※※※※※※※※※
あれから一ヶ月。リアは久しぶりに学校に来た。
理由は単純。あの騒動で理事長がいなくなってしまったため。色々とごたついて、学校の運営に支障が出ていたため。逆に一ヶ月でよく再開できるようになったと思う。
レイゼはあの事件を覚えていなかった。しかし、罪悪感は残っていたらしく、元気はなくなっていた。自主退学をし、今は国に見張られながら養生をしている。
可哀想な気もするが、魔王の残滓に当てられたのだから仕方ない。むしろ、操られて無事だったほうが幸運だ。
「……よし!」
教室前でリアは立つ。少し浮かれた気持ちを現すように、脚が動いている。
ドアを開け放ち、リアは満面の笑みを作る。
手を大きく振り上げて、教室中の皆の注目を集める。
「おはよーう!」
その元気な声に、クラスメイトたちは挨拶を返す。
教室のいつもの席に座っていたラインも、彼女に対して笑いかけて「おはよう」と返した。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
次回作は2週間後の金曜日22時にまた完結まで一気に投稿します。




