第四話 「エルミナ・ヴァルキュロス」(2)
「きょう、は、なっにが起こるかなー」
午後。王立魔導大学の制服に袖を通した私は、アメリア様とともに登校した。
ワクワク、ウキウキとしたアメリア様、眩しい。可愛い。
当然のことながら、私は年齢を偽っている。書類上は十八歳の同級生となっているが、本当はそれなりに年上だ。周囲は誰もが私を王女殿下のお付きと認識しているが、その裏まで知る者はいない。
セレヴィーナの姿はない。この後の時間は私達と授業が別のため、既に教室へ向かったのだろう。
だが、ストレスの抑制された時間は長く続かなかった。別の不快が目に飛び込んできたからだ。
校門の前。偶然を装って現れた青年がいた。グレイン・オルテンだ。
「おや、姫殿下。今日もご機嫌麗しゅう」
「あ、グレイン! おはよう、こんにちは!」
にこやかに話しかけてきたその顔に、私は静かに観察の目を向けた。
この男に関しては、記憶とほとんど変わらない。
こいつも要監視対象だ。一周目でしでかしたことは、セレヴィーナに負けず劣らずだった。
偽造、捏造、裏取引、そして革命の煽動。オルテン家もまた、第二次革命の一因と言える。
成り上がった商人が貴族の地位を買い、財を築いていたその家は、若干の不安定を内包しながらも王国の一勢力にまで急拡大した。
表では庶民の味方を装いながら、裏では貴族や聖職者と手を組み国外逃亡を計画していた。
騒乱から離れた場所で自分たちは高みの見物を決め込み、混乱が収まったら戻ってくるつもりだったのだろう。セレヴィーナの密告がなければ、貴族に代わって王国の中枢を担っていたかもしれない。
かつての世界でもこの男はアメリア様に接近していた。そして今もまた何かを画策しているのだろう。接点は少なかったが、こいつの性格は読みやすい。
自身を賢者と思っているような人間だが、勘違いと断じることもできない。私よりも頭が回るのは確かだとは思う。ゆえに、油断はしない。隙も見せない。
「グレインってエルミナに何かしたの? ずっと睨まれてるような気がするけど」
「心当たりがありません。姫殿下にされたことであれば容易に思いつくのですが」
「あっははー」
「笑って誤魔化さないでください」
何を楽しそうに会話している、こいつ。今ここで消してやろうか。
*
昼下がり。事件は着々と整備されて発生した。妙薬学の授業中だった。
「はい、グレイン。これ」
「これは?」
「グレイン、魔力少なそうだし、これでちょっとは強くなれるかも~って」
「あ、ありがとうございます」
アメリア様が手にしていたのは、虹色に光る液体の入った小瓶。笑顔を浮かべながら、隣に立っていた男へ嬉々として差し出した。
「材料は、何を?」
「うーん、まず何かの肝と、あと集中するやつと、気合い入るやつと……あとフルーツ。美味しくないと飲めないし!」
無邪気な主に、私は口を挟まなかった。事態を見届けたうえで、解決に走った方が確実であり楽だからだ。
「いや、それは。効果も定かではありませんから」
「わたし飲んだけど、甘いジュースって感じだよ?」
おい、オルテン。逃げ道を探そうとしているな。臆病者が。アメリア様のご厚意だ、早く飲め。それでさっさと気絶しておけ。
私が眉間に力を込めている間にも、事態は進展していた。
アメリア様は瓶を分け、周囲の生徒たちに手早く配り出していた。その笑顔に、誰一人断ることがかなわず、愛想笑いを浮かべ口端を引きつらせていた。教師は黙りこくって状況を見詰めていた。どこか遠くを眺めるように。
「全員で、飲もう」
「おおー、いいね! いっせーの」
そのうちの一人が覚悟を決めて提案し、アメリア様が号令をかける。生徒たちは同調して瓶を傾け、一斉に飲み干した。教師はもはや目線を下げていた。
オルテン、あいつ飲むような素振りをしただけで一滴も口に入れていないな。周囲が目をつぶっている中、姑息な男だけ視線を泳がせているからな。私にはすぐにわかったぞ。
それはさておき、準備しよう。次に起こる混乱に備えなくては。
「お、わ、」
腰を落とし、魔力を手足に集めアメリア様を抱きかかえると、静かに後ずさった。教室の扉の外に丁寧に放り出し、すぐに扉を閉めた。
護衛対象の安全は、何よりも優先する。それが私の在り方であり、存在証明だ。
「ひ、いいいいいい!」
すぐさま騒動が沸き起こり、教師は頭を抱えて教壇の陰に隠れた。
屋内で光の奔流が暴れ回り、天井に張られた結界が青白く脈打った。空気が振動し、皮膚がピリつく。魔力が周囲に伝播し、感情は高揚し、魔法詠唱の抑制が効かなくなり、数人は宙に浮き、幻覚を見ているように呟き始めた。
全員、軽度の暴走状態になっていた。
「わああ、みんなすごいことになってるー!」
「異常反応だ! ああぁ、姫殿下の行動は毎度ながら災厄の形を……!」
混乱の中心から離れた隅で、オルテンが顔を歪めて魔力を込め出した。粘性の高い蜂蜜が緩やかに滴るようなそれを両の掌に集めていた。
あれは、オルテン家の封印魔法か。あの光り方からして、対象は教室全体、そして半暴走状態の生徒の約二十名といったところ。行動に無駄はないが、これらをすべて封じ込めるには荷が重い。姑息な奴にしては対応が早かった、そこだけは褒めてやる。
私は丹田を意識して魔力を引っ張りだす。全身を覆いだしたのは黄金のような粒子。雲一つない空から降り注いだようなものを纏い、全体像を把握する。
最小限の身体強化で、教室中を駆けた。




