王宮の青い薔薇の娘 計画 9
宮廷魔術師長ワイアット・ルクレールが私達の結婚に協力してくれると言ってくれたことを、私はお父様に手紙で報告した。
それと、学園長のお母様への思いを伝えた。
お母様は、愛する弟から地位と名誉を奪った事を知った時、傷ついただろう。
気づくのが遅かった事は、より一層お母様を傷つけたはずだ。
でも、複雑な生い立ちの彼にとって、お母様の存在は何よりの救いであったのだ。
だから数百年ぶりに「聖女の祈り」を発動出来たのだろう。
「聖女の魔法」で得る名誉より、褒美より「聖女の魔法」で、お母様の命を救ったことの方が彼には重要だった、お母様を救えた時、彼も救われたという事実を。
お母様は私にとっても、とても優しく、前世の母親とは比べ物にならないほど愛情を持って私を育ててくれた。
私も学園長も魔法と勉強を頑張れたのは、お母様のおかげだと思う。
そして、私も学園長も笑顔を褒められるのは、天真爛漫な愛情深いお母様のおかげだと知ってもらいたかった。
◇◇◇◇◇◇◇
お父様に手紙を書いて、しばらくした時、イライザ嬢から会合のお誘いがあった。
私はまず、魔術師長に賛成されたという話をイライザ嬢にした。
イライザ嬢は喜んでくれた。
「フローラさんのお父様から、自宅にお手紙が届きました。「初春の叙勲」について、お話したい事があるそうです」
と、イライザ嬢から言われた。
「すみません「初春の叙勲」と言うのは?」
「王宮では元旦に伯爵以上の夫婦が呼ばれ、王族が新年の挨拶をするんです。その時に前の年に功績があった者も呼ばれて褒美を与えられるんです。それが「初春の叙勲」です」
ずっと、男爵家の領地で育って、お正月は領地に帰っていた私は全然知らない行事だった。
「本来なら、フローラさんは去年の秋に発動した「聖女の魔法」の功績で、今年の元旦に「初春の叙勲」を受けるべきだったのですが…」
そういえば、世間的に学園長は「聖女の魔法」の研究の功績で、伯爵の位と学園長の地位を貰ったことになっている。
私は「聖女の魔法」を、公には数百年ぶりに発動したというのに何の褒美?的な物は無かった。
イライザ嬢が言うには、王との謁見後、私が王女の娘であろうという事が分かり、王女にそっくりなフローラを「初春の叙勲」に呼ぶべきか王や宰相は悩んだそうだ。王女は離宮で療養しているという事になっているし、問題はありすぎるからだろう。
だが、お父様の方から、「初春の叙勲」は、娘が最終学年になるか学園を卒業するまで延期にしてもらえないかという提案が出され、渡りに舟とばかりに今年の「初春の叙勲」は、流れたそうだ。
「もしかしてフローラさんは、お父様から聞いてなかったですか?」
「そうですね、聞いてなかったです」
「……王女の娘であるという事は、ご両親は隠してらっしゃったんですものね…。その点でフローラさんには言わなかったんでしょうね」
その通りだろう…お父様は私に気付かれないように、私をいつも守っていたんだなぁ…。
「フローラさんと私は仲が良いですし、宰相であるお父様に「初春の叙勲」の相談と言うのは、第三者が聞いても不思議ではありません。近々、我が家にフローラさんとお父様をご招待する予定です」
お母様の元婚約者と、現在の夫が会うのか…。私のせいで気まずい思いはさせてしまうな…。でも、娘のイライザ嬢に、その辺を聞くのもなぁ…。
「フローラさん、ニールとの婚約だけは無いとお父様には約束させました!! でも、それ以上の確約は出来ないと…申し訳ありません…でも、フローラさんの気持ちや、私にとってフローラさんがどんなに大事な人かは伝えましたので!!」
魔術師長からソルと婚約してはどうか?と聞かれたと言ったせいもあるのか、ニールとの婚約の件を力強くイライザ嬢は言った。
正直、物凄く有難い。ニールとの婚約が無い…本当に良かった…。
「ありがとうございます、イライザさん…。本当にイライザさんに頼ることになってしまいましたが…。私の父も、自分に全て任せろと言っているので、当日は基本的にはお互いの父親同士の話し合いになるとは思いますけど…」
「…そうですね、でも、きっと大丈夫です!!」
いつもの私のセリフをイライザ嬢は言った。
彼女の思いやりに感謝しつつ、私達は笑って解散した。
◇◇◇◇◇◇◇
