カクテル
もしかしたら、下校途中に、知的障害を持っているような女の子から、「セックスしましょう」と言われた経験が、僕にこれを書かせたのかもしれない。
カクテル
コンクリートジャングルを歩いてた。
オレはたぶん、頭がそうとうにキてた。いっちまいそうだった。
だけど、どこにいくってんだろう、どこにもいけやしないのに。
しばらくして、馬鹿みたいに大きなフェンスがオレの前にたちふさがった。
いきどまりか。わかってるさ、まっすぐ進んだって、ずっとは行けないってな。
その先は海だった。だれが飛びこむってんだ、こんなとこ。オレには理解できない。
わかってる、これは安全装置だ。事故防止のための。そうさ、大事なことだよな、人生には。
がしゃん、と音をたてて、フェンスによりかかる。
きっと、こういうときにタバコでも吸うと、さまになるんだろうな、と思った。
だが、タバコを吸うなんてのは、現代においては、さいっていにくさった行為の一つだ。
他人がガンになったってかまやしないぜと意味するのに通じる。
しかし、オレがここでいっているのはスタイルの話だ。タバコを吸うようなスタイル。
わかるだろ、あのハードボイルドみたいな、いかにもって感じのスタイル。
だが、そんなスタイルを誰が見るっていうんだろう。
まあ、いいや。だれかが見ていなくてはおしゃれしてはいけないということはないのだ。
そういえば、インテリの友人が言っていた。「人は他者との交わりの中でしか生きていけない」とかなんとか。あのインテリはどうしているだろうか、いまごろは。まだ本でも読んでいるのだろうか。
あいつは生真面目だったから、どうなっているのかちょっと興味がわいた。
まあ、ずいぶん昔の話だ。オレにとっては、ずいぶんと昔の話だ。
ヤツとオレの交錯なんて、ささやかなもんだったが、しかしどうなんだろうな。
袖振り合うも他生の縁、という言葉をじっちゃんから教えてもらったことがあるが、それによると、ヤツとオレとはそこそこの因縁というやつがあったんだろう。
かなりタイプが違う人間だったのに、けっこう仲よかったんだから。はためから見ると、かなり奇妙な二人組だったかもしれない。
そんなことはどうでもいいことか。
ぶらぶらとオレは歩き出す。ポケットに入れたバタフライナイフがちょっと邪魔だ。痛い。
バタフライナイフというのは響きが好きだった。バタフライ。ちょうちょう。
オシャレな気がした。だが、明らかに戦闘向きではない。すぐに刃が出せないからだ。
一昔前だったか、やたらとバタフライナイフによる殺人が横行した時代があった気がする。よく覚えてないが。ナイフをそういう風に使うのを、ナイフをこよなく愛する人間としては許せない。
ナイフに対する侮辱だ。もっといえば、刃物に対する侮辱だ。
気持ちはわかる気がする。武器を持つと、人は自分が強くなったように感じる。
だが、実際のところ別に強くなったわけでもなんでもない。
ただ、酔ってるだけだろう? そうさ、酔ってるだけだ、自分の像に。
いかにも強そうにしあげられた自分のヴィジョンに酔ってるだけだ。馬鹿みたいだぜ。
まるで難しい言葉を使って、ほら、こんな難しい言葉が使えるんだよ、すごいでしょ、とでも言いたげな知識人みたいだぜ。そうだ、あのインテリもそういうところはあったな。
やたらと「概念」だとか「客観的思考」だとか使いやがる。ほめてほしいか?
いいだろう、ほめてやるぜ。
お前らはすごいよ、ある意味で。さいっこうにすごい奴らだ。まちがいなくな。
オレには使えないよ、そんな言葉遣い。
けど、オレは嫌いだ。奴らの言葉遣い、論理、理屈、そんなのが気にさわる。
やつらは実に実に凝った言葉を使っていた。「ナニナニなのである」とか「つまるところ、ナニナニなのだ」とかいう語尾で終わるような言葉を、それだけならどうってことないのに、いくつかの単語との、最悪のとりあわせでぶちこんできやがるのだ。
おかげさまで頭がおかしくなりそうだぜ。
そして奴らときたら、いったいそれで何が出来るっていうんだ?
