第四話 「エルミナ・ヴァルキュロス」
※ 本作品は、一部に生成AI(ChatGPT&Gemini)を活用して構成・執筆を行っています。設定および物語の方向性、展開はすべて筆者のアイデアに基づき、AIは補助ツールとして使用しております。誤字脱字または展開の違和感など、お気づきの点があればコメントをいただけると助かります
閲覧の際には、上記の旨をご理解のうえ、読欲をお満たしください。
靴音が廊下に吸い込まれていく。
遠くで鐘が鳴っていた。私は、それを背に城内の回廊を進んでいた。
鏡で確認するまでもない。今日も乱れなく整っている。肩にかからない長さに切り揃えた黒髪は、制服の深紺色とよく調和している。余計な装飾のない髪型は、戦場の兵士のようにさえ見えるだろう。百七十を越える身長に、引き締まった身体にはしなやかな筋肉が無駄なくついている。一応は、女性らしい均整も失ってはいない。
ブレザーの襟元に留めたブローチは、私の職務を端的に表していた。盾を模したその意匠は『護衛』であることを示す。光を反射するその小さな装飾に、私は忠誠の証を刻んでいる。
薄青の眼で見据える先は、高く幅広い、厚みのある二枚扉だ。
立ち止まり、軽く三度、ノックする。
「だーれー?」
いつも通りの声に、自然と口元が緩む。
「おはようございます、アメリア様。エルミナにございます」
「いいよー入ってー」
「失礼いたします」
扉を開けると、案の定だ。寝間着姿で枕に胡坐をかき、空中を飛び回っている。大きすぎるその枕は、二週間前に買ったばかりのもの。どうやら最近読んでいた物語に触発されたのだろう。彼女は浮遊魔法を用いる際、どうも自分の体ひとつで飛ぶよりも、何か物に乗って移動するほうが性に合っているようだ。
「むむ、ムムム。空飛び滑空!」
案の定、バランスを崩した。天蓋に枕が引っかかって回転し、そのまま落下。
私は素早く位置を読み、腕を広げる。予測通り、華奢な身体が腕の中に落ちてきた。ぴたりと受け止め、枕も肘で受け流す。
「さっすが。ありがとう」
称賛と感謝。それだけで十分。王女をそっと下ろし、朝の支度へと移る。
「本日は午後から学校ですが、午前はいかがなさいますか?」
着替えを手伝いながら、淡赤の髪を丁寧に梳く。剣技に通じるこの動作は、私にとって一種の儀式だ。彼女の肌は若さに満ちていて、まるで幼児に触れているような柔らかさがある。
「新しい魔法を試す!」
「流石はアメリア様。向上心を絶やさぬ御姿、私も見習わなければなりません」
私の主人、アメリア・ド・ヴァルモン。この命は、この人のために在る。生涯を賭しても惜しくない。死後の旅路にも、供をしたくなるような人だ。
「セレヴィって、もう来た?」
指が、止まった。
「応接間にて、お待ちです」
「そうなの? 早くいかなくちゃ」
「……すぐに仕上げます」
口だけで返し、奉仕を再開する。
あの女など、待たせておけばいいのに。
あの女が、これからアメリア様にどれほどの苦労をかけるか、アメリア様は知らない。
あのような者、遠ざけるべきだ。いっそ、消してしまいたいとさえ思う。
国家転覆、反逆罪、なんでもいい。不敬罪だなんだとでっち上げて、領地も爵位も剥奪したうえで、国外追放すればいい。
…………思考に集中しすぎていた。意識して瞬きをする。
一介の家臣に過ぎぬ身である以上、出過ぎた真似はできない。けれど、問われれば、私は迷いなく進言するつもりでいる。
ひとまず、考えを胸の奥に収め、指先に意識を戻した。
王女の世話をする日々は、私にとって確認作業だ。
――今日も、彼女は生きている。
――今日も、彼女の傍にいられる。
それだけでいい。たとえ、どれだけの苦労をかけられようとも、心は穏やかでいられる。
着替えを終えたアメリア様が窓の外へ顔を向け、欠伸をひとつ。
私はその背後から、裾をそっと整えた。
*
「秘密地下室、掘るべし! 掘削!!」
朝食の余韻を残しながら、彼女が唐突に叫ぶ。
魔力の奔流が床を貫き、廊下が揺れ始めた。宮廷のどこかから、悲鳴が上がっている。