そして、会合から少し経った休日。お父様と私は、宰相の自宅に招かれた。
お父様が泊まっている宿から馬車を借りて、お父様と学園で待ち合わせて宰相の自宅に行った。
お父様は馬車のなかで「今日は全てお父様に任せなさい♪」と、言って具体的な事は説明してくれなかった。
「本日はお招きいただきまして誠にありがとうございます。男爵のフェイ・ベフトンでございます。娘のフローラは宰相のご令嬢と仲良くさせていただいているようで…」
お父様が笑顔で言うと、イライザ嬢のお父様である宰相は真面目な顔で挨拶する。
「こちらこそ、ご息女にはイライザもニールも大変お世話になっているようです。今日は「初春の叙勲」のご相談でしたね」
立派な応接室に通された私と父は隣同士に座り、宰相は正面に座った。
イライザ嬢達は金髪だが、宰相は薄いブラウンの髪に青い目をしている。
お父様とあまり歳は違わないはずだが貫禄がある。
「ええ。 去年の秋に「聖女の盾」を発動させ、数か月後に「初春の叙勲」では、さすがに色々と準備が間に合わないと思いまして延期にさせていただきましたが、来年の「初春の叙勲」ならば私共も準備は整うと思いまして」
パッと聞くと、私のドレスの準備とかに聞こえるけど、そういう問題じゃないのは宰相も知っているだろう。
初対面だし、微妙な関係だし、探り探りに言っていくのかな…。
「そうですね…賢明なご判断だと思います」
お父様は常に微笑みを絶やさないが、宰相は流石に重臣だけあって、あまり表情は変わらない。
ニールは宰相には容姿も性格もあまり似ていないんだなぁ…と、思った。
「今日お伺いしたのは「初春の叙勲」では、叙勲者が自分で褒美を願い出る事が出来るそうですが…間違い無かったでしょうか?」
「そうですね、ご息女は数百年ぶりに「聖女の魔法」を、発動したので、生家を公爵にするというのも可能だと思いますよ」
男爵から公爵…凄い出世だ…。だからこそ、王太子妃にもなれるんだ…望めば…。
本来、王家の血筋のみが発動できる魔法だからこそ、高い身分にするのかもしれないな。
「はははっ、そうですか。 娘は無欲なので、そこまでの事は考えておりません。娘の望む褒美はクリストファー・メイヤー伯爵と婚姻です。「初春の叙勲」では、そう王に願い出るつもりでおります」
お父様は、快活に笑って言った。
なるほど、そういう作戦なんですね…。
「…そうですか…。ですが、王が何とおっしゃるか…」
「私の娘が数百年ぶりに発動した「聖女の魔法」の褒美を王に願い出て、王が伯爵以上の貴族がいる前で、どのようなお答えを出すか、宰相殿はお分かりになりませんか?」
お父様…物凄い笑顔だけど、結構、挑戦的…。
「もしも、王が我が娘の望みを許さなかったとして、さて、一体どういう理由を伯爵以上の貴族の前で説明なさるのか? 教えて頂けますか?」
お父様、笑顔に圧力を感じる…。
内々に王に私達の結婚を願い出ても、内々だからこそ抹殺される恐れがある。
お父様はそれをさせないように、公の正式な場で私に学園長との結婚を褒美に下さいと言わせようとしているのか…。
お父様が12月頭までに学園長を落とせと言ったのは、この作戦が頭にあったからなんだな…。
「聖女の魔法」が、武器になるというのも…。
確かに、一代貴族の伯爵で「聖女の魔法」の功労者の学園長と、男爵家の一人娘で「聖女の魔法」を発動した私…結婚しちゃダメな理由が無いんだよね、公には。
「その昔、戦で武勲を立てた騎士が王女の降嫁を願い出て、許されたという例もあるそうですが…?」
お父様は、さらに重ねて言った。
「確かに、公には王は反対できないでしょう。反対の理由を公に出来ませんからね。ですが、それで良心が痛まないのですか?」
やっと言葉を発した宰相は、痛いところを正確に突いてきた。
「他でもない宰相殿にそう言われて、良心が痛むのは私と妻だけでよいと思っています。フローラとクリストファー・メイヤー伯爵は痛める必要はないと思っています」
そう言うお父様の笑みは、今まで見たことがない暗い笑みだった。
「クリストファーは先王の業を、フローラは私達両親の業を背負うべきと宰相殿はそう思われますか? 先王はご自身の業を息子に押し付けたまま崩御された。しかし、フローラの両親である私達は生きております。私達の業は私達が背負うべきかと…」
お父様と、お母様が業を背負う…?