ただの言葉遊びじゃないのだろうか。それともオレがまちがっているのか。
奴らのやっていることは、言葉遊び以上のものなのかもしれない。
あのインテリなら、こういうだろうか、「君は言葉遊び以上とかいう言葉を使うけど、いったいどういう基準で以上や以下を決めるんだ? つまりさ、なにが上でなにが下かなんてのは、どうやって決めるんだ? それはただ単に、個人次第ではないのか?」
やれやれ、そういうのは、あまり重要じゃないのさ、オレにとってはさ。
だけど、お前にとっちゃあ、重要だったのか? それならそれでいいや。
お前は確かにインテリで、あまり好きじゃない言葉遣いだったけど、それでもお前はいいヤツだったもんな。そうさ、お前はいいヤツだったよ。
とってもやさしいところ、あったから。
地下街に入った。
コンクリートジャングルとあまり、かわりゃしない。商店が整然とならべられているようなトコだ。
上はビルディングが乱立していて、空も見えないくらいだったが、ここはすでに空が見えない。
蛍光灯が光ってる。昼だってのに、照らしているのだ。いったいどれだけの電気を食ってんだろう?
化け物め。
オレは自分がささくれだっているのを感じた。
まるで危険なナイフのようだ。気をつけなくちゃ、手当たりしだいに切っちまいそうだった。
そんなのは、最悪だ。
だけど、オレになにができるっていうんだろうか。視線が鋭くなっているのを感じる。きっと目つきも悪い。動きもリラックスなんて全然してない。呼吸もやばい。なにより、気分が暴力的だった。だから思考も攻撃的だ。
批評なんて、役に立たない、ということば自体がすでに批評ではないのかという悪夢のようなパラドックスを思い出す。オレが批評なんて役に立たないって言ったときに、あのインテリが投げつけてきた恐ろしい反撃の言葉だ。この思考には逃げ道がないように思えた。だが、オレは逃げ道を見出した。
オレは批評が嫌いだ。
こういえば、すべてにカタがつく。違うか?
さて、とにもかくにも、気分がささくれだっているときは、いやな批評をしちまうところがオレにはある。こいつのこうこうこういうところが致命的だ、などと考えてしまう。
やつのこういうところが気に食わない、といったほうがまだマシか。
だけど、そんな台詞なんて、はかないほうがいいのだ。ナイフみたいにとがった言葉は、その言葉を理解できる人間の心を切り裂くことがあるから。
「性欲は消せないが、どこにそれを向けるかのコントロールはできるだろ」
インテリが言った言葉の中で、オレが好きな言葉のひとつだ。
ナイフみたいにとがった心をやわらかくするのはむずかしいが、そのとがった心をどこに向けるかのコントロールは、オレにだってできるはずだ。
たくさんの人が、たくさんのことを言う。
「だから駄目なんだ」「そこがまちがってる」「どうしようもない」
くそくらえなんだよ、そんな言葉。おっと、またとげとげしくなっちまった。
だけど、オレはそういう種類の言葉があまり好きになれなかった。
魔法使いなら、きっとそういう呪文はとなえない。
人のむれが視界に入った。ふと、そういうときがある。ただの波だったのが、たくさんの人間に変わる瞬間。今のオレは、爆弾を落としたい気持ちだった。もちろん、これは仮想の爆弾だ。
本物の爆弾を落としたいと言っているわけじゃない。いやなこともろもろを吹き飛ばしたいってことだ。
オレには気に食わないことがたくさんあるから、そいつらをきれいさっぱり、ふっとばしたいんだと思う。
だから、ここにいる人たちに爆弾を落としたいわけじゃない。オレに敵がいるとすれば、彼らではない。道行く彼らではなくて、もっと別のなにかだ。
オレがどうにかしたいのは、気に食わないのは、ふっとばしたいのは、ここで道行く人々じゃない。
そしておそらく、爆弾なんかじゃふっとばせない。
きっと目には見えない。
感じるだけ。
道行く人々がそれぞれの人生を歩んでいく。
それが見える気がした。なんかそんな感覚があった。
ちょっと壁によりかかる。歩くの、つかれた。
色んな人がいた。
ケータイの画面しか見てないような人がいた。オレは悲しくなる、そういう人を見ると、ときたま。
まるで世界がそこで完結しているようなのがいやだった。接続が絶たれている感じでいやだった。
あんたの世界はそこで終わってんのかよ、と聞いてみたくなった。なんて答えるだろう。
何を言っているのかといわれるだろうな。オレにもわかんねえよ。
そしておそらくオレはまちがってる。世界があんな風に閉じれるとは思えない。
オレたちはつながってる、たぶんな。
地下街を行く、色んな人を見ていた、そのときのオレは人間がきらいだった。
オレは昔はとても幸せで、それはまわりの人間がすばらしいからだと確信していた。
だから、いやな人生に迷い込んだとき、それはまわりの人間がくさっているからだと思った。
人生の幸、不幸を、まわりの人間が原因だとすることは、諸刃の剣なのかもしれない。
じゃあ、自分が原因だとするのか? そうすると、周りの人間の価値が低くなる気がした。
まあ、どういう風に世界を見るかは、オレ次第か。
とりあえず、家に帰らなくちゃならんから、切符を買って電車に乗り込んだ。
席に座ると、となりにだれかが座ってきた。
これは変だ。男子便所で5つ、台が空いているとして、いちばんはじっこを自分が使うとしよう。そのすぐとなりに次の人が来るのは、かなり変なことだとは思わないか?
