第五話
草の感触を踏みしめる。街から出れば、緑の匂いが辺りに満ちる。
これもまた、世界が生きているという実感をリアに与えてくれる。
「それじゃあ、いつものように魔術の扱いについて見ていく」
少しテンション低めな教師は、頭を掻きながら羊皮紙に目を落とした。
いくつかの的が用意され、好きな魔術でそこに当てるといった簡単なものだ。定期的に行われ、生徒の成長を可視化するのが目的だ。
本当なら二日後辺りに行われる予定だった。前倒しになったのは、リアが転入してきたからだろう。
「んじゃ、名前呼ぶから順番にな」
的は三つ用意されている。呼ばれた生徒は順番に並ぶ。
それぞれが得意な魔法を選び放つ。
的は特殊な構造をされているのか、風で斬ろうが火で焼かれようがびくともしない。
「ふ~ん?」
生徒たちの放つ魔法を座りながら観察して、リアは顎に指を当てた。
正直な話、弱い。初級魔族どころかゴブリンも倒せないほどに。しかし、仕方のない部分も理解していた。
魔王が倒されてから平和だったのは、今のこの世界を見ればわかる。千年以上も続けば飽和し、戦う力は衰えていく。
それもまた平和の形かなと、リアは目を細めた。
その中で異才を放っていたのは、レイゼだった。光の剣をいくつも作り出して、すべて的に当てる。形成速度、精密さ、威力。どれをとっても文句はでなかった。
実際、彼の魔法を見た生徒たちは拍手している。先ほど教室でリアと話していた女子たちでさえ、見惚れている。
それでも、初級魔族とやっと渡り合えるかといったところだ。
レイゼは戻ってくるとき、胸を張って肩で風を切るように歩いていた。リアと視線が合うと、鼻で笑いそのまま定位置につく。
「うん、勇者の子孫だけはあるね」
彼女は納得するように頷いた。しかし、それ以上の感想は抱かなかった。
「次、リア」
名前を呼ばれ、元気良く立ち上がった。
空いている的の前へと行く。
生徒たちが全員注目している。その視線には色々な色が混ざっていた。
特に目立つのは、疑う眼差し。本当に竜なのか見定める視線だ。
「的を壊すことになっちゃうけどい〜い?」
尋ねると、教師は軽く鼻を鳴らす。
「その的は理事長の特性だ。馬車が何台も突撃しようが壊れない」
「……そうなんだ〜」
心の中で納得して、息を小さく吸う。右手を上げて、人差し指だけを立てた。
指の先に熱さが集まる。小さな炎の弾が濃縮されていく。
「ズドン」
詠唱も何もなく、ただ言い放った。
人差し指の先から、炎の光線が出る。的の真ん中を貫通し、後ろの岩までも深く抉る。
皆の呼吸の音が止まった。視線は穴が開いてる的の方に集まっている。
教師はその場に羊皮紙を落としていた。
「すっご……」
誰かが呟いた。それを皮切りに、生徒たちが歓声を上げる。リアを皆が取り囲む。
何だか注目されたみたいで恥ずかしくなってくる。後頭部をかき、顔を赤くした。
視界の端では、レイゼが顔を歪めている。こぶしを握り、ただ突っ立っている。
「静かにしろ!」
教師の注意で、波が引くように静けさが戻った。その彼の持っているペンは逆さまだ。
羊皮紙に記入しようとして、慌てて持ち直している。
「次、ライン・アルフォード」
「はい……」
彼の返事に対して、誰も見向きもしなかった。話題の中心は、先ほどのことばかりだ。
リアはそんな空気を押し退けるように、ラインのことを観察する。
彼は丁寧に詠唱していた。手に力を込めて出した微かな炎は、的に届かない。
そのことに彼はため息をついていたが、落ち込んではいなかった。
「ちょっとい〜い?」
リアが手を挙げる。生徒の皆が注目する。
そそくさと戻ろうとしたラインの手を、彼女は捕まえた。
驚くラインを引っ張り、的の前までやってくる。
「なんだ?」
教師が尋ねてきたのを、リアは笑顔を返すだけだった。
生徒たちは、何をするのかと彼女に視線を集めた。そこには期待の色が明らかに混ざっている。
方やラインは肩身狭そうである。なるべく目立たないように息を潜める感じだ。
「君ね、少し回路がおかしい」
リアはそんなラインの胸を突く。
「多分、先祖返りしてる。だから、普通の人のように出そうとしても、窮屈になって詰まっちゃうの」
力を込めて、ラインの胸の奥の詰まりを取るように魔法を循環させた。
驚いたように彼は自分の体をみている。その様子を見て、ニコリと笑った。
「軽く、魔法を撃ってみて」
ぎこちなく首を縦に振っていた。ラインは構え直して、詠唱する。
手のひらを突き出して的へと向ける。出たのは、竜の咆哮のような分厚い炎。的を焦げつくし、炭へと変えた。
生徒たちの空気が固まった。教師も固まっている。ラインは不思議そうに自分の手のひらを見つめている。
リアはその様子を見て、微笑んだ。
数秒遅れて、歓声が周りを包む。生徒たちがリアとラインを取り囲む。
男子生徒がラインの背中を叩いていた。彼は恥ずかしそうに痣のある頬をかく。
レイゼは立ち尽くしていた。いつもの取り巻きでさえ、彼の周りにはいない。
そんな様子を見て、リアは困った顔を作る。
自分がやってしまったのだと直感的に告げる。レイゼも普通の人間と比べれば、才能は突出している。それはリアから見ても明らかだった。
だから、リアはレイゼに歩み寄ろうとした。しかし、生徒たちの波に邪魔をされてしまう。
「静かにしろ!」
教師の声が響いた。生徒たちが一斉に静かになる。
リアも一瞬、視線を外してしまう。
気がつけば、レイゼの姿はなくなっていた。遠くのほうに、彼の背中は小さくなっていた。
追いかけようかとした。しかし、生徒たちの波がそれをさせてくれない。
結局のところ、後を追えないまま終わってしまった。