そして、魔力の流れが不意に変わった。揺れが止まる。
「もう少し小規模で始めてくれない!?」
地面に手をついて叫ぶ声。セレヴィーナ・ガーウェンディッシュ。忌まわしい名前だ。
アメリア様が緩くした地盤に、令嬢は対抗魔法をもって正常に戻した。
隙のない髪型、整えられた所作、数式のごとく理路整然とした魔力の操作。
あらゆる点で優等生。周囲から持て囃され、誰もが彼女を称える。
だが、私は忘れていない。忘れるはずもない。
「地下室って言ったらさ、やっぱり大きくしたいじゃん?」
「王城がすっぽり地底国家になるわ!!」
「それも、あり、か?」
「なしよ!!!」
声を張る彼女の姿に、王女が楽しげに笑う。
あの女は、アメリア様に言葉をぶつけられる、数少ない存在だ。
それが、私にはどうしようもなく、疎ましい。
石畳がみるみるうちに元通りになっていく様子を、黙って見ていた。セレヴィーナの魔力量と制御技術は、正直に言えば疑いようがない。学問も戦略も抜け目なく、責任感は人一倍。私がそう思っていると悟られたくもなかったが、否定する理由もなかった。
数歩だけ後ろに下がって、二人の様子を見守る。そんな私の元に、掌についた汚れを払うような自然さでセレヴィーナが近づいてきた。
「まったくもう……エルミナさんも、アメリアにはちゃんと言っておいてくださいませんか」
気安く話しかけるな。そう言いたくなるが、相手は大貴族の令嬢だ。
「申し訳ありません。私は、アメリア様の侍従ですので」
唇だけで笑む。私の中にあるものは、丁寧な言葉遣いとは裏腹の、明確な拒絶だった。
「……あなたはいつも。少々過保護ではありませんか?」
「当然です。あの方は……我らとは違うお方なのです」
目を細めて告げた一言は、敬意とも哀れみとも違った。境界を引くような響きが、自然と声に乗った。
令嬢は不満げに唇を尖らせると、アメリア様がまた魔法の詠唱に入りそうな気配を察して、足早にその場を離れていった。
私はその後ろ姿を一瞥し、懐から日記帳を取り出してページを開く。書き記す内容は、いつもと変わらない淡々とした観察と、ほんの少しの私見だ。
《アメリア様、掘削魔法にて再び王城沈下未遂》
《セレヴィーナ女史、迅速な収拾》
《個人的所感:アメリア様は以前より魔法発動までの所作が早まっている。流石は敬愛する我が主。セレヴィーナ女史は、まあ、よく対応した》
記し終えてから音もなく日記帳を閉じ、再び顔を上げる。アメリア様と令嬢が、先ほどの魔法の件で何やら意見を交わしていた。
あの姿、あの声、あの態度。何もかもが、心の奥底から、苛立たしい。
一周目。セレヴィーナが騒乱の発端となり、政治が乱れ、宮廷が揺らぎ、ヴァルモン王国の崩壊が始まった。いや、それ以前に積もり積もっていた要因が、彼女によって起爆した。
革命の余波、連合軍との戦争、そして、王国の滅亡。アメリア様は……あのような最期を迎えた。直接的な手を下したわけではないが、連鎖の起点が彼女であったことは間違いない。
一年前にこの記憶を取り戻してから、何度セレヴィーナを排除しようと画策したか。だが、今の彼女は以前とまるで違う。別人のようだ。
怠惰と傲慢の化身だったはずの彼女が、今は努力と才覚の結晶のように変貌している。その変化に、一度や二度、私の決意は揺らいだ。
まさか別の生き方を辿ってきた、別のセレヴィーナなのか。そう思うたび、私は別の可能性に思い至る。
アメリア様も、以前と同じではない。確かにお転婆ではあったが、ここまで元気いっぱいに駆け回る方だったろうか。記憶に絶対の自信があるわけではないが、行動にも性格にも、以前とは若干の違和感がある。
もしかすると、私が知る一周目とは違う、別の世界、なのかもしれない。
だとすれば、セレヴィーナに抱くはずだった感情は、筋が違うように思える。
アメリア様に捧げる忠誠は、このままでよいのだろうか。
最近よく考える。
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