「よっ」
しかし、それが知り合いなら少しは別か。すくなくとも、座席では自然かも。
「ああ、よう」
やけに短いスカートに、ちょっと化粧しているらしい顔。爪にはマニキュア。かわいいつもりか?
オレの基準では見た目はそれほどかわいくないが、その生き方はかわいらしいところがあると思う。オレにとってかわいいとは、そぼくや純粋、素直や平和って言葉の意味に近い気がする。
やさしくって、ふわふわしているのが好きなのかな。
「なにしてんの?」
「んー、ショッピング―?」
疑問形のように、語尾を上げる。このちょっと頭の悪そうな(と、そのときのオレには感じられた)ところが、なにかオレの頭を刺激した。
「へえ、髪、切ったのか」
「わかるー?」
「わかるさ」
いつもお前のこと見てるからな、と言ったらこいつはどういう反応をしめすのか、非常に興味があったが、自分の言ったことがどれくらい自分の被害となるかわからなかったので、言うのはやめにした。
軽々しく嘘を言うのはよくない。そして口はわざわいのもとだ。
「似合ってる」
これは本当。女の子は髪の短いのが長いのより好きだった。
「さんきゅ。でも、何もでないよ」
「別に何か欲しくて言ったんじゃない。まあ、何かくれるならありがたくもらうかもしれないけど」
「じゃ、髪、さわらしてあげようか?」
「さわってほしいんじゃねえか?」
「別にどっちでも」
すなおじゃないよな、オレも。さわらしてあげようかといわれたら、ありがたく、「ありがとう」とか言って、さわればいいのに。こういうすなおじゃない自分をちょっとかわいいと思う反面、すなおじゃないせいでかぶる不利益のほうがはるかに多いと思った。
すなおってのは、恥ずかしいときもあるけど、たいてい悪い方向には転がらない。かもしれない。
「変なこと言って悪かった。ありがとう」
ありがたくさわらせてもらった。
別にそこまで美人じゃないよな、と思う。だけど、そんなこと、いったい何の意味があるってんだ?
すすっ、とほっぺたもさわる。あっ、とか言う声が聞こえた。
くそ、無意味に甘いんだよ、声が。
頭がちょっとだけおかしくなりそうだった。
昔、ある男から言われたことがある。
「下手に女子の体に手を出すなよ。相手の体を手に入れたつもりが、実際は、お前の心がもってかれるぜ」
もう、知ってるさ。ある程度はな。
昔、女の子について、インテリとそいつとオレとがしゃべったことがある。
今、思い出してみても、明らかにちぐはぐなトリオだった。だが、いいじゃないか。そこまでちぐはぐでもない。世界とおなじくらいのちぐはぐなとりあわせだ。どうってことない。
インテリは、女の子とのつきあいを、かなりまじめに考えているみたいだった。たぶん、浮気なんてしないだろうというくらい。
たいしてそいつは、かなりすごかった。そもそも、彼女を一人にしぼることをいやがっていた。全員同じように愛せるかぎりは愛するのだ、と言っていた。きっとイスラム圏なら楽しく生きていけるんじゃないか、とインテリが言った。
そいつは、たぶん、愛せていたといえば愛せていたんだろうと思う。平等に。そいつとそいつの恋人たちは、まるで家族みたいだった。そいつはみんなにキスしてた。みんなを愛していて、みんなもそいつを愛してた。みんながお互いを愛しているみたいだった。
嫉妬なんて、はためから見ている限り、ないように見えた。
それは、オレのよく知っている、恋人の形とはずいぶん違っていたけれど。
その形を作っているみんなが幸せそうだったから。
みんなが幸せなら、それでいいかと思ったのだった。
オレの手が彼女の手によって、ほっぺたからはがされた。
ちょっとやりすぎたかな。まだ、頭が熱っぽい。
ただ、そのまんまでしばらくいた。手はにぎられたままだった。駅について、おりる。
おなじ駅だった。
「同じ駅だったっけ?」
彼女は無言で、歩いた。しょうがないからついていく。
人気のない暗闇の中で、オレの手がはなされた。
「ねえ、あたしを抱いてよ」
突然の告白に、オレはちょっとだけびっくりした。
でも、そこまでの衝撃ではなかった。頭がキてるときには、ある程度のことは許容範囲内だ。
「なんでさ」
「さみしいの」
その気持ちは、オレにはわかるつもりだった。
「やめたほうがいい。さみしさは消えない。しばらく忘れられるだけだ」