「ベフトン男爵ご夫妻はどう背負うおつもりなのですか…?」
宰相は、静かに聞いた。
「…エリー・ベフトンはこの世から去り、エレアノーラ王女として王家にお返し致します」
「…!! お父様!!」
「…本気ですか…?」
私と宰相は同時に言った。
「クリストファーが王子として、フローラが王女の娘として出会っていれば、二人は、ただの叔父と姪でいられたはずです。先王と私達の業が彼らの運命を捻じ曲げてしまった。先王と私達の行いで、傷ついた人は沢山いたはずです。王女の婚約者であった貴方もその一人でしょう。しかし、フローラとクリストファーは誰かを傷つけたでしょうか?」
お父様から笑顔は消えていた。お父様…お父様…これは…。
「…お父様…」
私は、震える手で、お父様のジャケットを握ってお父様を見た…。
私が首を横に振ると、ボタボタと、大粒の涙は直接床に落ちる。
お父様は優しく笑った。
「フローラ、お前はフローラ・ベフトンで王女の娘じゃない。 クリストファー・メイヤーも王の息子じゃない。そう決めたのは誰だか宰相殿は知っておられるでしょう? だからこそ、二人の婚姻は認められるべきです」
お父様は、最初は私に向かって、最後は宰相に向かって言った。
「…お…父様っ…」
私はただただ、首を横に振るしかできなかった。涙で声が塞がれて、これ以上言葉を言えない…。
「フローラ『お父様とお母様の元に生まれてきて、とても幸運で幸せだった』と、言ったろう? 『それがお父様とお母様にとっての正解』なんだ。もう十分、お父様とお母様はお前に幸せを貰ったよ。次は、それを与えてくれたクリストファーとお前の番だ…」
いつもの笑顔のお父様に、私は壊れた人形のように首を横に振る事しかできなかった…。
「……ベフトン男爵、貴方の覚悟は分かりました。ですが、先王の業は誰が背負うべきと思っておられるのですか?」
ため息交じりに宰相が聞く。
「宰相殿はどう思われますか? 私達の業の一番の被害者である貴方は…?」
宰相は、初めて小さく笑った…。
「……被害者……。貴方は、このように親子愛を見せつけて、私の妻と息子と娘を間接的に否定しているのですか? 貴方たちが間違っているというなら、王女は私と結婚して子を産むのが正解だった。しかし、そうすればフローラ嬢も、ニールもイライザもこの世に生まれてこない…。命を懸けて、私の大切な子を産んだ妻をも間違った存在だと言わせたいのですか?」
宰相の口から、私がかつて学園長に言ったような言葉が出た。
「ベフトン男爵ご夫妻が、自分たちの業をフローラ嬢の代わりに背負うと言うなら、クリストファー・メイヤー伯爵の業も誰かが代わりに背負わなくてはいけない。しかも、貴方が背負おうとしている重さと同じ物を…。それはあまりにも、宰相として賛同できるお話ではない」
そして、大きなため息を宰相はついて言った。
「貴方のご息女は「聖女の魔法」を、発動した。私の娘は「王太子の婚約者」で、息子は「次の宰相」です。結果的に私達の子供は3人とも王家にとってこの国にとって大切な存在になりました。その子達が間違いだったと言うつもりは私にも有りません」
すると、お父様は微笑んで言った。
「子供達が間違いではないなら、クリストファーが支払った代償は確実に守られるべきですね」