「それでもいいよ。あたし、気が狂いそうなの」
かわいそうに、おじょうさん。だけど、オレは紳士なのだ。
軽々しく、飛び込むわけにはいかない。
「オレが抱いたら、きっとオレの体がやみつきになるぜ」
「それでもいいよ。あなたはやさしいひとだから、大丈夫だと思う」
「それはありがたいことを言ってくれるな。気のせいかもしれないぞ」
「それでもいいもん」
……人生を生きていくのにはさ―――
インテリの声がする。
……ありとあらゆる可能性に対処できるように手をつくすのが肝心だと思うんだ―――
だけど、それは、不可能じゃないのか。
……最悪の可能性を考えればいいんだ。そうすれば、それ以外の可能性は、それよりかマシだろ―――
なるほど。そいつを考えて、対処できるようにしとけば、それ以外の可能性にも対処できるってわけだ。
……まあ、もちろんうまくいくとは限らないけどね。現実が予想を上回るかも―――
でも、なにもしないよりかはマシだな。
「それでも、いいのか。オレがやばいやつでも?」
「そうは思えないし、もしそうだったら警察に行く」
「ははっ。殺されたら?」
「そこまでになることはないと思うし、そんなところまで考えてたら何もできない」
そうだな。考えすぎも、駄目かもしれない。インテリは、考えすぎる傾向があったからなあ。
大丈夫だといいが。やれやれ。どこらへんまで考えるかってのも問題なのかい?
「さて、と―――」
オレは、歩き出す。
「ちょ、ちょっと! どこいくのさ!」
「行こうぜ。いっしょに歩こう。それと、きみは、抱かない」
「なんで? わたしのこと、きらい?」
泣きそうになってる。
「逆。大切だから、軽々しく抱かない」
「やだよ。さみしいよ」
「そうだね」
できるだけ、やさしい声を出した。
「だから、そばにいるよ」
「それ、生殺しだから」
くすっ、とオレから笑いがもれた。
「そうだな。でも、どうすればいいんだ?」
「抱いてよ」
なんだか、本当に笑えてきた。どうどうめぐりみたいで。インテリなら、きっと抱かない。あのハーレムを実現した男なら、迷わず抱くだろう。さあ、オレはどうしようか。
「オレのこと、好きか?」
「好きじゃなきゃ、こんなこと言うわけ、ないじゃない」
「そうか」
おやおや、告白されたか。しかし、この女、順序が逆じゃないか?
「やれやれ。どうすればいいのかな」
空を見上げる。
別に答えが書いてあるわけでもないのに。
「オレ、別に他の女の子が抱いて、って言ってきても、抱くぞ? それでもいいなら、抱きしめよう」
そうだ、きみにあげる抱きしめは、特別な抱きしめでなく、疲れている人にあげる抱きしめなんだ。
「じゃあ、手、つないでよ。抱かなくていいから」
「了解」
手をつないで、歩いた。ひさしぶりの、人の体。
そういえば、ずっと、人に抱きしめられたり抱きしめたりすること以前に、触ったり触られたりってことが、なくなってたよなあ。
こいつの気持ちも、分かる気がした。
「こんな風にさ、人肌の温かさをあじわうのなんて、ひさしぶりだ」
「そうなんだ」
「そうなのさ」
しばらく歩いたところで、思い出した。
そうだ、オレ、告白されてたんだった。返事、しなきゃな。
「あのさ。別にオレ、今恋してるわけじゃないんだ。普通の意味で、特別の意味なんてなしで、愛してはいるけど。それでもいいなら、つきあってもいいよ」
「もちろん、つきあうに決まってるじゃない」
そうですか。オレ、おもわれてんだなあ。
「それに―――」
途中で、とぎれた声に、彼女のほうを向く。
「惚れさせるもん」
視線をオレにあわせないようにして、彼女は顔を赤くそめた。
不覚にも、かわいいと思ってしまった。
「もしかしたら、できるかもな」
「え?」
「なんでもねーよ」
まるでよく出来た芝居の筋書きのようなせりふまわし。
ここまで決まるとは思ってなかったぜ。まあ、少しは思ってたけど。
「っていうかさ、恋人同士なら抱きしめてもいいんじゃない?」
実に積極的な女の子だった。
そういうの、きらいじゃない。
「じっくりいかないか、こういうことは?」
「双方の合意があれば、いますぐにでもする覚悟ありだよ、当方は」
やれやれ。
もしかして、オレはこの子を相当に惚れさせてしまっているのだろうか?