「…どういう事ですか?」
宰相が聞く。
「クリストファーが王女の為に、王子と認められる権利を永遠に放棄したのだから、その場にいた宰相殿と王はそれを永遠に守るべきです。例えフローラが王女の娘だと知られることはあっても、クリスファーが王子だと知られることは絶対にあってはならない」
お父様が素晴らしい笑顔で言う。
「…そうですね。今、クリストファー・メイヤー伯爵が王子だと知られても、王家が混乱するだけです。王太子妃になるであろう私の娘にとっても歓迎すべきことではない」
「では「初春の叙勲」の褒美は、クリストファー・メイヤー伯爵と婚姻で、問題ありませんか? 宰相殿?」
「…私はそれが一番、王家にとってリスクが無いと判断しました。ですが、王の気持ちは複雑なはずです。王も分かってくれるとは思いますが…」
少し考え込む宰相。
「ここは、イライザが提案した王太后に味方に付いてもらい、王を説得していただくのが確実な所だと思います」
そう言うと、宰相はイライザ嬢を呼ぶように部屋の外にいる執事に言った。
「失礼いたします、イライザです」
「入れ」
入ってきたイライザ嬢は、私の顔を見てギョッとする。
「…!! どうしてフローラさんが泣いているの? お父様!!」
イライザ嬢は、ものすごい形相で宰相に詰め寄る。
「…イライザさん、違うの…。私達のお父様は娘を愛する素晴らしい父だったわ」
涙の痕もそのままに私は笑って言った。
「そうですよ、イライザ嬢。私達にとって二人が自慢の娘のようにね」
お父様が、満面の笑みで言った。
「…イライザ、フローラ嬢は「初春の叙勲」の褒美は、クリストファー・メイヤー伯爵との婚姻を望み、宰相として私はそれに賛成する。そして、それを王が確実に認めてくれるように、お前の案を採用する」
少し不思議そうな顔をして、イライザ嬢は私達を見つめた。
私達は、離宮にいる王太后に会うための計画を立てた。
計画を立て、お父様の用意した馬車に乗って学園まで帰る時、お父様が言った。
「フローラ、お父様の本気は凄いだろう♪」
「…そうね…」
私の為に、お父様とお母様が離れ離れになると思って号泣させられたけど…。
それも、お父様の本気の一部だったんだな…。
「お母様は今日の事は知らないよ、お前に言ったように全てお父様に任せなさいと言っただけだ」
お父様は優しく微笑んだ。お父様は今日も、お母様と私を守ってくれた…。
「良かった…お父様は凄いし正しいと思うわ」
「…正しくは無いよ。だが今日の勝因は子を思う親の気持ちを正しく理解していただけだよ♪」
お父様の言う通り、宰相の言葉は、私が母親として思った事と一緒だった。
勝算はあったのだろう…でも…。
お父様が今日、宰相に言った事、提案した事は全て本気だったんだろう。
だからこそ宰相に通じたんだろう…本気の計算だから。
「…お父様は私に甘すぎるわ…」
「…そうかな? お前を泣かせたのに…」
そう言うと、お父様は私の頭を撫でた。
「やっぱり私は、お父様とお母様の元に生まれてきて、とても幸運で幸せだわ」
私は、泣かないように笑った。
「お母様とフローラが幸せなら、お父様も幸せだ」
お父様は、昔と同じように頭を撫で続ける。
ダメだ、涙がこぼれた…。