わからん。もともとこんな子なのか、オレがこんなにさせているのか。
「ま、こんやは止めとくか」
「ちぇ」
「愛の深さは、行った行為がどれくらい親密かってのと、必ずしも比例しないぜ」
あのインテリの友人みたいなしゃべり方になってしまった。
「でも、証が欲しいもん」
そうか、証明か。参ったな。
そのとき、オレの頭に、例のハーレムの友人の言葉がよみがえる。
『ピースサインをつくる。できたはさみを閉じる。人差し指と中指がくっついているな? オーケイ。あとはそれにくちづけをして、相手のくちびるにもっていく。ロマンチックな間接キスのできあがりってわけだ』
実践した。
「これから、よろしく」
「あ、ああ、あああ?」
かわいそうに、状況把握ができていないらしい。
「えっと、あの、その」
「うん。これからもよろしく。証はあれでいいだろ?」
「え、いや、その、大丈夫。まったく問題ないっていうか、ええっと、びっくりした」
「ごめん」
「いや、別にいいけど……うん、それと、こちらこそよろしく」
「よろしく」
そのままちょっとだけ無言。
オレは何やってるんだろうな、とか思う。
オレはこれでよかったんだろうか、なあ。突然の告白。受けちゃって大丈夫?
『恋人が出来たからって世界が変わると思ってんなら、まちがいだぜ』
ハーレムの友人は言った。まちがいともいえないが、ただしいともいえない。
どっちにでも取れるようなものなのだ。けど、とりあえず、オレの意見では、世界は毎日更新だ。
常に変わってる。
どんなサイトよりも更新頻度は高いはず。気付いてなくても、そうなのだ。たぶん。オレの意見によると。
で、受けちゃって大丈夫かという話だが―――
きらいじゃないのだ、正直な話。惚れちゃあいないが、付き合うぶんにはかまわない、いるだろ、そういうやつ? それとも、いないかい?
しかし、ホント、オレは何やってるんだろうな。こんなんで、幸せになれんのかな。
「あ、じゃあ、あたし、ここでお別れ」
「うん? そっか。じゃあ、帰り道気をつけてな。送らなくて大丈夫か」
「え、じゃあ、送ってって」
この甘えんぼさんめ。
だが、まあ、こういうのも悪くないかな、と思った。
オレは別に惚れてるわけじゃないけど、オレに惚れてる女の子と歩く街。
たぶん、オレは、さいっこうに恵まれている人間の一人だった。
しかし、ホント、こんなんでこの先の人生大丈夫なのだろうか?
あっさりと告白を受けてしまったけど、これで大丈夫なのだろうか?
わかんねえな。
オレはそう結論づけた。たぶん、インテリもハーレムも、同じ結論に達するんじゃないか。
がんばっても、なにか不幸になってるやつもいれば、がんばらなくても、幸せが転がり込むやつもいる。
がんばったほうが、幸せになる確率は格段にあがり、がんばらなかったら、幸せになる確率が格段にさがるとは確信しているのだけど。
まあ、でもがんばりが空回りするってのもあると思うし、なにをどうがんばればうまくいくのかってのもオレにはよくわからない。
直感と理性と情報をカクテルして、オレは生きてる気がする。
配合がうまくいくかどうかは、オレには必ずしもわかっていない。
インテリは、考えれば考えるほど、道は開けてくると信じているようだったし、ハーレムのやつは、そもそも道が開けているようにみえた。
じゃあ、オレのやり方は、これでいいか。カクテルで。
ふむ、また難しいことを考えてしまった。インテリのせいだな、これは。ヤツと長いこといっしょにいすぎたかも。でも、あいつもオレと同じくらい、オレから影響をうけたと思えば、それはかなりゆかいな話だった。
最後には、うまくいくんじゃないかな。
ふと、そう思った。あるいは、そう感じた。
だって、オレたちは幸せになろうとしているのだから。
最後がどこなのか、オレにはいまいちわからないような気もしたが。
「うん、うまくいくんじゃないかな」
言葉にすれば、現実になる気がして。
「え? あたしたちのこと?」
やけにのってる女の子がオレを見る。
「いや、すべてがさ」
たぶん、オレものってる。さいっこうに。
2006年9月19日 午前3時15分 初版
2006年9月24日 午後3時49分 推敲